2008/08/11 - 2008/08/16
249位(同エリア629件中)
松村博司さん
富山唯一となる国宝建築物。
北陸でも福井の明通寺とここだけとなります。
それがここ、瑞龍寺です。
豊臣から徳川へ。
政権の移り変わりと偉大なる父、利家の死という難局を乗り切り、
加賀120万石の礎を築いた前田利長の菩提寺です。
日本のお寺とは思えない伽藍をのんびりと行ったり来たり。
裏には利家や利家、信長等の石廟も。
海外の寺院に行ったことはないのでわかりませんが、
なんだかオリエンタルの香り漂い新鮮な気分でした。
挫折禁止(松村博司の貧乏旅日記)
「走れ!北信越2,000km弾丸ツアー!」
http://bonkuraii.blog56.fc2.com/blog-category-52.html
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自家用車
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勝興寺離脱。
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これから高岡市街地に向かって走っていきます。
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で、後から聞いたのですが、この辺り。
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渋滞の名所だそうで^^;
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これから行く金沢も渋滞はひどいんですよね・・・
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初日の松本も有名でした。
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高速ではあれだけ快適に走れていたのに、今回の旅。
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地道でことごとく渋滞につかまっています^^;
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上の写真で路面電車や高岡城址をことごとく通過。
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雨の予報はどこへやら?
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気温はぐんぐん上昇中><
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てなわけで次なる目的地に到着。
瑞龍寺です。 -
ルートはこちら。
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写真左が拝観受付です。
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拝観料は500円で、これが冊子のスキャンですがチケットが見あたりませんし無かったかな・・・?
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さて、この後金沢城や兼六園へ行く予定です。
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しかし!
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その二つは過去に行ったことがあるため、本日のメインは紛れもなくここ!
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前田利長の菩提寺です。
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てかおかしいでしょ^^;
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なにがってこの天気が!
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抜けるような青空。
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まさに夏!
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いや、その通り夏なんですけどね^^;
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全国的に雨、富山も石川も雨雨雨マーク><
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・・・ありがとうございます、神様w
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てか、我が社の天神様に美味しいおみやげを買って帰らないとダメですね。
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なんて言ってるうちに写真はどんどん先へ進んでおります。
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山門から仏殿を抜け法堂までやってきました。
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この三つが国宝に指定されています。
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富山県初とのことです。
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総門から法堂まで一直線に結び、周りを回廊で結んだ禅宗伽藍形式といわれる配置だそうです。
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何となく東大寺とか似てると思ったのですがどうやら違うようで、この形の伽藍はほとんど残っていないようですね。
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実際、私が今まで旅日記で訪れたお寺でこのように回廊で結ばれた伽藍というのはありませんでした。
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が・・・
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実はこの後、至る所でポンポン目の辺りにすることになります。
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ようするに今まで意識していなかっただけの話なのね・・・
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たぶん^^;
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そもそも私が似ていると思っているのは薬師寺式伽藍配置だということが発覚w
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比べれば違いがわかるのですが。
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分類として違うんですね。
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これでちょっとした亜種とか出てきたらちんぷんかんぷんなんだろうな・・・
ってすでにわけわからない状態なんですが^^; -
はい、てなわけでまだまだ続きます、
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瑞龍寺です。
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何度も書いてあるようにこのお寺は加賀二代目藩主、前田利長の菩提寺です。
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三代目藩主の前田利常が、義理の父であり異母兄でもある利長の菩提を弔う為に開基したお寺です。
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と、ここでページを稼ぐための雑談と行きましょうかw
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そんな事、今更と言わずに読んでやってくださいな^^
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ご存じのように父、加賀初代藩主の前田利家は織田信長の家臣として活躍、本能寺の変を経て賤ヶ岳の戦い後は豊臣家臣として五大老の一人に数えられました。
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その後は家康とのいざこざもありましたが、なんとか大名達を押さえてパイプ役として力を発揮しましたが、六十歳で死去。
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家康は強力な押さえが取り払われたことによって、一気に天下統一に動き出したのは周知の通り。
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家督を継いだ利長は父利家の死後、家康の脅威にさらされます。
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加賀征伐に乗り出そうとした家康に対して利長は母のまつを人質として江戸に送り、また養嗣子の利常と徳川秀忠の娘、珠姫との縁組みを行いました。
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また、自らは隠居することによってこの難局を乗り切ることが出来ました。
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そして関ヶ原の戦い後、加領され加賀・越中・能登の百二十万石の大大名が誕生したわけです。
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前日回った上杉家が徳川家に楯突いて八十万石を没収されたことを考えると、さすがと思います。
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ここから高岡、瑞龍寺の話になってきます。
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隠居した利長は隠居先として富山城へと移り住みます。
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その後、富山城の焼失により現在の地へ。
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高岡城を築き、その際に城下町も高岡と改名されました。
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それが現在の高岡市の前身となるわけです。
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利長は五十三歳でこの高岡の地で亡くなります。
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ちなみに瑞龍寺の瑞龍は利長の戒名、瑞龍院から来ているそうです。
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完成したのは利長の五十回忌とのことでずいぶん時間がかかったんですね。
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ちなみに一番奥には石廟があります。
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場所的には法堂の左、善導の真裏といった感じです。
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利長の石廟はピンぼけでした;;
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てなわけで利家。
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ちょっとびっくり信長です。
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そして信忠も。
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さらにその奥には茶室?
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ですよね?
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戸が全部閉まっていたので中は見ることができませんでした。
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しかし石廟の真ん前でお茶会ですか・・・^^;
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さて、戻ることにしましょう。
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戻りながらもう一度伽藍全体を見渡しながらのんびりと歩いていきます。
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一面に芝生が敷き詰められて本当にきれいですね。
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中国の伽藍をモデルに作られていると言うことで、本当に日本らしくなくオリエンタルな雰囲気が漂ってきます。
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たまにはこういうのもいいですね。
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山口の萩で拝観した毛利家菩提寺の一つ、東光寺を思い出しますね。
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さあ、入口まで戻ってきました。
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ってなんだこれ?
つづく〜
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