二条・烏丸・河原町旅行記(ブログ) 一覧に戻る
祇園祭に行ってきました。<br /><br />祇園祭は日本3大祭の一つで、八坂神社をはじめ氏子区域一帯で、7月1日の「吉符入」から31日の「疫神社夏越祭」までの1ヶ月間、様々な神事や行事が執り行われます。<br /><br />そのハイライトである「山鉾巡行(17日)」は、絢爛豪華な懸装品をまとった「動く美術館」と称される32基の山鉾が、祇園囃子を奏でながら、大勢の観衆の待つ都大路を進みます。<br /><br />尚、今年は”ユネスコ無形文化遺産”に登録されて初となる巡行となりました。<br /><br /><br />この旅行記では、巡行順の18から23までを掲載。<br /><br />18:占出山(うらでやま)<br />19:芦刈山(あしかりやま)<br />20:保昌山(ほうしょうやま)<br />21:放下鉾(ほうかぼこ)<br />22:岩戸山(いわとやま)<br />23:舟鉾(ふねぼこ)<br /><br /><br />◎ 勇壮な32基の山鉾が、都大路を華麗に巡行! 「祇園祭・山鉾巡行 ②」<br />http://4travel.jp/traveler/minikuma/album/10480851/<br /><br />◎ 勇壮な32基の山鉾が、都大路を華麗に巡行! 「祇園祭・山鉾巡行 ①」<br />http://4travel.jp/traveler/minikuma/album/10480383/<br /><br />◎ 駒形提灯が映える山鉾に、宵山気分は最高潮! 「祇園祭・宵山」<br />2010/07/16<br />http://4travel.jp/traveler/minikuma/album/10479971<br /><br />おまけ↓↓↓<br />http://yaplog.jp/awamoko/archive/213 <br />

勇壮な32基の山鉾が、都大路を華麗に巡行! 「祇園祭・山鉾巡行 ③」

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2010/07/18 - 2010/07/18

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みにくま

みにくまさん

祇園祭に行ってきました。

祇園祭は日本3大祭の一つで、八坂神社をはじめ氏子区域一帯で、7月1日の「吉符入」から31日の「疫神社夏越祭」までの1ヶ月間、様々な神事や行事が執り行われます。

そのハイライトである「山鉾巡行(17日)」は、絢爛豪華な懸装品をまとった「動く美術館」と称される32基の山鉾が、祇園囃子を奏でながら、大勢の観衆の待つ都大路を進みます。

尚、今年は”ユネスコ無形文化遺産”に登録されて初となる巡行となりました。


この旅行記では、巡行順の18から23までを掲載。

18:占出山(うらでやま)
19:芦刈山(あしかりやま)
20:保昌山(ほうしょうやま)
21:放下鉾(ほうかぼこ)
22:岩戸山(いわとやま)
23:舟鉾(ふねぼこ)


◎ 勇壮な32基の山鉾が、都大路を華麗に巡行! 「祇園祭・山鉾巡行 ②」
http://4travel.jp/traveler/minikuma/album/10480851/

◎ 勇壮な32基の山鉾が、都大路を華麗に巡行! 「祇園祭・山鉾巡行 ①」
http://4travel.jp/traveler/minikuma/album/10480383/

◎ 駒形提灯が映える山鉾に、宵山気分は最高潮! 「祇園祭・宵山」
2010/07/16
http://4travel.jp/traveler/minikuma/album/10479971

おまけ↓↓↓
http://yaplog.jp/awamoko/archive/213

  • 18:占出山(うらでやま)<br /><br />釣り竿を持った人形は、神功皇后の姿をかたどっている。九州・肥前の川で、鮎を釣って戦勝を占った伝説が由来。<br />この山には「あいわい山」の別名が明治まで語られていたが、町衆に人気のあった山であったことをうかがわせる。<br />色鮮やかな日本三景を描いた胴掛けが特徴。<br />

    18:占出山(うらでやま)

    釣り竿を持った人形は、神功皇后の姿をかたどっている。九州・肥前の川で、鮎を釣って戦勝を占った伝説が由来。
    この山には「あいわい山」の別名が明治まで語られていたが、町衆に人気のあった山であったことをうかがわせる。
    色鮮やかな日本三景を描いた胴掛けが特徴。

  • 18:占出山(うらでやま)<br /><br />復習 ①山鉾の前後左右に飾られている刺繍や絵などの名称について<br /><br />前方正面 前懸(まえかけ)<br />左右側面 胴懸(どうかけ)<br />後方   見送り<br /><br /><br />復習 ②役割について<br /><br />一番前で旗を持っている人が、旗持ち。<br /><br />その次に続く、棒のようなものをぶら下げている2人組の人は、露払い。棒は竹製の時は「ばらん竹」、鉄棒の場合は「錫杖(しゃくじょう)」と呼びます。<br /><br />その次に歩く正装した方は、それぞれの町の名士。<br /><br />山鉾を曳くのは曳子(曳方)。<br /><br />鉾の場合は、さらに音頭取、囃し方、屋根方などが、鉾に従います。<br />

    18:占出山(うらでやま)

    復習 ①山鉾の前後左右に飾られている刺繍や絵などの名称について

    前方正面 前懸(まえかけ)
    左右側面 胴懸(どうかけ)
    後方   見送り


    復習 ②役割について

    一番前で旗を持っている人が、旗持ち。

    その次に続く、棒のようなものをぶら下げている2人組の人は、露払い。棒は竹製の時は「ばらん竹」、鉄棒の場合は「錫杖(しゃくじょう)」と呼びます。

    その次に歩く正装した方は、それぞれの町の名士。

    山鉾を曳くのは曳子(曳方)。

    鉾の場合は、さらに音頭取、囃し方、屋根方などが、鉾に従います。

  • 18:占出山(うらでやま)<br /><br />御神体(人形)の神功皇后は金の烏帽子(えぼし)に太刀をはき、右手に釣竿、左手に釣り上げた鮎を持って立つ。<br /><br />神功皇后は古くから安産の神として祀られ、山鉾巡行のくじ順が早いとその年は御産 が軽いといわれる。<br />

    18:占出山(うらでやま)

    御神体(人形)の神功皇后は金の烏帽子(えぼし)に太刀をはき、右手に釣竿、左手に釣り上げた鮎を持って立つ。

    神功皇后は古くから安産の神として祀られ、山鉾巡行のくじ順が早いとその年は御産 が軽いといわれる。

  • 18:占出山(うらでやま)<br /><br />露払い(つゆはらい)<br /><br />貴い人や行列の先に立って道を開くこと。また、その役を務める人。<br />転じて、人に先立って物事の先鞭をつけること。また、そうする人。<br />

    18:占出山(うらでやま)

    露払い(つゆはらい)

    貴い人や行列の先に立って道を開くこと。また、その役を務める人。
    転じて、人に先立って物事の先鞭をつけること。また、そうする人。

  • 18:占出山(うらでやま)<br /><br />曳子(曳方)<br /><br />

    18:占出山(うらでやま)

    曳子(曳方)

  • 18:占出山(うらでやま)<br /><br />山鉾の後方には必ずこのような小さい車が従います。<br />名称や何を搭載しているのかなど、いまだに謎のまま。<br />

    18:占出山(うらでやま)

    山鉾の後方には必ずこのような小さい車が従います。
    名称や何を搭載しているのかなど、いまだに謎のまま。

  • 18:占出山(うらでやま)<br /><br />見送には花鳥竜文の綴錦(つづれにしき)。<br /><br /><br />これらの煌びやかな装飾品を見るのも、山鉾巡行の楽しみの一つ。<br /><br />中には重要文化財や、博物館に展示されるほど貴重なものもあるようです。<br />

    18:占出山(うらでやま)

    見送には花鳥竜文の綴錦(つづれにしき)。


    これらの煌びやかな装飾品を見るのも、山鉾巡行の楽しみの一つ。

    中には重要文化財や、博物館に展示されるほど貴重なものもあるようです。

  • 19:芦刈山(あしかりやま)<br /><br />御神体(人形)、衣装ともに山鉾のなかでも屈指の古さを誇る。人形のかしらには天文6年の銘が、また小袖は16世紀の作とみられ、重要文化財に指定されている。<br />もっとも、現在の衣装は最近の作。<br /><br />謡曲「芦刈」は、摂津の国・難波にすむ夫婦は貧乏が原因で別れ、妻は都へ出て宮仕えする。が、夫が気掛かりで探したところ、落ちぶれて芦を売る夫を見つける、と言う話。<br />山の正面 、側面に芦の造花が飾られる。<br />

    19:芦刈山(あしかりやま)

    御神体(人形)、衣装ともに山鉾のなかでも屈指の古さを誇る。人形のかしらには天文6年の銘が、また小袖は16世紀の作とみられ、重要文化財に指定されている。
    もっとも、現在の衣装は最近の作。

    謡曲「芦刈」は、摂津の国・難波にすむ夫婦は貧乏が原因で別れ、妻は都へ出て宮仕えする。が、夫が気掛かりで探したところ、落ちぶれて芦を売る夫を見つける、と言う話。
    山の正面 、側面に芦の造花が飾られる。

  • 19:芦刈山(あしかりやま)<br /><br />前懸 山口華楊原画の段通「凝視」(1986)<br />胴懸 尾形光琳原画の「燕子花図(かきつばたず)」(1994)<br /><br />

    19:芦刈山(あしかりやま)

    前懸 山口華楊原画の段通「凝視」(1986)
    胴懸 尾形光琳原画の「燕子花図(かきつばたず)」(1994)

  • 19:芦刈山(あしかりやま)<br /><br />

    19:芦刈山(あしかりやま)

  • 19:芦刈山(あしかりやま)<br /><br />御神体(人形)の旧御頭には天文6年(1537)七条仏師運慶の流れをくむ康運作。<br /><br />天正17年(1589)銘をもつ重要文化財指定の 「綾地締切蝶牡丹文片身替小袖(あやじしめきりちょうぼたんもんかたみかわりこそで)」は山鉾最古の衣装。<br />ただし、巡行で使われたものは最近の作。<br />

    19:芦刈山(あしかりやま)

    御神体(人形)の旧御頭には天文6年(1537)七条仏師運慶の流れをくむ康運作。

    天正17年(1589)銘をもつ重要文化財指定の 「綾地締切蝶牡丹文片身替小袖(あやじしめきりちょうぼたんもんかたみかわりこそで)」は山鉾最古の衣装。
    ただし、巡行で使われたものは最近の作。

  • 19:芦刈山(あしかりやま)

    19:芦刈山(あしかりやま)

  • 20:保昌山(ほうしょうやま)<br /><br />旧名に「花ぬす人山」という。<br /><br />平井保昌は藤原大納言方の孫で、致方の子で武勇にすぐれ、和歌も堪能であった。妻は、和泉式部。恋した女官から紫宸殿前の梅を手折ってほしいと頼まれた保昌が首尾よく一枝を得た。しかし北面の武士に発見され、射かけられた矢が頭をかすめ、保昌はほうほうの態で逃げ帰ったという。<br /><br />盗難除け、縁結びのお守りが授与される。<br />

    20:保昌山(ほうしょうやま)

    旧名に「花ぬす人山」という。

    平井保昌は藤原大納言方の孫で、致方の子で武勇にすぐれ、和歌も堪能であった。妻は、和泉式部。恋した女官から紫宸殿前の梅を手折ってほしいと頼まれた保昌が首尾よく一枝を得た。しかし北面の武士に発見され、射かけられた矢が頭をかすめ、保昌はほうほうの態で逃げ帰ったという。

    盗難除け、縁結びのお守りが授与される。

  • 20:保昌山(ほうしょうやま)<br /><br />前掛 緋羅沙地(ひらしゃじ)に蘇武牧羊図(そぶぼくようず)<br />胴掛 張騫巨霊人(ちょうけんきょれいじん)に鳳凰虎<br /><br />いずれも円山応挙(1733&#12316;95)の下絵で、これは別に屏風に仕立て保存している。

    20:保昌山(ほうしょうやま)

    前掛 緋羅沙地(ひらしゃじ)に蘇武牧羊図(そぶぼくようず)
    胴掛 張騫巨霊人(ちょうけんきょれいじん)に鳳凰虎

    いずれも円山応挙(1733〜95)の下絵で、これは別に屏風に仕立て保存している。

  • 20:保昌山(ほうしょうやま)<br /><br />曳子の方々。<br />この時は前方の進行が滞っていたので、少し休憩しているところです。<br />

    20:保昌山(ほうしょうやま)

    曳子の方々。
    この時は前方の進行が滞っていたので、少し休憩しているところです。

  • 20:保昌山(ほうしょうやま)<br /><br />頭は明応9年(1500)、胴は文政元年(1818)町内に住んでいた彫刻師勇祐の作であるという。<br />

    20:保昌山(ほうしょうやま)

    頭は明応9年(1500)、胴は文政元年(1818)町内に住んでいた彫刻師勇祐の作であるという。

  • 20:保昌山(ほうしょうやま)

    20:保昌山(ほうしょうやま)

  • 21:放下鉾(ほうかぼこ)<br /><br />鉾の名は真木のなかほどの「天王座」に放下僧の像を祀るのに由来する。<br />鉾頭は日・月・星三光が下界を照らす形を示し、その型が洲浜に似ているので別名「すはま鉾」とも呼ばれる。<br /><br />かつては長刀鉾と同様「生稚児」であったが、昭和4年以降稚児人形にかえられている。稚児人形は久邇宮多嘉王殿下より三光丸と命名せられ、巡行の折には稚児と同様、鉾の上で稚児舞いができるように作られている。<br />

    21:放下鉾(ほうかぼこ)

    鉾の名は真木のなかほどの「天王座」に放下僧の像を祀るのに由来する。
    鉾頭は日・月・星三光が下界を照らす形を示し、その型が洲浜に似ているので別名「すはま鉾」とも呼ばれる。

    かつては長刀鉾と同様「生稚児」であったが、昭和4年以降稚児人形にかえられている。稚児人形は久邇宮多嘉王殿下より三光丸と命名せられ、巡行の折には稚児と同様、鉾の上で稚児舞いができるように作られている。

  • 21:放下鉾(ほうかぼこ)

    21:放下鉾(ほうかぼこ)

  • 21:放下鉾(ほうかぼこ)<br /><br />この時、稚児舞いをしていたようです。<br />稚児人形の後方で、何人かの人が操作しているのが見てとれます。<br />

    21:放下鉾(ほうかぼこ)

    この時、稚児舞いをしていたようです。
    稚児人形の後方で、何人かの人が操作しているのが見てとれます。

  • 21:放下鉾(ほうかぼこ)<br /><br />放下鉾は重量が10トンもあるので、曳子の数も40人前後と大人数。<br />その他、音頭取、車方など、全員の息が合わないと鉾はまっすぐに動きません。<br />

    21:放下鉾(ほうかぼこ)

    放下鉾は重量が10トンもあるので、曳子の数も40人前後と大人数。
    その他、音頭取、車方など、全員の息が合わないと鉾はまっすぐに動きません。

  • 21:放下鉾(ほうかぼこ)<br /><br />◎ 音頭取<br /><br />鉾の前に乗って扇子を振っているのが、音頭取です。<br />「よーい よ〜い、え〜んやらや〜」の掛け声にあわせて、曳子が綱を引っ張ります。<br />車の運転手のような重要な役割を担っています。<br />

    21:放下鉾(ほうかぼこ)

    ◎ 音頭取

    鉾の前に乗って扇子を振っているのが、音頭取です。
    「よーい よ〜い、え〜んやらや〜」の掛け声にあわせて、曳子が綱を引っ張ります。
    車の運転手のような重要な役割を担っています。

  • 21:放下鉾(ほうかぼこ)<br /><br />

    21:放下鉾(ほうかぼこ)

  • 21:放下鉾(ほうかぼこ)<br /><br />◎ 車方<br /><br />手に持っているスコップのようなものを使って、鉾の進路を微調整します。<br /><br />足元に置いてある木製のものは車止めで、鉾を一旦停止したい時に使います。<br />

    21:放下鉾(ほうかぼこ)

    ◎ 車方

    手に持っているスコップのようなものを使って、鉾の進路を微調整します。

    足元に置いてある木製のものは車止めで、鉾を一旦停止したい時に使います。

  • 21:放下鉾(ほうかぼこ)<br /><br />鉾車と呼ばれる車輪の大きさは、2メートル前後。<br />

    21:放下鉾(ほうかぼこ)

    鉾車と呼ばれる車輪の大きさは、2メートル前後。

  • 21:放下鉾(ほうかぼこ)<br /><br />◎ 囃し方<br /><br />鉾の上層に乗っているのは囃し方。鉾によって違いますが、待機要員を合わせ40人くらいが担当しています。<br />

    21:放下鉾(ほうかぼこ)

    ◎ 囃し方

    鉾の上層に乗っているのは囃し方。鉾によって違いますが、待機要員を合わせ40人くらいが担当しています。

  • 21:放下鉾(ほうかぼこ)<br /><br />囃し方の下にある飾りは、下水引と呼ばれています。<br />さらにその下に胴懸。写真では少ししか映っていません。<br /><br />下水引 刺繍琴棋書画図(ししゅうきんきしょがず)は与謝蕪村(1716&#12316;83)の下絵<br /><br />胴掛 花文のコーカサス鍛通

    21:放下鉾(ほうかぼこ)

    囃し方の下にある飾りは、下水引と呼ばれています。
    さらにその下に胴懸。写真では少ししか映っていません。

    下水引 刺繍琴棋書画図(ししゅうきんきしょがず)は与謝蕪村(1716〜83)の下絵

    胴掛 花文のコーカサス鍛通

  • 21:放下鉾(ほうかぼこ)<br /><br />鉾の先端までの高さは17〜25m。<br />近くで見上げると首が痛くなる。<br />鉾の全体像を撮ろうと思ったら、相当離れないと無理です。<br />

    21:放下鉾(ほうかぼこ)

    鉾の先端までの高さは17〜25m。
    近くで見上げると首が痛くなる。
    鉾の全体像を撮ろうと思ったら、相当離れないと無理です。

  • 21:放下鉾(ほうかぼこ)<br /><br />◎ 見送<br /><br />雙鳳唐子遊楽図(そうおうからこゆうらくず)の綴錦で文政11年(1828)に京都西陣で作られた立派なものがあるが、昭和57(1982)年から皆川泰蔵作「バクダッド」にかえている。

    21:放下鉾(ほうかぼこ)

    ◎ 見送

    雙鳳唐子遊楽図(そうおうからこゆうらくず)の綴錦で文政11年(1828)に京都西陣で作られた立派なものがあるが、昭和57(1982)年から皆川泰蔵作「バクダッド」にかえている。

  • 21:放下鉾(ほうかぼこ)<br /><br />だいぶ遠くに行ってしまいましたが、もっと離れないと全体は撮れません。<br /><br />

    21:放下鉾(ほうかぼこ)

    だいぶ遠くに行ってしまいましたが、もっと離れないと全体は撮れません。

  • 21:放下鉾(ほうかぼこ)<br /><br />◎ 辻廻し<br /><br />山鉾巡行の中で、見所は何といっても辻廻し。<br /><br />重さ十トンを越える鉾の向きを90度変えるのだから迫力があります。<br />ハンドルが付いている訳ではないので、無理矢理の方向転換になります。位置を見定め竹を敷き詰め、鉾を竹の上に停めます。<br />次に曳き綱を車輪に渡し、水を打ち、音頭取りのかけ声と共に一気に引きまわします。周囲には車輪と竹がきしむ音が響きます。<br /><br />上手くまわれば拍手が湧き起こります。<br /><br />辻廻しが行われる場所は2か所、四条河原町の交差点と、河原町御池の交差点です。<br />写真の場所は、河原町御池の交差点で、私が居たのは交差点から30mくらい手前のところです。<br />

    21:放下鉾(ほうかぼこ)

    ◎ 辻廻し

    山鉾巡行の中で、見所は何といっても辻廻し。

    重さ十トンを越える鉾の向きを90度変えるのだから迫力があります。
    ハンドルが付いている訳ではないので、無理矢理の方向転換になります。位置を見定め竹を敷き詰め、鉾を竹の上に停めます。
    次に曳き綱を車輪に渡し、水を打ち、音頭取りのかけ声と共に一気に引きまわします。周囲には車輪と竹がきしむ音が響きます。

    上手くまわれば拍手が湧き起こります。

    辻廻しが行われる場所は2か所、四条河原町の交差点と、河原町御池の交差点です。
    写真の場所は、河原町御池の交差点で、私が居たのは交差点から30mくらい手前のところです。

  • 22:岩戸山(いわとやま)<br /><br />

    22:岩戸山(いわとやま)

  • 22:岩戸山(いわとやま)<br /><br />『古事記』『日本書紀』に記される「国生み」と「天の岩戸」の神話を故事にもつ曳き山。<br /><br />「天の岩戸」は、素戔鳴尊の乱暴に天照大神が岩戸に隠れられたため、天地は常闇となり、八百万神は安の河原に集まって対策を練り、常世の国の尾鳴鳥を鳴かせ、鏡を鋳造し、500個の勾玉をつくり、天香山の榊を立て、天鈿女命が舞った伝承である。屋形内に、伊弉諾尊、天照大神、手力男命の3体の人形が飾られる。<br />

    22:岩戸山(いわとやま)

    『古事記』『日本書紀』に記される「国生み」と「天の岩戸」の神話を故事にもつ曳き山。

    「天の岩戸」は、素戔鳴尊の乱暴に天照大神が岩戸に隠れられたため、天地は常闇となり、八百万神は安の河原に集まって対策を練り、常世の国の尾鳴鳥を鳴かせ、鏡を鋳造し、500個の勾玉をつくり、天香山の榊を立て、天鈿女命が舞った伝承である。屋形内に、伊弉諾尊、天照大神、手力男命の3体の人形が飾られる。

  • 22:岩戸山(いわとやま)<br /><br />山といっても、形は鉾に近く、他の山に比べて牽引する人数が遥かに多いです。<br /><br />重さも、他の山が0.5〜1トンなのに、これは8.25トンと鉾に匹敵する重量を有します。<br />

    22:岩戸山(いわとやま)

    山といっても、形は鉾に近く、他の山に比べて牽引する人数が遥かに多いです。

    重さも、他の山が0.5〜1トンなのに、これは8.25トンと鉾に匹敵する重量を有します。

  • 22:岩戸山(いわとやま)<br /><br />曳子・車方・音頭取・囃し方・屋根方と、人員の構成も鉾と同じ。<br />

    22:岩戸山(いわとやま)

    曳子・車方・音頭取・囃し方・屋根方と、人員の構成も鉾と同じ。

  • 22:岩戸山(いわとやま)<br /><br />◎ 車方<br />

    22:岩戸山(いわとやま)

    ◎ 車方

  • 22:岩戸山(いわとやま)<br /><br />鉾との違いは、正面に稚児(人形)が乗ってるか否かくらいでしょうか。<br />

    22:岩戸山(いわとやま)

    鉾との違いは、正面に稚児(人形)が乗ってるか否かくらいでしょうか。

  • 22:岩戸山(いわとやま)<br /><br />正面上部にかけられているのは、上水引と言います。<br /><br />

    22:岩戸山(いわとやま)

    正面上部にかけられているのは、上水引と言います。

  • 22:岩戸山(いわとやま)<br /><br />◎ 囃し方<br /><br />欄縁に腰かけ、身体はほとんど外に出ているような感じで座っているのが分かります。<br /><br />

    22:岩戸山(いわとやま)

    ◎ 囃し方

    欄縁に腰かけ、身体はほとんど外に出ているような感じで座っているのが分かります。

  • 22:岩戸山(いわとやま)<br /><br />屋根の上には太刀を帯(は)き天瓊矛(あめのむぼこ)を突き出した伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を安置している。<br />

    22:岩戸山(いわとやま)

    屋根の上には太刀を帯(は)き天瓊矛(あめのむぼこ)を突き出した伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を安置している。

  • 22:岩戸山(いわとやま)

    22:岩戸山(いわとやま)

  • 22:岩戸山(いわとやま) <br /><br />下水引は、波鳳凰文綾地錦(なみほうおうもんあやじにしき)。<br /><br />

    22:岩戸山(いわとやま)

    下水引は、波鳳凰文綾地錦(なみほうおうもんあやじにしき)。

  • 22:岩戸山(いわとやま)<br /><br />山の真下に収納された割竹。<br />これは辻廻しの時に必要なもので、本来方向展開能力のある山には不必要なものですが、岩戸山は鉾と同じ構造なので、辻廻しをしなければならないのでしょう。<br />

    22:岩戸山(いわとやま)

    山の真下に収納された割竹。
    これは辻廻しの時に必要なもので、本来方向展開能力のある山には不必要なものですが、岩戸山は鉾と同じ構造なので、辻廻しをしなければならないのでしょう。

  • 22:岩戸山(いわとやま)<br /><br />見送は、日月龍百人唐子遊文図(にちげつりゅうひゃくにんからこゆうもんず)で、これは昭和61年(1986)に復元新調されたものである。<br />別に旧見送として、皆川泰蔵作のヴェネチア図を保存している。<br />

    22:岩戸山(いわとやま)

    見送は、日月龍百人唐子遊文図(にちげつりゅうひゃくにんからこゆうもんず)で、これは昭和61年(1986)に復元新調されたものである。
    別に旧見送として、皆川泰蔵作のヴェネチア図を保存している。

  • 23:舟鉾(ふねぼこ)<br /><br />『日本書紀』の神功皇后の新羅出船に由来する。<br /><br />屋形内に飾られた神功皇后の人形は、面を着け、頭に天冠を頂き紺金襴の大袖に緋の大口、緋縅の大鎧を付けている。<br />応仁天皇を生んだゆかりから、御神体に、晒を巻いて置き、巡行後に安産祈願の御腹帯として授与する習慣がある。<br /><br />現在の船鉾は、宝暦年間に計画され、天保年間に完成。船頭に「鷁(げき)」と呼ばれる想像上の瑞鳥を飾る。<br /><br />高さ1.3メートル、両翼端2.7メートル。<br />

    23:舟鉾(ふねぼこ)

    『日本書紀』の神功皇后の新羅出船に由来する。

    屋形内に飾られた神功皇后の人形は、面を着け、頭に天冠を頂き紺金襴の大袖に緋の大口、緋縅の大鎧を付けている。
    応仁天皇を生んだゆかりから、御神体に、晒を巻いて置き、巡行後に安産祈願の御腹帯として授与する習慣がある。

    現在の船鉾は、宝暦年間に計画され、天保年間に完成。船頭に「鷁(げき)」と呼ばれる想像上の瑞鳥を飾る。

    高さ1.3メートル、両翼端2.7メートル。

  • 23:舟鉾(ふねぼこ)<br /><br />曳子衆と車方、一番前を歩くのは町の名士です。<br />

    23:舟鉾(ふねぼこ)

    曳子衆と車方、一番前を歩くのは町の名士です。

  • 23:舟鉾(ふねぼこ)<br /><br />その名の通り舟の形をした鉾。<br />

    23:舟鉾(ふねぼこ)

    その名の通り舟の形をした鉾。

  • 23:舟鉾(ふねぼこ)<br /><br />★ トップ写真 ★<br /><br />↑の写真をトリミングしてトップ写真に採用しました。<br />

    23:舟鉾(ふねぼこ)

    ★ トップ写真 ★

    ↑の写真をトリミングしてトップ写真に採用しました。

  • 23:舟鉾(ふねぼこ)

    23:舟鉾(ふねぼこ)

  • 23:舟鉾(ふねぼこ)<br /><br />◎ 金色の鷁(げき)<br /><br />中国の想像上の水鳥です。<br />宝暦年間(1751&#12316;64)長谷川若狭の作。<br />

    23:舟鉾(ふねぼこ)

    ◎ 金色の鷁(げき)

    中国の想像上の水鳥です。
    宝暦年間(1751〜64)長谷川若狭の作。

  • 23:舟鉾(ふねぼこ)<br /><br />舟に乗りこんだ町衆<br /><br />

    23:舟鉾(ふねぼこ)

    舟に乗りこんだ町衆

  • 23:舟鉾(ふねぼこ)<br /><br />◎ 囃し方<br /><br />

    23:舟鉾(ふねぼこ)

    ◎ 囃し方

  • 23:舟鉾(ふねぼこ)<br /><br />◎ 車方<br />

    23:舟鉾(ふねぼこ)

    ◎ 車方

  • 23:舟鉾(ふねぼこ)<br /><br />水引の刺繍雲龍(ししゅううんりゅう)図の下絵は、西村楠亭(1775&#12316;1834)の筆。<br />

    23:舟鉾(ふねぼこ)

    水引の刺繍雲龍(ししゅううんりゅう)図の下絵は、西村楠亭(1775〜1834)の筆。

  • 23:舟鉾(ふねぼこ)<br /><br />艫(とも)には寛政4年(1792)に造られた、黒漆塗螺鈿(らでん)の飛龍文の舵。<br /><br />見送りはデータが無く不明。<br />

    23:舟鉾(ふねぼこ)

    艫(とも)には寛政4年(1792)に造られた、黒漆塗螺鈿(らでん)の飛龍文の舵。

    見送りはデータが無く不明。

  • 23:舟鉾(ふねぼこ)

    23:舟鉾(ふねぼこ)

  • 23:舟鉾(ふねぼこ)<br /><br />

    23:舟鉾(ふねぼこ)

  • 23:舟鉾(ふねぼこ)<br /><br />前方の河原町御池交差点で辻廻しをしているところ。<br /><br />巨大な鉾を90度回転させるのは大変な作業で、とても時間がかかります。<br /><br /><br />◎ 第3部おわり<br /><br />

    23:舟鉾(ふねぼこ)

    前方の河原町御池交差点で辻廻しをしているところ。

    巨大な鉾を90度回転させるのは大変な作業で、とても時間がかかります。


    ◎ 第3部おわり

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この旅行記へのコメント (7)

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  • なつ0905さん 2012/09/09 22:41:12
    本番はこうなのですね!
    みにくまさま

    こんばんは。ご無沙汰しております。

    お元気でいらっしゃいますか?みにくまさんの祇園祭の旅行記、とってもわかりやすいですネ!

    実は今年の夏私も一日前だっけ?二日前だっけ?の(宵山?だっけ)祇園祭の京都を訪れたのですが予習らしい予習を全くして行かなかったので、祇園祭とは一体何なの〜?!状態で覚えているのは暑さと人出の多さなんですね〜。

    さて旅行記にまとめるにあたり・・・なので、みにくまさんの旅行記にお邪魔させていただいております。本ちゃん当日はこうなんですね〜。見らなかったですがこの旅行記のお蔭でよくわかります。それによく撮れてますね。さぞかし大変だったのではないかと。

    私も鍛えなおしていつかリベンジしたいです。

    みにくま

    みにくまさん からの返信 2012/10/31 22:19:18
    RE: 本番はこうなのですね!


    なつ0905さん、こんばんは〜。

    4Tをずっとさぼっていて、返事が遅くなってしまいました<(_ _)>

    山鉾巡行は優雅で見ていて楽しいのですが、暑さと人の多さが問題ですね。
    早め早めに現地に行っておかないと、いい場所もとれないし、待っているだけでも暑くて汗びっしょりになるしで。。

    祇園祭は2年連続で行っていたのですが、今年はあいにく平日の巡行ということで行けませんでした。

    せめて宵山くらいはと思ったのですが、どうもタイミングが悪く、それも行けずじまいでした。
    来年も巡行は平日だと思うので、見に行くのはむつかしそうですが、夜ならなんとかなるかも〜。


    では〜(^o^)/
  • goodspeedさん 2010/07/22 09:58:06
    暑い中、お疲れさんです=^_^=
    goodspeedです、ご無沙汰してます。

    しかし大雨の後は夏本番のこの暑さ、今年の夏も暑くなりそうですね(~_~;)

    祇園祭はいつもテレビでしか見ていません。何せあの人の多さと京都特有の暑さ…
    どうも重い腰を上げる元気が出ないんですよね^_^;

    しかし、一生に一度は行くべきかなと思います。

    暑さに負けず、この夏もお出かけしたいですね!(^^)!

    それでは(^_^)/~goodspeed

    みにくま

    みにくまさん からの返信 2010/07/22 10:22:14
    RE: 暑い中、お疲れさんです=^_^=

    goodspeedさん、こんにちは〜。

    ちょうど祇園祭・山鉾巡行の一日前に降った夕立ちが最後の雨となり、巡行当日は猛暑といえるほどの暑さになりました(^_^;)

    私が陣取ったのは道路の上だったので暑さも倍で、巡行が終わった頃には、頭がフラフラになってしまい、それ以降の行事を見ることができませんでした。

    山鉾巡行は、一度は実際に見てみたいですね。
    テレビなんかで見るのとは、迫力が違います。

    お互い、夏バテに負けずに、外で元気に遊びましょう(*^_^*)


    では〜(^O^)/
  • churros さん 2010/07/22 09:22:36
    京のお人と違うんどすか?
    みにくまさん、おはようございます。

    解説の素晴らしさ、永年祇園さんを見続けていたのですが、みにくまさん
    の解説で「なるほ〜ど」「へ〜」「そうなんだ・・」の連続でした、京都
    が田舎の私より祇園さんの事が詳しいとは・・・・。

                     churros
  • churros さん 2010/07/22 09:22:30
    京のお人と違うんどすか?
    みにくまさん、おはようございます。

    解説の素晴らしさ、永年祇園さんを見続けていたのですが、みにくまさん
    の解説で「なるほ〜ど」「へ〜」「そうなんだ・・」の連続でした、京都
    が田舎の私より祇園さんの事が詳しいとは・・・・。

                     churros

    みにくま

    みにくまさん からの返信 2010/07/22 10:16:57
    RE: 京のお人と違うんどすか?

    churros ひらたさん、こんにちは〜。

    京都の人ではないですよー(^_^;)
    解説は、ネット上に散らばっている情報をかき集めて、分かりやすいように修正したり、自分なりにまとめて使っています。
    いろいろ調べているうちに、私も勉強になったりしました。

    なので、仮にもう一度同じ旅行記を作ったとしたら、前よりもずっといいものができるのではないでしょうか。

    祇園祭は歴史のある祭だけあって、奥が深いですね。
    調べれば調べるほど新しい発見があって、驚きの連続です。

    来年は山鉾巡行が日曜日なので、また行きますよ!


    では〜(^O^)/

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