2010/01/08 - 2010/01/08
184位(同エリア548件中)
熱帯魚さん
洋楼好きの私。世界遺産の[石周]楼をぜひ見てみたいと思い、今年に入ってやっと広州開平へ行ってきました!
2日目の朝、広州からバスに乗り、開平市に向かいました。そしてタクシーを6時間チャーターし、いざ世界遺産の開平[石周]楼へ!
まずは立園、そして、自力村、方氏灯台、馬降龍を見てまわりました。赤[石欠]は映画の撮影中のため、見学できず残念でしたが、ひとつひとつじっくり見てまわったので、満足です。華僑のロマンを感じました!
特に、自力村では、世界各地に渡り苦労の中で富を蓄え、再びこの地に戻ってきた方氏一族の家族ドラマに思いを馳せながらじっくり見学しました!
【旅のスケジュール】
1日目:MU5315便で上海→広州。フライトが遅れ0:15広州着。(広州泊)
2日目:バスで広州→開平。タクシーをチャーターし、立園、自力村、馬降龍見学。バスで開平→広州。(広州泊)
3日目:陳家祠見学、沙面、中山大学を散歩。FM9310便で広州→上海。フライトがまたもや遅れ、0:00過ぎ上海着。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
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自力村の入り口から歩いて5分ほど。民家が見えてきました。このほとんどが、田舎料理が売り物の、食堂でした。[石周]楼は畑の中にそびえたっているので、新鮮な食材が期待できそうですが、1人で食べるのもわびしいので、[石周]楼見学に徹することにしました。
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[石周]楼が見えてきました!立園と違って、パステル調に塗られていないところが、また良い感じ。
◎ 自力村
アヘン戦争後、生活に苦しんだ村民たちは、働き口を求め海外へ渡って行きました。海外で富を蓄えた村民たちが、1920〜1930年代、再びこの地に戻り建てたのが[石周]楼です。
川の氾濫や盗賊から身を守るため、このようにまるで要塞のような家を建てました。 -
◎ 葉生居盧
1935年完成。「盧」とつくのは西洋式別荘のこと。 -
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中華のようで洋風のようです。
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石敢當を発見しました〜こういうの見つけるの大好き。
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葉生居盧は中が見学できます。上からの眺め。
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銘石楼が見えます。
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やっぱり畑の中に[石周]楼がポツポツ立っている様は不思議。昔は今より高い建物が少なかったはずだから、もっと不思議な風景だったのだろうなあ。
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こちらは銘石楼。1925年完成。こちらは6階建てです。中を見学可能。
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入り口から上を見上げてみる…鉄の扉がすごく頑丈そうです。
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銘石楼の上から撮影。本当に不思議な光景ですよね…
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次にやってきたのは雲幻楼。マレーシア華僑が1921年に故郷に戻りたてたもの。
これにも登りました。写真はそこからの風景です。 -
素敵な言葉〜私もここでそんな時間を過ごしたいです。
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怖い…ここから敵を狙って…
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この扉をどんな人が通り抜けて行ったのかな〜なんて想像してみる。
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大体の中国人観光客は以上の3つの[石周]楼を見てかえって行きますが、自力村には本当は合わせて15の[石周]楼があります。
次にやってきたのは龍勝楼です。改修中でした。方文龍、方文勝兄弟が、1917年アメリカから戻って建てたものです。上手く写真に撮れませんでしたが、門の上にはタカの像がくっついていました。アメリカっぽい?感じです。 -
こちらは居安楼(右)と安盧(左)です。
居安楼は1922年フィジーから戻った方文旋が建てたもの。
安盧もフィジー華僑の方文厚、方広彰親子が1926年に建てたものです。
フィジーですよ、フィジー!!!フィジーには行ったことがありませんが、どこかフィジーっぽいような? -
養閑別荘にやってきました。東南アジア華僑、方文済が1919年この村に戻ってきて建てたものです。門の前にあるまあるいアーチの壁は、風水の意味があるそう。
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木の門が素敵。
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さらにどんどん奥に行ってみました。
誰も来ないので、ちょっと怖いですが… -
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そして、発見〜〜
右が耀光別荘、左が球安居盧です。どちらもアメリカに渡った華僑が建てたもの。
球安居盧はアメリカ華僑、方球安が1920年に、方富耀が1923年に建てたものです。 -
こちらは振安楼です。カナダに渡った方文振が1925年に帰郷し建てたものです。建物の赤のモチーフが、カナダの国旗を彷彿とさせます。
やはり渡った国によって作る建物に特徴がでますね。中身はもっと特徴がでるのでしょうが、見られなくて残念です。 -
逸農盧です。カナダ華僑、方文鈿が1928年帰郷し建てたものです。中は見学可能でした。でもあまり見学に来る人がいないみたいで、おじさんがボーっとテレビ見てました…笑
写真や結婚記念の賞状(40年とか50年とか)を見ながら、カナダに渡って苦労しながらも、家庭を築き上げていった夫妻の様子を想像してしまいました。
この展示では夫婦愛家族愛がひしひしと伝わってきて感動しました。 -
こちらは竹林楼です。アメリカ華僑、方文圏、方広濂、方奕が1924年帰郷し建てたものです。
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人はやってこないけど、この子達がやってきました。列になってかわいい。
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官生居盧です。方家の次男、方広容によって建てられました。
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蘭生居盧です。こちらは方家の三男、方広寅によって建てられました。
こんな感じでゆっくり見ていたら、自力村で2時間以上過ごしてしまいました。でももっとゆっくり見たかったな〜。 -
タクシーのお兄ちゃんとだんだんと打ち解けてきた私は、「次は馬降龍ね〜でもその前に、方氏燈塔っていうのがあるらしいから、そこ寄って」とわがまま言い放題。
一度通り過ぎてしまったのですが、もう一度戻って、方氏燈塔発見!でも草むらの中を歩いていかないといけません…これが微妙に遠い。しかも燈台に近づけば近づくほどお墓が増えていきます…汗 -
何か、映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」のアンコールワットに向かって大沢たかおが走っていくシーン(?)が頭に浮かびました…
やっと燈台に到着。1920年に建てられたもので、もともとは「古渓楼」と呼んだそうです。
それでは、次に、「馬降龍」へ向かいます。
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この旅行記へのコメント (4)
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- がおちんさん 2010/02/10 18:12:56
- 華僑ロマン
- 熱帯魚さん
はじめまして、がおちんと申します。
開平ひとり旅シリーズ、一気に読みました!
広い空間にポツンと建っていて不思議な光景ですね。独特な雰囲気に魅力を感じました。人も少ないようですが、今も長閑なところなのでしょうか。
馬祖関連も見ました。西莒島や芹壁村は味わいがありますね。
カエル将軍、なんだか可愛いです。
熱帯魚さんは、マニアックな地域を旅されていますね。
これから他の旅行記も読ませていただきます。
感謝!
- 熱帯魚さん からの返信 2010/02/11 14:11:39
- RE: 華僑ロマン
- がおちんさん
こんにちは!コメント有難うございました。
大学時代華僑研究をしていたので、華僑ロマン漂う洋館に
ひかれて、開平に行ってきた次第です。
曇りだったのであまりよい写真が撮れず残念でしたが、
畑の中にぽつんと、しかしながら、どどーんと(?)立つ
洋楼はとても不思議で魅力的でした。
がおちんさんの旅行記も楽しく拝見させて頂きました。
雲南はぜひ行ってみたいと思っている場所なので
参考にさせて頂きます。
有難うございました。
- がおちんさん からの返信 2010/02/11 16:26:03
- RE: RE: 華僑ロマン
- 熱帯魚さん
なるほど、華僑の研究をされていたのですか。
それで沿岸部の旅行記が多いのですね。
人があまり行かない地域の旅行記は読んでいてワクワクします。
何度も読ませていただきますね。
マレーシアの華僑の町に行ったときも、なにやら古めかしい不思議な雰囲気を感じました。大陸の中国とは別の味わいというか、魅力というか。
開平の旅行記を読んで、その時と似たような感じがしたのです。
共産主義にならなかったら、中国はああいう雰囲気の国になっていたのかなと勝手に想像してしまいました(笑)。
私の旅行記も読んでいただき恐縮です。別に雲南だけじゃないのですが、古い記録から順に載せています。
これからもよろしくお願いします。
- 熱帯魚さん からの返信 2010/02/12 11:48:27
- RE: RE: RE: 華僑ロマン
- がおちんさん
そうなんです。
気候も暖かいところが好きなので、
ついつい南方の沿岸部に行ってしまいます…
マレーシアの華僑の町ですか〜
マラッカとかですかね?
あそこもペラナカン文化が面白いところですよね。
確かに似た雰囲気がありますね。
西洋と東洋が混ざった感じ。
中国も広東や福建(特にアモイ!)は東南アジアの
植民地時代の建築に似た建物が多いですね。
旅行記、雲南以外も拝見させて頂きます!
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