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ポン・デュ・ガールを訪れたい一心で、パリ滞在中の週末にパリ、リヨン駅からTGVに乗った。貴重な世界遺産になるほど不便なところにある。ニームまではTGVであっという間に到着するが、ポン・デュ・ガールまでのバスは本数も少なく待ち時間は長い。 <br /><br />まさに驚異的な光景というほかない。建造から2000年を過ぎてなお、ヨーロッパの各地に残るローマの遺跡の中でも傑出した威容を誇る。現代文明と自分自身が卑小なものに思えてくるのはJ.J.ルソーにまったく同感である。彼はこの巨大な橋を前にしたときの驚きを次のように語ったそうだ。 <br />「この3層からなる素晴らしい建造物の上を歩き回ったが、敬意からほとんど足を踏めないほどであった。自分をまったく卑小なものと思いながらも、何か魂を高揚させてくれるものを感じて、なぜローマ人に生まれなかったのかとつぶやいていたのだった」 <br /><br />ポン・デュ・ガール(仏:Pont du Gard)はガール県のガルドン川に架かる水道橋である。ユゼスからニームへ水を運ぶための水路の途中にあり、古代ローマ時代・紀元前19年頃にアウグストゥス帝の腹心アグリッパの命令で架けられたと考えられている。 <br />ニームへの導水路は全長約50? 平均斜度は1?あたり34?でポン・デュ・ガール上流でもっとも大きくなっている。この橋の高さを出来る限り低くするための緻密な設計である。流水量は1日約2万立方mと推定されている。 <br />3層のアーケードは上に行くほど幅が狭くなっている。全体の高さはガルドン川の最低水位から49m、下層は6つのアーチ、長さ142m、幅6m、高さ22m、中層は11のアーチ、長さ242m、幅4m、高さ20m 上層(導水路がある)は35のアーチ、長さ275m、幅3m、高さ7mである。 この水道橋が現代人に大いなる感動を与え続けるのは、ローマの技術者の美的感覚がいかに優れていたかの証である。 <br />水道橋の上から下から写真を撮りまくった。すでに橋の一部は崩壊して水路としては機能していないが、水が流れていた溝は見事に残っている。また橋の片側は小高い岩山となっており、トンネルを掘って水路の勾配を確保している。恐らくは現代技術に引けをとらない精密な測量が行われ、施工がされたのであろう。 <br />19世紀にナポレオン3世の命令で改修されているが、今なお年間数mmずつ傾いており、約2000年後には倒壊するといわれている。未来の誰かが、この人類の誇る遺産を倒壊させない改修を行うことを望んで止まない。 <br /><br />この日の宿はマルセイユに取った。マルセイユは人口は約82万人でパリに次ぎフランス第2位、都市圏人口ではパリとリヨンに次ぎ第3位、都市名は古代ギリシア語のマッサリア及びそのラテン語訳であるマッシリア(Massilia)に由来する。マルセイユ都市共同体の中心地でもあり、近郊には古都エクス・アン・プロヴァンスがあり、これとその近郊の小都市を併せた人口は約135万人となる。 <br /><br />マルセイユの歴史は古く、小アジアから来た古代ギリシアの一民族であるポカイア人が紀元前600年頃に築いた植民市マッサリア(マッシリア)にその端を発する。 <br />都市は交易で栄え、紀元前3〜前2世紀のポエニ戦争ではローマ側につき、カルタゴと敵対した。ガイウス・ユリウス・カエサルの『ガリア戦記』にもマッシリアが登場する。 <br />3世紀ごろ、キリスト教がもたらされた。10世紀にプロヴァンス伯の勢力下に入り、1481年にはフランス王国に併合されたが、この地域の中心都市として栄えた。フランス革命とナポレオン戦争で一時後退したが、産業の要地となって現在の商工業を中心とする市街が発展し、19世紀半ば以降、港湾施設が充実し多くの工業が興る。しかし、第二次世界大戦ではドイツ軍に占領され、大きな損害を受けた。大戦後は大建設計画により高層ビルの多い現代都市に変わった。 <br /><br />マルセイユで訪れたかったのは、流刑島シャトー・ディフ。マルセイユ港のすぐ外に見ることができる。アレクサンドル・デュマ・ペールの『モンテ・クリスト伯』に登場する牢獄だ。エドモン・ダンテスは復讐の念に燃え、この牢獄から脱出するのだ。モンテ・クリスト島に隠された財宝を手にして、自分の富と権力と知恵を使って仇敵に復讐していく。 <br />マルセイユ名物はブイヤベース(bouillabaisse)、地中海地方の代表的な海鮮スープ料理で、世界三大スープの一つと言われる。脂ののった白身の魚とムール貝にハマグリ、オマール海老などにハーブ類(フェンネル、ローズマリー、ディル、それから特にサフラン)をたっぷり加えて煮込む。仕上がると海鮮風味の黄色い濃厚なスープができあがる。日本でもおなじみであるが、やはり本場物は一味違う。

ポン・デュ・ガール:ローマの精緻な建設技術

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2002/04/27 - 2002/04/29

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ハンク

ハンクさん

ポン・デュ・ガールを訪れたい一心で、パリ滞在中の週末にパリ、リヨン駅からTGVに乗った。貴重な世界遺産になるほど不便なところにある。ニームまではTGVであっという間に到着するが、ポン・デュ・ガールまでのバスは本数も少なく待ち時間は長い。

まさに驚異的な光景というほかない。建造から2000年を過ぎてなお、ヨーロッパの各地に残るローマの遺跡の中でも傑出した威容を誇る。現代文明と自分自身が卑小なものに思えてくるのはJ.J.ルソーにまったく同感である。彼はこの巨大な橋を前にしたときの驚きを次のように語ったそうだ。
「この3層からなる素晴らしい建造物の上を歩き回ったが、敬意からほとんど足を踏めないほどであった。自分をまったく卑小なものと思いながらも、何か魂を高揚させてくれるものを感じて、なぜローマ人に生まれなかったのかとつぶやいていたのだった」

ポン・デュ・ガール(仏:Pont du Gard)はガール県のガルドン川に架かる水道橋である。ユゼスからニームへ水を運ぶための水路の途中にあり、古代ローマ時代・紀元前19年頃にアウグストゥス帝の腹心アグリッパの命令で架けられたと考えられている。
ニームへの導水路は全長約50? 平均斜度は1?あたり34?でポン・デュ・ガール上流でもっとも大きくなっている。この橋の高さを出来る限り低くするための緻密な設計である。流水量は1日約2万立方mと推定されている。
3層のアーケードは上に行くほど幅が狭くなっている。全体の高さはガルドン川の最低水位から49m、下層は6つのアーチ、長さ142m、幅6m、高さ22m、中層は11のアーチ、長さ242m、幅4m、高さ20m 上層(導水路がある)は35のアーチ、長さ275m、幅3m、高さ7mである。 この水道橋が現代人に大いなる感動を与え続けるのは、ローマの技術者の美的感覚がいかに優れていたかの証である。
水道橋の上から下から写真を撮りまくった。すでに橋の一部は崩壊して水路としては機能していないが、水が流れていた溝は見事に残っている。また橋の片側は小高い岩山となっており、トンネルを掘って水路の勾配を確保している。恐らくは現代技術に引けをとらない精密な測量が行われ、施工がされたのであろう。
19世紀にナポレオン3世の命令で改修されているが、今なお年間数mmずつ傾いており、約2000年後には倒壊するといわれている。未来の誰かが、この人類の誇る遺産を倒壊させない改修を行うことを望んで止まない。

この日の宿はマルセイユに取った。マルセイユは人口は約82万人でパリに次ぎフランス第2位、都市圏人口ではパリとリヨンに次ぎ第3位、都市名は古代ギリシア語のマッサリア及びそのラテン語訳であるマッシリア(Massilia)に由来する。マルセイユ都市共同体の中心地でもあり、近郊には古都エクス・アン・プロヴァンスがあり、これとその近郊の小都市を併せた人口は約135万人となる。

マルセイユの歴史は古く、小アジアから来た古代ギリシアの一民族であるポカイア人が紀元前600年頃に築いた植民市マッサリア(マッシリア)にその端を発する。
都市は交易で栄え、紀元前3〜前2世紀のポエニ戦争ではローマ側につき、カルタゴと敵対した。ガイウス・ユリウス・カエサルの『ガリア戦記』にもマッシリアが登場する。
3世紀ごろ、キリスト教がもたらされた。10世紀にプロヴァンス伯の勢力下に入り、1481年にはフランス王国に併合されたが、この地域の中心都市として栄えた。フランス革命とナポレオン戦争で一時後退したが、産業の要地となって現在の商工業を中心とする市街が発展し、19世紀半ば以降、港湾施設が充実し多くの工業が興る。しかし、第二次世界大戦ではドイツ軍に占領され、大きな損害を受けた。大戦後は大建設計画により高層ビルの多い現代都市に変わった。

マルセイユで訪れたかったのは、流刑島シャトー・ディフ。マルセイユ港のすぐ外に見ることができる。アレクサンドル・デュマ・ペールの『モンテ・クリスト伯』に登場する牢獄だ。エドモン・ダンテスは復讐の念に燃え、この牢獄から脱出するのだ。モンテ・クリスト島に隠された財宝を手にして、自分の富と権力と知恵を使って仇敵に復讐していく。
マルセイユ名物はブイヤベース(bouillabaisse)、地中海地方の代表的な海鮮スープ料理で、世界三大スープの一つと言われる。脂ののった白身の魚とムール貝にハマグリ、オマール海老などにハーブ類(フェンネル、ローズマリー、ディル、それから特にサフラン)をたっぷり加えて煮込む。仕上がると海鮮風味の黄色い濃厚なスープができあがる。日本でもおなじみであるが、やはり本場物は一味違う。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.0
グルメ
5.0
ショッピング
3.0
交通
3.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
鉄道 高速・路線バス タクシー 飛行機
航空会社
JAL
旅行の手配内容
個別手配
  • ポン・デュ・ガールのおなじみのアングル

    イチオシ

    ポン・デュ・ガールのおなじみのアングル

  • 下から見たポン・デュ・ガール

    下から見たポン・デュ・ガール

  • 対岸から見たポン・デュ・ガール

    対岸から見たポン・デュ・ガール

  • 川の水は澄んでいる

    川の水は澄んでいる

  • 最高の気分

    最高の気分

  • 橋の片側は水路トンネル

    橋の片側は水路トンネル

  • ポン・デュ・ガール上部の水路

    ポン・デュ・ガール上部の水路

  • マルセイユの目抜き通り

    マルセイユの目抜き通り

  • 岩窟王の舞台

    岩窟王の舞台

  • マルセイユの凱旋門

    マルセイユの凱旋門

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