2010/08/23 - 2010/09/01
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etretatさん
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ゴッホ(1853-1890)はプロヴァンスのタラスコン駅から夜汽車に乗って、
5月17日午前10時にパリ・リヨン駅に到着。
出迎えたテオとともに馬車でモンマルトルのテオ夫妻のアパートに着き、
旅装を解いた。
ゴッホは5月20日にオーヴェール・シュル・オワーズに赴いた。
医者のガシェが1日6フランの宿屋を予約してくれたが、ゴッホは自分で
3.5フランの宿屋(オーベルジュ・ラヴー)を見つけた。
精神科医のガシェをテオに紹介したのはピサロで、ガシェは自分でも
絵筆を握っていた。
月27日の日曜日の午後、その日は蒸し暑い日だったらしい。
ゴッホはいつものようにカンヴァスを担いで麦畑へ出かけたが
自ら胸にピストルを当て自殺を図ったという。
ガシェが往診、翌朝テオがパリから駆けつける。
7月29日午前1時半、テオに看取られて死亡。
ここで一つの疑問が沸きあがる。
精神科医のガシェはゴッホを応急治療するために総合病院や外科医に
なぜ連絡を取らなかったのだろうか。
ゴッホは死の直前、ガシェが許したパイプを口にしたらしい。
これはアメリカの個人が所有する「医師ガシェの肖像」、ボタンが
3つ描かれている。
オルセーにある「医師ガシェの肖像」ではボタンがなく、服全体が
同じ色調で塗り込められている。
後者は趣味で絵を描いていたガシェが、最初の絵をもとに模写した
のではという説もある。
それがオルセーに寄贈されたたくさんのゴッホ作品の中に入っていた
というわけだ。
ゴッホの死には謎が多い。
ピストルはどこで入手したのだろうか。
アルルでの耳切り事件にしても真相は不明。
ゴッホ37歳、オーヴェールでの70日間で六十数枚の油絵、30枚の
デッサンを残したことは紛れもない事実だ。
- 旅行の満足度
- 4.5
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