1997/09/26 - 1997/10/09
24位(同エリア45件中)
北風さん
南米の入り口コロンビアで投げたコインは裏になって地面に転がった。・・確か裏だったと思う。ジャガー並のスピードで乞食の子供が拾って逃げるまでは・・
その結果、南米を右回り(ベネズエラ経由)で南下する事になり、その結果、こんなジャングルのど真ん中のディープな街「マナウス」にたどり着く事になった。
そして今、ブラジル入国3日目にしてブラジル脱出計画を実行する事になった。ルートは下れば天国、上れば地獄と言われるアマゾン川上りルート。
別に俺はヒンズー教の苦行僧でもなければ、クレイジーな冒険野郎になる気はないのだけど、・・
日本並みのこの国の物価が最短ルートでブラジル脱出を決意させた。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 船
-
いざ、アマゾンへ
1997年9月27日、俺は港に来ていた。
昨日下見に来ていた時との違いは、今回は右手にコロンビアのレティシア行きのチケットを握り締めている事だ。
港の入り口の薄汚れた壁に、乗船場らしき絵が描かれている。
「ここから、フェリーの桟橋に行くんだ」と、ロドリゲスが教えてくれる。
彼とは、ボアビスタからのバスの中からの付き合いだった。
ペルー人の行商人である彼の大きな荷物を手伝って運ぶうちに仲良くなれた。
この街を商売の拠点にしているだけあって彼にはいろいろと助けてもらい、なんと見送りにまで来てくれた。
彼が立ち止まる。
どうやら、ここから先はチケットを持っていないと入れないらしい。
「アスタ・ルエゴ」(またな!)と、彼が手を振った。
さて、アマゾンに着いた俺を、さらに奥地へと運んでくれる船を探さなければ! -
桟橋を渡ると、そこは船で埋め尽くされていた。
ものすごく近代的なフェリーが見える。
あれか?
あれなのか?
俺の船は?
ワクワクしてきた。 -
俺の客船は、もう少し先の桟橋にあるらしい。
全く、なんてでかい港なんだ!
川のほとりは、隙間なく船で埋め尽くされている。
かなり人でにぎわっている船があった。
ドテッと陸に上がったアザラシの様な船底から、映画「コクーン」で見た様な物体が運び出されている。
あのシーンでは、確か白いまゆだった気がするが、今回は黄緑色のお化けスイカだ。
中央市場であちこちに山積みされていたあのスイカは、こうやってアマゾンの各地から集められるわけか!
かなりの大型トラックがほとんど満杯になるほど、後から後から運び出されてくる。
よく、これだけのスイカを載せて、アマゾン川を浮かんでこれたもんだ。
見かけはどう見ても貨物船には見えないのだが。
そう、どちらかと言えば、客船らしい形だ。
・・・ ん、客船? -
まるで、東京のラッシュアワーの再現だった。
なんという人ごみだろう。
さすが、交通手段の大部分を川に頼っているだけある。
手にしたチケットを見たおっちゃんは、確かにこの埠頭を指差したのだが、一体俺の船はどれなんだ? -
俺は何度も手元のチケットを見直している。
どう読んでも、同じ船名をペンキで書きなぐった船が目の前にある。
・・・嘘だろう?
これは、そこら辺の町に行く連絡船じゃないのか?
最低8日はかかると言われた俺の船旅は、この木100%でできた船らしき物でやるものなのか?
浮くのか?
これは? -
アマゾン日記
『船上の蓑虫軍団』
「嘘だと言って〜、夢だと言って〜、幻だよと〜、あ〜な〜た〜」
と、昔、岩崎広美が歌っていたフレーズが耳にこだましている。
現在、俺は船室にいる。いるはずだ。
が、しかし、この状況をどう説明しよう?
天井からは、無数の糸が垂れている。
そしてその下には、中身がずっしり詰まった人間みの虫がずらりと・・・
ここが世界民芸品ハンモック展示会場じゃないとすれば、俺はここで1週間以上ぶら下がって過ごす事になるわけか? -
船室をぐるっと一周してみた。
多分、日本のサイズで言うと、30畳程のものだろうか?
が、しかし、内部は既に足の踏み場も無い程、みの虫がぶら下がっている。
しかも、船室ギリギリまで糸を張っているものだから、みのから出た人間は、船べりに張り付いていた。
・・今現在、思考する事は何の意味も無いのだろう。インドで覚えた魔法の言葉が、自然と口から漏れてきた。
「これも経験、これも経験」 -
ぼーっとしている暇は無かった。
とりあえず、俺の寝床を確保する仕事が残っていた。
生まれて初めて吊るすハンモックにモタモタしていると、ばあちゃんがチャッチャッとでかいハンモックを吊るしだした。
「そこは俺の・・」と言う台詞は、多分このシチュエーションでは無意味だろう。
だが、ばあちゃん、そのハンモック、俺の3倍ぐらいのサイズだぞ! -
アマゾン日記 1997年9月27日
『難民船』
「ボート・ピープル」、またこの言葉に出会うことになろうとは!
そう、あれは、シンガポールからインドネシアに渡る時、24時間にも及ぶ俺の船旅を支えたのは、木100%のポンポン船だった。
しかも、船内は、押入れぐらいのスペースに、人間2人、豚1匹、玉ねぎ2山と積み込まれ、何処から見ても難民船以外の何物でもなかった。
そして、現在、出航1時間前、俺は再び難民船のボート・ピープルと化している。
今回の行き先は、レティシア。コロンビアの都市だ。
信じたくないが、最低8日はかかるらしい。
夕陽がアマゾン川に沈む前の最後の仕事として、続々と乗り込んでくる乗客を照らし出している。
皆、まるで夜逃げでもしているように、ものすごい荷物を背負ってくる。
気のせいだろうか?冷蔵庫らしき物を担いでいる男もいる気がするのだが?
・・・恐ろしくなってきた。
この30畳ぐらいの空間に、もはや40人以上の人間がぶら下がっている。
この上、2ドア冷蔵庫、ベッド、テレビなんて積み込んで、果たしてこのボロ船はアマゾンに浮かんでいられるのだろうか?
そして、現在でも人間みの虫軍団で溢れかえっているこの空間に、一体あとどれぐらい乗客は増えるんだろうか?
遠くに事務ディスクとソファとカーペットらしき物を背負った人々が見える。
気のせいか、一目散にこちらに向かってきている気がする?
・・・俺は大枚70ドルを支払って、ピラニアの餌になりに行くのだろうか? -
アマゾン日記 1997年9月28日
『ハンモック』
朝5:30、アマゾン川を深く覆い尽くす濃霧が船内に立ち込めている。
何故と問われれば、この木造2階建てのタコ部屋には、天井はあっても、左右の壁は無いから。
つまり、自然環境がそのまま室内環境を左右している。
大きめのハンモックに一回転半くるまった巨大みの虫が、あちこちでガサガサ動き出した。
どうやら、この船の起床時間は5:30らしい。(柔道部の合宿並みだ)
寝不足で粘ついた目に、宿主のいない洗濯物乾燥ネットの様な小さなハンモックが見える。
俺のハンモックは、多分この船に存在する物の中で最も小さいものだろう。
昨夜の出来事を思い出した。
ハンモック初体験の夜。
あらかじめ吊っておいたハンモックに足をかける俺を、周囲の人々は静寂と注目で迎えてくれていた。
俺が人目を引いているのが、この船唯一の日本人と言う事だけでは無い事を、3分後には知る事になる。
ホンジュラスでUS$9で購入した俺のハンモックは、ネット状のビーチ・リゾートタイプだった。
俺の体重を素直に受けて、ネットが広がる。
何事かと思った時には、漁師の網にかかったイルカの様に、身動き一つできない俺がいた。
沸き起こった爆笑が、アマゾンの夜に響き渡る。
つまり、ハンモックと共に生きてきた人々には、この展開が予想できたわけか!
・・俺はこの先、寝返り一つうてない寝床で何日の夜を過ごす事になるんだろう? -
太陽が昇ると共に、気温はうなぎ上りに上昇を開始した。
アマゾンを覆っていた霧が、あっという間に晴れてくる。
世界中の酸素の30%以上を供給しているジャングルが、その姿を目の前にさらけだした。
雨季には、水位が20m以上も上昇すると言われる岸辺は、巨大な力で削り取った様な、急な斜面になっている。 -
灰色に塗りたくった、大きな船がやって来た。
なんと、軍艦だ!
河のサイズがこれ程でかいと、水上パトロールもこれ程の物が出動するらしい。
「河に軍艦」・・あまりにもイメージできない組み合わせだが、このスケールの空間にはその違和感が無かった。
あちこちで蛇行を繰り返すその操船は、まるで酔払い運転そのものだった。
「酔っているのか?」と尋ねると、船員が「ここら辺は浅瀬があるんだ」とのたまう。
アマゾン川は、現在乾季を迎えていると言う。
乾季だからこそ、川の流れも緩やかで、こんな小さな船でも遡る事ができるのかもしれない。
が、しかし、乾季だからこそ、気をつけねばならない事があった。
つまり、あちこちの出没する浅瀬への座礁だ。
このエリアで座礁による転覆なぞ考えたくも無い。
この茶色く濁った水の中にいる未知の生物の腹の足しになぞなるわけにはいかない。 -
アマゾン日記
『アマゾン・イルカ』
「ビシャバッ!」、「ボチャッ!」、「シュバッ!」、「ドボッ!」
巨大な丸大ハムそっくりのアマゾンイルカだった。
「保護色なんて、くそ食らえ!」と、身体中でアピールしているピンク色の巨体が、茶色く濁った水面に浮かんでは消えていく。
それにしても、水面から飛び出す姿は、まるで潜水艦から発射されるIBMのようにカッコイイのに、水面へと落下していく時の姿は、松本伊代の飛び込みを連想させるものがある。
アマゾンに淡水イルカがいるとは耳にしていたが、こんなにあちこちでドボドボやっているなんて知らなかった。
こんなに丸々と太ったソーセージを、ピラニアはどうして見逃しているんだろう?
船長がイルカを指差して、何やらポルトガル語で話しかけてくる。
どう解釈しても、「今夜の食事はうまいぞ!」としか聞こえないのが気にかかる。
その夜の食事は、魚肉だった。
湯で3回程もどした塩シャケのような味だ。
子供の頃、鯨を食べた。インドネシアで、猿も食わされた。
そして、今夜食ったのは・・
俺は哺乳類を保護する動物団体には、絶対入れてもらえないだろうなぁ。 -
アマゾン日記 1997年9月30日
アマゾンの朝
アマゾンの朝は早い。
5:30、身震いするほどの寒さと、アジア並みの湿度の中での目覚めは、とても快適とは言い難かった。
みの虫軍団の片隅に据えられた10人がけのテーブルには、既に朝食を待つ人々が列を成している。
船乗りのおっちゃんが一人、甘ったるいブラジル・コーヒーの口直しの為か、飲料水用のタンクからひび割れたコップに、茶色い液体を注ぎこんでいた。
頭上では、モスラの子供並み、大人の手の平大の蛾が、燐粉を撒き散らしながら飛び回っている。
おっちゃん、頭と肩にとまったモスラなど気にも留めずに、仁王立ちで茶色い液体を一気飲みした。
・・たくましすぎるぞ。ここの方々は!
カピカピの乾パンと、生ゴムのようなマーガリン、砂糖を限界までぶち込んだコーヒーという朝食を、無理やり胃に流し込み、いつもの船べりに腰を下ろす。
背後の壁には、モスラと得体の知れぬ昆虫が、気温の上昇を待つかのようにびっしりと張り付き、ピカソ顔負けのサイケなパターンを形作っていた。
朝日が少しずつ、その壁まで手を差し延べてきている。
正直、このアマゾンの愉快な生き物達が、活発に動き出す姿を想像したくないのだが・・ -
アマゾン日記 1997年10月1日
アマゾンの日常
「バシャコ、バシャコ、バシャコ」、まるで壊れたジャグジーの様に、川面が弾けた。
顔見知りとなった子供が、俺の背中からぼた餅ぐらいの大きさの物体を引き剥がし、アマゾンへと投げ入れた瞬間の出来事だった。
まだ気温が上がりきらない中、俺の背中で暖を取っていた日本のデパートじゃ5000円は下らない大カブト虫が、川面で誰かに胴上げされている。
水面下でカブト虫争奪戦を繰り広げているのは、間違いなくピラニアだろう。
天から降ってきた思いがけない朝食に、先を争って食いついている姿が目に浮かぶ。
この茶色く濁った水面下には、無数の死神がいるらしい。
これが、モダンな水上クルーザーから見た光景ならば、真っ先に出てくる言葉は「もったいない!」だったかもしれない。
が、しかし、「戸板一枚下は地獄」を地でいっているこの船からでは、ただ「明日はわが身」と考えてしまうのが悲しい。
だいたいギネスに挑戦しているような積載量を誇るこの船は、いつ転覆してもおかしくない。
「ドガ、ガ、ガ、ガ」
言ってる間に、また船底が河底を擦っている。
1997年10月1日、俺はまだ5体満足でアマゾンにいる。 -
目覚めると、船は、日本でよく見かける川幅ほどの支流に入り込んでいた。
アマゾン川沿いに点在する村々に、物資補給も兼ねているこの船は、しばしばとんでもないジャングルの支流へと舵を向ける。
今回も、かなり奥まった所まで、入り込んだらしい。
村は、川面から50mも高い土手の上に密集していた。
水位の上下が激しいこの河では、村々はだいたいこの形態をとっている。 -
アマゾン日記 1997年10月2日
アマゾンの力
目前を樹齢数百年の屋久杉ほどの大木が、ゆっくりとこの茶色い大河に押し流されていく。
驚くべき事は、その大木の幹から、新しい芽が吹き出している事だった。
全てを飲み込むアマゾンを鼻で笑うかのような、生命のしぶとさがここにはある。
それにしても、この川幅をどう表現したらいいんだろう?
出航当初、大洋を思わせる程、対岸が霞んで見えたのに比べると、5日後の現在、やっと2kmぐらいになってきた。
あれほど何度も故障したエンジンで、ここまで上流に来ている事は、やはり、この船に神父が乗っているおかげなのだろうか?
とにかくどんな神様でも、この退屈な日々を早く終わらせてくれるならば、信者になっても構わない。
雨季を前にした現在、水深は最も浅いらしい。
両岸のジャングルは、意外なほど流れの強いこの河に鋭く削りとられ、ジャングルはこれもでずっと、目線より上にある。
俺の視界から見るアマゾンは、背の低い熱帯樹の森になっていた。 -
夕方、この難民船は、やっと川沿いの村に到着した。
電気がある所を見ると、結構大きな村らしい。ジャングルの彼方にテレビ塔らしき鉄骨がそびえている。
おや?船内が妙に騒がしい。
親しくなった人々が、皆、俺のほうを見て手を上げている。
つまり、この村はこの地域の要所らしい。
皆、行っちゃうのか? -
アマゾン日記
アマゾンのジャンクション
親しくしてくれたプロテスタント神父、隣の子連れのおばちゃん、なついてくれた子供達、皆、降りてしまった。
しかし、センチメンタルな雰囲気など、この船に求めるのは無理だった。
あたり一面、蜂の巣を突いたような大騒ぎ。
船の一階からは、ビール100ケース、お化けスイカ200個、バイク1台、冷蔵庫、ソファ・・等々、良くこんなに入っていたもんだと感心するほどの物が運び出されている。
アマゾンに浮かぶ浮港が見る見る重さで沈んでいく。
代わりに、我が難民船の喫水線はズンズン上昇!
船が軽くなって、船足が上がるのはいい事だ。
さて、問題は、後に残った方々なのだが・・
子供以上に寝相が悪いゴリラ男、やたらと女とコカインの話ばかりするベネズエラ人、何故かマナウス〜レティシア間を往復し続けるブラジル偽造IDを持つ男、一日中話し続ける百貫デブ、どうもレティシアに近づくにつれ客層が低下している気がする。
村から新しい乗客が乗り込んできた。
すこぶる人相悪し!
目的地「レティシア」・・昔、麻薬取引の拠点となっていた街。 -
イチオシ
アマゾン日記
アマゾネス
「ボーッ、ボーッ、ボ−ッ」、船の汽笛が鳴り響く。どうやら次の港に到着したらしい。
汽笛にビックリしたのだろうか、銀の身体に黒い縞々をつけた不気味な魚が一斉に飛び跳ねた!
熱帯魚になり損ねたようなカラーが、水面から50cm程上空で、夕陽に照りかえる。(ジャンプ力も不気味らしい)
港に浮かぶ浮家から、おっちゃんがよっこらよっこら出てきた。
家の端から、おもむろに投網を振りかぶる。
「ぱぁぁっ」と、赤く染まる空間にクモの糸が広がった。
それから、3分もしないうちにおっちゃんが、網を手繰り始めた。
「失敗だったのか?」と見ている内に、キラキラと輝く銀鱗がぎっしりと浮上してくる。
こういうのも軒下商売と言うのだろうか?
なんて魚影が濃い村なんだ。
銀鱗の輝きの向こうで、ひときわ大きい水しぶきが上がった。
村はずれで、子供達が水遊びに興じている。
バシャバシャと元気一杯に泳ぎ回る所は、さすが河の民といった所だろうか。
船べりに腰かけて、その光景を眺めている俺に、船長が声をかけてきた。
「危ないから、船べりから降りろ!」
「俺、泳ぎには自信があるんだ」と答えると、手にしたパンを一掴み河に投げ入れた。
途端、「バシャコ、バシャコ、バシャコ」と、ものすごい水しぶきが上がる。
・・魚影が濃いという事は、それを狙うピラニアもぎょうさんいらっしゃる事を意味するらしい。
「じゃあ、あの子供達は?」と指差す俺に、船長はたった一言で返答した。
「俺達は、アマゾネスだぜ」 -
イチオシ
背中に、ヌメッとした感触があった。
振り返ると、船長が満面の笑みをたたえて立っていた。
ワニの出来損ないのようなものすごい物体を両手に抱えながら・・
「今夜の夕食は、美味いぞ!」と、おっしゃる。
・・それは、本当に地球上に存在する生物なのか?
1997年10月3日、俺は地球外生物を口にするかもしれない。 -
アマゾン日記
アマゾンの食事
「あいたたた、、」、片腹を押さえ、よろめきつつ、女好きのベネズエラ人がやって来た。
こいつは、マナウスからずっと一緒の仲だが、出航2日目にして腹をこわし、いまだに回復できないでいる。
「あの河から、そのまんま汲み上げた様な茶色い水と、ここの食事が後4日続いたら、俺は死ぬかもしれない。俺でこんなだから、先進国からやって来たお前はもっとひどいんだろ?」と、毎日同じ質問をされる。
俺はいつもの様にあいまいに「あぁ、まあね」と答える。
とてもじゃないがこいつの前で、あの食事を毎回ぺろりと平らげ、なおかつ旅の間続いていた下痢がぴたりと治まり、現在、体長万全、お肌ツルツルになった、この船唯一の東洋人の事など話せる訳がない。
今じゃ、俺の食いっぷりが評判になり、船内の老若男女問わず、食事の時は呼びに来てくれる事をこいつは知らない。 -
アマゾン日記
アマゾンの船
夕方6時、ジャングルを赤く染め最後の仕事を終えた太陽が、アマゾン川に沈んでいった。
アマゾンに夜が来る。
風は瞬く間に冷たくなり、出番を待ちかねていた数千の銀点が夜空を覆い尽くす。
生まれて初めてお目にかかった河に浮かぶ灯台も、思い出したかのように頼りない灯りを放ちだした。
「チン、チン、チン」
掘っ立て小屋の様な操舵室から、一階の機関室へと、「船速落とせ」の合図が伝えられる。
今朝、しみじみ眺めたこの操舵室、どこにも水深レーダーらしき物はなかった。しかも、コンパスはおろか、スロットル・レバーさえも見当たらなかった。
つまり、この船は、唯一の近代設備と言えるサーチライトを5分おきに点けて、闇の中を手探りで進んでいるらしい。
(ちなみに何故5分おきに点けるかと言うと、連続ではバッテリーがもたないらしい)
時は乾季、黄土色に濁る河底は、船がいともたやすく座礁する浅瀬をあちこちに形作っている。
腹をすかせたピラニアが、月明かりの下で銀色のきらめきを見せる。
レティシア到着は明日だ。
・・多分 -
アマゾン日記
上陸の日 Part.2
昼11:00、ベンジャミン港が見えてきた。
この次だ。この次がレティシアだ!
朝一番でパッキングはし終えたし、昼飯も食べた。後は上陸を待つばかり。
ワクワクしていると、友達になったブラジル少年兵が、早口で話しかけてきた。
彼のスペイン語と俺のスペイン語、ともにボキャブラリーが少なすぎ、結局ジェスチャーゲームになったのだが、内容はおぼろげに理解できた。
どうやらこの船は、ベンジャミン港で3時間以上停泊するらしく、皆、ここからタクシー・ボートに乗り換えるらしい。
そうこうする内に、港からわんさかモーターボートがやって来た。
甲高いエンジン音が、アマゾンに響き渡る。
目前まで直進してきたボート、(こいつ、ぶつかるつもりか?)
いきなりスピンターン!
船と並走するやいなや、そのうち一艘がぴたりと寄せてきた。
ドライバーの兄ちゃんが、船の縁を掴んだ途端、背後に隠れていた少年がジャンプ!
船に飛び移るやいなや、叫ぶ!「タパティンガ!タパティンガ、タパティンガ!」
すごい!まるでジャッキー・チェインの映画を観ているようだ。
こいつら本当にタクシーなのか?やっている事は海賊と変わらない気がするのだが?
しかし、じゃあ乗客はどうやって乗り移るんだろう?
首をかしげる暇も与えず、隣のおばちゃんが手荷物をボートにぶん投げた。
子供をグワシッと片手で抱え、「はぁっ」と気合一発、ボートめがけて空に舞う!
俺は夢を見ているのか?なんかものすごい事が、目の前で展開されている気がするのだが・・
20分後、ボートは俺にタパティンガを見せてくれた。
誰かが、もし、到着した感想を聞いてきたとしても、俺はこう言うのが精一杯の状態だった。
「とりあえず、水を一杯もらえませんか?」 -
しみじみとこの長かった難民船生活を噛みしめながらタラップを降りていくはずだったのだが、ハリウッド映画並みの急展開の末、気がつくと俺は揺れない場所へと立っていた。
ここが、タパティンガなのか?
誰か顔なじみの乗客に聞きたい所だが、皆、あっという間に上陸してしまった。 -
背後からは見知らぬ旅人が、おもいっきり疲れた身体を引きずりながら鈴なりにやって来る。
俺も行かねば!
未だ平衡感覚がもどらない身体に鞭打って、あのアマゾン川に背を向けた。 -
ぬかるみが続く桟橋からの一本道は、そのまま市場へと続いているみたいだ。
-
河に面する家々は、雨季の水位を考えて全てインドネシア並みの高床式になっている。
なんて高さだ!
こんな高さまで上げないと、水に浸かってしまうのか? -
まるで積み木細工の様に棒っ切れを突き刺した上に乗っかっているバラックは、驚くべき事に河の周りだけじゃなく市場の奥まで軒を連ねていた。
この河の雨季ってどうなるんだろう? -
旅日記
『Tres Fronteiras』
久々の大地を踏みしめてから1時間、川沿いの掘ったて小屋の様なCAFEで一息つくことができた。
流木にまんまペンキを塗りたくったテーブルに、南米流の一口サイズのコーヒーが運ばれてくる。
お猪口のようなカップの中身は、もはや船の揺れでこぼれる事も無く、ただ甘ったるい湯気だけが陸から見るアマゾンをくゆらせている。
やっと、上陸したという実感が湧いてきた。
「タパティンガに着いたぞ!」
ん?
ふと、ある疑問が記憶の底から浮上する。
「俺は確かコロンビアのレティシア行きの船に乗ったはずなのだが・・」
一瞬、パニくる俺の目に港の看板が映った。
「Tres Fronteiras」
店の親父がこの場所がペルー、コロンビア、ブラジルの国境が密集する場所だと教えてくれる。
つまり、俺はブラジル・アマゾンの一番端っこの街タパティンガに来ているらしい。 -
地図上、ペルーとブラジルの間にコロンビアが割り込んでいるように見える。
事実、最近、本当にコロンビアがペルーに攻め込んで
領土をぶん取ったらしい。
南米らしい話だが、あまりにも強引な割り込みに対し周辺諸国から総スカンを食らった為、コロンビアの港町「レティシア」は使用禁止になったとの事。
(無理もない)
つまり、レティシア行きの船がブラジルの港しか使用できなかった為に俺は今ここにいるみたいだ。
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