2010/02/12 - 2010/02/12
2254位(同エリア6015件中)
みにくまさん
新薬師寺(しんやくしじ)は、奈良市高畑福井町にある華厳宗の寺院である。本尊は薬師如来、開基(創立者)は光明皇后または聖武天皇と伝える。
奈良時代には南都十大寺の1つに数えられ、平安時代以降は規模縮小したが、国宝の本堂や奈良時代の十二神将像をはじめ、多くの文化財を伝えている。
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新薬師寺
新薬師寺は、光明皇后が夫・聖武天皇の病気回復を願って747年(天平19)に創建されました。
当初は100人の僧が住み、七堂伽藍と東西二基の塔が建ちならぶ大寺でしたが、平安時代の落雷や台風で主なお堂を失いました。
唯一残った本堂は、天平文化を今に伝える貴重な建造物として、国宝に指定されています。 -
南門 重要文化財
基壇は乱石積で、その上にしっかりと大きい面取りのある4本の柱が立つ四脚門。
この種の門としては、鎌倉時代中期のどっしりした威厳があります。
★ こちらで拝観受付を行い境内に入ります。
拝観時間 9:00〜17:00
拝観料 600円 -
新薬師寺
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新薬師寺のカエル
南門のところにちょこんと座っている、金と銀のカエル。
帰る時に、頭をなでなでして下さい。
(みんながなでるので、頭禿げちゃったけど・・(^_^;) ) -
本堂 国宝
入母屋造、本瓦葺きで低平な印象の堂である。
平面規模は桁行7間、梁間5間で、5間×3間の身舎(もや)の周囲に1間の庇をめぐらした形式になる。
正面は柱間7間のうち中央3間を戸口とし、その左右各2間には窓を設けず白壁を大きく見せた意匠とする。側面、背面も中央間に戸口を設けるのみで窓は設けていない。
内部は土間で、天井を張らず、垂木などの構造材をそのまま見せる「化粧屋根裏」となっている。
この建物は創建当初の金堂ではなく、他の建物を転用したものではあるが(密教的修法が行われた「壇所」であったという説がある)、遺構の少ない奈良時代の建造物として貴重である。 -
鐘楼 重要文化財
弘安2年(1279)建立の袴腰が珍しい作例です。
中の梵鐘(重要文化財)は天平時代の貴重なもので、「日本霊異記」にある道場法師鬼退治で名高い釣鐘です。 -
地蔵堂 重要文化財
方一間の小さな仏堂建築としては、鎌倉時代を代表するものです。
現在は十一面観音像が安置されています。 -
地蔵堂 重要文化財
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本堂 国宝
完成当時の新薬師寺金堂には、七組の薬師三尊像(薬師如来像と日光・月光両菩薩)とそれを囲む十二神将像が安置されていました。
ところが創建から33年後の宝亀11年(780)、落雷により建物のほとんどが焼失しました。
その後、いつの頃からか他の目的で使用されていたお堂が金堂(現本堂)に転用されました。
堂内の薬師如来坐像は平安初期の制作。周囲の十二神将立像は奈良時代の作ですが、もとは新薬師寺のものではなく、近くの岩淵寺から移したものと伝えられています。 -
本堂 国宝
本堂の中は写真撮影禁止です。
本尊薬師如来坐像 国宝 平安時代初期
月光・日光菩薩
十二神将立像 国宝
十二神将とは、薬師如来の世界とそれを信仰する人々を守る大将で、1体に7000人の眷属(部下)を率いていると言われます。
新薬師寺の十二神将立像は、塑像という土を用いた彫刻で、奈良時代の名品(1体は補作)。
激しい怒りを表したほぼ等身大の立像で、我が国最古最大の十二神将像です。 -
本堂 国宝
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会津八一の歌碑
本堂の西にあるのは、奈良を愛した会津八一の歌碑(第一号基)。
「ちかづきて あふぎみれども みほとけの
みそなはすとも あらぬさびしさ」
◎ おしまい
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