2010/01/11 - 2010/01/11
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SUOMITAさん
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学会ついでのわずか一日の奈良だから忙しい.お寺に長くいる癖のある私ではたくさんはまわれない.まず戒壇院をパス,新薬師寺は何とか行きたい.元興寺までは無理だろう..と頭を巡らす.1124唐招提寺からまずいったことのない垂仁天皇陵を見学,尼ヶ辻1159発の電車で近鉄奈良へ.まず興福寺.国宝館へ.今回は東金堂は断念.ここでおなかが減ったので餅飯殿通りに昼食へ.寒くて本当はラーメン食べたかったが,あまりレストランが見つからず喫茶店の珈琲一族という店に入る.あまりのボリュームたっぷりのランチにびっくり.満席のわけだ.若者にはおすすめ.腹ごしらえ後,東大寺二月堂,三月堂,手向山八幡宮へ.興福寺国宝館の八部衆や天灯,竜灯鬼,山田寺仏頭,そして法華堂(三月堂)の不空羂索観音(これがすばらしい)などの仏像群の独特の宗教的空間など,大好きなところのエッセンスをまわって大満足!
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー 新幹線 私鉄
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1124 唐招提寺を出て,近鉄樫原線の踏切に
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ちょうど電車が通った
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むこうが西の京駅の方向
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電車の線路に沿って北へ
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むこうにならの山が.しかし電線の数がすごいな.
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みささぎがみえてきた
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全長227m,前方部の幅118mの前方後円墳
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小島は天皇の命で常世の国へ不老不死の薬を探しに行った田道間守の墓とされる.探し当てて戻ってきたらすでに天皇は死んでいたと,悲嘆に暮れて田道間守も死んだとのこと.
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垂仁天皇陵から近鉄橿原線がよくみえる.尼ヶ辻駅に向かう.
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畑の隣に古墳をまつる鳥居があるのがおもしろい.
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尼ヶ辻の駅前,静かだ
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尼ヶ辻駅,ホームに行くためには一度地下道におりる.近代化は面倒だ.昔は直接はいれた.
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1159発大和西大寺行き
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大和西大寺でのりかえ1216に近鉄奈良駅の上の行基
像の前に出る.坊さんが托鉢していた.興福寺に行くか,東向通りを南に -
天平の平城京の地図が参考になる.
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猿沢池.この周りの天平ホテル,魚佐旅館には泊まったことがある.天平ホテルは閉まっていた.
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興福寺南円堂 西国三十三所観音霊場の第九番札所です。弘仁4年(813)に藤原冬嗣(ふゆつぐ)が父内麻呂(うちまろ)の冥福を願ってお建てになった八角円堂です。http://www.kohfukuji.com/about/construction/nanendo.html
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天平2年(730)に興福寺の創建者藤原不比等(ふひと)の娘光明(こうみょう)皇后がお建てになりました。http://www.kohfukuji.com/about/construction/gojunoto.html
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この塔は好きだ.学生時代はほぼ毎休みに京都奈良に来ていた.まずここに顔を出すのが最初だった.海住山寺や当麻寺などのユースホステルに良く泊まったものだ.
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東金堂
神亀3年(726)に聖武(しょうむ)天皇が叔母元正(げんしょう)太上天皇の病気全快を願ってお建てになりました。
http://www.kohfukuji.com/about/construction/tokondo.html -
国宝館,阿修羅像は帰ってきていた.天灯鬼,竜灯鬼,八部衆,山田寺の仏頭など日本を代表する仏教美術だ.もうすぐ陳列を改築するので1/18-2/28閉まるようだ
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東金堂と五重塔
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1303 おなかが減った,もちいどの通りに行けばレストランがあるだろう.
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餅飯殿通り,案外レストラン少ない.
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寒かったので本当はラーメンが食べたかったが,みあたらなかった.珈琲一族という喫茶店があったのではいってみた.ほぼ満席
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なんと630円で鶏の唐揚げと魚フライが食べきれないほど.隣の若者が大盛りのご飯を頼んだら,この写真の3倍くらい盛られてきた.びっくり.割とおいしく,安くたくさん食べたい人にはいい店と思う.残してごめんなさい.食後の珈琲は150円.ビールを飲んだのは言うまでもない.
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1350店を出て,まず奈良国立博物館に,魅力的な催し物.しかし今回は...さんざん迷ったあげくパス.できれば三月堂から新薬師寺まで行けるといい
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国立博,なくなく東大寺へ
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おなじみの大仏殿までの参道
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南大門が見える.国宝鎌倉時代,大華厳寺の額が印象的
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中門
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大仏殿,中門から今回は拝んだのみ
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八角灯籠,国宝,その横で韓国の学生と思われる団体が記念写真
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回廊をまわって二月堂の方へ
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鏡池
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手向山神社の鳥居,斜め横に二月堂へ
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二月堂へ
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もうすこしだ,けっこう登る
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四月堂
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二月堂
旧暦2月に「お水取り(修二会)」が行われることからこの名がある。二月堂は平重衡の兵火(1180年)、三好・松永の戦い(1567年)の2回の戦火には焼け残ったが、寛文7年(1667年)、お水取りの最中に失火で焼失し、2年後に再建されたのが現在の建物である。本尊は大観音(おおかんのん)、小観音(こがんのん)と呼ばれる2体の十一面観音像で、どちらも何人も見ることを許されない絶対秘仏である。建物は2005年12月、国宝に指定された。http://www.todaiji.or.jp/contents/guidance/guidance6.html -
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登っていく
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大仏殿がよく見える
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四月堂と三月堂
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合掌
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回廊
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下からの二月堂はすごい
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法華堂(三月堂)東大寺建築のなかで最も古く、寺伝では東大寺創建以前にあった金鍾寺(きんしょうじ)の遺構とされる。752(天平勝宝4)の東大寺山堺四至図(さんかいしいしず)には「羂索堂(けんさくどう)」とあり、不空羂観音を本尊として祀るための堂である。旧暦3月に法華会(ほっけえ)が行われるようになり、法華堂、また三月堂ともよばれるようになった。もとは寄棟(よせむね)造りの正堂(しょうどう)と礼堂(らいどう)が軒を接して建つ配置であったが、鎌倉時代、礼堂を入母屋(いりもや)造りに改築して2棟をつないだ。正堂は天平初期の建築だが、礼堂は大仏様(だいぶつよう)の特色が見られる鎌倉時代の建築。時代の異なる建築が高い技術によって結ばれ、調和の取れた美しい姿を見せる。http://www.todaiji.or.jp/contents/guidance/guidance5.html
ここの不空羂索観音(これがすばらしい)などの仏像群は独特の宗教的空間を作る.大好きなところの一つだ. -
手向山八幡宮へ
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天平勝宝元年(749)東大寺大仏建立のため、九州豊前国(大分県)宇佐八幡宮より東大寺守譲の神としてむかえ、まつられました.http://narashikanko.jp/kan_spot/kan_spot_data/w_si44.html
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1458 春日大社に向かう.
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