2010/06/02 - 2010/06/05
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ちどり OYAJIさん
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1890年大島村樫野の人たちの自らをなげうった献身的救助があって、1985年のトルコエアーによるテヘランからの救助があったという。(恥ずかしながら1890年の出来事は私は知りませんでした。私がテヘランで命拾いをしたのは1890年の樫野の人たちの行動があってのことなのです。その恩を返す意味でトルコ政府 そしてトルコエアーが自らの危険を顧みずテヘランに飛んできてくれたのです。1985年当時一緒に逃げてきた方が、エルトゥルル号のことを知り、串本町に故郷納税を行ったのが発端になり、1985年以来ときどき集まって親交を継続している我らが「イラン戦友会」を招いてくれたのです)
若干26歳で空襲の砲弾を潜り抜け、救出してもらった記憶がよみがえり、涙 涙の慰霊式典でした。
- 交通手段
- JALグループ
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4時50分の日の出を露天風呂から眺めるのは寝坊してかないませんでした。
6時よりホテルで朝食、7時には洋上慰霊式典の受付がホテルロビーで始まっていました。 -
ホテルのロビーには日本トルコ友好120周年事業のポスターが掲示されていました。
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後で気がついたことですが、ポスターには協賛として「イラン戦友会」が日本トルコ協会と肩を並べています。そんあたいそうな会ではないんです。ただあの時を懐かしんで親交を深めている飲み仲間の買いなんですと恐れ入る次第でした。
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洋上慰霊式典は海上自衛隊の護衛艦で行われますが、護衛艦に移乗するまでは海上保安庁の巡視船で送っていただきます。
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海上保安庁巡視船にて
快晴の青空と真っ白な船体。 -
こんな凛々しい敬礼で迎えてくれます。
乗船してきたのは、駐日トルコ共和国特命全権大使セルメット・アタジャンル閣下 -
巡視船は離岸し串本漁港を後にします。
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洋上に海上自衛隊の護衛艦が待っています。
ラッパの音で私たちを迎えてくれています。 -
巡視船から護衛艦に乗り移ります。
前を歩くのは田嶋串本町長
後ろは駐日大使 -
大島と本州をつなぐ串本大橋です。
1999年に完成しました。 -
洋上から宿泊している串本ロイヤルホテル(丘の上の建物)を望む
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私たちを護衛艦に送ってくれた巡視船です
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間もなく洋上慰霊式典海上です
樫野崎灯台が見えてきました。
海に投げ出された乗組員たちは、夜の海から灯台の光を頼りに樫野崎灯台に登ってきたといいます。
断崖絶壁が続いています。
いかに困難を極める惨状であったかがうかがわれます。 -
間もなく一番上の甲板で慰霊式典が開催されます。
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海上自衛隊呉地方総監武田海将による追悼の言葉。
「・・・昭和60年3月のイランイラク戦争の開戦に伴う、邦人215名のトルコ航空機によるイランからの救出などは、百年来の貴国の我が国に対する深い思いを物語る証左でもあります・・・」という言葉にはもう涙を隠せませんでした。
120年前この海で、無念にも散った多くの命があって、献身的に遭難者を助けた樫野の方たちの行動があって今自分が無事この場に立っていられるという事実に身ぶるいを覚えました。 -
洋上慰霊式典およびこの後行われるアタチュルクの銅像の除幕式、そして陸上慰霊式典も含め、高松宮寛仁親王殿下 彬子殿下がご臨席しておりました。亡くなられたエルトゥールル号の乗組員への献花です。
もともと、トルコが日本にエルトゥールル号を派遣したのは、1887年に明治天皇が叔父である小松宮殿下をイスタンブールに派遣した返礼に値するものであったようです。 -
海上自衛隊による儀仗隊拝礼が行われました。
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私たちも献花をさせていただきました。
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私たちの乗る海上自衛隊の護衛艦の周囲には常に3席の海上保安庁の船がいました。自衛隊の方にあの船は?と聞いたら、この船を護衛してくれていますとのことでした。 自衛隊の護衛艦を海上保安庁が護衛?と思いましたが、この場所で何か起きた時、火器を持って護衛活動ができるのは自衛隊ではなく海上保安庁なんですね。納得しました。
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式典も終わり、記念写真などを撮ってしばしくつろぎます。 両国の国旗が仲良く肩を並べています。
実は二つの国旗はどうも縫い合わされている感じなんです。 ふ〜ん こんなことをするんだ、何か深い意味があるのかなあと思いました。 -
洋上慰霊式典も終わり、再び海上自衛隊の護衛艦から海上保安庁の巡視船に乗り換えます
ブリッジを渡りかけていつスーツ姿の紳士は、 エルトゥールル号の使節団の代表であったオスマン・ベイ大佐(日本への航海途中シンガポールまで船を進めたところでその快挙により少将に昇格し、オスマン・パシャ(将軍)とよばれるようになった方の子孫のオスマン・テキタシュさんです。 -
本州最南端の海、とってもきれいでした。
のんびり釣りでもしたいよーという気持ちです。
チャンスがあったらまた来ましょう。 -
海の男の見事なロープワークも見せていただきました。 海上保安庁巡視船が海上自衛隊の護衛艦に接岸する時。
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海上自衛隊の護衛艦に別れを告げて、海上保安庁の巡視船で陸を目指します。
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洋上から見る橋杭岩。貴重なアングルかも
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洋上慰霊式典が終わり、陸に上がりました。串本駅前にやって来ました。トルコ友好の街らしい駅前の風景です。
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海の街ですから。お昼にはおいしいお寿司をいただいて、レンタカーを借りて次はアタチュルクの銅像の除幕式・陸上慰霊祭の行われる大島の樫野を目指しましょう。まずは腹ごしらえです。おいしかった!!
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紀州名物 めはり寿司もいただきました。
昨日も今日も最高の快晴が私たちを迎えてくれています。
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