2009/10/17 - 2009/10/18
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シュンスケさん
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2009年10月、半分仕事半分遊びで今住んでいる南寧からベトナムのハノイまで週末三日間で陸路往復してきました。南寧からハノイまでは陸路で300kmほど。毎日バスが数本のほか、鉄道も走っているのだけれど、鉄道は南寧駅そばの専用窓口でしか買えないとのことだったので、今回はバスで往復してきました。鉄道は次の機会ね。
日曜日の二日目はハノイ散策。前回ベトナムに来たのは2000年で、その時はダナンからラオバオの国境を越えてラオスに行ったのでこれが初めてのハノイ。
フランス植民地の面影が残る町並みを歩き、ホーチミンが残した足跡を垣間見、練乳入りのコーヒーを飲み、フォーをすする。そんな大満足の一日でした。
ハノイの宿:Phodo Hotel/25USD/D
ハノイ→南寧:ローカルバス/25USD/8h
【全日程】
□10/17 南寧 ⇒ ハノイ(バス)
■10/18 ハノイ
■10/19 ハノイ ⇒ 南寧(バス)
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
ハノイ二日目。この日は完全休日で初めてのハノイをじっくり過ごす。
朝起きてごはんを食べに外に出ると、もうすでにすごい人の群れ。中国と比べても圧倒的にバイクが多くて、狭い路地をバイクが行きかっている。こりゃ、排気ガスでのどがやられそうだ。バイクに乗っている人はマスクをしている人も多くて、地元の人も空気悪いって思ってるみたい。 -
朝ごはんはフランスパンのサンドイッチ。
どこの路地にもこうしてバゲットにいろんな具を挟んで売っていて、フランス文化の名残りを感じる。生野菜ににその場で火を通したスクランブルエッグも入れて、最後に甘めのソースとベトナムの魚醤、ヌックマムをかけてがぶり。
これを食べるとインドシナに来たなあって感じる。 -
ハノイの旧市街はフランス統治時代の建物が数多く残されている中に、観光客向けだったり地元向けのお店が並んでいてただ歩いているだけでも面白い。どの家も通りに面して入り口が狭い長方形のつくりになっているのが特徴的。これってなんでなんだろう?
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午前中は近くにあるハノイ大聖堂まで歩いて行ってみた。地図どおりに歩いていこうとするのだけれど、地図が間違っているのか僕の進む方向が間違っているのか、地図どおりになかなかたどりつけない。
日差しは南寧よりもきつくてすぐに汗だくになってきた。ということで交差点の一角でお茶を売っていたおばちゃんのところでひと休み。 -
ふと道路に目をやると、道端で何かを燃やしている。よく見るとお札だった。
この習慣、中国にもあって死んだあとにいいことがあるように燃やすためにつくったお札を燃やす。燃やすための日もあって、たしか毎月旧暦の1日と15日だったと思う。たぶん中国の習慣が伝わって残ったんだろうな。 -
しばらく歩いてようやくハノイ大聖堂に到着。ベトナムにはフランス統治時代に広まったカトリックを信仰する人がいる。
それでもフィリピンのように国民の大多数がカトリックというわけではなくて、大半は仏教徒。統治期間の長さの違いなのか、スペインとフランスの違いなのかわからないけれど、旧スペイン植民地ほど徹底的にローマ・カトリックは残っていない。 -
この日は日曜日だったので中でミサをやっていて、司祭がフランス語で説教をしていた。ディエンビエンフーの戦いでフランスが去ってすでに半世紀が経っているわけで、ベトナムでフランス語を解す人は限られているはず。それでもこういう文化的部分においていまだにフランスの名残りが強く残っているんだなあ。
今使われている文字はフランス統治時代にアルファベットを導入して作られたものだし、その前は漢字による文字表記だった。巨大な隣国中国と、旧宗主国フランス。その二つの文化の狭間でベトナムらしさをつくりだそうとしている、そんな気がした。まあでも教会の前で記念撮影していた新郎新婦は幸せそうだったからいいか。 -
ホアンキエム湖のあたりの旧市街はところどころにフランス時代の面影を残す建物が建てられている。バイクの排気ガスがすごいけれど、ブラブラ歩いていて飽きない場所だなあ。
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こんな庭園も。
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ツーリストも集まる地区になっていて、いたるところに観光客向けのお店が出ている。お土産屋だったり、カフェだったり。
観光客向けの地区って場所によっては客引きがすごくてうっとおしいいことがあるけれど、ここはそんなことはなくて、歩いていて不愉快なことはなかった。 -
ここは仏壇どおり。
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若い絵描きが集まる店もあった。
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歩き疲れたところで、カフェで一息。なんてことないコーヒーなんだけど深みがあっておいしい。
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午後はホーおじさんがガラスケースの中で眠るというホーチミン廟まで足を伸ばしてみる。
バイタクに乗って走っていくと、途中に趣のあるこんな塔があった。 -
赤い布に黄色い文字のスローガン。中国とまったく同じだ。これって中国では"社会主義の象徴"みたいに言われることが多い。
ということにはキューバにもあるのかな?スペイン語でのこの横断幕。ちょっと見てみたいかも。 -
残念ながらホーおじさんはガラスケースごとロシアに出張中とのことで中に入ることはできなかった。それにしても死体がロシアに行くってどういうことなんだろうか?特殊な防腐作業とかがロシアで行われているんだろうか?
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その代わり、ホーチミン廟と隣合わせにある革命博物館に足を延ばす。
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革命博物館ではたくさんのホーおじさんが出迎えてくれた。中国的なものとフランス的なもの、それに対してベトナム的なものの代表がこのホーおじさんなんだろう。個人的な感覚として中国での毛沢東よりもベトナムでのホーチミンのほうが個人崇拝の度合いが強い気がした。
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博物館の横には仏教らしき寺があって、線香の香が立ち込めていた。
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ハノイ大聖堂がフランス的なものの代表ならば、ここの寺は中国的なものの代表だろう。
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革命博物館をあとにしたあと、ホアンキエム湖のほとりまで夕暮れのハノイの街を歩いてみる。街のいたるところにカフェがあって、練乳たっぷりのベトナムコーヒーが手軽に飲める。こういう気軽に休めるスポット、中国ってなかなかない。
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あたたかいコーヒーを頼むと、3分ほどで出てきた。ベトナムコーヒーといえば、銀色のアルミのドリッパーというイメージだったけど、ハノイではなかなか目にしなかった。苦味が強い味に甘い練乳がぴったりでおいしい。コーヒー好きにはたまらないひととき。
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カフェの女主人。うちのコーヒーはこのあたりでも人気なのよ。
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夕暮れ時、自宅へと急ぐバイクの群れの中で、道端の宝くじ売り場で真剣に新聞を読むうしろ姿が気になった。
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線路沿いのスペースも立派な生活空間になっている。というか、線路に面している家は線路沿いにしか家の入り口が作られていなかった。 この風景、アジアだなあ。
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おなかがすいたよお。
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普通の帽子屋さんなんだけど、色使いが絵になるなあ。
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次第にハノイの町に夜のとばりが降りていく。だけど暗くなってもバイクの数は減るようすはない。むしろ増えている気が…
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ハノイ在住の方と一緒にごはんを食べに行くことに。食事の場所に行く途中で思わず視線がとまったお店。なんて色が鮮やかなんだろう。そう、中国とベトナムとで決定的に違うのはこの色使いなのかもしれない。
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晩ごはんは地元でも人気のある屋台のお店に。道端に小さなイスとテーブルが並んでそこに腰かける。熱気というか活気というか、ともかくにぎやかだ。
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やっぱりとりあえずビール、ってことでビア・ハノイで乾杯!ベトナムといえば333(バーバーバー)っていうイメージがあったけど、ハノイっ子はビア・ハノイらしい。
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名前はよく覚えていないけれど、肉と野菜のいためもの。ナムプラーの味がきいていておいしかった。もしかしたらただの肉野菜炒めで名前なんてないのかも。でもおいしかったからいいんだよね。
9年前にサイゴンのファングーラオで食べたベトナム料理はとてつもなくうまかった。そんな衝撃を期待して食べたのだけれど、それがベトナムの北と南との違いなのか、僕の感覚が変わってきたのか、以前ほどの感動はなかった気がした。 -
焼きビーフンを炒めるお兄ちゃん。黄色みを帯びた電球がいい色を出してる。
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「一杯3,000ドン(15円くらい)のビールがあるんだよ」と誘われ場所を変えて、飲み続ける。かなり工業用アルコールのにおいがするようなビールだったけど、看板娘のおねーちゃんはかわいかった。
その鼻につけてるの流行ってるの?と聞いたところ「私のオリジナル、これからハノイではやらせるわ」だって。 -
ハノイの夜、最後のシメはやっぱりフォー。そうですよ、ベトナムといったらフォーですよ。
地元人一番のおススメの屋台に行くと、近づいただけでおいしそうな鶏のダシの匂いが漂ってきた。 -
ぐつぐつと煮立つ鳥のダシ。たまらないにおい!
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鶏ガラスープに米が原料の麺を入れて、蒸した鶏をこれでもかというくらいのっける。
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この時すでに夜の11時を過ぎていたのだけど、食べに来る人が絶えない。ほかの店はほとんどしまっていたのだけど、この旧市街のLuang Van CanとHong Boとの交差点付近に出ているフォーの屋台だけは遅くまで開いていた。
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最後にねぎや空芯菜をのっけてできあがり。お酒を飲んでいたからっていうこともあるかもしれないけれど、鶏のうまみがぎゅっと濃縮されたスープ、麺と具が絡み合ってとてつもなくうまかった。
あっさりとした味なのだけど、ダシが濃厚であっさり感を感じさせない。いやあ、フォーってこんなにうまいものだったんだ。ちょっと物足りなかった夕食だったけど、この一杯で大満足。 -
翌日は朝7時30分ハノイ発のバスに乗って南寧に戻る。ハノイから南寧へのバスは25ドル。なぜか南寧からハノイへのバスよりも高かった。
ホアンキエム湖の近くにあるHong Haホテルの前から出発する。旧市街からはタクシーで5分程度だった。 -
バスは定刻通りに発車。朝もやに曇るホン河を眺めてベトナムにお別れをする。
帰りは中国からベトナムに来る時よりスムーズで南寧まで7時間くらいで到着した。
二日間のハノイ滞在だったけど、知人との3年ぶりの再会から始まって食に文化に大満足の二日間だった。
次はぜひ鉄道に乗ってハノイまで来てみよう。
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この旅行記へのコメント (2)
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- BO/Mさん 2010/08/26 20:28:57
- そうですね、ミイラ保存技術はロシア!みたいです。
- ベトナム駐在してから僕も気づいたんですが、夏場の一時期、毎年HCMさんはロシアに出張されて、ミイラ保存の「補修」を受ける様です。
矢張り遺体保存技術(特に「見栄え、色艶系の保存状態維持)はロシアに
軍配が上がる、らしいです。
毛沢東さんは、どうしているのかしらん? 中国は自国でやっていそうな
気がしますが。
- シュンスケさん からの返信 2011/03/27 00:44:55
- RE: そうですね、ミイラ保存技術はロシア!みたいです。
- BO/Mさん
半年もほったらかしてすみませんでした。急転直下の辞令で10年11月に東京に戻ってまいりました。
毛沢東さん、実はまだお目にかかったことがなく、どこで手入れされているのかよく知らないんです。でもおっしゃるとおりなんでも自助努力でなんとかしてしまう国ですから、ロシアに行っているということはないと思います。毛さんは中国から技術者を一斉に引き上げたソ連を相当うらんでいましたし。
今度北京の友人にでも聞いてみますね。
シュンスケ
> ベトナム駐在してから僕も気づいたんですが、夏場の一時期、毎年HCMさんはロシアに出張されて、ミイラ保存の「補修」を受ける様です。
> 矢張り遺体保存技術(特に「見栄え、色艶系の保存状態維持)はロシアに
> 軍配が上がる、らしいです。
> 毛沢東さんは、どうしているのかしらん? 中国は自国でやっていそうな
> 気がしますが。
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