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 舞岡公園から本郷台への道の道中に鎌倉古道木曽の石仏がある。2、3年前に明治学院大学からの道路が繋がり、環状3号線の戸塚方面乗り入れ道の角にあるが、本郷台からの道路が延びた際にコンクリートブロックの崖のこの場所に移されたのであろう。<br /> 小顔の石仏に赤い前掛けを付けているのが何とも微笑ましい。<br />(表紙写真は木曽の石仏)

鎌倉古道木曽の石仏(横浜小菅ヶ谷)

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2010/07 - 2010/07

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 舞岡公園から本郷台への道の道中に鎌倉古道木曽の石仏がある。2、3年前に明治学院大学からの道路が繋がり、環状3号線の戸塚方面乗り入れ道の角にあるが、本郷台からの道路が延びた際にコンクリートブロックの崖のこの場所に移されたのであろう。
 小顔の石仏に赤い前掛けを付けているのが何とも微笑ましい。
(表紙写真は木曽の石仏)

  • 木曽の石仏。環状3号線戸塚方面連絡道の赤坂の信号の角にある。

    木曽の石仏。環状3号線戸塚方面連絡道の赤坂の信号の角にある。

  • 「鎌倉古道木曽の石仏」説明石板。<br />「この石仏は旧鎌倉道の木曽と赤坂の境の辻に行路の安全を願って安置されたもので風化が著しいが地蔵菩薩一体と如意輪観音又は聖観音二体であり、造像年代は江戸元禄頃と推定される。又、土地の性質から道祖神の役割も果たしていた。<br />尚、称蓮社然誉願生大徳の碑は浄土宗の供養塔である。」

    「鎌倉古道木曽の石仏」説明石板。
    「この石仏は旧鎌倉道の木曽と赤坂の境の辻に行路の安全を願って安置されたもので風化が著しいが地蔵菩薩一体と如意輪観音又は聖観音二体であり、造像年代は江戸元禄頃と推定される。又、土地の性質から道祖神の役割も果たしていた。
    尚、称蓮社然誉願生大徳の碑は浄土宗の供養塔である。」

  • 享保19年(1734年)銘石碑。「称蓮社然誉願生大徳」と彫られた浄土宗の供養塔。

    享保19年(1734年)銘石碑。「称蓮社然誉願生大徳」と彫られた浄土宗の供養塔。

  • 「力石」説明石板。<br />「幕末明治期から盛んとなった地域の若者の力自慢や交流の場に置かれ、力石には当時の青年達のロマンが刻まれている。」

    「力石」説明石板。
    「幕末明治期から盛んとなった地域の若者の力自慢や交流の場に置かれ、力石には当時の青年達のロマンが刻まれている。」

  • 力石。

    力石。

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