2009/12 - 2010/03
880位(同エリア1422件中)
luguさん
元々日本の江戸時代に興味があり、本を読んだりはしていたが、
「ミャンマーの柳生一族」(高野秀行著)という本で、
「ミャンマーは軍事政権だし、鎖国状態に近いが、江戸時代だって武家社会で鎖国をしていて、その中で人々はそれなりに懸命に生きていた。今のミャンマーは、要は江戸時代の日本だと思えばいい」というようなことを読み、以来ミャンマーに興味を持つようになった。
旅の出発前に、日本でビザを取るところからすでに、
何かいつもの旅先とは勝手が違うぞ、と感じていた。
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朝5時のスワンナプーム空港。
こんな早朝でもエアアジアのカウンターは人でいっぱいだった。 -
僧侶の袈裟の色もタイとミャンマーでは違う。
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そういえば、ウボンの町でエアアジアの飛行機が飛んでいるところを見たが、飛行機の底、腹の部分に大きく[Air Asia]のロゴが入っていた。
さすがに、金をかけずにアイデアで勝負しているなぁ、と思った。 -
1時間半ほどでヤンゴン空港に着いた。
空港で、同じ飛行機に乗り合わせていた日本人青年のK君と知り合った。
宿は特に決めていない、ということだったので、一緒に、僕が目当てにしていた、ダウンタウンのビューティー・ランド・ホテルに向かう。 -
K君はミャンマーには2年前に一度訪れていて、今回2度目ということだった。
チェックインを終えた後、早速宿の前の路上カフェで甘ーいミルクティーを・・・。 -
宿のフロントの女性。
僕が日本人だということで、「日本語の新聞があるわよ」と持ってきてくれたが、見たら中国語の新聞だった。 -
宿の周りを散歩する。
路上には歩き辛いほど多くの店がひしめいていた。
これは路上の本屋。
紙質は非常に悪い。しかしどこの町にも本屋は結構あった。 -
道端で話をしている女性。
何だか逞しそう。
初めは衣装や化粧の違いから、
何を見ても面白くてしょうがなかった。 -
古いコロニアル風の建物がいくつもあった。
来るまでは、ミャンマーはラオスのように穏やかでのんびりしているのかと思っていたが、全く違っていた。 -
町には熱気と言ってもいいほどの活気があり、
人々は真剣に必死に生きている、という感じがした。 -
比較的大きな文具店の女の子。
メモ帳がなくなりそうになり、探し求めたが、
とにかく紙質が悪く、まともなノートは無かった。 -
街角ではこのようにゲームをしている場面をよく見た。
お金を賭けている時もあった -
宿の前の路上カフェでは、毎日夕方になるとこの二人はミルクティーを飲みながらだべっていた。
ミャンマーの人は、気のいい人が多く、どんなに恐そうな顔をしている男性でも、ミンガラバー!(こんにちは!)と声をかけると、にこやかな笑顔を見せてくれた(別にこの二人が恐そう、と言っているわけではないので・・、念のため)。 -
ミャンマーの町には何処にでも軒下にこのように、雀のための稲穂を吊るしてある。
雀がチュンチュン集まっているので写真を撮ろうとカメラを向けると、雀はすぐに飛び去ってしまい、あとに鳩がやって来る。
雀のために稲穂を用意するなんて、なんて優しい国民なんだ・・・。 -
ヤンゴン駅の近くにある、ボージョー・アウンサン・マーケット。
ここでドルをチャットに両替した。 -
通りを歩いていると、赤ん坊が竹のカゴに入っていた。
お兄ちゃんとお祖父ちゃんか・・・。 -
縦書きのカレンダー
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夕方K君と、食事を取りに中華街に向かう。
途中インド人街でヒンドゥー教の寺院を見かけたので
中に入ってみる。
ミャンマーは敬虔な仏教国だが、イスラム教のモスクもカソリックの教会もあった。 -
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中華街で一番賑わっていそうなレストランに入った。といっても路上だが・・・。
隣のテーブルで食事をしている人達と挨拶を交わし、徐々に打ち解けてきた、と思ったら、何と彼らは軍人だった。制服を着てないのでわからなかった。
一番右の男性はバリバリの軍人だったが、僕の隣にいる(一番左の)男性は、「自分は軍人だが、ミャンマー人だ。今のミャンマーは眠っている」と複雑な胸の内を吐露してくれた。 -
こんな、飲んで騒いでいるところでも、本を売り歩いている女性がいた。
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朝、街角でいろんな種類のご飯を売っていた。
ミャンマーのホテルはだいたい朝食が付いているので、外でたべることは少なかった。 -
これも、通りで大量の油を使って朝食用の何かを揚げている。
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このような格好で客が来るのを待っていた。
煙突の煤でも掃除するのだろうか?? -
街角には、このように電話を3,4台置いた、電話屋がいた。
電話屋は何故か美人が多かったように思う。 -
通学のためにバスを待つ子供たち。
賢そうな顔をしている -
そのすぐ横には、学校にも行けないような貧しそうな子供たちが・・・。
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まるで舞台のように、扉の無い床屋。
電気事情が悪いので、外光を目一杯生かしている(?)。 -
インド人街で見かけた父娘。
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食堂で働く少年たち
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ナコーンラチャシーマでミシンの女性に出会って以来、街角でミシンを操作して仕立直しの商売をしている人たちが気になっていた。
そうこうしているうちに、
「なんだ、自分のこのパンツもあの人たちに頼めば簡単じゃないか!!」と、自分も胴回りとか裾とかを直してほしいパンツがあることとが結びつくようになってきた。
自分は案外器用な方(?)なので、ちょっとしたホツレくらいなら旅行用のソーイングセットで直していたが、あの女性のプロの技を見て以来、何処かで直してもらおうと考えていた。
そしてこのヤンゴンのインド人街を歩いている時に、
そのような洋服の仕立や直しをやっている店が並んでいる通りに出くわした。
そこで働く若者たち。みんな陽気な人たちだった。
ポロシャツの背中に、
EVISU(恵比寿?) GENES 大阪東京 と書かれている。 -
次々に持ち込み、この青年に計3着のパンツの直しをしてもらった。
1箇所1000チャット(100円)から2000チャットほどでとても安いが、こちらの希望をすぐに理解し、仕事は丁寧で、どれも、希望していた以上の仕上がりだった。
これからは旅行の度に、傷んではいるが捨てがたい、という洋服を着てきて、こちらで直してもらえばいいんだ、なんていうことも考えるくらいの満足度だった。 -
街角で子供の僧が托鉢していた。
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テレビではヨーロッパチームのサッカーの試合をよく流していて、人気があるようだったが、
ミャンマーのこんなチームもあったんだぁ・・・。 -
日本人が経営していて、ミャンマーを旅する上での情報が充実している、とガイドブックに書いてあったので行ってみたが、結局中には入らなかった。
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この旅行記へのコメント (4)
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- ゲンさん 2010/06/13 02:09:10
- ミャンマー人の本音
- luguさん、こんにちは。
ヤンゴンの旅行記、拝見させていただきました。
>旅の出発前に、日本でビザを取るところからすでに、
>何かいつもの旅先とは勝手が違うぞ、と感じていた。
僕も昨夏ミャンマーへ行ったのですが、まさにこの気分でした。
これまでの国と何か違う。それが旅の高揚感をさらに高めてくれて、出発前から興奮が抑えられませんでした。
今までで一番思い出に残っているのもミャンマーです。
やはり何か違うものを感じます、あの国。
レストランで軍人さん達とたまたま遭遇したとのことで、非常にレアな体験をなされたようですね。
ミャンマーの軍事政権と言えば誰もが悪印象を抱いているだろうし、実情も国際社会での評価同様最悪に近いものだと思います。
ただ、この軍人さんのコメントはおそらく本心だろうし、こう考えている人が一般の国民以外に軍部のほうにもいるということは驚きでした。
あからさまに反発すれば現在の身分が保障されないということが一番の重しでしょうか。
早く軍政の終焉が来てほしいなと思っています。
あんなにも優しい国民がいながらももったいないぞ、ミャンマー!
まぁ、軍政であってもまた行きたいんですがね(笑)
luguさんの旅行記、まだまだ楽しませていただきます。
ラオスが好きだとのことで、そちらも興味ありです。
ゲン
- luguさん からの返信 2010/06/13 08:14:53
- RE: ミャンマー人の本音
- ゲンさん、はじめまして。
書込みの上に投票までして頂き、ありがとうございました。
ミャンマーに入った最初の夜にレストランで出会った男たちが
軍人だとわかった瞬間、
「アチャー! 何で彼らの隣に座ってしまったんだろう。
これじゃ、楽しいはずの食事が台無しじゃないか!
いやいや、ひょっとしたら、自分達のような外国人の行動は
監視されているのか?
どうすればこの状況から無事にホテルに戻れるのか?」
などなどの思いが、一瞬のうちに頭を過ぎりました。
それまで和やかに挨拶していた男たちの顔が、
軍人だとわかった瞬間、するどい表情に変わって見えてしまいました。
始めは当たり障りのない話をしていた僕の隣にいた男性は、
相当酔ってきて、僕のような外国人に向かって、
ミャンマーがいかにダメか、というような
現状のつらい思いを片言の英語で話してきました。
まさか軍人がそのような苦しみを感じているなんて思ってもいなかったし、僕も英語がよくわからないので、持っていたガイドブックの
メモ欄に筆記してもらいながら彼の思いを確認しました。
そんな僕らのやりとりを周りの仲間も見ているので、
僕は心配しながら周りの男たちの様子を気にしていたけど、
彼らは、「あぁ、またこいつはこんなこと言ってるよ!」
というぐらいの感じで、僕らの会話に入ってくるでもなく、
非難するでもなく、という立場を守っているようでした。
経済的に遅れている国ではどこでも、
公務員というのは国民を経済的に支える大きな職業ですから、
ミャンマー国民にとっても、軍人という(職業)のがそのような
位置にあるのだな、という或る種の側面を垣間見ることが出来ました。
ゲンさんのミャンマー旅行記も少し見せてもらいました。
みんないい表情していますね。
これからもよろしくお願いします。
lugu
-
- ゆみナーラさん 2010/03/21 21:57:58
- ヤンゴン
- luguさんこんばんは!
また読み進めさせてもらっています。
今回の旅行記はいつもに増して人々の自然な表情が多くて、その警戒感のない表情や町中の風景から、どんなところなのかが空気を通して伝わってくるようです。
特にこのミャンマー編!!最高ですね。
全く未知の国で、昨今の軍事政権の悪いニュースばかりが頭に入っていたので、ヤンゴンもきっと憂鬱な部分の多い町なのかと思っていましたが、この辺りのどこの国の人よりも何となく、希望があっていい表情をしているような気がします。
町中の何気ない光景がたっぷりで、とても素敵でリアルな旅行記ですね。
左側の軍人の男性の、複雑な心境なども、ニュースでは伝えられないミャンマーの現状を映し出しているのかなと思いました。
とても行ってみたくなりました。
- luguさん からの返信 2010/03/22 09:01:53
- RE: ヤンゴン
- ゆみナーラさん、
コメントありがとうございました。
僕もつい最近まで、ミャンマーについては、むしろ危険な国だと思っていました。いろんな情報から、大好きなラオスよりも何だか面白そうと思い始め、旅行を決めてからも、恐る恐る入国した、というのが正直な気持ちです。
日本やオーストラリアなどからたっぷり援助を受けて、悪く言えば援助慣れしているラオスの貧しさと比べても、軍事政権のために西側諸国から援助が止められていて、経済的には本当に厳しいですが、元々タイよりも発展していた国ですから、国民のDNAにはどこか優れたものがあることを今回の旅でたっぷり感じました。
ミャンマーの人々は本当に素晴らしかったです。謙虚で、それでいて前向きで、優しくて、親切で、人として学ぶところがとても多かったです。
ミャンマー旅行を終えてから1ヶ月が経ちますが、旅行以前よりも、自分が少しだけ「いい人」になれたような気がするほどで、いろんな外国を旅行しましたが、こんな体験は初めてです。
自分の気持ちが荒んできたな、などと思う人はミャンマーに行って人々の中に入ったら自分を取り戻せる、そんなことさえ思わせる、不思議な国でした。
ただ、食事や、電気、交通などインフラの後れが激しく、インフラが整わないと、こんな不便な生活になってしまうんだ、というような見本のような国でもありましたので、旅行をする上ではそちらの覚悟も必要かもしれませんよ・・・・、一応念のため。
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