2008/03/30 - 2008/06/28
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ideauxさん
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2001年の旅行でフランス病を患って定年を機に、退職の翌年2008年、語学学校と自由旅行をした。学校の候補地は多かったが、ノルマンディのROUENを選択。
Monsieur Olivierの家族にはお世話になりました。
週末は毎週のように、petite vacances でle M-S-M(二泊)やtennisやpique-nique,マルシェに連れて行ってもらいました。
ふた月の学校が終わって、LILLEにいるFredに会ったり、両親宅に行ったり、ベルギー(ブリュッセル・ブリュジュ・ゲント)・パリ・ロンドン・ナンシー・ルクセンブルグ・ストラスブール・トールなどを観光。
どこも想い出多い街になりました。パリは、通算10日間過ごしました。フレンチオープンのロランギャルスに行ったが、ダフ屋で100ユーロ、で雰囲気だけを感じて撤退。表紙の写真は、ROUENの時計塔のパノラマから見た大聖堂です。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス
- 航空会社
- エールフランス
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sncf Gare Rouen Rive Droite(ルーアン右岸駅)。パリのサンラザール駅からsncfで約70分、途中ひと駅停まっただけで、ルーアン右岸駅に着きました。セーヌ川の左岸にも駅はありますが、貨物専用駅です。
2008年出発前に、BSで遠藤周作の「ルーアンの丘」を紹介する番組があって、現地ロケした映像を放映した。番組タイトルを見て興味深くDVDに録画したものをデジカメで。
冒頭のルーアン駅。 -
駅の構内。遠藤周作は、戦後初めての国費の留学生として船でマルセイユに入った。その後ルーアンやリヨンで学び帰国後、本を執筆。
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長塚圭史が出演し、その「ルーアンの丘」を市内を望む丘から本の一節を回想シーンで読む。不安定な天候でその直後には・・・・
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丘から虹の全景が。
ルーアンに着いたら、早い時期にこの丘を訪れたいと夢見ていました。 -
関空からCDGに到着し、パリのサンラザールへ。そこからsncfでルーアンへ。3月30日(日曜日)で、3月の最終日曜日の深夜3時がサマータイム切り替え時間。
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日本から持って行った携帯の時間が自動で、4時に。
駅の大時計も3時の時間に進んで4時に。 -
駅前のホテルに今日から8週間お世話になるOlivierが車で迎えに来てくれた。chez Olivierまで2km、町中のホームステーだ。家族に迎えられ挨拶や、家を案内してもらい、昼食後、近くのSaint-Ouen(サントーアン)教会に一緒に行こうと誘われた。サプライズの毎日だったが、街の歴史研究家20名の集まりで、先生が愛好家を教会の隅々まで案内してくれた。そこに入れてもらって、普段は見上げるだけの内部や、教会の尖塔まで入ることが出来た。フランス語で聞き取れず、「理解出来ましたか?ここに入った日本人は初めてです」と。
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教会の中で、先生が事前説明を。
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内部の螺旋階段を登って、ステンドグラスを目の前にして、狭い回廊で説明を聞く。
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正面に、同じ目線でバラ窓が見えて、星形にラインが。
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外の出ると、このような回廊があるのを初めて知りました。
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回廊、パリのノートルダムを登った時は、順路に沿って見物出来ましたが、ここは違った特別な感動でした。
初めてのROUENの街並を、早速見ることが出来て幸運でした。 -
回廊、ここの高さは50mくらいでしょうか。街の建物がみんな、下に見えています。
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上には、尖塔が。尖塔まで、まだ50mはありそうです。
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尖塔の真下に着きました。
本当に貴重な時間でしたし、経験出来ないことを初日から体験出来ました。ありがとうオリヴィエ。 -
ルーアン(フーアンと発音します)市役所。サントーアン教会は、オテルドヴィル(市役所)の隣にあり、オリヴィエの家からは1分、朝夕ここを歩いて学校に行きました。
フーアンは、Haute-Normandie地域圏Seine-Maritime県の県庁所在地で、18万の中核都市です。これらの都市の市庁舎には銅像がありますが、ナポレオンも多くありました。 -
chez Olivierから150mのところの、boulangerie.イメージ的には4〜500m、3分歩けば一軒のパン屋さんがあります。どこのバゲットも美味しいこと。
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縦列駐車の車と、信号。信号は小さいので注意です。
信号の先に、市役所とサントーアン教会が見えます。 -
4月初旬、日本の八重桜のような花が満開でした。
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そんな夕方、二人のアコデオニストがカフェの前で数曲演奏して次のところへ移動中?
この街で、他の演者も多く見かけましたが、アラブ系が多かったです。 -
chez Olivierのシャワールーム。右手は、壁付けの電気乾燥機です。
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フランスの中核都市にはLRTが街の景色になっている。ROUENの公共乗り物は、バスとLRT電車があります。バスは単車と連結車があり、agglo-de-rouenで、ROUENを核にその集落をなしている行政地区で運営されている。電車は、バスに対してメトロバスと呼ばれ、2両連結で、運転間隔は、2〜3分と充実されています。毎日回収される家庭ゴミも、agglomarationが運営。
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市街地は、地下を走り、セーヌ川を渡る手前で地上に出て、川を渡りきったところで地下になり、また地上に出て郊外にいたるまで地上を走ります。
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市街地から郊外に出る地上は、車道との踏切も無く遮断機もありません。そして、線路内に、芝生のグリーンベルトが。
美的センスに乾杯。 -
車道との境界は、低い柵が続いています。
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駅は30cmくらいのホームです。乗降客は、電車の前を平気で横切っています。
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theatre des arts駅。赤い車道のレーンは、バス専用道路で、一般車は走れません。
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カトリーヌの丘。大聖堂から歩いても30〜40分くらいです。
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望遠で。
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天気に誘われて、パノラマのある100mの丘に。ルーアンの街が一望出来ます。
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大聖堂が下に見えます。
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1週目の週末金曜日(4月4日)、願ってもいないM-S-M行きが実現。週末にオリヴィエの家族は、St-Maloの友達の家に行くので、私はそれに便乗してブルターニュ地方のサンマロ まで一緒に行き、家族とは別行動で、モンサンミッシェル観光をすることにした。studio (ワンルーム形式のホテルでキッチンが付いている)を予約して、そこまで送ってもらい、日曜日の11時に迎えに来てもらうことになった。金曜日、学校が終わって、学校近くのcoiffeur 床屋さんへ。フランスは、理容と美容が一緒で、整髪だけで12ユーロ。18時に家族5人と一匹で車2台でサンマロへ出発。
BMWの助手席に座って、景色を堪能しました。スピードは日本より早く、車の数が少ないので、走り易さを体感。 -
「見て、M-S-Mが見えて来たよ」と。2時間ほど走った頃、夕陽の高さと同じ位置に、シルエットが。さかんに写真を撮っていると、写真を撮れる場所で停まってくれました。
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みつき滞在した中のベストショットの一枚です。今もこの状況は頭に焼き付いています。
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famille d'accueil ホームステーは朝夕食と休日の昼食も出さなければなりません。ということで、studio には、電子レンジでチン出来る食材や、飲み物ビールまで準備してくれて、備え付けの小さな冷蔵庫はいっぱいです。一人で遅めの夕食です。
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翌朝の明けきらない、SNCF St-Malo駅、パリからTGVが出ています。
M-S-Mに行くのに、sncfの前から出ている路線バスに乗ります。8時発で約1時間。乗客は途中の駅で乗り降りしますが、数人でした。 -
バスの中からM-S-M が。
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昨日の夕焼けが、今朝は生憎の曇り空。
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9時ころ着。パリからの日帰り客は、11時頃に着く予定。観光客も少なく、ゆっくり観光出来ました。
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boutique 店が左右に並んでいる階段を登っていると、建物の間に天使ミカエルが。
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教会のステージから、車も多くなってきました。
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16時発の路線バスでサンマロへ帰ります。
名残りの写真をバスに中から。朝のうち晴れ間も見えましたが、終始曇り空の一日でした。 -
約1時間、サンマロに着いた頃は澄み渡った青空に。
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2泊したstudioです。チェックインした後は、玄関からは出入りせずに、客室に通じる別のドアの鍵を渡されて、そこから出入りします。
主人は主人で、客は客で、干渉しません。コンシェルジュの場合は、ドアブザーを押して、開けてもらいます。チェックアウトは玄関から出ます。 -
studioの窓から、朝は快晴でしたが・・・・
11時に迎えに来てくれるまで、城壁の観光に。歩いて10分、9時頃なのに、人通りは寂しい時間帯でした。 -
城壁にはブルターニュの旗が、花壇には春の花がきれいに咲いています。
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挿入号です。急に60日ほど飛びます。2008年6月12日夕、ナンシーのホテルでテレビをつけると、錦織と全仏チャンピオンのナダルのマッチが。全仏を終わってウインブルドンの前哨戦のクィーンズ選手権を放送していました。ワンセットを落としてセカンドセット、ストロークでは負けていません。むしろストローク戦ではナダルを本気にさせていました。
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全仏チャンピオンのナダルが、セットを落としてギアを入れ直しているのが画面から見えます。チャンピオンナダルのトップスピンをジャックナイフでノータッチエースを奪っています。
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アメリカでの春のトーナメントで、修造以来の優勝を飾って、注目されていましたが、ランキングは五つ星と一つ星の差。ナダルが勝ったものの、錦織を称え、「確実に近い将来ベスト5に入る選手だ」と。翌日のテレビのニュースで言っていました。昨日2010の決勝がナダルと昨年のファイナリストセーデリング、昨年の4回戦の対戦で、ナダルにとっては5連覇を阻止されたリベンジに。明日7日の決勝が楽しみです。
2010のローランギャロスに同調して挿入します。
数年導入に悩んでいたwowwowに加入しました。ウインブルドンの錦織
の躍進を見据えて。 -
St−Maloの堅固な城壁。朝は青空の中に白い雲や黒い雲が流れて来ていました。好天ならぬ荒天の予兆が表れていました。
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フランス(ヨーロッパ)と日本の城の概念の違い、日本は城主を守り、フランスは城主を含め市民全員を城壁で守っている事実を知り、人間に対する基本的な違いを見せつけられます。
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城壁内の街の景色。ブティック・レストランで溢れています。
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城壁の回廊。
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回廊の下が、城内への主要門です。
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St-Maloのホテルに迎えに来てもらって、15km東にある、漁師町で観光リゾート地のCancaleへ。
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カンカルから海上20km先にM-S-Mのシルエットが。
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牡蠣養殖の特産地です。が、数年前に養殖の病気で壊滅状態になった時に、広島の牡蠣を輸入して今日があると言っていました。
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牡蠣のマルシェ。
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合流した家族6人で名物のクレープや海産物、そしてシードルでおいしい食事が出来ました。写真を撮っていると、周りのみんなから「日本人か?」と。
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カンカルで食事の後、フーアンへの帰りの高速E401。CANEまで104km地点。
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高速の路肩のグリーンベルトに「il neige」「雪だ」。
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走行中は、雪や雨に降られませんでした。が、前を走っている車には何やら白いものが。追い抜き様に「パチり」。オリビエは、「シャモニーから来たの?」と冗談を。レ・アーブルの方から来たのでしょう。
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フーアン近郊にも降った直後と思われる景色が。
2008年4月6日、この年の初雪と言っていました。
思いもしなかった、雪のプレゼントをいただきました。 -
翌月曜日の朝、街から北の丘に住んでいる人の車でしょうか、雪を積んでいました。 フーアン市内には積雪はありませんでした。
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学校は月曜日が入校日で、金曜日は終業日。先週は、おなじ日本人のKさんと同級に。今週も数人が入校してきた。月曜日の昼からは、学校の担当者がROUENの街を徒歩で観光案内してくれる。左岸にある学校から歩いてセーヌ川にかかる橋をこえて、大時計(Gros Horloge)や大聖堂、ジャンヌダルク広場、サンマクロー教会、市役所、サントーワン教会を案内してもらった。
大時計とそこに入るのに並んでいる観光客。 -
大時計の塔の最上階はパノラマになってフーアンの街が一望出来る。しかし狭いことや、セキュリティーの観点から内部入場者を30名に制限している。そのアナウンスが入り口に。
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直径2m位でしょうか、両サイドに同じ時計がある。
この時計は、長針が一本で短針が無い。長針一本で時間を読むのでしょうか。針の先には、フーアンの旗シンボルの羊が。 -
時計の上の階の円窓から通りの風景が見えます。その先には大聖堂が。
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塔の上にパノラマの展望回廊が見えます。
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パノラマから右手に大聖堂、左奥にサントーアン教会。
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街を歩いていると木組みの家並みに特徴があるけど、屋根はおとなしい黒っぽい色合いですね。
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ROUENのBeaux Arts美術館。滞在中数回見に行きました。
パリのルーブルやオルセーと同様に、地方のコジンマリとした美術館にも、名画があふれています。 -
クロード・モネ、ノートルダム大聖堂の五連作のうちの一作があります。
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同じくモネの、サン=ドニ街、祭日風景で三色旗が無数揺れています。
その中に、「VIVE LA FRANCE!」フランス万歳!と。 -
絵の前で、知らないマダムが「VIVE LA FRANCEを知っていますか?」と教えてくれました。
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5月の第三土曜日の夜は、美術館が無料開放されます。
こんなポスターが貼ってあります。
この年は、5月17日で、「entree gratuite 入場無料」と小さく。
夕食の後、歩いて美術館へ行きました。 -
この絵も、印象派の力強い作風で、お気に入りの作品です。
何回目かに行った時、顔見知りになった美術館の学芸員さんが、「この絵が、騙し絵なのを知っているか?」と。
橋と太陽の位置を。ほぼセンターに位置しています。 -
右側から見ると、橋は短く感じ、橋も太陽も左側に寄っています。
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反対の左側から見ると、橋は長く延びて橋を描いたかと思えるほどの存在感です。
ALBERT LEBOURG作。 -
この年、フーアンは勿論、いろんな街で日本車を多く見ました。
私もハイブリッドのPRIUSが登場して10年以上のマニアで、同じプリウスを激撮。 -
Dieppeの街で。
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フーアンのスーパーで。
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Hotel de ville(市役所)近くのマルシェで、会社入社時の1970年頃のあこがれの名車、セリカクーペが。それもモスグリーンの勇姿。日本でも見ることは出来ない名車に対面出来て感激でした。
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ナンバープレートは、現在のEUプレートではなく、旧来のプレートでした。約40年前の車なのに、上手に乗っているフランス人にブラボー。
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Theosテオス、olivierの愛犬。イギリス原産の猟犬で、獲物を加えて戻ってくる気性だと。庭でテニスボールを投げてやると、空中にあるボールをキャッチして、また投げてくれと催促をする。そのジャンプ力と俊敏さには驚きを覚えた。
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また、屋内では階段を利用して転がすと、見事にキャッチして、階段を駆け上がってまた催促をする。
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5分くらい遊んで部屋に戻ると、ボールを加えて。遊んでくれと持ってくる。
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ホームステーして初めての掃除の時に、作り付けの家具の下にボールが転がっていました。テオスには入れない狭い空間に8個。掃除機の吸引口で回収。過去のホームステーの人と遊んでいる時に入り込んだのでしょう。
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3週目の週末に日帰りでRouenからSNCFで45分のDieppeというリゾート地へ。
大西洋側で、有名なエトルタに似た石灰岩が浸食されてむき出しになった景観です。街や海岸が一望出来る左側の丘から。 -
その反対側の丘には「丘の上の教会」が。
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街はオンフルールのようなリゾート地で、たくさんのヨットやクルーザーが係留していました。
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街は落ち着いた観光リゾート地でした。
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街に接しているプラージュ。その先にはエトルタを思わせる断崖。
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4週目の週末は、京都で知り合ったLaetetia et Victorに、ビクトールの両親の家があるVernonに呼ばれた。二人はパリに住んでいるが、パリから110kmのRouenに車で迎えに来てくれて、一緒に両親の家に行った。Vernonは、モネのジベルニーの隣町です。
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両親や弟、その婚約者も集まって、庭で質問攻めに会いながら楽しく美味しく食事しました。ワイン、パエリヤ、ケーキなどごちそうを。
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庭でのテーブル。
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酔いが醒めて、近くのモネの庭へ案内してもらいました。
藤はまだつぼみ状態でしたが、チュリップが主で、春の花が咲き誇っていました。 -
そのあとに、セーヌ川を望める景観の良いところにも。
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5月10日、日帰りプチ旅行を。SNCFフーアン駅からアミアン駅まで1時間。
SNCFは、3月下旬にフーアンに来て、Dieppeについで2回目。この時は、Carte Seniorカルトシニアの存在を知らずに、片道17ユーロでした。 -
朝9h30に着いて駅前にそびえるオフィスビル風な違和感を感じるのっぽビルが。あとでガイド本を見るとペール塔と。でも中身は不明。
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ペール塔を右手にして北西方向に5〜600m歩くと、大聖堂が目に入ってくる。築68年で完成したために様式のばらつきが無く整った大聖堂だ。
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ファサードの彫刻は、特に細かくて必見の価値が。
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大聖堂の内部は、天井の高さとステンドグラス、パイプオルガンとともにフランスでも有数とか。
朝早かったので観光客も少なく、お目当ての「嘆きの天使」が見つからない。大聖堂の前にある観光案内所で聞いたら回廊の奥で、上の方で腰掛けているとのこと。改めて入っていきました。 -
世界大戦中にドイツ軍からアミアンを解放する為に来た連合軍兵士がこの天使の絵はがきを送って有名になった嘆きの天使。とガイド本に。
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この天使、何を思い何を考えているのか、何を嘆いているのでしょうか。居眠りしてそうにも・・・
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聖堂内のステンドグラス。
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街歩きをしました。マルシェが開催。
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人も車もチラホラ、アミアンもとても静かな街でした。
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フーアンに来て6週間も過ぎる頃にはメトロビュスやバスも全路線踏破し、街歩きも制覇した。クラスメートとカフェへ行ってしゃべったりしたが、若者の中に定年者は不釣り合いで、気楽な一人観光を楽しんだ。滞在中にゴルフにも挑戦した。
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Monsieur Olivierは、テニスはするがゴルフはイギリス人の遊びだと言って、クラブすら持っていなかった。ゴルフ場に電話して旅行者だがゴルフをしたいのでプレー出来ますかと尋ねると、貸しクラブはないので、私の古いのを貸してくれるとのことで、約束の日の午後3時にゴルフ場に行った。市庁舎からバスで20分、さらに歩いて5分Mont-saint-aignan ゴルフ場に。
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この建物がクラブハウスで、受付とカフェが数脚あるだけの殺風景な作り。クラブ以外の用品(靴、グローブ、ボール、ティー、ウエアー)は、京都から持参していた。挨拶してクラブを借りるお礼をして、地下のロッカールームへ。
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ロッカールームは、着替えるだけという部屋。鍵は持参しなかったので、着替えだけあいているロッカーに入れて、貴重品他は貸しクラブのキャディーバックへ。
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日本では考えられないロッカールームです。自己責任、自己管理すればこれで良いのかも。
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練習ボールの機械を。値段は忘れましたが、1ユーロで30球だったと。
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ここは練習打席で6席、誰もいません。ラウンドは、前年の秋以来、約半年ぶり。
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スタートホールに行くと、前はがら空きで、コースレイアウトも解らず不安があったので、しばらく待っていると、東洋系の同世代のご夫妻と思われる二人連れ。事情を説明して一緒にラウンドすることに。ベトナム出身で、40年ここに滞在しているとのこと。
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4ホールほどプレーしたら、急に雷雨に見舞われました。夫婦はしばらく雨宿りしていたが、車で帰りました。わたしは、クラブハウスで雨宿りして思案していると、フロントの人が、いつまでフーアンに滞在しているのか?なぜフランスにいるのか?ゴルフはどこでしているのか?日本は盛んだがどんなコース?料金は?プレーヤーの名前も数人知っていました。雨も上がりそうにないので、苦慮していると、写真のような後日来てもプレー出来る紹介状を書いてくれて、「私がいなくても出来るようにしておきます。時間がある時に遊びに来てください」と、親切にしてくれました。
日本では100%信じられない配慮でした。 -
傘も無かったので、タクシーを呼んでもらって初めてタクシーに乗りました。運転手さんにも気軽に写真を撮らせてもらいました。
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5日後、再度ゴルフ場へ。天気の中、会員のフランス人と一緒にラウンド出来ました。
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この日も、学校が終わって午後3時にゴルフ場へ着き、7時には18ホールがスルーでプレーが終わる。日本のように茶店も無く、トイレもない。自然と遊ぶ感覚で打っては歩く、本来のゴルフをした思いだ。
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フーアンのfamille d'accuille(ホームステー)のリクエストは、音楽好きな家庭とスポーツをやる家庭をリクエストしたら、Chez Olivierの家庭を紹介された。ラケットと靴、ウエアーは準備して行った。平日の夕方、オリビエに誘われて、市営のコートへ(数日前に予約)。
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屋外には、セミハードコートが20面ほど。
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そして屋内には全仏のロランギャロスと同じ赤土クレーコートが6面。赤土は、日本のアンツーカと異なって、土に質と細かさが繊細で、ハードコートに似ている。ストップかけても、土が掘れることはなく、すり足すると表面だけに擦った跡が残る。
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彼も、若い頃テニス経験者で体型から想像出来ないフットワークの持ち主だった。30分ほどストロークやボレーを楽しみ、休憩後シングルをした。6−3で勝者に。
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負けた彼は、自分にブーイング。
フランス語でのカウントやテニス用語を教えてもらいました。 -
Le 1er mai, on offre du muguet et fete du travail.
5月1日は、スズランの日でお世話になっているマダムやマドモアゼルにすすらんの花束を送る日と、働く人のお祭りメーデーです。 -
その前日、4月30日の16時から翌5月1日の16時まで、ROUENのセーヌ川の中之島約2kmを周回するボートレースが繰り広げられました。世界で24時間耐久レースは、フランス、ル・マンとアメリカデイトナ
とここの3カ所とオリビエが。
学校帰りにミキコさんと見に行きました。どこから集まったのか、両岸や橋の上は、人で一杯です。ROUENの女性市長も小型の巡回ボートに乗って、視察と出場ボートにエールを送っていました。 -
国際レースを思わせる万国旗がなびいています。
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2500ccから3000ccのクラス3、2000ccのクラス2、850ccのクラス1のクラス別で競います。全部で70艘、運転手は交代で24時間走ります。
その名を、「世界選手権耐久24時間モーターボートレース」
スタート瞬間の水柱です。その轟音は、今まで経験していなかったデシベルでした。 -
その夜、12時頃にオリビエと家を抜け出して、夜中のレースを見に行きました。まだ多くの観戦者が野外パーティ感覚で、楽しんでいました。この辺りにあるアパルトマンの住人は、二重窓とはいえ耳栓が必要と。
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5月1日は、バス・メトロビュスは全線休止。タクシーも少ないので観光客は、徒歩観光ですね。
メトロビュスの入り口には、バリケードが。 -
昨日からの耐久を、歩いて丘に行きそこから高見の見物でした。
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丘からの眺め。
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ゴールライン。
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耐久レース案内の小冊子。45回目だったんですね。
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5月の日曜日に近所のピクニックに参加しました。顔見知りになった近所の子供たちと仲良くなれて楽しいハイキングでした。
朝、集合場所で。30人くらいの参加でした。 -
休憩は、広ーい園芸農家の庭のベンチを借りて。
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リーダーは、地域ボランティアの方が4名。所々で、説明されていました。
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大聖堂が見えてきました、もうゴールです。
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リーダーから、今日の想い出や感想を全員が聞かれました。
ROUENでは、他にも残したい想い出や写真がたくさんありますが、ROUEN編はこれで終了します。昨年オリビエ宅に滞在していた学生が訪ねて来て話出来たことも良い想い出です。オリビエ家族にラーメンを作ってあげたことも。熱いスープや麺は食べないので、ふやけた状態でスパゲッティ風に食べて、C'est bon!
今年2010年春に、フランスレンタカー旅行中に、家内と二人でオリビエ家族に再会してきました。ありがとうオリビエ。ありがとうROUEN.
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