2008/10/14 - 2008/10/14
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kotetsupatapataさん
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♪古いアルバムのなか~に~ 隠れて~ 思い出~が~いっぱい~
これまた以前住んでいた信州の思い出アルバムです。
松本から奈良井宿→木曽福島→開田高原→野麦峠と、ぐるっと木曽路
をドライブしました。
綺麗だったな~
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
-
松本から国道19号線を南下する事約50分
中山道の宿場町 奈良井宿に到着です。 -
宿場の脇にも駐車場はありますがもちろん有料・・
でも、こちら道の駅奈良井木曽の大橋ならば無料(^。^)
宿場の中心地までは歩いても10分ほどです。 -
中山道は江戸から京都を結ぶもっとも重要な街道。
その69宿のうち木曽には11宿あり、中でも奈良井宿は難所鳥居峠を控えた宿場町で、かつては街道を行き交う旅人で栄えました。その様は「奈良井千軒」と謳われ木曽路一番の賑わいでした。奈良井宿は鳥居峠の上り口の鎮神社を京都側の入口とし、奈良井川に沿って約1kmの中山道沿いに町並みが形成されています。旅籠の軒灯、千本格子など江戸時代の面影を色濃く残しています。時代を超えた風格が感じられます。 -
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有名な妻籠・馬篭に比べると知名度が低いためか観光客は少なめ・・
お陰でゆっくりと散策する事ができました。
ただ唯一う〜んと思ってしまうのは宿場内を車が走る事・・
もちろん観光客ではなく、宿場内に住んでいる方や納品の業者の方などですが、妻籠や馬篭は住人に対しても規制しているのに。
小生のような物見遊山の観光客がこんな事を思うのは憚れますが、難しい所ですね〜(>_<) -
奈良井宿から国道19号線を南下し、木曽福島の手前で国道361号線を開田高原方面に向かいます。
このまま国道を通っても開田高原へ行けますが、寄り道して旧道を経由して地蔵峠を目指します。
途中狭い箇所もありますが、紅葉がとても綺麗でした。 -
☆唐沢の滝☆
-
☆唐沢の滝☆
紅葉が見事(^。^)
カメラマンも大勢いました。 -
地蔵峠に着きました。
ここは九蔵峠と並んで御嶽が綺麗に望める展望台として知られております。 -
残念(>_<)
御嶽は雲の中でした。山は難しい・・・ -
さて今度は上から景色を眺めてみましょう。
三岳の御岳ロープウェイを目指します。
やはり御嶽は雲の中です(ToT)/~~~ -
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正面の山は乗鞍です。
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中央アルプスを望みます
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一瞬雲が晴れました♪
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いつか登りたいな〜
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=御嶽=
標高3,067mで、我が国有数の山岳信仰の山としても知られています。 -
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この時期の開田といえば何といっても蕎麦!
これしかないでしょ(^。^)y-.。o○
今回のお店は『旅館嶽見』という民宿のそば屋です。 -
★山下家住宅★
江戸時代末期に建てられた本棟造の豪農の屋敷
山下家の先祖は、代々「伯楽」と呼ばれた馬の医者。
江戸時代には、庄屋・鍛冶屋とともに村の三役をつとめた大馬主でした。
馬を小作に貸して、仔馬が生まれると馬市で売り、小作と折半しました。
仔馬一頭の代金の半分で普通の農家が一年暮らせた時代、山下家の最盛期には250頭の親馬を持ち、年に100頭の仔馬を売ったとされています。 -
九蔵峠から見た御嶽。
やはり雲の中。。 -
でも周辺の紅葉はきれい♪
-
国道361号線をひた走り、県境の長峰峠へ
ここからは長野県木曽町から岐阜県高山市(旧高根町)です。
そういえば平成の市町村合併で高山市は東京都よりも
広くなったんですよね。
住んでいる松本市のお隣でもありますが、ちょっと違和感ありあり((+_+)) -
-
こんな山の中で何故にブリ?
富山湾で捕れるブリは、古来、『越中ブリ』として全国にその名を知られた最高級ブランドです。この越中ブリは岩瀬などで水揚げされてから高山に入るまで時間がかかったので、塩をすり込んだ「塩ブリ」として、高山では飛騨ブリと名前をかえ松本から信州の広い地域に運ばれていました。
飛騨地方では、このブリを正月の縁起物とする習慣があり、また、お歳暮、お祝い品などとして貴重品扱いされていました。
このような高級品の「越中ブリ」が大量に運ばれていた飛騨街道は、かつて「ブリ街道」と呼ばれていました。
ちなみに正月に食べる魚も長野市を中心とした北信は『鮭』ですが、我々中信の人間は『ブリ』ですよ〜(*^^)v -
ここからは県道39号線を野麦峠経由で松本へ
戻ります -
=野麦峠 標高1627m=
乗鞍岳が綺麗に望めるのですが、残念ながら本日は雲の中でした。
「野麦」とは付近に生えるクマザサが十年に一度、麦の穂に似た実を付けることがあり、土地の人に「野麦」と呼ばれていたことによるそうです。 -
野麦峠といえば、何といっても小説や映画にもなった「あゝ野麦峠」です。
明治から大正にかけて、岡谷や諏訪の製糸工場へ「糸ひき」の仕事をしに、飛騨から12歳そこそこの若い娘達が雪深い野麦峠を越え信州へ向かいました。
故郷へ帰る年の暮れには、雪の降り積もる険しい道中で、郷里の親に会うことも出来ず死んでいった娘たちも数多いそうです。
女工哀史では低賃金や長時間の過酷な労働、使用人の暴力といかにも信州人が悪者のようでした(悲) -
この辺りは落葉松の樹が多いです。
ちなみに我が愛車です(*^^)v -
落葉松に覆われた道路です。
何気に落ち葉は滑るので注意!
野麦峠からは松本まで約1時間30分の道のりです。
★おしまい★
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