2010/10/02 - 2010/10/09
4位(同エリア7件中)
mistletoeさん
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首都ベイルートで1泊し、パレスチナ難民キャンプのあるティールへ向かって海沿いを南下です。
外務省渡航情報では危険地域となっており、少し緊張しましたが、兵士の皆さんはバナナを食べていたり、バスに向かって手を振ってくれたりと平和そのものでした。
4日目の行程は 鳩の岩 → エシュムーン神殿 →(お菓子屋さん)→ 海の城壁 → シドン旧市街 → ハーン・エル・フランジュ → 石鹸博物館 → 昼食 → ティール(海の遺跡~陸の遺跡) → ティール(泊)です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
暑くて目が覚め、気分転換に外へ散歩に出るとツアーで仲良くなった方と偶然出会い、小一時間ほどお喋りしながら爽やかに朝の散歩です。
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朝から釣り!いいですね〜♪
-
猫もいっぱいです!魚屋?のおじさんが捌いた切れ端を猫にあげていたりして、本当に内戦が終わって、平和になって良かったなー。と思える光景でした。
この町が毎日海を見ながら散歩するなんて羨ましいです! -
海岸沿いは遊歩道が整備されおり、ベイルートのみなさんがウォーキングをされていました。
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ホテルを出発し、さぁ!と思ったところ、カーブを曲がった途端に「ガンッ!ゴンッ!」と何やら激しい音がし、その途端に周りの車から一斉に「ビーッ!ビーッ!」とクラクションが。
何事かと思い、振り返ると運転手さんがトランクの鍵を閉め忘れたようで、スーツケースが道に散らばっていました(笑)
関西からの参加者は思わず「ありえへんっ!」と突っ込んでいましたが、慌てて回収し、一件落着!
朝一からコントのようでしたが、とりあえず回収し、再度出発!と言った瞬間、1つ目の観光地に到着です。
鳩の岩(Pigeon Rocks)
ベイルートの西、ラウシェ地区から海を見下ろすと、鳩の岩と呼ばれる2つの奇岩が見えます。大きい方が高さ22m、幅15mあります。
添乗員さんによると、ベイルートには観光名所がないため、この奇岩が名所になったそうです。 -
現地ガイドさんが一旦バスを停め、一軒のお店へ。
何かな?と思っているとお盆に美味しそうなお菓子を沢山載せて持ってきてくれました。
アラブ菓子でバクワラと言うそうです。
甘―い香りにバス内最高潮!何個かいただくとパイはサクサクとしていて、ナッツの風味が効いたとっても美味しいお菓子でした。 -
エシュムーン神殿(Temple of Echmoun)
紀元前6世紀のペルシャ時代に建設されたシドンの守護神エシュムーンの神殿跡です。
エシュムーンは子供の医学(健康)、薬の神様で、ギリシャの医学の神アスクレピオスと同一視されており、また、ビザンチン時代には教会、宗教の聖地でもありました。 -
遺跡は各時代が混在しているそうです。
建物の基礎部分にローマ時代の円柱の台座部分が残っていましたが、明らかに基礎の方が細く、不安定です。 -
神殿の遺構からギリシャの影響を受けた彫刻やモザイクが多数発見されています。
現地ガイドさんの説明を聞きながら、皆さんと「これはどの時代の遺跡だろう?」と話をしていました。ロマンです! -
先ほどのお菓子店に戻り、バスを降りて店内を見学。
こじんまりとしたお店でしたが、とても清潔で、美人の店員さんが日本人パワーにビックリしていらっしゃいました。
Hassann Al-Yamani Sweet
Saida-Lebanon-Eastern Bouevard-Dandachli Bldg.
E-mail : h.y.sweets@hotmail.com -
バクワラだけでなく、クッキーやチョコレート、ケーキ、デーツも販売されていました。
店員さんが「食べてみて!」と勧めてくださり、色々試食させていただきましたが、どれも甘いけれど、甘すぎずとっても美味しかったです。
バクワラは缶に入れてくれ、日本にお土産として持ち帰り可能だとの事だったので、予約する事にしました。
明日、同じ道を通るそうなので、その時に立ち寄ります。
1キロ10ドルで、1.5キロ、2キロとあります。 -
お菓子に後ろ髪をひかれつつ、バスに乗り、ベイルートの南48キロにある南部最大の港町、サイダ(シドン)Saida(Sidon)へ到着です。
左手が旧市街、右手が海の要塞です。 -
海の城塞 Sea Castle(Qasr Al Bahr)
ボートワン1世が1110年に陥落させたが、1187年には、サラディーンがベイルートやアッコとともに奪い返し、その勢いでエルサレム征服を果たしました。
1228年に十字軍はシドンを奪い返しましたが、サラディーンがそれを見越して陸地の城塞をことごとく破壊していったため、十字軍が港の防備のため、もともとフェニキア人がメルカルト神殿を建てていた小島に要塞を建てたそうです。現在は石橋で渡ることができます。 -
ここで外部からの侵略に備えて市街を守っていたのですね。
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十字軍が去ったあと、左手はモスクに改修されてしまいました。
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海の要塞から旧市街に進みます。
紀元前12〜10世紀にはフェニキア人の都市国家としてトリポリ、ティールと並ぶ交易拠点として繁栄しました。
その後、バビロニア、ペルシャ、ローマ、イスラムと次々と支配者が変わるが、紀元前6世紀からのペルシャ時代には、第5州の州都として黄金時代を迎え、ガラスの産地としても名を馳せました。
エジプトのガラスは「すりガラス」だったのですが、シドンのガラスは透明度が高かったため、珍重されたそうです。
現在は主に十字軍時代とイスラム時代の建造物が残っています。
2005年2月に暗殺されたハリーリ前首相の出身地でもあります。
歴史とは関係なく、子供達は人懐っこく、陽気です。全世界共通ですね。 -
ハーン・エル・フランジュ Khan el-Franj
17世紀にレバノン内外に建てられたキャラバンサライ(隊商宿)の中でも規模が大きく、保存状態が良い建築物です。19世紀まではこの街の商業活動の中心でした。
その後フランス領事館にも使われ、今でもフランス政府が所有しているそうです。
周囲には花が咲き乱れ、手入れが行き届いた素敵な空間でした。入口正面には暗殺されたハリリ前首相のポスターが掲示されていました。 -
旧市街を歩いていると、香ばしい香りがしてきました。覗くと、おじさんが汗だくでホブスを焼いていました。
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石鹸博物館 The Soap Museum
19世紀まで石鹸工場だった建物を利用して、石鹸の歴史と製造工程を紹介しています。 -
ここでは、ミュージアムの係員(すごく美人!)が、先人がどのようにして石鹸を作っていたのかを解説してくださいました。
その後、いざ、お待ちかねのお土産店へ。
小さなお店で、団体客がほとんど来ないらしく、一瞬にして大パニック!あれこれと見ていると、その後からフランス人の「じじ・ばば」団体が入ってきてレジ待ちしている列を無視して割り込んできたり、マナーの悪いこと悪いこと(怒)
添乗員さんが「並んでいる!」と伝えると「Calm-down、Calm-down」と手をヒラヒラさせながら馬鹿にしたように言われ、キーッ!となっていました。 -
午前の観光&移動で時間がかかり、昼食は少し遅めです。
魚のランチが2日つづいたので、今日はお肉と聞いて大喜び!入口にはシュワルマが回っており、香ばしい匂いが辺りに漂っています。 -
イチオシ
スパイス風味のコロッケ?や、ケバブもマトン、チキンと数種類あり、大満足です。
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ミックスジュースを注文してみたところ、濃いピンクのジュースが出てきました。ミックスジュースと言えば、淡い黄色のイメージでしたが、グァバ風味で美味しかったです。
お腹もいっぱいになり、元気回復したところで、午後の観光へ出発です。 -
スール(ティール)遺跡 Sour(Tyre) 1984年世界遺産登録
ベイルートから南へ80キロ。フェニキア地方の最南端にあり、古代から栄えた都市でした。
ヘロドトスの歴史書によると紀元前28世紀にこの町は存在していたそうです。
紀元前10世紀にティールのヒラム王は沖に浮かぶ小さな島にフェニキア随一の港を築き、海上貿易と紫色の染料やガラス工芸によって、地中海で最も栄えた都市となりました。
スールとは、「岩」「聖なる場所」の意味なのだそうです。 -
(海の遺跡)
紀元前332年、アレキサンダー大王はティールを攻略するため堤防を築いて島と陸をつなぎ、7ヶ月後にティールは陥落しました。その後、砂が堆積し、現在の半島のような形になったそうです。
古代フェニキアの港に通じる幅8mの列柱道路には、薄緑色の大理石モザイクで円形の模様が施されており、列柱は縞の入った大理石が使用されています。
バスから降りた瞬間海に向かって林立する列柱が目に留まりました。 -
劇場、貯水池、ローマ風呂、ビザンチン大聖堂などが点在しています。
ハート模様や円形のモザイクタイル、現地ガイドさんが水で濡らし、縞模様が分かり易いように水をかけて説明してくださった列柱や台座の1つ1つ違うレリーフなど、豊かさが感じられる遺跡でした。
エジプトから巨石を輸入し、こちらの港から運ばれていったそうです。 -
海の中にも遺跡が沈んでいる事が確認されているそうですが、発掘には至っていないそうです。
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文字が残されていました。読めたらなぁ・・・・・
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海の遺跡を跡にし、バスに少々乗り移動です。同じティール遺跡ですが、少し場所が離れています。
(陸の遺跡)
2万人を収容できる長さ500m幅160mの世界最大規模のローマ時代のヒッポドローム(戦車競技場)や2世紀に築かれた高さ20mのアーチ型の凱旋門、水路橋、ネクロポリス(死者の町)からギリシャ・ローマ時代の彫刻が施された大理石棺が発見されています。
以前はここが海沿いだったそうです。 -
こちらはネクロポリス。アパートのようなつくりです。
偶然だとは思いますが、ネクロポリスは全体的に陰っていて、棺の奥から覗き見されているような気になりました・・・・・こわ〜っ -
この凱旋門で「生」と「死」が分かれていたようです。
立派な門が今でも死者を遮断してくれているようです。
門をくぐると日差しが!何だかホッとしました。 -
不思議だったのは、こちらの遺跡中にひっついていたカタツムリ?の殻。
本当に遺跡や雑草にビッシリとくっついていて遠目に見ると白い花が咲いているように見えました。
ここは僅かに残っていたヒッポドロームです。 -
上に登り、競技場を見渡してみました。
勇ましい競技にどれだけの人が盛り上がったのでしょうか。 -
こちらでも美しいモザイクタイルが残されていました。
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アブディーブ ホテル(ABOUDIB HOTEL)
この辺りはパレスチナ難民キャンプが近いこともあり、チェックポイントがあちこちにありました。
国連レバノン暫定軍(UNIFIL)の兵士はヒマそうでバスに手を振ってくれたりしていました。兵士がヒマって良い事です。
観光後、町中からどんどん郊外へ移動し、バナナ畑へ囲まれたホテルへ。 -
ここが後々話のネタになるようなホテルで、各部屋から「何これ〜!」の絶叫が。
やたらとだだっ広く、キッチンが完備された部屋や、シャワーゾーンの仕切りが低く、洗面所が水浸しになった部屋、誰が使ったのか分からないグラスやスリッパが置いたままの部屋、やたらと狭く、スーツケースを開く事も出来ないツインの部屋、そして爆笑だったのが部屋の照明がピンクで白のダブルベットだった添乗員さんの部屋。
結婚式がよく行われるとの事だったので、新婚さんが泊まる部屋だったのでしょうが、一面ピンクで酔いそうでした。 -
夕食は美味しかったのですが、ご一緒させていただいている方が頼まれたワインが最悪で、注ぐと不純物が浮かんでおり、1口戴くと味は養命酒でした。苦情を言うと、ビールに替えてくれましたがいつまでも口に嫌な味が・・・・・
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食事は魚とエビ、それとメッゼ。
さすがに少々飽きてきました。
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