2010/09/05 - 2010/09/14
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haichaoluさん
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外灘の北端、蘇州河に架かる現存の有名な外白渡橋は1907年に架設されましたが、橋の上から眺める風景も悪くありません。
租界時代を舞台にしたTVドラマにも度々ロケされています。(実際は上海郊外の映画村にあるレプリカ)
ところで中国語の「白」は勿論白色を表しますが、「ただで、無料で」や「無駄になる、徒労」などという意味もあります。
「外白渡橋」の名前の由来は「外国人はただで渡れたから」との説もありますが、しかし歴史話はもっと複雑です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
1848年、渡し舟しかなかった蘇州川に英国商社怡和洋行らが共同出資して「蘇州川橋梁公司」を設立し、長さ137m、幅7mの木造橋梁を架設しました。
当初、1人銅板1枚、馬や車は2枚の通行税を徴収していましたが、1863年にアメリカ租界が英国租界と合併され共同租界となり往来が増えたので、通行税を2倍に値上げしました。 -
しかも中国人だけに課税したので、市民が憤慨し抗争となりました。
某広東人が「義渡(無料の渡し舟)」を始め、当局に対し抗議を示しました。市民はこれを歓迎し「白渡:バイドゥ」と呼んだそうです。 -
抗議に屈したのか1873年、租界当局は下流側に無料の幅11mの木製浮き橋を設置しました。
当初「公園橋」と呼ばれていましたが、何時の頃からか「外白渡橋」と呼ばれるようになったとか。
その後「蘇州川橋梁公司」の橋は租界当局が買い取り撤去しましたが、1907年、浮き橋は路面電車を通すために現在の立派な鉄橋に架け替えられました。 -
橋を渡ると左は「北蘇州路」、真直ぐは「大名路:ブロードウェイ・ロード」、右へ曲がると「黄浦路」ですが、黄浦区から虹口区になります。
-
左手は上海大厦。当時は通りの名前から「ブロードウェイ・マンション」と呼ばれていました。
右手はロシア領事館とその北側が「礼査飯店(リチャード・ホテル):浦江飯店」です。
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