2009/05/30 - 2009/06/20
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スタリモストさん
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ディヤルバクルという地名は2008年1月のテロ事件で知った。
車にしかけられた爆弾で7人が死亡、100人以上が負傷したと、日本でも報じられた。
クルド人の独立国家建設をめざすクルド労働者党とトルコ政府軍との間で武力抗争があるらしい。
トルコ東部に多く住むクルド人は民族独自の言語、出版、音楽、祭りなどの風俗習慣を禁止され、トルコ人への同化をせまられたり、差別を受け続けてきた。映画『クロッシング・ザ・ブリッジ』の中で、クルド人歌手のアイヌールが歌うのを聞けば、長い苦難の歴史が言葉の壁を越えて伝わってくる。
そんなクルドの人々から首都と目されているディヤルバクルとは、どんな街なのだろう。
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ディヤルバクル1日目の夜、道に迷った。
夕方ホテルを出て、街をぐるりと囲む城壁沿いにぶらぶら歩いていると、ある公園で家族と涼んでいた女性が私達を見て何か大声で言っている。「言葉がわからない」とジェスチャーで伝えると、わざわざ近くまでやって来た。
友人が首から下げていたカメラを指さし、引きちぎるまねをする。どうやら、「カメラを引ったくられるから首にかけるのはやめなさい。」と注意してくれているらしい。親切に感動してお礼を言ったあとで、そんなに治安が悪いのかと不安になった。
暗くならないうちにホテルへ帰ったほうがよさそうだ。同じ道を戻るのはつまらないので、そのまま城壁に沿って歩くことにした。一周すればスタート地点に戻れるはずだ。
だんだん暗くなり気持ちはあせるが、城壁さえ見えていれば迷うことはない、と言い聞かせて急ぐ。すっかり暗くなった頃、なんと、道が途切れてしまった。城壁の前は藪のように草が茂り近くへ寄れない。
街なかの道を行くよりなさそうだ。あたりは街灯もなく、昼間あんなにいた人々の姿も見えない。さっきの女性に受けた注意がよみがえって怖くなってきた。
旧市街の道は迷路のようで、持っていた大雑把な地図では役にたたず、完全に迷ってしまった。
どうすればホテルへ行き着けるだろう?誰にきけばよい?トルコ語もクルド語もできないのに…
立ち止まって思案する私達の前を中年の男性が通り過ぎた。若い人を使って大八車でレンガを運ばせている。選んでいる場合ではないけれど、この人なら大丈夫そうに思えた。仕事をちゃんとしているんだから…という、それだけの理由で。
すみません、と呼び止めてホテルのカードを見せると状況を理解してくれたらしい。何か聞いてくるけれども言葉がわからない。むこうもあきらめて、ついて来な、というように歩き出した。
途中、ある家に立ち寄ってレンガを届けたあと、狭い旧市街の入り組んだ道をどんどん歩いていく。どこを歩いているのか、さっぱりわからないけれど、ずいぶん自分達は遠くまで来ていたんだなあと思った。
本当にこの人はホテルの住所がわかっているのだろうか?と不安になりかけた頃、家族連れ(彼の知人らしい)に出会った。「この人達、迷子になったんだよ。」とでも言っているのだろう、皆こちらを見てにこにこしている。結局、一行の中の中学生くらいの男の子が後を引き継いでくれることになった。唯一知っている「ありがとう」の意味のトルコ語を何度も繰り返して男性にお礼を言って別れた。
さらに10分ほど歩くと、見覚えのある通りが見えてきた。男の子は律儀にホテルの前までついてきてくれた。すぐに帰ろうとする彼をむりやり近くの食料品店へ連れて行き、好きな物を取るよう身振りで伝えたが、コーラの缶をひとつだけ取ったのだった。
1日目にしてディヤルバクルが大好きになった。 -
ウル・ジャーミィ
かつてはキリスト教会だったそうだ。
レリーフが美しい。 -
ウル・ジャーミィの前はチャイハネ。
午後になって日陰が伸びるとチャイハネもどんどん拡大していく。
お茶を飲んでいると、相席に次々人がやって来て話しかけてくる。なかには「うちへ泊まりに来ないか?」とか、「クルド問題について知っているか?」と聞く人もあった。
ウルファ同様、ここにいるのはほとんど男性だ。よくもこれだけの数の成人男性が平日の昼間にのんびりお茶を飲んでいられるものだ、と思う。失業している人も多いのだろう。日本ならパチンコ屋とか競馬場が吸収しているのかな。
大人達のあいだをぬうように、靴磨きやティッシュ売りの少年達が歩き回る。 -
昔キャラバンの宿だった建物が今はカフェと土産物屋になっている。
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地下にすてきな書店があった。
ひんやりと涼しく、何カ所かソファとテーブルがあって休めるようになっている。 -
サファ・ジャーミィ
ガイドブックの写真を見せて「ここへ行きたいんですが…」と言ったら、若い男性が案内してくれた。
「あっちの方向」と指さすだけでもいいのに、トルコの人はつくづく親切だと思う。 -
ジャーミィでお祈りしていたおじいさん。
手首の数珠を見せて何か説明してくれたけど、言葉がわからなくてごめんなさい。 -
チャイハネにて。
右の人は「日本人を見たのは2年ぶりだ。」と言った。今英語を勉強している、とも。
失業中だそうである。 -
移動八百屋さん
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ホテルの前の靴磨き屋さん
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ケバブ屋さん他、とりあえず職についている人達。
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郵便局を探していると、「エクスキューズミー、マダム」と声をかけられた。大学の教授だそうだ。郵便局へ同行し、切手を買ったり国際電話をかけるのを手伝ってくれた。郵便局ではなぜか職員からサクランボをごちそうになった。
しばらく一緒に歩くうちにも、「あれは同僚の教授」「こっちは教え子」と、つぎつぎ知人に出会う。ずいぶん顔が広いらしい。
が、「彼も僕が教えた」と水売りの青年を紹介された時、ディヤルバクルの就職事情はそうとう厳しいなと思った。
結局、『旅人に親切なおじさん』だったわけだが、どこか『眉唾』という言葉がうかんできてしまうユニークな人物だった。
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