1997/12/07 - 1997/12/11
18位(同エリア41件中)
北風さん
チリは不思議な国だった。
迫りくるアルゼンチンの領土に押し潰されそうな細長い国土は、実は端から端まで繋がる道路が未完成状態。
つまりプエルト・モンから南は、完全に「陸の孤島」の様な状態だ。
ここから先、南を目指す旅行者のとるべき道は、空路 or 海路。
貧乏旅行者は港を目指すしか選択肢がなかった。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 船
-
1997年12月7日、プエルト・モン到着!
昨日の夕方、イースター島から空港に着き、その足でバスターミナルへ直行!
夜行バスで一夜を明かして目覚めると、そこは都会が広がっていた。
チリはこの街が都会の南境界線と言われるほどだけあって、デパートありレストランありの立派な街だった。
何故これほど強行軍なのかは、プエルト・モン発プエルト・ナタレス行きのフェリーが月曜出発だから。
ちなみに今日は日曜。
間に合った〜! -
旅日記
『アサド!』
日本の普通の田舎のような民宿の庭先では、人の良さげなおじいちゃんが子牛をジュウジュウいわせていた。
海からの潮風が香ばしい匂いを俺の顔に吹き付けてくる。
まさか、こんな所でパタゴニアの名物料理「アサド」にあるつけるとは!
俺の幸運は、プエルト・モンのバスターミナルで、この民宿のお姉ちゃんに声をかけられた時から始まったのかもしれない。
「チリは、南に行くほど、都会的なモダンさは減少するが、ホテルの客引きの数はメチャ増える」との噂は本当だった。
客引きのお姉ちゃんが、「今日はうちの民宿の記念日なの。パーティーがあるわよ」とのたまった時点で今夜の宿は決まった。 -
海辺の民宿で荷物を置いて一風呂浴びたら、もはや民宿の親戚一同がそろっていた。
おじいちゃんが庭先に投げ捨てられていたでかい鉄の箱の様な物を引っ張り出しいきなり炭をぶちまけだした。
おばちゃんが台所から、串刺しにされた子牛をよっこら持ってきて、その上にセットする。
どうやら、この鉄の箱が組み込まれた巨大ミシンのような物は肉の丸焼きマシーンらしい。
パタゴニア名物「アサド」とは、簡単に言うとオーストラリア名物のバーベキューと何ら変わらない、ただの丸焼きなのか?
しかし、この鼻をくすぐる匂いはたまらない。
おじいちゃんが糸車を回すように、子牛を回すたびに肉汁が炎の中で弾けている。
俺の食欲も既に弾けている気がする。 -
旅日記
『南への道なし!』
チリは不思議な国だった。
迫りくるアルゼンチンの領土に押し潰されそうな細長い国土は、実は北から南まで繋がる道路がまだなかった。つまりプエルト・モンから南は、完全に「陸の孤島」の様な状態だ。
ここから先、南を目指す旅行者のとるべき道は、空路か海路以外に選択肢がなかった。
当然、貧乏旅行者の俺に飛行機が使えるわけは無く、選ぶべき道は海路で一番安い3等船室!
しかし、この3等船室は出航日の明日に売り出されるという。 -
翌朝10:00、港に走った。
チケット売り場では、「まだよ、11:00に来なさい」と言われる。
11:00、またチケット売り場に行くと、同じ台詞で今度は13:00と言われる。
13:00に行くと、15:00に来いとの事。
・・・ふざけているのか?
夕方16:00、やっと手に入れたチケットはなんとUS$200!
・・・ふざけているのか? -
波一つ無く静まり返った海面に、夕陽が赤く染める青空が映っている。
湾内には一艘のヨットと貨物船が一隻。
アナウンスが響いてきた。
「ツーリストの方は、乗船して下さい」
・・・という事は、あの貨物船がUS$200もぶん取った豪華客船なのか? -
まるで日本の連絡船フェリーの様に、船の後部がガバッと開いた。
しかも、この車用の巨大な開口部がそのまま乗客の乗口になっているらしい。
これは、どこから見てもフェリーだろう?
ふと周りの乗客の顔を見回すと、皆、納得のいかない表情を浮かべている。
あきらめたかのように足取りも重く進むツーリスト達を、前途を暗示するかのような船内の暗闇が待ち受けていた。 -
旅日記
『3等船室』
俺は疲れていた。
まぁ、一日に何度も港を往復すれば当たり前かもしれないが・・・
そして、「3等船室は地下2階からになってます」とのアナウンスが更に追い討ちをかける。
この日、この疲労と代償に手に入れたチケットには、べッドの番号は無かった。
つまり、ベッドは早く取ったモン勝ちという事になる。
まるで高層ビル火災の避難訓練の様に、貧乏ツーリストが階段を駆け降りる!
当然、疲れた身体に鞭打った一人の日本人もその群れにいた。
通常、この手の生存競争にはからっきし弱い俺だが、何故か船の外板に近いベッドが空いていた。
ここなら3人しか寝れない(3段ベッドだった)から、他人のいびきに悩む確立も少ない。
ラッキー!
・・・不幸は、忘れた頃にやってくるのかもしれない。
安堵のため息をついてベッドに座り込む俺の鼓膜に、船の外壁に叩きつけられる波の音が大反響で飛び込んできた。
しかも、何だ?
この蒸し暑さと狭さは!
それに船の揺れもすごい!
「うぉぉっ」との叫びと共に、コレステロールを全身にまとったアメリカ人が3段ベッドの上から落下!
・・・俺は、US$200も払って、刑務所の独房体験をしにきたのだろうか?
しかも、頭上から体重100kgの肉の塊に圧死されるかもしれないオプションつきで。 -
とにかく寝るまでは船室から離れていようと、甲板に出ると・・・
あぁ、汽笛が港に響く。船が港を離れていく。
これから4日間に及ぶ耐久レース開始のサイレンでもあった。 -
<船旅2日目>
快晴、しかし、寒い!
フェリーはWRCカー顔負けの操舵技術で、右に左に船首を振り向け、幅の狭いフィヨルドの海路をくぐり抜けていく。 -
「この船旅の醍醐味は、フィヨルドの自然を間近に観れる事だ!」
と、手元のガイドブックには記されていた。
昨夜、サウナの中でヘビメタを聴いているような試練とは対照的に、船は静かに静かに狭い入り江を進んでいる。 -
夕方、突然雲が出てきた。
どうやら、今夜から外洋へ出るらしい。
出航前のアナウンスを思い出す。
「2日目の夜は、外海に出ます。かなりの揺れです。皆さんの勝負時です」 -
<船旅3日目>
昨晩は確かに揺れた。
どれぐらい揺れたかと言うと、アメリカン・ツーリストが全員無口になるぐらいだ。
早朝、寝不足で充血した眼をこすりながら甲板に上ると、そこはまたフィヨルドの世界が広がっていた。
どうやら、また内海に入ったらしい。
静かに、静かに、フェリーが進んでいく。
まるで昨夜の揺れを忘れたかのように・・ -
航海コースの一番の難所は、フェリー一隻分の幅しかないヘアピンカーブだった。
これほど旅をしている俺も、こんな大型船がヘアピンカーブを曲がるのなんて見たことが無い。
(インドネシアで大型船をヒッチハイクした事はあったが)
目前の小島がどうやらカーブの中心らしかった。
「ギ、ギ、ギギッ」と船体が悲鳴をあげる中、船が向きを変え始めた。
が、しかし、車と違ってなかなか思うようには曲がってくれない。
見る見るうちに浅瀬が近づいてくる!
ツーリスト全員が視線を集める小島には、マリア象が両手を合わせてたたずんでいた。 -
<船旅4日目>
昨夜はなかなか楽しい夜だった。
おとといの地獄の揺れとは正反対で、まるで普通のビルにいるかのように安定した船底、そこではチリ人大好きのビンゴ・ゲームが行われた。
ビンゴ・ゲームで盛り上がりながら熟睡した朝、甲板ではなんと、雪が降っていた!
確か南半球では今が夏のはずなのだが・・
風が肌を切るほどに冷たい。
入り江を囲む山々には、その頂きに白い化粧が施されている。
フェリーが急に船速を落とした先には、赤茶けた大型船が横たわっていた。
遠い昔、ここで座礁した船なのだろうか?
耳をつんざく汽笛が鳴り響く。
フェリーが入港の雄叫びを上げる。 -
船はその巨体に似合わない忍び足でプエルト・ナタレスの港に入っていった。
-
4日間に及ぶ船旅が終わった。
久々に踏みしめる陸地を踏みしめ見上げる空には、パタゴニア特有の入道雲が浮かんでいた。
足元が揺れていないのは幸せな事なんだなぁ。
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