2008/08/11 - 2008/08/16
226位(同エリア498件中)
松村博司さん
丸岡城内部を見学した後、のんびりと城の周りをぶらぶら歩いてみることに。
野積みされた天守台の石垣はちょっと触れれば崩れてしまいそうなくらい微妙なバランスを保っていました。
終戦直後、福井地震で大きな被害を受けた丸岡城。
こういう積み方をしている物ですから、石垣も結構派手に崩れたんでしょうね^^;
きれいに修復されているというのは本当に感謝しなければなりません。
そして今回、この北信越の旅が実現した理由に北ノ庄城に行きたいというのがありました。
この城址とお市の方のお墓参りと。
ただ4連休で福井だけを回るのはあまりに寂しいと言うことで今回のような無謀な計画になったわけです。
そして訪れた北ノ庄城。
勝家が滅んだ後、福井城として立て直されたために遺構はまったく残っていませんでした。
もちろんそれは確認していたのですが、そんなことはどうでもいいですよね。
小谷城から北ノ庄城へ。
そして西光寺へ。
挫折禁止(松村博司の貧乏旅日記)
「走れ!北信越2,000km弾丸ツアー!」
http://bonkuraii.blog56.fc2.com/blog-category-52.html
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自家用車
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天守内部から脱出。
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まあ、小さな天守なので内部を見ると行ってもあっという間なんですけどね。
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それよりも天守台の石段と二階へ上がる階段と。
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この二つの階段の角度がキツイうえに手すりもなかったのでかなり怖かったです。
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あと、回廊に出られると思っていたのですが、危険で立ち入り禁止になっていたのが残念でしたね〜。
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ところでこのお城、別名霞ヶ城と呼ばれています。
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その由来がこの井戸。
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一向一揆の平定後、残党との小競り合いがたびたびあったそうですが、その度にこの井戸の中から大蛇が現れたとのこと。
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そしてその大蛇は城全体に「かすみ」をかけてこの城を守ったそうで。
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それがこの霞ヶ城の由来となったそうです。
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現在でも春先などに霞に覆われる事がしばしばあるそうです。
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まあ、さすがに大蛇が現れる事はないでしょうがw
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現在私は天守台の周りを歩いて散策中。
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野積みの石垣が何とも絶妙でちょっと怖い場所もあります。
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福井地震で天守閣その物も倒壊したそうですが、石垣も崩れたんでしょうね。
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てか人柱お静の伝説ですが、人柱の前に石垣の積み方をもうちょっと考えましょうって気がするのは私だけ?
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お城の入館料が、麓の資料館と共通券になっていたのでそちらにも行ってみることにしましょう。
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あの鉄筋の建物が資料館です。
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この辺りはきれいに整備されてますね。
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城らしさがまったく残っていません。
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おみやげ屋&お食事処かな?
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とりあえず本日は朝食をしっかり取っていますし、おみやげもすでにゲットしているのできれいにスルーですw
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歴史民俗資料館です。
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ねこ〜w
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それは置いといて、丸岡城築城400年を記念して建てられたそうですが、この周辺の設備もそうなんでしょうね。
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わざわざ100円パーキングに駐めなくてもここに立派な駐車場がありました・・・
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現在掘は開発の犠牲となり埋められているそうです。
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しかし、今後発掘再建も計画されているそうで。
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ちなみに資料館に入ってみたのですが、内容はまったく微塵も覚えておりません・・・^^;
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麓に沿って車へと戻っていきます。
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広々とした無料駐車場があるのに、私は何でせまっくるしい有料駐車場に駐車したんでしょうね;;
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さあ、それでは丸岡城離脱です。
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本日はメインの場所が続きますよ〜!
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先ほどの丸岡城も本日のメインなら、次に行く場所もメインです。
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次も次も次もメインだったりしてw
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本日は脱力系お笑いスポットの越前大仏以外、すべてメインです。
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気合いを入れていきましょう!
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ナビで福井城址も確認できますね。
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もちろん後で行きますよ。
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とりあえず次なる目的地、北ノ庄城址に到着です!
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9時20分、北ノ庄城址に到着です。
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そしてルート。
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言わずと知れた柴田勝家とお市の方最期の地です。
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現在ここはきれいに公園として整備されていますが、遺構としては何も残っていません。
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勝家、お市が自刃した後、城には火を放たれ建物はすべて焼き払われたそうです。
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その後、結城秀康により新たに城が築城られ後の福井城となります。
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北ノ庄城を囲うように福井城が建てられたために、どれが勝家築城の遺構なのかまったくわからない状態になっているそうです。
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現在整備されている石垣後も福井城三の丸だったそうです。
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いろいろ発掘されているんだと思いながらよく確認せずに現場について知った衝撃的な事実でしたw
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城の規模としてはかなり大きかったようです。
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といっても残っている資料はほとんど無いそうですが。
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その中で貴重な資料としてはやはりこの時代、ルイス・フロイスがこの地に訪れたときの記録が残っています。
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また羽柴秀吉の書簡にも記録があるそうです。
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それによると九層からの巨大な天守閣と高く積み上げれた石垣があったそうで安土城に匹敵する巨大城郭だったようです。
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ちなみに柴田神社があるこの辺りが本丸だったと推定されています。
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それではご挨拶を。
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織田家重鎮、柴田勝家殿でございます〜
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そして、お久しゅうございますお市殿。
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北近江、小谷城以来でございますな。
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まあ、あの時はお市の像へ訪ねる時間が無くなり、小谷城の屋敷跡のみとなってしまいましたが。
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でも小谷城に行ったからこそ、現在何もないと聞いていた北ノ庄へ訪れました。
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そう、このお市の物語はこの後、主人公を替えながら続いていくんですよね。
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来年は小学6年生以来の大阪城へ行くつもりです。
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茶々の、淀姫の最後の地である大阪城へ行かなければ。
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そして徳川二代将軍秀忠の室として千姫や家光を生んだ江のお墓参りは・・・増上寺って霊廟に入れるの?
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てか、最近私の旅ブログ。
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知らないうちに有名人のお墓参りツアーになっているような気がする・・・
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いや、この後もちろん行きますよ。
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北ノ庄まで来たんですから、二人のお墓参りをしないとね。
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さて、場面は城址公園から隣接する資料館へと移っています。
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発掘調査の後、2004年に公園として整備されたのですがこの資料館もその時一緒に造られたんですかね?
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入館料は無料です。
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車を側道に停車させてハザード出しっぱなしのまま放置です。
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何枚か写真を撮ったらすぐに撤収するつもりだったので、気持ち焦っています。
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ここ、駐車場がありません。
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皆さん真似をしないように・・・
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しかしこの資料館。
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無料の割には結構面白いなじゃなの><
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あとでゆっくり読もうと言うことで写真だけ撮りまくって急いで離脱。
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何もないだろうから勝家とお市の像と城址の記念碑だけ撮影して撤収するつもりだったのですが、意外と色々ありました。
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それでも10分弱にて撤収です!
つづく^^;
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