1997/02 - 1999/03
21位(同エリア48件中)
れいろんさん
チリには1997年2月~1999年3月の2年間滞在していました。
古い写真をスキャンして「旅行記」としています。
仕事で滞在していたので、どれも、週末や祭日を利用した首都のサンチャゴ起点の2泊3日~3泊4日程度の小旅行です。旅程順ではなく地域別にまとめてみました。
情報はその当時のものですし、長期滞在していたからこその旅行スタイルもあります。
これからチリ旅行を計画している方々には、お役に立たないと思いますが、見ていただければうれしいです。
(国境を越えて)
なんで日本人は国境越えにあこがれるのでしょう?
道の途中で国が異なるということが、今の日本にはないからかな?
アンデスを越えてお隣、アルゼンチンのメンドーサへ行きました。
同僚(チリ人♂)が親戚の家へ行くというので、便乗させてもらいました。
目的はただ「車で国境を越える」です。
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右下のトンネルはかつて、アンデス越えの国際列車が走っていた鉄道のトンネルです。
私の家の古い写真には、この国際列車の写真が載っていました。
まだ結構路面もちゃんとしているのに、、、
(所々、線路がぶら下がっているのも目にしましたが、、、)
もったいないよな〜。二度と造れないでしょう。 -
チリのスキー場、ポルティージョ。
軍のスキー教練場にもなっていて、かまぼこ型の建物はその兵舎(?)だそうです。
で、スキー場がある=雪が降るということで、この国際道路は冬には時々通行止めになります。
日本と違って、すぐ開通させるということはないので、2〜3日はそのままです。
(私のいた当時の話)
国境ですが、チリのコントロール〜アンデス越え(トンネル)〜アルゼンチンのコントロールという位置関係になっていて、あのゲートを越えれば隣国なのに!という感じではなかったです。
今回、同僚がパスポートを忘れてきて、この日はアルゼンチンのコントロールで追い返されてきました。(彼はチリの身分証明書を持っていたので、チリの出国はOK。アルゼンチン入国も南の方へ行くと結構、融通が利くらしいのですが、ここではNGでした。) -
翌朝、リベンジです。考えてみれば、私はアルゼンチンのコントロールで降りて、定期バスに乗り換えるという選択もあったのです。
アルゼンチン側。有名な(?)インカの橋。
温泉施設の跡が残っています。 -
さわってみましたが、冷たかったです。
冷鉱泉だったのでしょうか? -
メンドーサで何をしたか?
動物園に行って、肉(アルゼンチンの肉は軟らかい)を食べて、買い物でした。
しかも日用品中心。
グレープフルーツジュースがめずらしかったらしい。
(チリ人は苦い味が嫌いらしく、チリにはなかったんです。) -
この旅行で自転車チリ横断の旅を思いつきました。
チリの国境から〜太平洋まで。
チリは細長い国。縦断は大変です。
で、横断。しかも、高いところから低い方へ!
実際はチリのコントロールからになりましたが、実現できました。その話は、また。
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