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 前編に続き10年前の記憶を頼りに書いてみたい。写真はネガフィルム写真からスキャンしているので、画質は落ちています。<br /><br /> ヨーロッパ4カ国の旅はジュネーブとアルプス観光を終え、最終地ローマに向かった。<br /> ジュネーブ空港を離陸して、間もなく午前中観光したアルプスの山々が右下に見えたようであるが、左座席に座った家内と2人には見ることが出来なかった。所要時間は全く記憶にないがやがてローマの空港に着陸した。<br /> 観光バスがすでに待機しており、ポーターが運んだスーツケースをそれぞれ確認して乗車した。添乗員の当日の予定等の説明があり、ガイドとドライバーの紹介があった。ガイドはイタリア人でいきなり大きな声でボンジョールノ!ときた。数時間前までは「ボンジュール」であったので、(スイスの公用語は4ヶ国語。ジュネーブはフランス語)イタリアに来た実感が湧いた。このガイド青年は山口大学に留学した経験があり、発音と言い、言葉遣いまで顔を見なければ、日本人と聞き違えるほどで、近親感を覚えた。<br /><br /> ローマでの見学はサン・ピエトロ大聖堂、コロセオ、トレビの泉、市内散策であった。<br /> 順序はどうであったか、思い出せないが、サン・ピエトロ大聖堂にはバスから降りて大聖堂までまっすぐ、ゾロゾロ歩いた記憶がある、橋だったか、何かを越えて、バチカンに入ったような気がする。大聖堂の広場は人、人、人で大混雑であった。<br /> 大聖堂の出入口に立つ衛兵はすべてスイス兵で、後ろについた団体がスイスの小旗を振っていたのが印象に残っている。衛兵の家族または縁者であったかもしれない。バチカン市国、サン・ピエトロ大聖堂はスイスの軍隊によって警護されていることをその時はじめて知った。<br /> ローマとバチカン市国の境界は塀によって囲われている。観光バスで塀を車窓見学したが、その際車内案内では、大聖堂と市国外との通路(トンネルだったかな。)があり、法王などの万一の場合、大聖堂から脱出が可能だと説明があったが、歴史上あったかどうかはうやむやであったような気がする。<br /><br /> コロッセオには交通規制があり、観光バスは入れないので、公営バスで向かった。コロッセオは5万人収容できる円形の闘技場で、西暦80年完成したと言うから、当時この大きさの建造物であることを考えると、完成まで少なくも数年は要したと考えられる。<br /> 闘技場はいつごろから崩壊、取り壊しが始まったか、また保存はどのようにして始まったか分からないが、外周はかなりの部分残っている。また構造的に火山灰のコンクリート造りで、鉄筋は使われていないと言う。<br /> 外観的には3階に見えるが傷みは進んでいる。2階には廊下と言うか通路があり、ここまで上がることができる。1900年以上経過しているが、改修がなされているでもなかった。往時の技術水準の高さを覗い知った。<br /> 2階の通路から外側を見下ろすと、コンスタンチヌスの凱旋門が見下ろせた。パリでみた凱旋門に比し小さいかなと感じたがどうであろうか。車窓から見た凱旋門と高いところから見下ろした凱旋門では視線が違うので何とも言いようがない。<br /><br /> ローマ市内観光は徒歩による観光となった。何ヵ所かの広場巡りをしたが、中でもトレビの泉とスペイン広場は出かけるまえから興味を持っていたこともあるが、記憶は鮮明に残っている。言うまでもなく映画「ローマの休日」である。映画館で1回、テレビでは数回視ている。忘れかけた時分にテレビ放映される。この春にもBS hiで放送され、懐かしく視た。<br /> トレビの泉、スペイン階段のアン王女(オードリー・ヘップバーン)と新聞記者のジョー(グレゴリー・ペック)は、いつまでも記憶に残るシーンである。<br /><br /> 徒歩観光からホテルまでの帰りの足はタクシーになった。ガイドが6〜7台確保し、各車運転手に行き先を伝え、車両割の上、先頭のタクシーに乗り、それぞれ発車した。我々の乗った車両は3両目だったが、ホテルに着いたら、運転手から代金請求され困惑した。代金はガイドがまとめて支払うために先頭車両に乗ったはずが、我々の乗った3両目のタクシーが一番早く着いてしまったことによるトラブルだった。<br /> これですべての日程が終了し、翌日搭乗した日航機はミラノ経由で帰国の途に就いた。<br /> ヨーロッパ4カ国の旅は、これが初めてのヨーロッパ旅行であり、自分自身の記憶保持目的で、旅行記として書き綴りました。 <br />

ヨーロッパ4カ国の旅 ローマ編

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2000/09/19 - 2000/09/27

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na1430

na1430さん

 前編に続き10年前の記憶を頼りに書いてみたい。写真はネガフィルム写真からスキャンしているので、画質は落ちています。

 ヨーロッパ4カ国の旅はジュネーブとアルプス観光を終え、最終地ローマに向かった。
 ジュネーブ空港を離陸して、間もなく午前中観光したアルプスの山々が右下に見えたようであるが、左座席に座った家内と2人には見ることが出来なかった。所要時間は全く記憶にないがやがてローマの空港に着陸した。
 観光バスがすでに待機しており、ポーターが運んだスーツケースをそれぞれ確認して乗車した。添乗員の当日の予定等の説明があり、ガイドとドライバーの紹介があった。ガイドはイタリア人でいきなり大きな声でボンジョールノ!ときた。数時間前までは「ボンジュール」であったので、(スイスの公用語は4ヶ国語。ジュネーブはフランス語)イタリアに来た実感が湧いた。このガイド青年は山口大学に留学した経験があり、発音と言い、言葉遣いまで顔を見なければ、日本人と聞き違えるほどで、近親感を覚えた。

 ローマでの見学はサン・ピエトロ大聖堂、コロセオ、トレビの泉、市内散策であった。
 順序はどうであったか、思い出せないが、サン・ピエトロ大聖堂にはバスから降りて大聖堂までまっすぐ、ゾロゾロ歩いた記憶がある、橋だったか、何かを越えて、バチカンに入ったような気がする。大聖堂の広場は人、人、人で大混雑であった。
 大聖堂の出入口に立つ衛兵はすべてスイス兵で、後ろについた団体がスイスの小旗を振っていたのが印象に残っている。衛兵の家族または縁者であったかもしれない。バチカン市国、サン・ピエトロ大聖堂はスイスの軍隊によって警護されていることをその時はじめて知った。
 ローマとバチカン市国の境界は塀によって囲われている。観光バスで塀を車窓見学したが、その際車内案内では、大聖堂と市国外との通路(トンネルだったかな。)があり、法王などの万一の場合、大聖堂から脱出が可能だと説明があったが、歴史上あったかどうかはうやむやであったような気がする。

 コロッセオには交通規制があり、観光バスは入れないので、公営バスで向かった。コロッセオは5万人収容できる円形の闘技場で、西暦80年完成したと言うから、当時この大きさの建造物であることを考えると、完成まで少なくも数年は要したと考えられる。
 闘技場はいつごろから崩壊、取り壊しが始まったか、また保存はどのようにして始まったか分からないが、外周はかなりの部分残っている。また構造的に火山灰のコンクリート造りで、鉄筋は使われていないと言う。
 外観的には3階に見えるが傷みは進んでいる。2階には廊下と言うか通路があり、ここまで上がることができる。1900年以上経過しているが、改修がなされているでもなかった。往時の技術水準の高さを覗い知った。
 2階の通路から外側を見下ろすと、コンスタンチヌスの凱旋門が見下ろせた。パリでみた凱旋門に比し小さいかなと感じたがどうであろうか。車窓から見た凱旋門と高いところから見下ろした凱旋門では視線が違うので何とも言いようがない。

 ローマ市内観光は徒歩による観光となった。何ヵ所かの広場巡りをしたが、中でもトレビの泉とスペイン広場は出かけるまえから興味を持っていたこともあるが、記憶は鮮明に残っている。言うまでもなく映画「ローマの休日」である。映画館で1回、テレビでは数回視ている。忘れかけた時分にテレビ放映される。この春にもBS hiで放送され、懐かしく視た。
 トレビの泉、スペイン階段のアン王女(オードリー・ヘップバーン)と新聞記者のジョー(グレゴリー・ペック)は、いつまでも記憶に残るシーンである。

 徒歩観光からホテルまでの帰りの足はタクシーになった。ガイドが6〜7台確保し、各車運転手に行き先を伝え、車両割の上、先頭のタクシーに乗り、それぞれ発車した。我々の乗った車両は3両目だったが、ホテルに着いたら、運転手から代金請求され困惑した。代金はガイドがまとめて支払うために先頭車両に乗ったはずが、我々の乗った3両目のタクシーが一番早く着いてしまったことによるトラブルだった。
 これですべての日程が終了し、翌日搭乗した日航機はミラノ経由で帰国の途に就いた。
 ヨーロッパ4カ国の旅は、これが初めてのヨーロッパ旅行であり、自分自身の記憶保持目的で、旅行記として書き綴りました。 

  •  コロッセオ中心部分

     コロッセオ中心部分

  •  2階通路から

     2階通路から

  •  コロッセオ2階通路から

     コロッセオ2階通路から

  • サン・ピエトロ大聖堂正面

    サン・ピエトロ大聖堂正面

  •  サン・ピエトロ大聖堂正面左側出口専用口。個人、団体の入場口は大聖堂右側<br /> 左右に立つ衛兵はスイス兵士。<br /> 出入口など警護している。

     サン・ピエトロ大聖堂正面左側出口専用口。個人、団体の入場口は大聖堂右側
     左右に立つ衛兵はスイス兵士。
     出入口など警護している。

  • サン・ピエトロ大聖堂内は人、人、人であった。

    サン・ピエトロ大聖堂内は人、人、人であった。

  •  大聖堂内の祭壇

     大聖堂内の祭壇

  •  大聖堂の内の祭壇

     大聖堂の内の祭壇

  • 大聖堂内の祭壇

    大聖堂内の祭壇

  • コロッセオ2階外窓からコンスタンチヌス凱旋門

    コロッセオ2階外窓からコンスタンチヌス凱旋門

  •  凱旋門に続くローマ市内風景

     凱旋門に続くローマ市内風景

  • 映画「ローマの休日」おなじみのスペイン階段<br />後方はトリニタ・ディ・モンティー教会<br /> 観光客がいしめいている。

    映画「ローマの休日」おなじみのスペイン階段
    後方はトリニタ・ディ・モンティー教会
     観光客がいしめいている。

  • トレビの泉<br />泉の中にコインがいっぱい沈んでいる。

    トレビの泉
    泉の中にコインがいっぱい沈んでいる。

  •  ローマ市内の広場

     ローマ市内の広場

  •  ローマ市内の繁華街

     ローマ市内の繁華街

  • ローマ市内ナヴォーナ広場

    ローマ市内ナヴォーナ広場

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