2010/01/13 - 2010/01/13
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Krisflyerさん
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ルクソール神殿前にある東岸の船着場より公共の船に乗り、まるでドリフト走行の様に西岸の船着場へと滑りこんでいく。船着場より上がると、激しい客引きの叫び声をやり過ごしながらまずはレンタサイクルの店へと向かい、午後1日の契約。
出来る事なら全部回ろうと思ったが、王家の谷は山深い谷に有り、自転車で行くのはほぼ自殺行為に近いとの事。どうみても年代物のポンコツとしか思えない自転車で行くのは気が引け、この日は平地にあるモニュメント群を回ってみることにした。
とはいえルクソール西岸は意外と起伏が激しく、重いペダルを踏むだけで5分後にはすでに足の筋肉がパンパンになる。それでもここは気合ですべてのモニュメントが閉まる5時までにまるでノルマの様にモニュメント巡りをこなす。
殆どのモニュメントはチケットをメムノン巨像横のチケットセンターで購入。買いながら思った・・・・本当にこれだけ今日回れるのか?と。結局回ったけど。
西岸のモニュメントはその大半が葬祭殿と呼ばれる自分の葬式を行うための神殿。ラムセス2世をはじめその時代の国王達の芸術とも言える建物である。同じ時代に作られたたけあって、建築様式は似たような物。
そういった様式などを確かめながら回ってみるこのルクソールもなかなか乙なものである。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 船 自転車
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メムノンの巨像/Colossi of Memnon
ルクソール西岸の観光はここから始まる。西岸船着場から畑の中の一本道(若干上がり気味)を自転車でまっすぐ飛ばすこと約10分、右手にこの様な巨大な石造が2体見えてくる。
ここはもともとアメンヘテプ王の宮殿が有ったが、後の王が自分の葬祭殿建築の為持って行ってしまった。この2体の巨像だけは活用できず残された。
本来アメンヘテプ3世の石像であるが、地震で入ったヒビにより昼夜の寒暖の差で石が膨張して音を立てたので、ギリシャ神話のメムノンに因んでこう呼ばれた。
今では修復されてそんな音は聞こえてこない。まぁ一種のランドマーク的存在。 -
●アメンヘテプ3世葬祭殿
メムノンの巨像の後ろに広がる広大な地域に石の瓦礫が多数残されている。これがそのアメンヘテプ3世葬祭殿跡。もはや何なのかその面影さえ無い。
ただその面積の広さからいかに広い葬祭殿であったかが判る。 -
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メディネット・ハブ/Medinet Habu
メムノンの巨像よりさらに数分北へ向かい、そして左折してさらに5分程自転車で行くと見えてくる巨大な建造物。
これはメディネット・ハブと呼ばれる建造物群でその中心はラムセス3世葬祭殿であり、他にはハトシェプストの神殿とトトメス3世の神殿も残されている。
●シリア様式の塔門
奥に行けばいくほど狭くなるという防御性の高い様式の塔門で、この様な門の事を「ミグドル」と呼ぶ。元々有ったわけではなく、やはりラムセス3世時代の「海の民」との戦いがこの神殿を軍事施設へと改築させた原因かと考えられる。 -
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●アメン神小神殿
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●第一塔門
高さ20メートル、横幅は63メートルもの規模を誇る。この塔門もやはり狭く作られており、軍事色の濃い建築となっている。 -
●第一中庭
右手の列柱。柱の前にはオシリス神をあしらった巨像が立っている。 -
第一中庭の左手には彩色された柱廊が続いている。
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●第2塔門
第一中庭から見た第2塔門。ここから先は要塞化されておらず、創建当時の姿ととどめている。 -
第2塔門の壁は天井には彩色された描画がなされている。
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アメンヘテプ3世王宮跡
メディネット・ハブを超えて南の方向へ砂利道をさらに10分ほど進んだ所にある。正直石積みの塊がそこかしこに残っているだけなので、言われなければ何の遺跡だか全く分かりはしない。よほどの遺跡マニアでないとここには来ない。
そういう自分は???? -
でも壁画らしき跡も残されています。石積みの下部分なのでそもそも何の壁画か判りませんが、色が塗られていたという事だけでも判ります。
たまたま近くをバクシーシ目当てで通りかかった少年が段ボールを除けて見せてくれました。 -
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メルエンプタハ王葬祭殿
最近新たにオープンしたという見どころ?とりあえずは発掘されたレリーフや彫刻等をそれが有ったであろう場所に展示されているという何となく無理やりな野外博物館もどき。
メルエンプタハ王はラムセス2世の13番目の息子であった。
しかしこれで金取るとは・・・・。やるなエジプト。 -
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トトメス4世葬祭殿
それこそ瓦礫の跡。メルエンプタハ王葬祭殿という(ぼったくり)見どころの隣に広がる広大な地域に建物が有ったらしくその建物の枠組みらしきものが残っている。 -
多分塔門の一部であったであろうな。
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+ラメセウム/Rameseum
「ラメセウム」という名前は後にフランス人が名づけたわけであるが、そもそもあのファラオの中のファラオであるラムセス2世の葬祭殿として建てられた建造物である。残念ながらかなり崩壊が進んでしまってはいるが、あのラムセス2世によって建てられたもの、さぞかし豪華であったと思われる。
入場料はEP25、メムノンの巨像横のチケットセンターで購入する。 -
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第二塔門の前、左手にある倒壊したラムセス2世の巨像。この大きさからどんなに大きな像であったかが、想像出来る。
右手に有った巨像は大英博物館に所蔵されている。 -
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+デイル・エル・バハリ/Deir el Bahari
デイル・エル・バハリというのは「北の宮殿」という意味。ここには元々3つの葬祭殿が有ったが、現在ではハトシェプスト女王の葬祭殿が完全な形として残っているだけである。
●ハトシェプスト女王葬祭殿
長い坂道を登って行くと岩山のふもとに突然こんな巨大な建造物が目に飛び込んでくる。3つのテラスを持ちその中央をスロープで繋がれている非常に印象的な形をしている。
ここはハトシェプスト女王によって建てられた葬祭殿である。自らの葬祭殿としてのみならず、女王はここを「アメン神」に捧げた神殿とも考えられる。 -
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★ハトホル女神祠堂
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★第2テラス
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★第3テラス
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●メンチュヘテプ2世葬祭殿
ハトシェプスト女王葬祭殿の隣に位置する建築の跡であるが、形から考えるにハトシェプスト女王葬祭殿と同じような形をしていたと考えられる・・・・というよりこちらの方が古いので、ハトシェプストが真似たのであろう。 -
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+セティ1世葬祭殿/Mortuary Temple of Seti I
セティ1世はあのラムセス2世の父であった。元々はセティ1世が自らの葬祭殿として建築を始めたが、生存中に完成せず、結局ラムセス2世が完成させた。
おかげで父親の葬祭殿にも関わらず自分の栄光を称えるレリーフをここにも刻んでしまっている。 -
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●井戸
ナイロメーターとしても使われていた井戸。ナイル川とつながっているのであろうか?かなり距離はあるぞ。 -
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