2010/02/26 - 2010/02/28
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korotamaさん
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2006年9月に訪れたときは閉館直前&大天守改修工事中のため殆ど見ることができなかった松山城に、再び登城しました。
2006年9月の様子↓
初秋の伊予へ(5) 「坂の上の雲」と松山城 ~2006年9月~
http://4travel.jp/traveler/korotama/album/10393891/
- 交通手段
- レンタカー JALグループ
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前日宇和島城に登城したので、この日は宇和島からの移動です。
松山自動車道・伊予灘SAから松山のお城を眺めました。
背後に連なる山の手前、標高132mの勝山山頂に大天守、小天守、そして櫓が連なっている様子がよくわかります。 -
トサミズキ?
松山自動車道・伊予灘SAにて伊予灘サービスエリア 道の駅
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松山城ロープウェイ乗り場にこのようなお人が…。
築城した加藤嘉明公をモチーフにした「よしあき君」というそうです…。
はぁ。松山城 名所・史跡
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お城へは歩いても行けますが、ロープウェイかリフトを利用することもできます。
前回はロープウェイに乗のりました。 -
なので、今回はリフト。
片道260円です。
最近では珍しい(?)、シングルリフト(^。^) -
東雲口登城道を空中散歩。
空中からのお花見です(^−^)
寒椿桜というそうです。 -
大天守が臨めました〜
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松山城は標高132mの勝山山頂に、本丸と二の丸を並列に配置した連郭式の平山城。
写真は、リフト到着駅がある長者ヶ平にたてられていた、江戸時代末期1842年(天保13年)の古図です。
右側が本丸。上の方に天守のある本壇があります。
その左隣が二ノ丸。
左側山の麓が三之丸です。
東雲口登城道は本丸の南の方に連なっている、にょろっとした道かな。 -
高い石垣の上に築かれた「巽櫓(たつみやぐら)」。
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「揚木戸門(あげきどもん)」跡。
このどっしりとした佇まい。
立派な門が建てられていたのでしょうね。 -
揚木戸門跡から見上げる「隠門続櫓」。
敵の侵入に備えての石落としが石垣の上に飛び出ています。 -
「大手門」跡。
二ノ丸と本丸をつなぐ黒門口登城道がこの先にあります。 -
太鼓櫓から先の本壇にかけて「屏風折れの石垣」と呼ばれる、高さ14mを超える石垣が連なっています。
先の方に小さく大天守が見えます。 -
復元された「太鼓櫓」。
手前に戸無門と筒井門西続櫓の屋根がちょっとだけ覗いています。
奥には大天守。 -
くいっと180度折り返して、本丸大手入口の最初の門「戸無門」(重要文化財)。
昔から門扉がなかったそうです。
左は復元された「筒井門西続櫓」。 -
戸無門をくぐり、振り返ります。
戸無門の横に筒井門と続櫓が並び、向こうには太鼓櫓。 -
本丸正面の固めである「筒井門」は松山城最大の門で、築城の際に伊予郡松前町の正木城から移築されたとのこと。
残念ながら1949年(昭和24)に消失し、これは復元です。 -
筒井門脇の石垣に隠れて「隠門(かくれもん)」があります。
筒井門を通り抜けようとする敵を背後から襲います。
「隠門続櫓」とともに重要文化財に指定されています。 -
それにしても、なかなか天守閣には辿りつけません(^_^;)
筒井門をくぐって立ちはだかる、「太鼓門南続櫓」に「巽櫓」。 -
何重にも防御を張り巡らしている様子がずっしりと伝わってきます。
戦災で焼失したため復元された「太鼓門」。 -
太鼓門をくぐるとようやく天守お目見えです。
大天守、小天守、隅櫓が廊下で結ばれた連立式城郭です。 -
南北2つの峰を埋め立てて本丸を造った際、もともとあった泉を利用したという井戸。
深さは44.2mだとか。 -
雀さん、日陰でご休憩(^。^)
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(◎o◎)
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賤ヶ岳の合戦の七本槍の一人、加藤嘉明により1602年から築城が始まった松山城。
嘉明は1603年には松前町の正木城から居をこちらに移しました。
1627年に城はようやく完成しましたが、なんとその年に嘉明は会津に転封。
出羽国(山形)から入国した蒲生氏を経て、松平氏が14代続きました。松山城 名所・史跡
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三重三階地下一階の層塔型、最上階に廻り濡縁と高欄を巡らせた大天守。
創建当時は五重でしたが、1642年 松平行定の時に三重に改築されました。
1700年代終わりには落雷で焼失。
その後再建工事が行われ、幕末の1854年に完成しました。
現存天守です。
別名は金亀城(きんきじょう)、勝山城(かつやまじょう)。 -
本丸に咲く紅梅
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白梅も…
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青空に映える…
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ここから先は観覧料500円がかかります。
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手前から、「一ノ門南櫓」「小天守」「多聞櫓」に「南隅櫓」と続きます。
突き当たりにあるのは「紫竹門東塀」。 -
一ノ門南櫓と小天守の間から「大天守」。
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連なる「一ノ門南櫓」「一ノ門東塀」「二ノ門南櫓」。
(みな重要文化財) -
本壇入り口を守る最初の門「一ノ門」(重要文化財)。
三方から攻撃される位置にあります。 -
続いて「二ノ門」(重要文化財)。
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二ノ門をくぐった先に「天神櫓」。
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中には久松松平家の先祖・菅原道真が祀られています。
※久松氏は徳川家康の母(伝通院)の再婚先。 -
「三ノ門」(重要文化財)
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大天守までの道のりは遠い…
「三ノ門南櫓」「鉄筋門東塀」「鉄筋門」「小天守」が連なります。
「三ノ門南櫓」「鉄筋門東塀」は重要文化財。 -
門の柱に鉄板が張ってあるために名付けられた「鉄筋門(すじがねもん)」。
櫓は大天守と小天守をつなぐ通路となっています。 -
鉄筋門をくぐり抜け、ようやく中庭に到着です。
左から、
「小天守」「多聞櫓」「南隅櫓」「十軒廊下」。 -
続いて、
「十軒廊下」「北隅櫓」「玄関」「玄関多聞」「内門」。
鉄筋門から内門にかけての建物はみな1933年(昭和8)の放火により焼失しましたが、1968年(昭和43)に復元されました。 -
放火の難を逃れた三重三層地下一階の層塔型「大天守」。
加藤嘉明が松山城を創建した際は五層でしたが、1642年に松平行定が三層に改築。
その後落雷により焼失したものの、1854年(安政元年)に復興工事が完了しました。
現在入り口となっている地下1階は往時は穀倉。松山城 名所・史跡
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内部は反時計回りに見学します。
搦手(裏手)を守る「北隅櫓」。 -
搦手の乾門(いぬいもん)を見張ります。
左から、
「乾門東続櫓」「乾門」「乾櫓」(重要文化財)。
右手にちょっとだけ見えるのは「野原櫓」。 -
鉄筋門も見張ります。
左右には大天守、小天守。 -
南隅櫓と北隅櫓をつなぐ「十軒廊下」。
乾門を防衛する位置にあり、外側に向かって挟間と石落としが連なります。 -
大手(正面)の二ノ丸、三之丸方面を守る「小天守」。
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「二之丸」「三之丸」方面を監視し、
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本丸を守り、
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ここまで来られては困るけれど…
「一ノ門」「二ノ門」を見張り、 -
「三ノ門」「鉄筋門」を見張ります。
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「内門」も守る。
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大天守を仰ぎ見るー
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いよいよ大天守に昇ります。
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大天守2階。
千鳥破風の鉄砲挟間。 -
大天守最上階の3階。
武者走りの窓の外には廻り濡縁と高欄(手すり)が巡らされています。
内側には天守では珍しい?、床の間があります。 -
松山市街に瀬戸内海
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登城の際に乗ったリフトが走る東雲口登城道
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松山の景色を堪能し、大天守をおりました。
天守閣西側の「内門」をくぐり、大天守を見上げます。
左手は「仕切門」。 -
大天守の鯱。
瓦は「現存12天守」の中で唯一という、葵の御紋入り。 -
大手と搦手を仕切る「紫竹門」(重要文化財)。
背後には小天守、そして、大天守。 -
紫竹門の由来となった紫竹。
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搦手より、北隅櫓、十軒廊下、南隅櫓を仰ぎ見る。
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本丸の西北、北を防衛する「野原櫓」(重要文化財)。
日本で唯一現存する望楼型二重櫓とのことですが、一見、民家みたい…。 -
搦手防衛の要「乾門」をくぐり、ちょっとだけ本丸の外に出ました。
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乾門とともに搦手防御の要である「乾櫓」(重要文化財)。
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「乾門東続櫓」越しに「南隅櫓」「小天守」。
「乾門東続櫓続折曲塀」と「屏風折れの石垣」。 -
本壇の北東を守る「艮門」と「艮門東続櫓」。
こちらも野原櫓同様、民家に見えてしまう…(^_^;) -
そんな艮門・艮門東続櫓の横に、このような案内板が!
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はい、この角度です。
柵の辺りでお三方がポーズをとったのですね。 -
四国最大の名城、というだけあって、見応え十分な松山城でした。
今回も(!)時間がなくて行けなかった二之丸史跡庭園や東雲口以外の登城道。
いつかまた歩いてみたいな。松山城 名所・史跡
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