2010/08/13 - 2010/09/12
47位(同エリア108件中)
costinさん
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- 旅行記95冊
- クチコミ6件
- Q&A回答1件
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色んな意味で外せないモルドバ
オデッサからキシナウへ
「キシナウに何がある?」
と問われると、特に何も無いと答えるのが親切だろう。
「じゃあ、そんなとこに何しに?」
と聞かれたら、
「旅先で、敢えて何もしない勇気。」
それを示すには、特に何も無いとこの方が過ごし易いと想っただけだ。
-
【夢譚】
旅の途中、たった一度だけ止めて帰ろうか? と思ったことがあった。
8月12日オデッサを出るその夜の夢だ。
どういう経緯かは忘れたが、俺は母親と一緒に壊れかけたビルの階上から地上へ向けて降りていた。
あとちょっとで地上というところで、運良く梯子を発見した。
その梯子は先端がフックになっており、そのフックに引っ掛けて伝って地上に降りさへすれば何のことは無い様に思われた。
だが、母親は何を思ったか? フックを引っ掛けることもなく、棒高跳びの要領で梯子を持ったまま地上へ飛び降りてしまった。
足の長い竹馬のような格好になるのかと思ったら、地上まで梯子が届かなかったらしく、母親は梯子段の横木にシコタマ顎を打ちつけてそのまま梯子と共に横転してしまったのだ。
俺はすぐさま地上に飛び降り駆け寄ると、頚骨が完全に離れてしまっていた。
その分離した頚骨の一片が、俺の掌でピンク色に染まりながらピクピク動いている。
その頚骨の一片が母親(母親の象徴)であることは認識できた。
その一個の肉色の生物が、呼吸不全でもがき苦しんでいる。
そして1分もたたぬうちに動かなくなった。
「死んだんだ。」
と思った瞬間目が覚めた。
目覚めは良かった。
意識もはっきりしていた。
そして冷静に今自分が置かれている状況を考えていた。
『日本に帰れって・・サインかな?』
一度ため息をつく。
そして、思考とは裏腹にせわしなく次の目的地への旅支度に取り掛かる俺だった。
薄っすらと・・涙の膜で視界を歪ませながら・・・。 -
オデッサ---キシナウ 所要時間7-8時間
この区間バスは2種類ある。
ひとつはティラスポールという、モルドバの紛争地帯を抜けるバスとそれを迂回して走るバスがある。
どちらが楽かと言えば・・矢張り迂回路の方が楽ではある。
物々しい国境審査を2度もパスしなければならないティラスポール経由は、話の種にはなるが、普通の旅人なら『急がば廻れ』が吉。かも知れない。 -
モルドバ人も流暢にロシア語を話す。
だが、聞く人が聞けば母国語のそれとは違うらしい。
去年ティラスポールにキシナウから訪れた折、男の子連れの若い奥さんが子供を諭していた。
子供がモルドバ語で話したのを聞き咎め、
「いいこと、これから先はロシア語でしかしゃべっちゃだめよ!わかった?」
男の子は頷くと、バスの窓枠に両手を添え走り去る景色を観ているばかりだった。
「第2次大戦中のドイツ占領下での人々の緊張は、これの数倍するやも知れん。」
と、そんな光景を見るにつけ独り感慨に耽ったのを思い出した。 -
キシナウの終点は、「ガーラ・デ・ノルド」
文字通り、北駅に到着する。
そこから、5分ほど歩いてトランバイを乗り継ぎ、シュテファン・チェル・マーレというキシナウ第一の目抜き通りに向かう。
マック前で降り、閑静な大使館や大学・住宅が立ち並ぶ地区の緩いスロープを10分ほど上ると、去年来て1ヶ月滞在した借家にたどり着く。 -
門を潜り胡桃の大木のある中庭に廻ると、大家の家族が丁度遅い午餐を摂っていた。
「ブナジーワ。」
「あら、どうしたの?突然。泊まるの?泊まるわよねぇ、丁度良かったわ、イスタンブールからのお客が昨日帰ったばかりなのよ。今度はどれ位いるの?」
どうやら宿の心配はしなくて済みそうな気配だ。
「ちょっと、洗濯機の調子が悪いのよ。明日みてもらうから其れまで我慢してね。」
翌朝午前9時には、修理屋が来て洗濯機の修理を終え帰って行った。
貯まっていた汚れ物、衣類の殆どを洗濯する。
8月のキシナウは空気が乾燥しているので、洗濯物は直ぐ乾く。
大家の旦那がサングラスをかけ、モルドバ・マフィア然と出かけた行った。
仕事は何をしているんだろう?・・夫人に聞くと、
「あの人、秘密が多くて・・」
『そんな奴を再び引き込むあんたもあんただ』
と思うが、無論口には出さない。 -
台所は若干の配置換え及び改良が加えられていた。
小型の冷蔵庫が大型の物に変わり、何とはなしに手狭にしていた。 -
グレイも挨拶に来た。
黒猫のグレイにも再会。
俺を覚えていたらしく、すぐ擦り寄ってきた。
「よしよし! 俺を覚えていてくれたか。 グレ・・グ・・・お前・・・グレイなのか?」
何やらこの1年で矢鱈顔がデカくなった感じだ。
確かに、胸元の白毛とか、尾っぽの毛だまりとかはグレイの特徴を如何なく発揮してはいるが。
・・顔が・・顔がおっさん臭くなっている。
横に広がりでかくなっている。
おっさんになったグレイの猫の額を撫でてやると、ゴロリと横になる。
そして、ゴロゴロ喉を鳴らしては股をおっぴろげ、しきりに股間を舐め始める。
それが「猫の習性」なのか? この地方の猫独特の儀式の様なものなのか?
はたまたグレイ特有の個体的趣味の領域なのかは定かではない。
が、兎に角股間を舐めては勃起しているように見受けられる。
俺は幼い時分以来、猫との共同生活の機会が無かったため「猫の逸物」と云うのを知らずに過ごして来た。
だが、去年グレイという個性あふれる猫とひと月ではあるが共同生活したお陰で、まじまじと具に雄猫の股間を観察する機会を得た。ラマイのニコ玉も矢張り同じ物を持っていた。
円錐形で先端は針のように尖っている。
そして極めて・・・小さい。 -
散歩がてら中央市場まで買い物に出る。
凡そ、その土地の女性の平均的な醜美判定をするのに、この市場と云う存在は都合が良い。
ここの女性が素で綺麗だつたら、その土地の女性は相対的に「いけてる」と思って間違いない。
わざわざじゃがいも売りに美女を繰り出す必要性など何処にも存在しない。
それでも、例えば菜っ葉売りの御婦人が極めて秀麗だとしたら・・そりゃあ訳ありなのかも知れんがそれでも訳ありを育むのもその地方の特色として織り込んでも差し障りなかろう。 -
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野菜類とドライソーセージでサラダを作る。
夏、何故かサラダを食いたくなる俺だった。 -
夏の木漏れ日は遺憾なく街路にアクセントを提供してくれる。
そんな午後は、何気なくすれ違った鼻筋の通った女性にさへも異国を感じる。 -
【レーニン】
ペインティングパークに一枚の肖像画が飾られていた。
梅毒が脳に廻って死んだその男は、今ではここでさへ冷ややかな視線を送られている。
だが、共産主義の洗礼を受けていない俺は、崇拝もない代わりに、その反動的侮蔑もない。
父親は俺が子供の頃、俺の質問に答えた。
「ねぇ! 宇宙って大きいよね? でもそれより大きい物って何?」
「イデオロギーさ。」
今考えると、俺が質問した当時の父親の年齢は、41-2歳だったと思う。
今聞いたら、『馬鹿にスンナ! 』
と言いそうだが、当時は、そのハイカラな横文字に何やら魔術めいた物を感じていた。
石段に立掛けられた一枚の肖像画は、俺にそんな思い出を呼び覚ましてくれた。 -
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昨晩、数匹の蚊が俺の眠りを妨げた。
早速、スーパーに蚊取りリキッドとアダプターを買いに行くが売っていない。
日曜のバザールは大半が、閉店している記憶があったが、もしやと思い行ってみることにする。
だが、あにはからん哉、大方の店は営業していた。
バザールの入り口近くの店で、蚊取り器・リキッドを発見。65lei
まあ、こんなもんだろう。
後で、リキッドを染み込ませるマットが必要なことが判り、それも購入。12lei
それと夫人推薦の洗濯洗剤14lei
青果市場では、桃を1kg 15lei
桃は大まかに上・中・下にランク分けされそれぞれが8lei 10lei 15lei
一旦は買い物の荷物を置きに宿に帰ったが、もうちょっと散歩してみたい。
今度はこれまた壊れかけのアディダスのシューズで公園に出かけた。
こちらの学校は9月1日から新学期らしい。
そのせいか、公園には学用品を売る露店が50-60軒テント販売している。
学童衣類・学用品・雑貨と色々売られている。
俺は靴の修理をやりたかったので、瞬間接着剤を探すがどうも見当たらない。
仕方なしに、公園内の教会と鐘楼をカメラに収め帰宅する。 -
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どういった経緯でここペインティングパークに辿り着いたのか?
鍵十字の部隊章もハンマーと鍬に紛れ込んでいた。 -
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アンと連絡が取れる。
彼女は夏休みを利用してモルドバ北部の祖母の家に行っていた様だ。
電話での彼女は、相変わらず落ち着き払った大人びた声だ。
実際に遭うと、もつと怖い人なんだけどねw
いつものペインティング・パークで待ち合わせ。
「何処か・・ご希望のところある?」
「任せるよ。」
そしてまた、・・美術館巡りw
アンは未だ俺のことを客人扱いしてくれているらしい。
でなきゃ、遭って早々美術館とかw
女がそんな高尚な生き物でないことくらい、百も承知している。 -
最初っから抽象画の回廊だ。
実を言うと美術館は嫌いじゃない。
学生時代から、上野の国立西洋美術館には頻繁に出かけていた。
絵画を鑑賞している・・と云うより自分の思考や妄想を整理するのに、美術館やその隣の動物園を利用した。
だから目が肥えているとか言うんじゃない。
抽象画なんて絵描きのオナニーなど判りたくもない。
ただ、そのオナニーせずにはおれない何かは・・・少なからず理解出来るようになったようだ。
取りあえずは・・アンと一緒に1点1点観て廻ったが、思うに抽象画なんて物は・・ホールの中央に突っ立ち、瞑目し腕を水平に片足でキリキリ舞いしてみる。そして止まった地点から見て一番先に目に飛び込んで来た奴が良い作品に決まっている。
「どれが一番良かった?」
早速おいでなすった。
「Path of the forestって奴かな。抽象画のパテントでもある構造的世界が素直に色彩として抽出されていたような気がする。」
と、想ってもないことをシャーシャーと言うw
アンは黙っていた。
この娘、相当賢い。
不利な時、また構いたくない時の『沈黙を守る術』を知っている。
階段を登り、新なたホールにはルネサンス以前の宗教絵画が展示されている。
こういった宗教絵画は、クリスチャンでもない俺にとって血や肉ではなく、かと言って骨や筋でも無い。
そしてその宗教的意義を知るには、説明書きを読むに限る。
『Our mother・・・』
「アンよ! このour motherって表現は、キリスト教徒にとって普通に使い回されている表現なのか?
「そうよ、我が母マリアね。」
「ふむふむ。」
また、別のタイトルに、『Jesus Partocrator』とある。
「Partocrator・・・って何の意味だ?」
アンの目がキラリと光る。
どうやら、ここらあたりから巻き返しを画策しているようだw
絵を見ると、バイブルを開いたジーザスだとか、聖人だとかが描かれているので、
「教えとか・・訓戒とか云う意味か?」
と聞いたところ、
「違います。それは・・・・・です。でね、・・・とは根元的に違うの!・・・」
滔々と説明が続く。
ふと、サイレントの世界へ・・
アンの口だけが、奇妙に動いている。
薄っすらと産毛の生えた桃のような口周り。
こっちの女性は体毛が薄い。
だから剃ったり、整えたりする習慣が無いのかも知れない。
ウクライナの山の中のど田舎で、それこそ2cmほど産毛の伸びた口髭の老婆を見かけた時は魂消た。
いくら薄いとはいえ、そりゃ伸ばし過ぎだw
『ウクライナ女にゃ髭がある。』
これは嘘ではないが、正確を期すならば、
『・・体毛が薄い。よって未処理の場合が多々ある。』
もし、日本人、東南アジア系の女性が顔そりをしなかったとすれば、それこそ熊五郎みたいになるのは請合って言い切れる。
「ねぇ、聞いてます?」
「ん?・・聞いてるさ、つまり・・なんだ、中世キリスト教世界の独自の世界観がそこには存在するんだろ?」
アンは、さも呆れた顔をしながらも幽かに微笑んだ。
階を登って、次はルネサンス期の絵画だ。
この辺に来ると、多少は馴染みがある。
古代ギリシア期芸術のように、もっと人間的なものを表現しようとする潮流だ。
考えてみれば、社会変革どころの騒ぎではない。
革命に近い。
中世キリスト教的社会通念をごうにも疑わない時代に、我独り「いや、それ違うだろ。」
と言葉には出さずとも戦いを挑まなければならないのだ。
そして人々からは後ろ指を指され、
「奴はキ印さ!」
と、狂人扱いを受ける。
俺は「ラマイの休日」で一応『妄想の定義』を苦笑しながら写して見た。
本心は・・
「どっちが妄想なのか・・・歴史が証明する。」
と嘯きながらw
「このブロンズ像・・どっか変だと思わない?」
アンが指差したブロンズのタイトルは「マーキュリー」
「これってローマ時代の神々のひとりだっけ?」
アンの説明が始まる。
「本来なら、彼の靴に翼が生えてないといけないのよ。でもこれはヘルメットに着いている。・・おかしいと思わない?」
「2種類用意してたんじゃないのか? 普段はヘルメット。イベントの時だけ翼のシューズとか。」
と茶化すと、
「やめてよw」
と笑っていた。
ふたりは美術館を後にする。
アンは俺に日本の古い切手が展示されたギャラリーを見せたかったらしいが、その部分は閉館しており不満そうだ。
俺は・・・俺は通り過ぎた絵画の作者名を思い出していた。
『UNKNOWN』
歌で言うなら『詠み人知らず』
俗に言う偉大な画家たちは、これ等の有能なUNKNOWNの恩恵を被っている。
「偉大」?
何が偉大なんだ?
業績がか?その足跡がか?
俺に言わせれば、確かにその時代の潮流を的確に捉えたという点においてのみ「偉大」なのかもしれない。
それはその画家が、その時代の寵児になれたか否かとは別の問題だ。
生きた時代は不遇でも、後世に香を焚かれる奴もいる。
だが、それにしてもムーヴメントは決してひとりで出来る術ではない。
言い換えれば、「偉大」とはムーブメントの集約された象徴的個人に過ぎない。 -
美術館からシュテファン・チェルマーレ大通りのペインティング・パークまで戻り、そこからトラムに乗り込む。
俺が盛んに飲み物を要求したので、
「じゃ、モール・ドバに行きましょ」
って事になった。あそこなら飲み物にしても色々ある。
だが、どうやらアンは乗るべきトラムの番号を間違えたらしかった。
「ごめんなさいね。 これだとぐるりと廻ってボタニカの方に行くわ。」
妙だと思ったら、電車は丁度キシナウ鉄道駅前を通過中だった。
「丁度好いや、さっき言っていたボタニカの中華レストランの場所を教えてくれ。」
ボタニカで下車し、行ってみたがその中華レストランは閉じられていた。
ブカレストにしたって、オデッサにしたって、中華屋は必ずあった。
だが、ここキシナウはアンの話では6-7軒の寿司屋はあるが、中華屋は見当たらないという。
これは明らかに異常事態だ。
個人的見解を述べれば、中華屋3-4軒に和食屋1軒が妥当な店舗数だと思う。
まぁ、その和食屋にしたって、日本人がやってる確率は極めて低い。
ボタニカから1区間だがミニバスに乗りモル・ドバ前で下車。
4階のレストラン街に上がる。
「何か、食うかい?」
「食べたくないの、飲み物だけで。」
アンのこういうところは頑固なのを知らされているので、オレンジを潰して絞ったジュースを2個買い振舞う。
オレンジの酸味と甘味、そして何よりも水分が微熱に心地よい。
宿の奥さんからうつされたらしいもらい風邪で、咳が出る。
「モルドバの後、どこに行くんですか?」
「うん、オデッサから船でグルジアに渡ろうと思っている。」
「グルジア? あそこ今・・とても危険な状態ですよ。」
「うむ、ロシアと一悶着あるのは知っている。」
「グルジアの紛争について・・どう思いますか?」
俺はアンの真意を図りかねた。と云うのは、今まで俺の前では少なくとも政治的色合いの話をすることはなかった。
「まぁ、しばらくはあのまま続くだろうね。急変して解決するとは到底思えない。グルジアは南オセチアだけでなく、北西黒海沿岸部でもロシアと揉めてるからね。月並みだけど簡単じゃない。」
「知っています。南オセチアだけでは無いことも。でも事あるごとに尊い人命が犠牲になっています。ここモルドバでもそう。
親露的大統領が誕生するなんて有り得ない! チートです。ポーランドの事故にしたってロシアが裏で画策したに違いありません。」
実は昨今の世情に疎い俺は、ポーランドで最近何が起こったのか知らなかった。
「オバマの指導力にも問題がないとは言えない。黒人大統領として、今ひとつ白人社会に対する遠慮みたいな物があるのかも知れません。」
風邪気味の俺は思考停止状態。
まぁ、混ぜっ返すくらいなら沈黙を決め込んだ方が良い。
俺は静かに頷いた。 -
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旦那の英語は片言だが簡潔でショート・コント形式になっている。
若い頃、中蒙国境の特殊警備に派遣されたそうだ。
中ソがダマンスキー島で揉めた頃なのかもしれない。
旦那の話では30年前と云うが、それならお前11歳頃から国境警備に出たのかって話になる。
そこいらを突っ込むと面白くなくなるので止めといた。
だが、モンゴルに行ったことは事実らしく、普通知らないような都市名に詳しかった。
それからカムチャッカにも行ったらしい。
俺がチャイを勧めると、
「悪いが・・軍に居たとき来る日も来る日もチャイチャイチャイ。」
相当トラウマになっているらしい。 -
旦那の友人のビクトールは、毎夕来てはコーヒーや晩飯を御馳走になって11時過ぎに帰っていく。
自家用車はなさそうなので、ミニバスかタクシー利用のようだ。
旦那と同い年というから42-3かもしれない。
独身。
ボタニカという高層アパート群のある地区に家があると言っていた。
ビクトールは最初、外資系の雇われだと思っていた。
「フランクフルトが俺の業務本部で、チューリッヒが本社。」
と云っていたからだ。
だが、彼は英語が全く話せない。
軍上がり旦那の方が、余程勘が良い。
ドイツ語は出来るか聞いてみたが、それも出来ないらしい。
フランクフルトの会議では、通訳が付くそうだ。
この晩、大家一家が不在だったので、俺が対応に追われた。
「何か飲むか?」
ビクトールが酒を飲めないのは聞いていたので、市場から買ってきたばかりのココアを出した。
粉砂糖を添えて出したところ、
「何だこれは・・覚醒剤か?」
「おしいなw ザハールだよ。」
と言ったら、指の先で摘んで舐めた。
その後、牛テールのワイン煮スープとパン2切れ出したら完食していた。
牛テールといっても背骨に近い方だったので、びっしり肉が付いていた。
それが市場で1kg 20leiと安かった。
食事が済んで話になるが、俺のモルドバ語じゃつらい。
それでも、彼が以前経済検査官だったことや、給与が月500でやってられなくて転職したこと。
未だ独身な事、実兄がキシナウ郊外の公立病院の院長をやっていることなどは判った。
それで、俺がグルジアに行くと言ったら、
「やめとけ! あそこは危ないし、女もたいしたことは無い。グルジアよりアルメニアの方が女はきれいだ。」
「いやいや、女観にいく訳じゃないから。それに女ならモルドバで散々美形見てるから。」
「ふむ。そりゃそうだw」
こんな具合に事女の話になると、妙にディテールまで通じるから不思議だ。
ビクトールが経済マフィアならぬ経済ポリスと聞いて、ひとつだけ納得した点があった。
旦那と違い、事の外慎重で用心深い性格だった。 -
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昨日まで何処に行っていたんだ?
ってくらい街中学生で溢れ返っている。
いつもはガランとしていたネットカフェも満席に近い。
頭に大ぶりの白いリボンをつけた女学生もいる。
これはロシアのテレビにも出てくるので、ロシア風なのかも知れない。
どでかい純白のリボンが一寸田舎臭いけど、そこがまた新鮮で頗る良いw
小学生だけでなく、高校生にも白リボンはいる。
その体の発育に不釣合いな白リボンは、妙にエロティックだったりする。
こいつ等、日本人の女との最大の違いは尻だ。
黒人ほどは目立たないが、後方に随分と突き出ている。
何人ものヨーロッパの女に言われたことは・・・
「日本の女性はきれいだけど、SEXYじゃない。」
「ほう、例えば?」
「決定的に違うのはお尻ね!」
ハイハイ! それ位にしといてやれよ。泣き出すからw -
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大家の庭の離れにある葡萄棚の下でバーベキューをやる。
ここでやった料理は、アメリカ風の肉一辺倒の料理とは異なり、夏野菜を織り込んだ手の込んだ料理が多い。
肉が嫌いなわけじゃないが、以前に比べるとだいぶ食えなくなっている。
アルメニア出身の御婦人が参加した。
首都エレバン出身で、みんな普通にロシア語で会話している。
子供のボグダンでさへ、モルドバ語からさっとロシア語に切り替えて話している。
昼間来た隣人も、ロシアのエカテリンブルク出身で、矢張りロシア語が共通語らしい。
言葉は正しく環境による。
ブルガリア・ソゾポールの民宿の若旦那も、奥さんが白ロシア出身だったため家族の会話はロシア語だった。
この若旦那、電気技師だったが、正確に『ありがとう』の一語を例に取り上げ、ウクライナ語・ポーランド語・ロシア語
の違いを教えてくれた。
食事が終わり、アルメニア夫人の身の上を聞くと、旦那と長男はカザフスタンに出稼ぎに行っているとのことだ。
次男とこの夫人が、ここキシナウに在住しているそうだ。
その後、You tubeから流れるアルメニア音楽を聴き映像を観ながら簡単に市街地の説明をしてもらった。
その中に、双子の高峰の麓に広がる市街地の映像があった。
その双子の両峰は美しく冠雪している。
「美しい山だね。何て名前?」
「ARARAT」
「ほぅ・・これが有名なアララト山か。」
こんな世界の片隅で、希少なアルメニア人に会えるなんて思ってもみなかった。 -
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中古カメラの露店
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昨日はモルドバに来てからはじめての雨だった。
一雨ごとに秋が近づく様相だ。
庭の胡桃の大木も一部黄色く色づいている。
北海道のように、8月の旧盆を過ぎたらストーブが要る・・って程ではないが、多分9月を境にめっきり秋めくに違いない。
市場のレモン売りが言っていた。
「これはカザフスタンから今日届いたばかりだよ!」
満更嘘ではないらしく、他で売っているレモンと違い蔕に青々とした葉を着けている。
そして存在感のあるレモンイエローは、将に絵の具のチューブから搾り出されたように光沢を放っている。 -
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【ヨーロッパにおける「蟻とキリギリス」の話】
元話はグリム童話だったと思う。
その元ネタが何だったかは記憶に無い。
暑い夏の盛りに蟻は額に汗して働き、キリギリスは夜な夜な音楽・遊興に耽っている。
冬が訪れ、蟻はぬくぬくと巣篭もりし、キリギリスは寒風吹きすさぶ中蟻の家の戸を叩き、物乞いするという話だ。
これを東欧に模すると、グリム当時の世相が幽かに見え隠れしてくる。
キリギリスは明らかにジプシーを意味している。
彼等は流浪の民の為支配領土を持たないし、被支配民であることも免れていたようだ。
フランスにおいて「川の民」と呼ばれ、河川を往来して生活していたという話も、映画「ショコラ」に出てくる。
ロシア映画にも宴席に呼ばれ、場を盛り上げる職業宴会人を紹介したものがある。
第三帝国のジェノサイトでよく取り上げられるのはユダヤ人だが、数的にはユダヤ人以上のジプシーが殺処分の被害に遭っている。
彼等のルーツはインドだとルーマニア人から聞いたことがある。
一寸興味が沸いてググッてみると、矢張り南インドがそのルーツらしい。
東欧のジプシーを中心に歌い継がれている音楽に「マネーレ」がある。
元来、宴会の民の為流行ものに聡く、直近ではHIP HOPも取り入れて常に音楽の民たらんと努力研鑽しているようだ。
率直に言って・・俺はフォークロア音楽を聴いても、ピンと来なかった。
だが1000年来の流浪の民の音楽は、その命がけの音楽には、こころを打たれた。
「マネーレ? そんなジプシー音楽なんて・・・民族音楽ならルーマニアにもあるのに・・」
と、ルーマニアの友人は助言してくれたが・・・
俺的には「マネーレ」はルーマニアの民族音楽を遥かに超えたこころの音だった。
10数年前初めて聞いたときの驚きは今でも忘れない。
「これ・・・演歌・・じやねぇか・・」
これまでジプシーには何かと嫌な思いをして来た俺だが、それでもジプシーへの興味は尽きない・・懲りない俺だった。 -
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シュテファン・チェルマーレからネット・カフェに向かうのに、関所がある。
店舗の軒先に空き缶を抱えていつも座っている老婆がいるのだ。
別に関所破りしてもかまやしないのだが、紙幣で1leiを入れて通過する事にしている。
「ブナ・ジーワ」
と挨拶する。
「スパスィーバ」
と返ってくる。 -
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「どうもご馳走様!」
「いえいえ」
「これからどうするの?」
「ぶらっと、散歩でもして帰るよ。」
「うちに来ない?。」
「子供は?」
「いるけど、テレビ観たりしてるから平気よ。」
「・・・またにするよ」
「そう? また電話してね」
そんな会話が隣の席から聞こえて来るw -
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【モルドバ国立ワイン館】
観光資源の乏しいモルドバにとって、唯一と云っても過言ではないワイン。
大小80にも及ぶワイナリーを国内随所に散りばめている。
有名どころでは、クリコバ、ブルカリ。
だが、小規模のワイナリーにも銘品はある。否、小規模だからこそ昔ながらの伝統的手法で作るワインの銘品もあるのだ。
ブクレシュティ通りに今は廃屋になったホテルがある。
旦那に聞いたら、40万ユーロ程だろうとの事だった。
改装しても総額100万ユーロほどで、この一等地にモルドバ全土のワイナリーから取り寄せた推薦銘柄が並ぶ訳だ。
各地方ごとにセクション分けし、そのセクションごとに独立採算でやってもらう。ワインの搬送は言うに及ばず、美女の雇用・配置まで数箇所のワイナリーが協同して運営してもらう。
法人としてのワイン館は、僅かな賃料・事務費用を徴収すればよい。
奥の中庭にはワインを使った郷土料理のレストランを併設。
キシナウでモルドバ全土のワインを楽しめるのであれば、今のところ何も無いキシナウの観光の目玉になることは請け合いだ。
建屋は地上4階なので、3・4階部分はホテルとして利用しても構わない。
キシナウの他のホテルは馬鹿高いので、この一等地で値頃感ある宿泊料金設定にすれば十分ホテル部分だけでも採算は取れる。
だが第一のテーマは、宝石のように散りばめられた中小ワイナリーに販促の門戸を提供するにある。
国税の多くを輸出ワインに依存している国家ならば、この程度の施策は至極当然と思われる。
ワイン館の運営上の問題である法人格の立ち位置さへ決まれば、入館料の有無・メンテナンス・広報サービス・販促グッズ等のディテールはどうにでもなる。
『東欧に真珠あり! 美酒と美女と盗人の殿堂』
wktkしないか?w -
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Honey
Hi Honey!
??
How are you today?
Not so bad.
Can you be my Honey ?
?? What meaning ? Of course we can be selling Honey.
I wanna just only you lol
Ok,, but i am not Honey, i make Honey, like a bee,,, so i can Bee sting to you.
I wanna be sting too.
go home ! -
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この旅行記へのコメント (5)
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- josanさん 2011/02/09 00:30:41
- 旅行記再開ですか〜。
- お久振りですcostinさん、旅行記再開ですか〜、お待ちして居ました〜。(祝)
プロフの絵も変りましたね、私にはイイタコがサングラスして居る様に見えますが、学が無い者で分りません教えて下さ〜い。(涙)
costinさん、 黒海奇行楽しみに続きをお待ちして居ま〜す。(祝)
ウドンよりJOSAN。
- costinさん からの返信 2011/02/09 04:09:51
- RE: 旅行記再開ですか〜。
こんばんわ Josanさん
2ヶ月ほど暇が無かったのですが、一段落ついたので書き足しているところです。合間をみて思い出しながらですので、サクサクとはいきませんが『黒海奇行』だけは兎に角完結させようと想っております。
プロフィールのロゴは、日本の家紋から拝借した物です。
「向かい変わり揚羽蝶」と云う名の家紋です。
勝手にKissing Swallowtail Butterflyと呼んでますw
costin
- josanさん からの返信 2011/02/09 11:45:21
- RE: RE: 旅行記再開ですか〜。
- >
> こんばんわ Josanさん
>
> 2ヶ月ほど暇が無かったのですが、一段落ついたので書き足しているところです。合間をみて思い出しながらですので、サクサクとはいきませんが『黒海奇行』だけは兎に角完結させようと想っております。
>
> プロフィールのロゴは、日本の家紋から拝借した物です。
> 「向かい変わり揚羽蝶」と云う名の家紋です。
> 勝手にKissing Swallowtail Butterflyと呼んでますw
>
> costin
こんにちは〜 costinさん。
この家紋は「家紋倶楽部4000」に有りました「頭合わせ変わり三っ蝶」と言う名前で出て居ました、そう言われて見ると、蝶が頭を会わせて居ますね〜。(笑)
ウドンよりJOSAN。
- costinさん からの返信 2011/02/09 18:14:03
- RE: RE: RE: 旅行記再開ですか〜。
水戸黄門でお馴染み『三つ葉葵』にしろ、慣例的に『三つ』と名のつく家紋には3個の同じ文様の組み合わせ意匠になります。
「頭合わせ変わり三っ蝶」は3つの蝶が頭を寄せ合った意匠のような気がします。
確認はしていませんが多分家門倶楽部4000さんの転記ミスかと・・w
costin
- josanさん からの返信 2011/02/09 20:27:51
- RE: RE: RE: RE: 旅行記再開ですか〜。
- >
> 水戸黄門でお馴染み『三つ葉葵』にしろ、慣例的に『三つ』と名のつく家紋には3個の同じ文様の組み合わせ意匠になります。
> 「頭合わせ変わり三っ蝶」は3つの蝶が頭を寄せ合った意匠のような気がします。
> 確認はしていませんが多分家門倶楽部4000さんの転記ミスかと・・w
>
>
>
> costin
今晩は〜costinさん、すみませ〜ん、再度「家門倶楽部4000」を見てみましたが、私の勘違いで、この家紋の上と下に名前が有り、上が「変り対い揚羽蝶」で下の家紋が「頭合わせ変わり三っ蝶」でした。(笑)
矢張りご指摘の様に下の「頭合わせ変わり三っ蝶」の家紋には蝶が、3匹頭を合わせて居る家紋でした。(汗)
ウドンよりJOSAN。
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