2007/02/27 - 2007/03/13
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おとやさん
2007年の春、友人とふたりで大学の卒業旅行に中国雲南省に行ってきました。まわった都市は昆明・大理・麗江・香格裏拉(中甸)・西昌の5都市。この旅行記では当時の記録と写真を元に、なるべく細かく記録を残そうと思います。
日本を出発してから7日目の3月5日夜、香格裏拉発の夜行バスに乗り込み、四川省最南端の工業都市・攀枝花に向かいます。
昆明から大理に移動したときの夜行バスよりもだいぶ古く、狭いバスに詰め込まれて移動。車内では空気の読めない韓国人の団体が騒いでいて、ちっとも眠れない。麗江に差し掛かったときには、降ろしてくれ、と叫びたくなったくらい。
それでも、早朝(むしろ、まだ夜か)の4時には無事に攀枝花に到着しました。バスターミナルには客待ちのタクシーがたくさんおり、ドライバーが口々に「ふぉちゅじゃん」「ふぉちゅじゃん」言いながら寄ってきます。
ここから西昌までバスで行けないのかと確認しますが、汽車で行けとのこと。更に詳しく聞くと、駅まで行けば、7時発で西昌まで行く列車があるとのこと。仕方ないので、バスに乗っていた他の客と相乗りでタクシーに乗り、攀枝花の鉄道駅に向かいました。
道中は暗く、あまり周囲は見えませんでしたが、どうやら攀枝花は新しい工業都市のようでした。
駅に到着すると、券売所ではたくさんの人々が寝ています。切符売り場では一旦は「没有(ないよ)」と言われたものの、粘って7時12分発の列車の切符を入手。13元でした。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- キャセイドラゴン航空
-
写真は西昌の鉄道駅。漢字の下に書いてある文字が彝語を書き表している彝文字です。
列車は鈍行で、西昌までは22駅、5時間半もかかってしまいました。ただ、途中の徳昌あたりに住んでいる青年たちと話をしたり、彝族っぽいおじいさんがカップ酒をごちそうしてくれたりと、なかなか得難い経験ができました。
徳昌の青年たちは、始めぼくらのことを韓国人とばかり思っていたそうです。日本人は初めて見た、とのこと。こんな山奥を鈍行で移動してる日本人なんて、確かにそうそう居ないよなぁ。 -
街の案内板にも彝文字。
駅に到着してそうそう、昆明に戻る列車の切符を確保しておこうと列車の切符売り場に向かいますが、11日の分まですべて売り切れとのこと。
バスの切符売り場でも、9日の分まですべて売り切れのことで、少し不安な気持ちに。果たして飛行機に間に合うように昆明に戻れるのでしょうか。 -
トラックにも彝文字(基本的に、この街では文字の写真ばっかり撮ってます)。
-
その後、新華書店へ行き、彝語で書かれた教科書を買い込みました。大学時代、中国語を勉強する傍ら、中国の少数民族言語にも興味を持って勉強していたので、ごくごく簡単な彝語なら理解することができます。
しかし、やはり彝語ネイティブ向けに書かれた道徳の教科書とかは難しくて、ほとんどわかりませんでした。 -
ちなみに現代の彝文字は平仮名と同じ表音節文字ですが、四川省の規範彝文でさえ、819種類もの文字があります。
旅行会社があったので、西昌衛星発射センターへのツアーをアレンジしてもらおうと頼んだのですが、外国人は10日前までに申請しておかなければならない、とのことで申し込めませんでした。
しょぼーんとしながらバスターミナルに通りかかると、行き先表示に麗江の文字を発見。麗江まで戻れれば、そこから昆明には戻れます。そこで、駄目元で訪ねてみると、明朝7時の便ならある、とのことだったので思わず申し込んでしまいました。
西昌の郊外には土林という観光地もあり、その辺はちょっと心残りだったのですが、ここで長居すると後の日程が厳しくなるので仕方ありません。 -
西昌自体は、彝文字が至る所に書いてある以外は、普通の地方都市という印象を受けました。やはり山のほうに入らないと、彝族の方はあまり多くないようです。
昆明なんかと比べると、交通マナーもかなりよく、車が来ないからと信号無視しようとしたら、交通整理のおじちゃんに怒られちゃいました。 -
翌7日、朝7時の麗江行きのバスに乗り込みます。しかし、この道が酷いのなんの。
7時40分に西昌を出発して、麗江に到着したのが21時頃。13時間以上バスに揺られていたことになります。しかも、道は酷い悪路で、舗装されている部分など殆どなく、終始ガタガタゴトゴトと揺られていました。
途中には崖から落ちてしまっている車があり、公安の人々が集まっていたりもしました。
唯一の救いは、13時ごろに車窓から■沽湖が見られたことでした。■沽湖は四川省と雲南省の境目にある大きな湖で、モソ人というナシ族系の少数民族の住んでいる地方です。
湖はとても広く、とてもきれいでした。車を降りられなかったのが残念でした。
※■はさんずいに盧 -
麗江のバスターミナルに着いたのは、上にも書いたように21時。もうあたりは真っ暗だったので、数日前に宿泊していた獅子山客桟にタクシーで向かうことにし、タクシーを呼び止めます。
タクシーに行き先を告げたあと、昆明行きのバスの切符を買っておこうと、タクシーを待たせバスターミナルへ。2日後の9日朝のバスならある、とのことだったので切符を購入。
タクシーに戻ると、おばちゃんが一人居て、「どこに泊まるつもりだ。宿が決まってないなら案内する」と宣います。獅子山客桟に行くつもりだと話し、宿の住所が書いてあるカードを見せると、「ここの宿をどこで聞いたの!?」と驚いたような様子。
それもそのはず。詳しく話を聞くと、そのおばちゃんは獅子山客桟のオーナーの方でした。数日前にぼくらが泊まっていたときには、仕事で麗江を離れていたのだそうです。そこで、おばちゃんも一緒に獅子山客桟に向かいます。 -
翌、3月8日は取り立てて予定もなかったので、麗江市街をぶらぶらと散策。万古楼(写真)という古い建物にも行ってみました。
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あとは、東巴博物館にも行ってみました。ここも写真撮影禁止ではなかったので、嬉々として文字資料を撮影。
写真は上から漢字(漢語)、チベット文字(チベット語)、彝文字(彝語)、トンパ文字(リス語)、フレイザー文字(リス語)?、アラビア文字(何語だろう?)で書かれた「毛沢東主席、私たちはずっとあなたと歩んでいきます」の標語。
内容はともかくとして、こういうバイリンガルテキストは見ていて面白い。 -
トンパ文字で書かれた文字資料も展示してありました。
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3月8日は国際女性デーだということで、古城ではそれを祝う舞踏祭が開かれていました。旧ソ連といい、共産主義国って、国際女性デーを盛大に祝いますよね。日本だとほとんど浸透していない気もしますけれど。
翌9日の朝9時半にバスに乗って昆明に戻ります。
続きは「中国雲南卒業旅行(5)」で。
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