2010/04/07 - 2010/04/18
33位(同エリア76件中)
フラワーさん
ついに憧れのグランド・オル・オープリへ。
慣れないインターネットを使い、航空券、ホテル、チケット購入
英語も何とか意思を伝えることが出来る程度、レンタカーも借りず
足腰の強さだけは人並みの
かっこよくない65歳と63歳の気だけ若い老人が
6泊7日でナッシュビルを歩き回った様子です。
ナッシュビルのあとはアトランタに2泊、ロサンジェルスに2泊して帰ります。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- アメリカン航空
-
いよいよ旅の始まりです。
アメリカン航空 午後3時35分ここ成田を発ちます。 -
アメリカン航空のキャビンアテンダントは殆ど若い人はいませんが成田発には日本語を話すクルーが乗っています。まだ安心!
食事がすぐ出てきました。
アルコールは有料、ビールは6ドル、ワインも確か6ドルだったと思う。
クレジットカードのみの支払い。
おばさんアテンダントたちは楽しそうに大笑いで歓談。 -
まだまだですね。遠いなー!
アメリカン航空154便です。シカゴのオヘア空港で入国審査を受け、国内線にに乗り換えます。
シカゴ時間午後3時15分到着、シカゴ発5時35分、
ナッシュビル午後7時到着予定です。
シカゴで2時間20分あるので迷っても、もたもたしても何とかなりそうです。 -
ようやくシカゴ・オヘア空港にランディング。予定より
45分も早いです。入国審査は厳重で両手の指紋、顔写真まで、長い列で時間がかかりました。バゲッジをピックアップ。AAでナッシュビル行きにバゲッジを預け移動トレインで国内線ターミナルへ。ディパーチャーボードに目をやると予約便はキャンセル。まいったなァ。
交渉の結果PM8:10発でなんとかチケットをゲット
やれやれということでChilis tooなるレストランで食事。 -
ナッシュビルに着きました。
4月8日AM0:15です。
とれた便が大幅に遅れてシカゴ発はPM11:25でした
なんとオヘア空港に9時間いたことになります。
離陸前に窓から外を見ていると左右にある滑走路に、ほぼ1分に1機の飛行機が着陸していました。
悪天候のためにこんな時間に集中したのでしょう。アメリカでは飛行機が移動手段の主役であることが分りました。
飛行機は雷雨の中を揺れながらナッシュビルに着きました。
空港内は照明こそあれ、お店は真っ暗、僅かな人が
急ぎ足でバゲッジクレイムへ。
こんな時間にタクシーがあるのか?屋外に出るとものすごい風雨。でもタクシーは数台客待ちしてました。
疲労困憊で乗り込みました。ホッと一息です。
今晩のホテルはダウンタウンのダブルツリーホテルです。 -
翌朝、体調が芳しくありません。前日の残パンを胃袋に
流し込みホテルを出て、町の見に行きました。
坂を下っていくと何かの記念広場があり、カンバーランド川につきあたりました。大きな川に沿って歩き、ナッシュボロー砦にいきます。
後日になりますが、5月3日にこの川が氾濫し、ナッシュビルの町が水浸しになり20人以上の方がなくなったそうです。
1974年にも洪水があったそうですが、こんなに川面が下なのに何故?と思っていましたが、やはり起こるのですね。
地図を見るとカンバーランド川は、この町の周辺で蛇行
を繰り返していますので、暴れ川になるのかも知れません。 -
広場近くの桜?
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少し高いところから見たナッシュビルオフィス街。
背の高いビルが沢山あります。 -
この写真も広場の建造物です。上に登るといい眺めでした。
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これがナッシュボロー砦です。
このような建物が5つあり、どれも1930年代に復元されたものです。
1779年にイギリス人の開拓者がこのナッシュボロー砦を築いたのが、ナッシュビルの町の発祥です。
古いログハウスの中でネイティヴアメリカンから身を守ったのでしょう。
内部には当時の開拓民の質素な生活用具が展示してあります。
でもこの建物の中はとてもホコリ臭く、短時間しかいられませんでした。
また背景の建物は1870年頃建てられたもので、貫禄
がありました。 -
ナッシュボロー砦の表示板。
体調不良のKさんです。
どことなく疲れた様子。 -
ログハウスの中の様子です。
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ナッシュビル・ダウンタウンのメインストリートを走るMTA循環バスです。
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いたいたエルビスが。
かなり大柄でしたがYさんとツーショットです。 -
この辺りは昔のビルが立ち並ぶディストリクトと呼ばれているちいきです。
アメリカの人の好きなピックアップを背景にYさん。 -
カントリーミュージックとカントリーダンスが楽しめるというワイルドホース・サルーン。
カンバーランド川の方から見た裏側です。
私たちはダンスが苦手なので行きませんでした。 -
手軽なライブハウスが沢山あります。
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反対側からまだ元気の出ないKさんを入れて。
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ナッシュビルのコンベンションセンター。
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とても目立つところにあるハードロックカフェ。
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ライマン公会堂です。
1891年に蒸気船の船長トム・ライマンによってゴスペル礼拝堂として建てられました。
音響効果が優れていたので、様々な演奏会やバレエまた
ショーがここで行われました。
1943年からは”グランド・オル・オープリ”という
カントリーミュージックのラジオ番組がここから発信され、有名になりましたが現在ではグランド・オル・オープリ・ハウスで行われています。
全米でカントリーミュージックの人気を高めた最大の功労舎です。 -
ライマン公会堂に行くとちょうどバックステージ・ツアーが始まるところでした。
チケットを買ってステージの裏の方、つまり控え室やメイク室またちょっとした展示室がありました。
早口米語で説明するご案内の後をついていくのですが、実際の話、はなしの内容は理解できません。ので質問もできません。やれやれ。
このツアーは全面撮影禁止(ケチ!と思いました)。
でも舞台の袖に行くと、ハンク・ウィリアムスがハンク・スノウがジミー・ロジャースがロイ・エイカフがエディー・アーノルド、マーティー・ロビンスが、そしてフラット&スクラッグスがこの床を歩いて舞台に出たのかと思うとゾクゾクします。
この写真はジョニー・キャッシュとジューン・カーターの舞台衣装です。なんとこの舞台で彼女にプロポーズしたのです。 -
客席と舞台です。2階もあり2300人位が入れます。
なんと華やかでまた賑やかだったことでしょう。
この写真撮影場所の背後に、大御所の舞台衣装やギターが飾られています。 -
何でこんな派手な衣装なのか?
一人のカントリー・ミュージックファンとしても理解できないところです。
これは大好きなマーティー・ロビンスさんのものですが
とくに目立ちます。
ミュージシャンそれぞれがとても特徴のある衣装で舞台に上がり、面白おかしい語りと美声と、演奏テクニックで観客を魅了したのでしょう。
こんなに派手な衣装を何故着るのですか?と訊ねたくてもこの偉大な方がたは、殆ど天国にいらっしゃいますのでそれも叶いません。 -
入口でベンチに座って迎えてくれた方、ミニー・パール
さんとロイ・エイカフさんかな? -
少し見にくい写真ですが、グランパ・ジョーンズさん愛用のバンジョーです。
バンジョー弾きの楽しい歌声、大好きです。 -
エディー・アーノルドさんの似顔絵。いいですね。
この方の歌の中では、"Wayfaring Stranger"が大好きで涙がこぼれます。 -
ロイ・エイカフさんです。
何といっても”Wabash Cannonball"です。
カントリーミュージックの名曲中の名曲だと思います。
でもエディー・アーノルドさんとロイ・エイカフさんのポスターはなんとトイレット入口に飾られていたのです。
もう少し気を遣って欲しかったな。
-
尊敬して止まないハンク・ウィリアムスの舞台衣装です。スマートで背が高かったようです。
1952年のツアーの途中で車の中で亡くなっていなした。
私が8歳です。もっともっと早く生まれていればお目にかかれたかも知れません。
とにかく偉大な方でした。 -
ノー・ピクチュァと言われた瞬間に撮影成功。
ジョニー・キャッシュの楽屋です。
へェー、ジョニーはここでアルコールを飲んで舞台に
向かったのでしょうか。
映画”ウォーク・ザ・ライン”で舞台の上で狂ったように大暴れして、マイクやスピーカーやギターを壊してしまう一場面がありますが、ここでそれを思い出しました。
薬物とアルコール漬けになっていたのでしょう。
これもライマン公会堂での出来事のようです。 -
カントリーミュージックの殿堂には、沢山の宝物が詰まっていました。
横の入場口から出てきたところに、これぞアメリカというトレーラートラックが停まっていましたので、間髪を入れずツーショット。
とにかくデカイ。
町を散策4時間。いろいろなアクシデントもありもう疲れました。歳のせいではありません!
今日はこの辺でホテルに帰ります。 -
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