アルル旅行記(ブログ) 一覧に戻る
ポン・デュ・ガールの最寄の町ニームからローカル列車に乗って一眠りするうちにアルルに到着する。アルルといえば『アルルの女』。アルフォンス・ドーデーの戯曲であり、その上演のためジョルジュ・ビゼーが1872年に全27曲の付随音楽を作曲、ここから編まれた2つの組曲が広く知られており、アマチュアオーケストラでも頻繁に演奏される。そのストーリーは『カルメン』ほど知られていないと思うので、少し紹介しておく。 <br />「南フランス豪農の息子フレデリは、アルルの闘牛場で見かけた女性に心を奪われてしまった。フレデリにはヴィヴェットという許嫁がいるが、彼女の献身的な愛もフレデリを正気に戻すことはできない。日に日に衰えていく息子を見てフレデリの母はアルルの女との結婚を許そうとする。それを伝え聞いたヴィヴェットがフレデリの幸せのためならと、身を退くことをフレデリの母に伝える。ヴィヴェットの真心を知ったフレデリは、アルルの女を忘れてヴィヴェットと結婚することを決意する。2人の結婚式の夜、牧童頭のミティフィオが現れて、今夜アルルの女と駆け落ちすることを伝える。物陰からそれを聞いたフレデリは嫉妬に狂い、祝いの踊りファランドールがにぎやかに踊られる中、機織り小屋の階上から身をおどらせて自ら命を絶つ。」 <br />ファランドールは圧倒的に有名な祝いの踊りであるが、悲劇的な終末をむかえる場面なのである。 <br /><br />アルルはフランス南部にある国内最大面積を持つ市であり、ローヌ川の分岐点に位置し、湿地帯として有名なカマルグの大部分を含む。 <br />紀元前1世紀、カエサルがポンペイウスに勝利するとアルルはローマの植民地として正式に設立された。「アルルの女」にも登場する円形闘技場(写真1、2)は保存状態も良く、スペイン式の闘牛も行われている。また古代劇場などローマ遺跡が多く残っており、1981年にユネスコ世界遺産に登録されている。 <br />ファン・ゴッホは1888年2月にこの街にやって来た。彼はその景観に魅了され、アルル時代に300以上の作品を制作した。「夜のカフェテリア」、「アルルの女」を含む彼の有名な作品の多くはこの地で完成した。この年、ゴーギャンは、アルルにいたゴッホを訪ねたが、ゴッホの精神状態は悪化しており、1888年12月に有名な耳の切り落とし事件を起こす。1889年5月彼は自らアルルを離れてサン・レミ・ド・プロヴァンス近郊の精神病院に入院した。アルルには「夜のカフェテラス」のモデルとなったカフェも現役で営業している。 <br /><br />アルルからローヌ川を少し上った所にアヴィニョンがある。ローカル列車(写真5)で30分の距離だ。アヴィニョンは人口約10万人、フランスの古都である。 <br />フランス民謡『アヴィニョンの橋の上で』で知られているのは、サン・ベネゼ橋(写真6、7)。12世紀後半に建造された。橋の上で輪になって踊ろうと歌われているが、実際は幅は狭く踊れるような橋ではない。ローヌ川の度重なる氾濫により何度も橋が崩壊、その度に修復を繰り返したが、17世紀には遂に修復を断念、元は22のアーチに支えられた全長900mの大きな橋であったが、現在は4つのアーチのみが残っている。 <br />アヴィニョンでもうひとつ名高いのは「アヴィニョン捕囚」である。1305年フランス王フィリップ4世の強い影響下でボルドー大司教がクレメンス5世として教皇に選出され即位、クレメンス5世はローマに戻らず、枢機卿団と共にアヴィニョンに滞在し、教皇庁の移転を宣言しローマ教皇庁はフランス国王の支配下に入った。これがいわゆる「アヴィニョン捕囚」である。 <br />こうして1309年以来、1377年にグレゴリウス11世がローマに戻るまで、事実上の「キリスト教界の首都」となったアヴィニョンには、教皇庁宮殿(写真8、9)が建造され、多くの王侯貴族や学者、詩人、芸術家が集まり町は文化の花を咲かせた。現在はフラ・アンジェリコやボッティチェリの「聖母子」(写真10)を収蔵するプティ・パレ美術館として利用されている大司教館など当時の建築が数多く残り、その辺りの地区はアヴィニョン歴史地区として世界遺産に登録されている。 <br /><br />キリスト教の勢力とヨーロッパに与えてきた影響の大きさを物語る典型を見るたびに思い出すのは、「ダ・ヴィンチ・コード」のテーマとなったローマのキリスト教による支配のための聖書の改竄であり、キリストの神性、超能力の肯定と、人間性の排除である。頭の中でキリスト教の歴史が駆け抜けるようであった。 <br />アヴィニョンから一旦アルルに戻り、アルルからは夜行列車でパリに戻った。「アルルの女」の組曲のメロディーが次から次へと聴こえてきて、旅愁と孤独感を感じた。深夜のアルルの円形競技場(写真4)を眺めながら駅に向かって歩くと、アルルの女とフレデリとヴィヴェットがそこに現れてきそうな、不思議な気持ちに襲われるのだった。

「アルルの女」と「アヴィニョンの橋の上で」:アルルとアヴィニョン

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2002/04/25 - 2002/04/27

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ハンク

ハンクさん

ポン・デュ・ガールの最寄の町ニームからローカル列車に乗って一眠りするうちにアルルに到着する。アルルといえば『アルルの女』。アルフォンス・ドーデーの戯曲であり、その上演のためジョルジュ・ビゼーが1872年に全27曲の付随音楽を作曲、ここから編まれた2つの組曲が広く知られており、アマチュアオーケストラでも頻繁に演奏される。そのストーリーは『カルメン』ほど知られていないと思うので、少し紹介しておく。
「南フランス豪農の息子フレデリは、アルルの闘牛場で見かけた女性に心を奪われてしまった。フレデリにはヴィヴェットという許嫁がいるが、彼女の献身的な愛もフレデリを正気に戻すことはできない。日に日に衰えていく息子を見てフレデリの母はアルルの女との結婚を許そうとする。それを伝え聞いたヴィヴェットがフレデリの幸せのためならと、身を退くことをフレデリの母に伝える。ヴィヴェットの真心を知ったフレデリは、アルルの女を忘れてヴィヴェットと結婚することを決意する。2人の結婚式の夜、牧童頭のミティフィオが現れて、今夜アルルの女と駆け落ちすることを伝える。物陰からそれを聞いたフレデリは嫉妬に狂い、祝いの踊りファランドールがにぎやかに踊られる中、機織り小屋の階上から身をおどらせて自ら命を絶つ。」
ファランドールは圧倒的に有名な祝いの踊りであるが、悲劇的な終末をむかえる場面なのである。

アルルはフランス南部にある国内最大面積を持つ市であり、ローヌ川の分岐点に位置し、湿地帯として有名なカマルグの大部分を含む。
紀元前1世紀、カエサルがポンペイウスに勝利するとアルルはローマの植民地として正式に設立された。「アルルの女」にも登場する円形闘技場(写真1、2)は保存状態も良く、スペイン式の闘牛も行われている。また古代劇場などローマ遺跡が多く残っており、1981年にユネスコ世界遺産に登録されている。
ファン・ゴッホは1888年2月にこの街にやって来た。彼はその景観に魅了され、アルル時代に300以上の作品を制作した。「夜のカフェテリア」、「アルルの女」を含む彼の有名な作品の多くはこの地で完成した。この年、ゴーギャンは、アルルにいたゴッホを訪ねたが、ゴッホの精神状態は悪化しており、1888年12月に有名な耳の切り落とし事件を起こす。1889年5月彼は自らアルルを離れてサン・レミ・ド・プロヴァンス近郊の精神病院に入院した。アルルには「夜のカフェテラス」のモデルとなったカフェも現役で営業している。

アルルからローヌ川を少し上った所にアヴィニョンがある。ローカル列車(写真5)で30分の距離だ。アヴィニョンは人口約10万人、フランスの古都である。
フランス民謡『アヴィニョンの橋の上で』で知られているのは、サン・ベネゼ橋(写真6、7)。12世紀後半に建造された。橋の上で輪になって踊ろうと歌われているが、実際は幅は狭く踊れるような橋ではない。ローヌ川の度重なる氾濫により何度も橋が崩壊、その度に修復を繰り返したが、17世紀には遂に修復を断念、元は22のアーチに支えられた全長900mの大きな橋であったが、現在は4つのアーチのみが残っている。
アヴィニョンでもうひとつ名高いのは「アヴィニョン捕囚」である。1305年フランス王フィリップ4世の強い影響下でボルドー大司教がクレメンス5世として教皇に選出され即位、クレメンス5世はローマに戻らず、枢機卿団と共にアヴィニョンに滞在し、教皇庁の移転を宣言しローマ教皇庁はフランス国王の支配下に入った。これがいわゆる「アヴィニョン捕囚」である。
こうして1309年以来、1377年にグレゴリウス11世がローマに戻るまで、事実上の「キリスト教界の首都」となったアヴィニョンには、教皇庁宮殿(写真8、9)が建造され、多くの王侯貴族や学者、詩人、芸術家が集まり町は文化の花を咲かせた。現在はフラ・アンジェリコやボッティチェリの「聖母子」(写真10)を収蔵するプティ・パレ美術館として利用されている大司教館など当時の建築が数多く残り、その辺りの地区はアヴィニョン歴史地区として世界遺産に登録されている。

キリスト教の勢力とヨーロッパに与えてきた影響の大きさを物語る典型を見るたびに思い出すのは、「ダ・ヴィンチ・コード」のテーマとなったローマのキリスト教による支配のための聖書の改竄であり、キリストの神性、超能力の肯定と、人間性の排除である。頭の中でキリスト教の歴史が駆け抜けるようであった。
アヴィニョンから一旦アルルに戻り、アルルからは夜行列車でパリに戻った。「アルルの女」の組曲のメロディーが次から次へと聴こえてきて、旅愁と孤独感を感じた。深夜のアルルの円形競技場(写真4)を眺めながら駅に向かって歩くと、アルルの女とフレデリとヴィヴェットがそこに現れてきそうな、不思議な気持ちに襲われるのだった。

旅行の満足度
4.5
観光
4.0
ホテル
4.0
グルメ
4.0
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
鉄道 高速・路線バス タクシー 飛行機
航空会社
JAL
旅行の手配内容
個別手配

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