2009/07/14 - 2009/08/05
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Weiwojingさん
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トルコ旅行も地中海側の美しい都市を訪ねながら、車で移動し、小さな町カレに到着しました。人口1.5万人の小さな町ですが、ここには子供たちの守護者サンタクロースで知られる聖ニコラスゆかりの教会とミイラ遺跡があることで知られています。
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アンタルヤを出発して、カレに向かいました。しかし、途中に美しい海岸や港がいくつもあったので、それらを見ながら移動しました。
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本格的な海水浴場がありました。多くの人が海水浴を楽しんでいます。
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ミコノス遺跡のある海岸に来ました。同行者たちがぜひともここでひと泳ぎしたいというので、1時間ほど休憩の意味で海水浴を楽しみました。
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この海岸に来るには関所みたいなところがあって、そこで入場料を払わなければなりません。その近くに車を止め、かなり歩いて海岸に出ます。
地中海の海はすばらしいです。真青な空に、どこまでもコバルトブルーの海が続き、見ているだけでも飽きません。水温は日本の海と同じ位です。ただ、海の中に入ると急に深くなるため、私は岸のすぐそばで泳いでいました。同行者たちはかなり沖の方まで泳いでゆき、手招きしてこちらに来るように合図していますが、私は怖くてそんな遠くまで行けませんでした。 -
海岸近くにはミコノス遺跡があり、さまざまなものを見ることができます。これは石棺です。
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こちらも石棺が2つ置かれています。かなり大きいです。
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海でひと泳ぎした後はちょうど昼時になったので、近くで昼食をとりました。3人それぞれ違うものを注文しましたが、私が頼んだのはこの魚をグリルしたものです。
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一人の友人は羊のシシカバブを注文しました。
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もう一人はイタリアン・ピザを頼みました。勿論、これらの料理以外にサラダとパンがついていたことは言うまでもありません。
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食事の後2時間位ドライブした後、カレに到着しました。カレは特別見るべきところがたくさんあるような観光地ではありません。聖ニコラスに因んだ教会と町はずれにミイラ遺跡があるだけの小さな町です。この町を訪れるのはキリスト教徒の巡礼団だけかもしれません。現に、私が訪れた時もロシア人の巡礼団が来ていました。
これは街の中心部にある聖ニコラスの銅像です。彼は子供たちの守護者サンタクロースとたたえられ、この地の大司教でした。 -
聖ニコラスゆかりの「聖ニコラス教会」の建物です。石造りの立派なものです。
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教会に入ると、うす暗くヒンヤリとしていました。
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この教会には造られた当時の壁画がそのまま残っています。キリスト教初期の聖人画がたくさん壁に描かれています。その意味で大変興味深いです。
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破壊されずに、こんなに良い状態で残されていたのは大変な驚きです。聖人たちの顔も削り取られることなく、表情まではっきりと見ることができます。
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少々残念なのは、初期キリスト教徒を描いたこれらの壁画はどれも類型的で、一人一人の顔もみな同じような顔つきをしていることです。
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壁画とともに床にも素晴らしいモザイク画が施され、当時のままの美しさが残されています。
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ニコラスの遺体がこの教会に安置されていましたが、11世紀にイタリアの商人たちが石棺を破壊して遺体を持ち去ってしまいました。当時のヨーロッパでは聖遺物収集熱が高く、このような例があちこちにあったそうです。この時に残された遺体の一部が、アンタルヤ考古博物館に保管されています。
ロシアから来た巡礼団の人々はかってニコラスの遺体が置かれていた場所の前で、持参したイコンを前に熱心に祈りをささげていました。 -
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教会の外には水を汲む場所があり、巡礼者たちが手持ちの瓶やぺットボトルに盛んに入れていました。聖水とでも言うのでしょうか。
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教会の見学を終えて外に出ると、教会の前庭には子供に囲まれた聖ニコラスの立像が建っています。
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聖ニコラス教会の周辺には何軒か土産物屋がありますが、どれもみなニコラスに関するものが売られています。
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こちらの店ではニコラスの肖像画やイコンなどが売られています。イコンを買い求めたいと思いましたが、あまりいいものがなかったので、やめました。
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教会を後にして、「ミイラ遺跡」へ向かいました。ミイラはリキア同盟6つの中心都市のひとつで、ロ−マ時代には重要な都市として、また、ビザンチン時代にはリキア行政区の首都にもなっていました。
この岩山に這いつくばるようにして建てられているものは、リキア独特の岩窟墓です。この周辺にかなり見ることができます。 -
古いものには紀元前4世紀頃とされるものもあります。
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アパートのようにいく層にも重なって造られた岩窟墓もあります。
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リキヤ遺跡の中に来ました。
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遺跡の中にはおびただしい彫刻や墓石が残されていています。
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これは何とユーモラスな顔でしょう。
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アクロポリスの岩山の険しい崖を背景にして造られた野外劇場があります。
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見事な劇場です。半円の観客席の直経は108メートルもあります。
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この旅行記へのコメント (3)
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- melonpanさん 2009/10/18 16:11:33
- 歴史を感じています。
- こんにちは。melonpanです。
いつも、訪問ありがとうございます。
Tamegaiさんのトルコの旅行記を見て壁画や洞窟の家でトルコの今まで見た事のない風景を見せてもらいました。
日本と異なる長い歴史を感じています。
洞窟の家は中国にも有るようですが、形が違うようですね。
そういえば、トルコは和歌山沖の遭難事故の件で教科書にも日本人を教えているくらい、親日の国と聞きますが、どうでしたか ?
市民も日本人を見つけると握手を求めて来るそうですね。
また、訪問させて下さい。
- Weiwojingさん からの返信 2009/10/18 23:29:34
- RE: 歴史を感じています。
- melonpanさん、こんにちは。
ご訪問ありがとうございます。7月から8月にかけてトルコへ行ってきました。初めての訪問でしたが、行く前と行った後では、トルコに対する印象が全く違ってしまいました。行く前はイスラムの国という知識しかありませんでしたが、行った後では、確かにイスラムの国ではあるが、西欧的なものとうまく混じり合い、柔軟性のある国と言う印象を受けました。
melonpanさんが言われるように、トルコは大変親日的な国です。それは両国の間に長い友好の歴史があるからです。1890年(明治23)オスマン・トルコ(当時)の軍艦エルトゥールル号が日本訪問を終えて帰国途中に、和歌山県串本沖で暴風雨に合い遭難するという事件が起きました。串本の住民が多くの乗り組員を救助し、また日本政府も彼らをトルコに送り届けました。今串本には遭難慰霊碑が立っています。この事件がトルコと日本の友好親善がスタートする起点となりました。このことは日本の小学校の教科書にも載っているそうです。
また、当時ロシアの脅威にさらされていたトルコが日露戦争で勝利した日本に一層の関心と友好関係を深め、当時生まれた子には「トーゴー」と名前を付ける親がたくさんいました。しかし、第1次世界大戦の際は敵味方になったそうですが、それは一時的な敵対関係で、またすぐに友好関係が再開しました。
私が街中を歩いていると、確かに日本人と分かると、友好的な態度を示す人が多いです。写真を撮っていると、自分の写真も撮ってくれと言う人もいました。ただ握手を求めてくるという例はほとんどなかったです。何かの拍子に私が日本人だとわかると、握手を求めてきた人はおりますが。イスタンブルのよう都会ではこちらが日本人だとわかると話しかけてくる人たちには2種類います。宝石やじゅうたんのようなものを売り付けようとする人たち(日本が巧みで日本人以上に上手です)と日本に興味があり、日本人と話したいという人たちです。最初は日本語で話しかけられれば、ついそれにこたえてしまいますが、それに乗ると後が大変です。私の場合も多くのトルコ人に話しかけられましたが、大体区別できますので、前者のような人は避けていました。
トルコは歴史の長い国で、イスラム化する前はキリスト教国でした。キリスト教初期の段階では、各地に教会が残っていますが、みな迫害をさけるためにそれらは岩山や洞窟などに造られました。たくさんの壁画が残されています。洞窟の家は中国にもありますね。黄河の上流に黄土高原と言うところがあります。その周辺には岩をくり抜いて造った家がありますが、多少違うところはありますが、よく似ています。一度このような家に泊まったことがありますが、「黄土高原を行く」という旅行記がありますので、ご覧になってみてください。
長くなりました。最後に「軍艦エルトゥールル事件」に関しては、次のURLで検索してみると、より詳しいことが分かります。お試しください。
? www.turkey.jp
? http://www.kushimoto.wakayama.jp/info/kokusai/turkey.html
では、失礼します。
Tamegai
- melonpanさん からの返信 2009/10/19 09:00:52
- RE: 歴史を感じています。
- おはようございます。
多くを書いてくださり、ありがとうございます。
Tamegaiさんの旅行記で今迄見た事のないトルコの写真に魅了されていました。
湾岸戦争でしたか、邦人救助で日本政府が航空機を出すか出さないかで躊躇している間にトルコ政府が邦人救助の為に航空機を出動させたのは有名です。
一般の日本人は知らないですけどね。
出かけた時は、やはり、一人ひとりが日本人として見られて居る事に気付かされます。
これからも、よろしく御願いします。
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