2003/09/19 - 2003/09/21
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チベット仏教の最高権威者であるダライ・ラマ法王は、共産中国の迫害を逃れインドに亡命しました。
インド北部には、中国の文化破壊を免れた原初のチベット文化が残っています。
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インド・ラダックの旅
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2003年9月、インド北部のラダック地方を旅しました。
首都デリーからバスで3日掛けてレーへ。
ここでは、レーまでのバス旅をご紹介します。
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- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー ヒッチハイク
-
9月19日(金)
首都デリー、ISBTバスターミナル。
私はこの巨大なターミナルで、ラダック地方の中心都市「レー」行きのバスを待っていた。
ラダック地方はインド北西部、ジャンムー・カシミール州のヒマラヤ山脈に囲まれた高地にある。
デリーからレーへは直線距離で約500キロ、道路を使うとなると1000キロ以上もの距離がある。飛行機を使えばほんの2時間弱しかかからないが、レーまでの直行バス(786Rs)に乗ると3日もかかるのだという。
相当きついバス旅だ。
しかし、私はバスで行くことに決めた。
延々と山道を越え、移り変わる風景を眺めながら、秘境の地「ラダック」へと辿り着きたかったのだ。きつい道中を経験することにより、文字通りの秘境を実感したかったのである。
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デリーからバスで2日半!秘境ラダック地方へのバス旅①(デリー~ケーロン)
https://search-ethnic.com/travel/to-ladakh1/ -
午後4時、バスは暑苦しい日差しを浴びたデリーISBTを出発した。
バスは渋滞のデリーを抜け、幹線道路を突っ走る。
ローカルなこのバスは言うなれば東京から青森まで走る各駅停車のようなものだ。所々の停留所で人が乗り込み、そして、降りてゆく。
そのうち辺りが暗くなり、広大な大地の向こうに赤い夕陽がゆっくりと沈んでいく。
午後11時ごろ、ハリヤーナーとパンジャーブの州都、チャンディーガルで大きな休憩があった。
ここで大勢の乗客が降りる。
さあ、ここからは山道だ。気温が下がることが予想される。
私は引っ張り出した毛布に顔をうずめると、バスの出発するエンジン音を聞きながら瞼を閉じた。 -
9月20日(土)
窮屈な体勢を何度も入れ替えながらの夜は過ぎた。
窓の外を見ると辺りの風景は昨日とは一変していた。
緑の木々に覆われた山々。谷底には水飛沫を上げながら川が流れている。
午前8時、バスはマナリ(標高1900m)の町に到着した。
マナリで休憩の後、バスは乗客の多くを入れ替えて出発した。デリーからの客は私を含め数名。
バスは町を出るとすぐに急な山道を登り始めた。
つづら折りを延々と登った後、マナリの町から約50キロ、標高3978メートルの「ロータン・ラ」に到着する。
「ロータン・ラ」はマナリからラダックへと向かう街道に於ける最初の峠だ。
ここでランチ休憩。Vegチョウメンとチャイ(25Rs)を食べる。食後、バスは出発。
ラホール地方の中心都市、ケーロンへと向かった。
山道を走り続けたバスは、午後4時にケーロン(3349m)に到着した。
この日はここケーロンで一泊し、翌朝4時に出発するから集まるようにとバスのドライバーから話があった。
私はNalaka KLGというホテルに泊まった(150Rs)。
明日は5000mの峠を3つも越えるとのことなので、ゆっくり休むことにした。
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デリーからバスで2日半!秘境ラダック地方へのバス旅①(デリー~ケーロン)
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9月21日(日)
翌朝4時。
眠い目を擦りながらバス通りへ向かうと、同じように眠そうな顔をした人々が幾人も突っ立っているのが見えた。
しばらくして向こうからバスのエンジン音が聴こえてきた。かじかむ手で皆が屋根に荷を載せ終えると、闇の中バスは出発した。
しばらくしてダルチャ(標高3400m)のチェックポストに到着する。
この先、ジャンム・カシミール州に入るので、外国人はパスポートチェックを受ける必要があるのだ。
ダルチャを発った後、バスは山道をぐんぐんと登り始めた。つづら折を折り返すたびに高度計の数字が3600、3800、4000と大きくなってゆく。
2つ目の峠、「バララチャ・ラ」(4950m)を越えると道は下りになった。
下りのつづら折りの麓に白いテント村が見える。
1時間ほどかけて下り、そのテント村「バラートプル」に到着した。
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標高5,317mの峠を越えてレーの町へ!秘境ラダック地方へのバス旅②(ケーロン~レー)
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イチオシ
バラートプルで我々は朝食を摂った。
テントの中の食堂で、私は最も無難な食事である野菜入りのチョウメンとチャイを頼んだ。25ルピー(63円)。
バラートプルを出ると、バスは再び高度を上げ始めた。
「ナキー・ラ」(4950m)、「ラチュルン・ラ」(5065m)といった峠を次々に越えてゆく。
何度も何度もつづら折をぐねぐねと登り、そして、降りていく。
昼頃、バスはパンのテント村に到着した。
灰色の小川の周りに群がる白いテント、周りを取り囲む薄茶色の岩肌、先ほどのバラートプルとほとんど変わりのない風景だ。
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標高5,317mの峠を越えてレーの町へ!秘境ラダック地方へのバス旅②(ケーロン~レー)
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パンで我々は昼食を摂った。
テントの中の食堂で、オムレツとチャイを頼んだ。25ルピー(63円)。
パンを出てしばらく進むと視界が一気に開けた。
素晴らしい高原地帯、地平線の先が見えないほどの平原の広がり。
とても4600mもの標高を持つとは思えないような広大な平原だ。
その中をバスはただ一台、突っ走る。
高原を抜けるとバスは川沿いを走った。
ここでトラブルが発生する。
パンクだ! -
パンクを直すとバスは再びつづら折の道を登り始めた。
今度の登りは徹底している。
どこまで登っても終わりが見えない。
空の色はどんどん青く濃くなってゆく。高度はとっくに5000mを越えていた。
そのうち息苦しさを覚え頭が軽く痛み出す。終わりのないつづら折の繰り返しが次第に苦痛になってくる。
もういい加減このくらいで打ち止めにしてくれ!
そう思い始めた頃、バスは街道の最高地点、「タグラン・ラ(5317m)」に到着した。
我々はバスを降りた。
峠の上には小さな建物がひとつ。
最高地点を示す石碑、それとチョルテンがあった。
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標高5,317mの峠を越えてレーの町へ!秘境ラダック地方へのバス旅②(ケーロン~レー)
http://search-ethnic.com/travel/to-ladakh2 -
バスが出発する。峠の向こうの新たな地平が見える。
さあ、下りだ。
遥か下方まで続く無限のつづら折。
無限に思えたつづら折が終わり、道の起伏が落ち着き始める頃、辺りにチベット風の民家の姿が目立つようになる。
しばらく進むと灰色の大きな流れが見えてきた。
インダス川だ。
その川沿いにある小さな村、「ウプシ」でバスは休憩した。
ウプシを発ち、インダス川に沿ってバスは北西に進む。
荒涼とした岩山はどこまでも続いているが、徐々に緑が多くなってきた。
そして、夕方、辺りが薄暗い闇に包まれ始めた頃、バスは標高3500mのラダックの中心、レーの町に到着した。
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「インドのチベット」ラダックの中心「レー」の町とゴンパ巡り
https://search-ethnic.com/travel/leh/
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