2010/12/15 - 2011/01/01
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ヌールッディーンさん
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フマユーン廟はインドの建築史上ではタージ・マハルに連なるスタイルを確立した重要な位置を占める建築で、世界遺産にも登録されていて、『地球の歩き方』にも当然載っている割には、日本の人には余り人気がないモニュメントなのかなぁ、という印象を今回の旅では持ちました。
私が行った時は、日本からのバックパッカー風の人は殆んど見かけず、日本人は女性のグループか家族連れのような方々が割と多かったです。まぁ、入場料がそこそこ高く(250ルピー[約500円])、アクセスもあまりよくないことなども原因かなぁという気はしますが、せっかくインドに行ったなら見ておいて損はない建築だと思います。
フマユーン廟の敷地には、フマユーンの墓の他に4つほど墓廟建築を見ることができ、なかなか見ごたえがあります。
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敷地に入ると幾つかの墓廟建築などがありますが、真っ直ぐ道を進むとウェスト・ゲート(西門)にあたります。ここが本格的な入口です。
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どうもデリーは空気が悪く、スモッグでいつも曇っているので景色がよくありません。特に朝はいつもこのように靄のようなものがかかっていてせっかくの景観がクリアに見えないのが残念ですが、ゲートの中から均整の取れた美しい建築が見えてくる様はなかなか絵になります。
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フマユーン廟はペルシア風の四分庭園(チャハール・バーグ)の中央に位置しており、その四分庭園はさらに四つに分割されているという幾何学的な平面構成になっています。
タージ・マハルは四分庭園の端に置かれていますが、一般的にはこのように庭園の中央に置かれるのが普通です。 -
フマユーン廟は高さ38メートルのドーム屋根を戴き、赤砂岩と白大理石の組み合わせで仕上げられた壮大な建築で、以後のムガル帝国の廟建築のプロトタイプとなった重要な建築です。この建築以後、白大理石が多用されるようになっていくのですが、これはその意味でも先駆的な位置にある建築の一つと言えます。
各面の中央にイーワーンを置いているのはペルシャ風ですが、建物が四方に開かれているのはジャイナ教の寺院で発展した四面堂に由来するとも言われています。このあたりはタージ・マハルとほぼ同じく、ペルシャ的な要素をインドの土着の構成方法で組み合わせています。1565年にペルシャから建築家を招いて建立されたとされており、この点もタージ・マハルと同様です。
中央に架かるドームは二重殻ドームで、その真下にある広間にはフマユーンの模棺があります。二重殻ドームも模棺も中央アジアからインドに入ってきたものです。
インドの墓廟建築で多用されていた庇は見当たらず、ファサードの上部と屋根の上にチャトリが配置されています。個別の要素としてインド的なものとしてはこれが一番目立ったものということになると思います。 -
フマユーン廟は装飾で埋め尽くすような派手さはないですが、モザイクを用いた装飾が随所に用いられており、廟の大きさを考えるとかなりの手間がかかっていることがわかります。
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中央広間にある模棺。
壁面に明り取りの窓がありますが、白大理石で出来た聖者廟などでよく見たジャーリー(石の格子スクリーン)が多用されているのも、ムガル朝以前のサルタナット時代の墓廟とは異なるように思います。 -
模棺の周辺の床。美しいモザイクタイルが張り巡らされていました。
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Isa Khan廟。1547年建造で、フマユーン廟より約20年ほど新しい墓廟ですが、スタイルは全く異なっています。ロディー朝などで見られた八角形プランの典型的なスタイルを示しており、堂本体の上にはドームを載せ、その周囲をバルコニーで囲み、その上にチャトリを載せ、外には庇をつけています。
ただ、バルコニーの柱が細いことや堂の窓にジャーリー(石の格子スクリーン)が使われている点などでより古い墓建築との違いが出てきているように思われます。 -
Isa Khan廟の窓。リンテルと石の格子スクリーンを使っているのが特徴的です。
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Isa Khan廟の隣にはモスクが併設されています。ロディーガーデンにあったバラ・グンバドなど、インドにはこのように墓廟とモスクをセットにした施設が多数見受けられます。
モスクは大抵このような箱形の独立した建物で、少し高い基壇の上に載っており、中央にドームがあって、その隣にチャトリがドーム代わりとして載っていることもあるという点でかなり共通の形式を持っています。 -
Isa Khanのモスクの主礼拝室の移行部と天井部。
インドのイスラーム墓廟でよく見られる型通りの処理でドームを支持しています。少なくともイスラーム建築について、構造や装飾のバリエーションが少ないのもインドの特徴ではないでしょうか。 -
Afsarwala廟(右)とモスク(左)。
Afsarwalaとはofficerという意味だそうですが、実際に官吏の墓かどうかはわかりません。建造は1566年なのでフマユーン廟の直後に出来たことになります。
ドームは二重殻ドームになっています。 -
Afsarwalaのモスク。
やはり廟に併設された「壁モスク」となっています。 -
Barberの墓(1590-91年頃)。
フマユーン廟を囲む四分庭園はさらに四分割されていますが、この墓は四分庭園の東南の庭の中心に置かれており、明らかにフマユーン廟より後にこの場所に建てられたとわかります。
造形的には正方形プランの墓廟建築ですが、誰が埋葬されているのかはわかっていないようです。中央のドームは二重殻ドームで、周囲に四つのチャトリを配しています。ダブルドームはフマユーン廟が建てられた前後にはかなりよく用いられるようになっていたことがわかります。
インドの建築のドームがタージ・マハルのようにタマネギ型に膨らんでいくのは、私の見たところではムガル朝の後半に向けてであるように見受けられるので、ダブルドームの導入などがその契機の一つとなっているのかもしれません。 -
Barberの墓の内部の構成は他のインドの墓廟建築とは異なっています。移行部から天井部はアーチネットで装飾されており、基部から天井部までが比較的スムーズに繋がっているように見えます。
1590年頃というとアクバルの時代の後半ですが、ムガル朝の最盛期に至り、建築技術もかなりの向上を見せたのかもしれません。
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