2010/12/04 - 2010/12/04
370位(同エリア851件中)
tomofukiさん
- tomofukiさんTOP
- 旅行記193冊
- クチコミ0件
- Q&A回答1件
- 467,220アクセス
- フォロワー12人
京都の八幡あたりは、京阪沿線でありながら特急電車では何度も通りすぎていたが一度も途中下車をしたことがない。
いつも親しくして頂くいている大学の先輩より、八幡市の散策に誘われ参加した。
男山の山頂からは、桂川、宇治川、木津川の合流地点、遠く伏見の山並みも見え雄大な眺望が楽しめる。
この散策のでは、京阪電車のターミナルで有名な淀屋橋の名前の由来となった淀屋の当主の墓が八幡市にあり訪ねた。ボランティアの方の説明に聞き入り、淀屋のたどった歴史について非常に興味をもった。
淀屋は、江戸時代の大坂で繁栄を極めた豪商で全国の米相場の基準となる米市を設立した。先物取引は、今では一般的であるが、淀屋が280年前に世界で初めて日本で行ったとのこと。
頂いた資料で 伊勢松坂「小津清左衛門」旧記に淀屋の財産目録がまとめられており、総計 1億2186萬7610両とのこと。江戸中期の1両は、現在の価値で、5万円といわれているので、現在価値にして6兆円になる。
その財力が武家社会にも影響する事となった事により、闕所(けっしょ)したとのこと。(全財産没収)
淀屋橋は、勤務している会社の事務所にも近く意外な歴史にふれ興味深い1日だった。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 私鉄
- 旅行の手配内容
- その他
-
京阪八幡駅前に集合。
駅前の食堂。
ひなびた様子が、昭和の雰囲気を漂わせる。 -
走井餅の店
京都に住んでいたころはよく名前をきいた。
土産に買ったが、帰りの電車の中で忘れたのだろう。
結局 味わうことができず残念 -
重要文化財で高さは6.08m、幅2.44mの日本最大規模で、下から地輪、水輪、火輪、風輪、空輪とのこと。
平安時代の末期に摂津国、尼崎の豪商が入宋貿易帰途の海上で 大シケにあい、石清水八幡宮に祈り無事に帰国できたことを感謝し、1171−1174年の間に建立したものとも伝えられている。以後、船乗りたちが航 海の無事を祈願に訪れるようになったことから「航海記念塔」と呼ばれるようになったとのこと。
建立の経緯はいろいろあるがよくわからないとのこと。 -
淀屋の石碑
-
5代目、淀屋辰五郎の墓
ガイドのかたから説明を受ける。
この墓石に刻まれた辰五郎の戒名の「潜龍軒咄哉个庵居士」。「龍」は辰五郎の「辰」と自身のことと解すれば、次のような意味に解釈できるとのこと
「闕所という理不尽な処分を受け、この身は雨宿りをするが如く、今は軒の下に潜めてはいるが、いずれ世に打って出てやるぞ」という意味であると説明を受ける。
戒名にも悔しさがにじみ出ている。
宝永2年(1705年)、淀屋は闕所(けっしょ)財産をすべて没収された理由は「町人の身分に過ぎた振る舞いがあった」というものでした。
たしかに、辰五郎はわずか1年半の内に1万貫(現在の価値にすると約100億円)にものぼる遊興費を使うなど、目に余るものがありましたが、それだけの理由で天下の豪商を取りつぶすのは、あまりにも横暴極まりない処罰だったとのこと。 -
男山ケーブルカーで 石清水八幡宮へ
-
楠木正成が植えた楠
非常に立派な枝ぶり -
山上にあるトーマス・エジソンの碑
エジソンの電球に使われたフィラメントが八幡の竹を使ったとのこと。
最初は木綿を炭化してフィラメントを作ったが点灯時間は、44時間だったとのこと。
フィラメントの素材の中より一本の扇子を手に取り実験したところ、木綿糸のフィラメントが44時間に対し扇子の竹は200時間も輝いたそうです。エジソンは世界中から1200種類のも竹を集め、1つ1つ検証したとのこと。
最も輝き続けた竹が八幡の竹だったそうです。
(2450時間も輝いた)
毎年エジソンの誕生日の2月と命日の10月には碑前に花を捧げ、
日米両国の国旗を掲げて碑前祭をおこなっているそうです。 -
石清水八幡宮
[ Wikipediaより ]
清和天皇が即位した翌年の貞観元年(859年)の夏、空海(弘法大師)の弟子であった南都大安寺の僧行教が宇佐神宮に参詣した折に「われ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」との神託を受けた。これを受けて、その翌年の860年、清和天皇の命により社殿を建立したのを創建とする。「石清水」の社名は、もともと男山に鎮座していた石清水山寺(現在は石清水八幡宮の摂社)に由来する。
以来、京都の北東にある比叡山延暦寺と対峙して京都の南西の裏鬼門を守護する王城守護の神、王権・水運の神として皇室・朝廷より篤い信仰を受け、天皇・上皇・法皇などの行幸啓は250余を数える。また、源氏をはじめ、足利氏・徳川氏・今川氏・武田氏など、多くの清和源氏が氏神として信仰したことから武神・弓矢の神・必勝の神として崇敬された。 -
男山の南側に下りる。
人通りが少なく静か -
男山のすそ野を流れる放生川
-
メンバー
-
溝のカバー
竹のデザインです。 -
東高野街道を松花堂庭園に向けて歩く
-
民家のようなお稲荷さん
-
松花堂庭園へ
松花堂庭園ホームページより
今では全国的に有名で弁当の代名詞とも言える「松花堂弁当」。 さて、この松花堂弁当の起源ですが、もとはと言えば、石清水八幡宮(京都府八幡市)の社僧であった松花堂昭乗の使っていた物入れ(箱)でありました。
昭乗は近在の農家が作物の種入れなどに使っていた、田の字の形に仕切った物入れ(箱)をヒントに、絵の具箱、茶会のたばこ盆などとして、色々な用途に利用していたと伝えられています。
時代は下って昭和の初め、料亭「吉兆」の創始者が八幡を訪れた際、昭乗遺愛(松花堂好み)の四つ切箱を見て、試行錯誤のうえ懐石料理を盛り付け、弁当として世に広めたのが「松花堂弁当」の始まりです。 -
庭園内部
-
茶室
-
キンメイ竹
真竹が突然変異したもの。
竹の表面が黄金色でところどころ緑が混ざった鮮やかな色が素晴らしい。 -
京阪で 京都祇園へ
南座では顔見世興行をしていました。
祇園四条のロシア料理で有名なキエフへ。。 -
ロシア 黒パン、ワイン
-
前菜
-
ロシア料理 ボルシチ
あっさりとした料理でした。 -
京都四条のキエフさんで"楽しかったネ会"
-
-
ガイドをしてくれたボランティアのTさん
八幡市に住まわれて44年とか
淀屋研究会に入られ、淀屋の研究をされているそうです。 -
キエフのオーナの娘さん。
キエフのオーナの加藤さんは、加藤登紀子さんのお兄さんとのこと。 -
-
ライトアップをしている清水へ
-
清水坂も、若い女性のグループが多い。
-
八坂の5重の塔もライトアップされていました。
-
清水寺の入口
何枚も撮影しましたがピンボケ
夜の撮影は難しいです。 -
三重の塔
-
お寺の周囲の山もライトアップされきれいです。
-
池の水面に紅葉が映りこんでいます。
-
有意義な1日でした。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
36