2009/05/01 - 2009/05/05
531位(同エリア679件中)
きっちーさん
だんだん、やっつけ旅行記になってません?
そのように突っ込まないように。
がんばってんだから(笑)。
2009年ゴールデンウィークに駆け抜けた、リスペクト・フォー・埼玉です☆
GWなのに、どこへも行かないんじゃもったいない、というセコイ根性でのショート・トリップでしたが、すごいスよ埼玉!
こんな近場で、見どころ満載ですー。
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- タクシー JRローカル 徒歩
-
「穴が、すごかったねー!」
と言い合いながら、吉見百穴をあとにして、今宵の宿へ向かいます。
見逃しがちな近場観光。
埼玉の遺跡群(おもに墓?)をまわる、2009年ゴールデンウィークの、母子旅行でございヤスv
「私、死んだら絶対、ゴーカな自由葬がいいなあ〜v」
「馬鹿なこと言わないの。豪華なお葬式なんて、期待したってだめよ。
あんたが死んだら、お母さんは保険金もらって、灰は海に散骨してあげる」
「・・・っ!!魚のエサなんて、ヤダかんね!」
「お母さんは樹木葬がいいな。木を育てるの」
「散骨なんて、死体遺棄だかんね。お墓が欲しいっ」
「死んじゃったら、お墓も海にまくのも変わらないでしょ?」
「(鬼ババー)・・・!」←心の叫び -
古代人のお墓をまわると、自然と会話の内容は、メモリアル・プラン系(笑)。
くだらないことを話しているうちに、熊谷駅へ到着です。
有名観光地は、どこへ行っても恐ろしく混んでいそうですが、ありがたいことに埼玉はゆったりゆっくり観光する事ができました。
高麗神社と吉見百穴の見学を終え、熊谷に予約してあった宿へ。
こちら、『熊谷ロイヤルホテルすずき』です。
駅に近いが、線路にも近いホテル(笑)。 -
室内は、こんな感じ。
-
おそらく普段は出張の方が、利用されているのではないかと思われる、このホテル。
タバコを吸わないので、部屋全体に染み付いたヤニ臭さが気になります・・。
窓、開けておこう。
部屋自体は、きれいなんですけどね。
ニオイが〜。
どしても気になるのだ〜。 -
「お風呂は、ユニットか・・」
マミー、残念そう。
ビジネス・ホテルですから。
温泉とかは、ありましぇんがな。
「まだ明るいし、夕飯を食べに行くついでに、ちょっとぶらついてこない?」
「いいけど」
海外旅行では、少しでも日が傾くと、ゼッタイおもてを出歩かない母上ですが、国内旅行ではそぞろ歩きが大好きです。
じゃあ、行くべか。 -
熊谷駅周辺を散策です。
線路を渡って行くと、オフィス街や小さな商店の先に、静かな神社を発見。 -
車の行き交う喧噪のなかに、ぽつんと建っているのが、印象的でした。
-
歴史は古いようで、平安時代からあるのだとか。
-
どうりで、建物が古めかしいような・・。
-
あ。
でも、賽銭箱は個人主義なのね(笑)。 -
こう不景気だと、賽銭も神様を選んで入れたいものなのかも?
-
ある意味シビアなものを目撃してしまった気がしますが(笑)。
なかなか、趣きのある神社でした。
おっし。
まだ、もう少し行きましょう〜。 -
さすがに暗くなってきました。
「そろそろ戻ろりますか」
と、駅方向へ歩いていたところ、急にタバコ屋の前で立ち止まる母上。
どうしはりました?
「これ!なっつかしー!」
ポストすか。 -
「写真撮って」
ポストとすか?
「いいから!」
めっちゃ嬉しそうにカメラに微笑むマミー。
そんなに珍しいもんでもないと思うぞ。
そんな感じで、レトロ・ポストで機嫌を良くした、ホテルへの帰り道。
駅の周りには黒く小さな影が・・。
「あれって、コウモリじゃない?」
「ええ?こんな街なかにいるわけないでしょ」
だって、コウモリっぽいよ?
ふたりして、うす暗い空を眺めていると、熊谷駅の方角から街のほうへ、次々と蝙蝠が飛び去って行きます。
なんでー?!
「出勤途中なんじゃない?」
どこへやねん。 -
翌朝!
埼玉一周、古代遺跡めぐりのメイン!
さきたま古墳群へ、出発です。
「さいたま」をなぜ「さきたま」と呼ぶのか?
なんで、「さいたま」と呼ばせないのか・・・。
謎です。
読んでて、目がおかしくなるでしょ?
ふふふ・・ふふ・・(悪)。 -
『熊谷ロイヤルホテルすずき』をチェックアウトし、熊谷駅から電車に乗って・・・。
-
熊谷駅のおとなり、行田駅へ到着です!
カバンを駅ロッカーへ預けるつもりだったのですが、残念ながら駅にロッカーは見当たらず。
「どうする?持って歩く?」
「お母さんそんなに荷物ないし、いいわよ。あんたはカバン重そうじゃない?」
「いろいろ余計なものが・・(笑)。向こう行けば博物館があるし、博物館にはロッカーありそうだよね」
「じゃあ、そのまま行っちゃおうよ」
そんなわけで、駅前スルー。 -
行田駅から、さきたま古墳群まではバスがあるのですが、時間待ちができない母子は一気にタクシーでv
「お客さん、お祭りを観にきたんですか?」
「へ?」
「今日はきっと混みますよ〜」
「お祭りって、古墳でやるんですか??」
「そうそう。夜が本番でしてねえ。すごいですよ〜」
ええ〜っ!
そんなにスゴイなら、観て行きたいものだが・・・。
ねえ?
ヨコで母上が、首を振っています。
・・ちっ・・。
マミーの顔色を窺がっているうちに、さきたま古墳公園へ到着。
園内には、ところ狭しと古墳がいくつもならんでおります。
わーい!
楽しみじゃのう! -
さあさ、ご案内〜ぃ♪
さきほどの、アンサー!!
なぜ、「さきたま」を「埼玉(さいたま)」と呼ばせないのか?
答えは、この行田市埼玉周辺をさす古い地名「さきたま」が変化して、より広い郡名「さいたま」として用いられるようになっていった――
つまり、「さきたま」のほうが元祖なのだ!
だそうです。(詳しくは→ http://www.city.gyoda.lg.jp/sityou/yurai.html)
まずは付け焼刃の学習で、『さきたま史跡の博物館』へ。
「すいませーん。ロッカーどこですか?」
そこかいっ。
軽くたって、荷物を持ち歩きたくない無精者です。
残念ながら、『さきたま史跡の博物館』にロッカー・スペースは無いそうですが・・・。
「宜しかったら、お預かりしますよ?」
あっざーす!!
ここでも、受付の方が荷物を預かってくださいました。
埼玉、イヤ、さきたまサイコー! -
博物館内は、許可があれば写真撮影も可。
「許可はどうやって取るんですか?」
「この紙に、お名前とご住所を書いてください」
え・・・、連絡先だけでいいんスか?
「それから、この許可済みの腕章をしてください」
はあ・・。 -
なんだか、えらく簡単なお許しを頂いて、さっそく見学開始です。
受付でゴソゴソやっている私を見捨てて、母上はすでにガラスケースをひとつひとつ覗いて歩いてます。
まってぇ〜。 -
古墳、もしくは前方後円墳というと、自分のイメージでは関西から向こうのものなような気でいたので、しょっぱなから関東地域にこんだけの量があったことに驚きます。
-
地理的にみると、山のふもとや川の近くに造られていたのがわかります。
川は、水運を利用したものと想像がつきますが、山っていうのはなんでしょうね?
山岳信仰みたいのが、あったのかなあ??
また、固まっていつくられている古墳には、あきらかに方角を意識した造られ方をしているものもあります。
さきたま古墳群も、そういったグループですね。 -
あ!
神奈川にもある!!
ホント、あっちゃこっちゃにあるんだぁ〜。 -
発掘された、遺物の展示室。
ここから先は、写真不可のものもあります。
観ていきましょう! -
剣ですね。
ボロボロだけど。
中央に金で文字が象嵌されています。 -
金錯銘鉄剣(国宝)
タイトルは見たまんまだがや。
稲荷山古墳から出土したもので、115あるという字は、読みずらくてほとんど分りませんが、現代語訳を読むとようするに家系が記されているようです -
やべ。
これが撮影禁止の国宝じゃん(汗)。
撮っちった。 -
金錯銘鉄剣が出土した稲荷山古墳は、どれじゃいな?
えーと、一番上中央の、まわりが白くなってる前方後円墳が、そうですね。 -
こちらが、稲荷山古墳の解説す!
-
稲荷山古墳は、台形部分が削られて、丸っこいとこしか残っていませんでした。
この○部分を調査をしたところ、2基の埋葬施設を発見!!
東の墓は盗掘済みでしたが、西の墓には遺物が残されており、先ほどの国宝『金錯銘鉄剣』のほかにも、質の高い遺物が出土したそう。
2004年に前方部の盛土を復元したそうです。 -
殉死者はともかく、古墳に収まっているのって、おひとりさまかと思ってました!
追葬なんですかね??
そして、この鎧(拄甲)も稲荷山古墳出土品。
肩紐とわきで留める武具ですが、なんか肩こりそう(笑)。 -
墓のあるじは、戦闘にかかわる人生をおくってきたのでしょうか。
墓に納められたものが、ややきな臭いというか・・。
あんまラクな時代ではなかったのかなあ、という印象を受けます。 -
墓の内部のようすです。
-
死んでも戦う用意をされるのって、ちょっとなあ・・。
まあ、死んじゃっちゃ関係ナイかも知れないけど。 -
ボロボロでようわからんのですが、鈴でしょうか?
現代では、失くしやすい物にぶらさげて、カバン中でも有る無しを確認できる便利グッズですが、大昔はもっと神聖な意味を持っていたようで、邪気をはらい、神に通ずるものと考えられていたようですね。
ちなみに、仏壇でチーンとやるやつも、「りん(鈴)」といいます! -
矢じり。
-
束になった矢じり。
なんでこんなもの撮ったかというと・・。
「やっぱ時間たつと、硬いものでも化学変化でくっついちゃうんだな〜」
と、思ったからです(笑)。 -
続いて、死者が身につけていた装飾品!
冠をかぶり、ベルトをしていたそうですが、このような形で葬られることは珍しいそう。
身につけるものであっても、まとうことはせず、先ほどの鎧のような武具とまとめて葬られるのだとか。
へえ〜。
でも、大事にしていたものだったら、死んでも身につけて埋葬する気がするけど。
まあ、むかしなりの作法だったりするんですかね? -
ベルト(帯金具)の解説です。
中国で3世紀から4世紀に盛んにつくられ、日本では熊本・京都・愛知・福井・和歌山の古墳からも、この稲荷山古墳と類似した竜文が出土しているそうです。 -
これが、竜文か〜。
鈴も付いてたんですね!
チリチリうるさそう(笑)。
中国が強調されていますが、朝鮮半島の公州や扶余の博物館にもよく似たベルトがありました。
グローバル! -
現代のベルトの仕組みと、ほぼ同じですね!
発祥は中国ということでしょうが、いまでは全世界にあるわけですから、よく考えると大発明! -
ついでに、こちらもアップ。
ちょっとわかりずらいですね。
すみません。 -
世の中、日本の「文化」や「伝統」は、混ざるものの余地の無い、純粋でオリジナルなもの、と思い込んじゃっているんじゃないかと、頭をかしげたくなる人もいるんですけど。
古代世界は、そんな狭苦しいものじゃなく、海を行き来し、ユーラシアにまたがるネットワークの中にいたわけで。
正倉院の宝物をみていると、シルクロードの壮大な「お取り寄せ」に思えます。
朝鮮半島・中国・東南アジア・北方系、あちらこちらから行き来した人々の足跡が、何重にも積み重なり、出土した品から溢れ出ているように感じます。 -
そんな背景を持つこの地で生み出されたものは、発生と同時に「雑種的」な要素を持っているのではないか、と思います。
-
さきほどの金錯銘鉄剣についての解説、ふたたびです。
国宝だから、丁寧な扱いですネ。
剣に記された金文字の内容が、探られています。
「日本書紀」や「古事記」を引き合いに出してくる解説に出会うと、内容にはかなり懐疑的になるというか、信憑性を保留せざるえません。
あの書物って「歴史書」や「日本神話のルーツ」としちゃうには、あまりに荒唐無稽な部分があるし、作為的に取捨選択されているし。
近代的な天皇制の強化のもとに、厳密な資料批判が成されていないように思えます。 -
なので、実証研究の結果待ちということで。
見たまんまの印象は・・・。
字はあんま上手じゃないような? -
中国は西安の、『碑林博物館』にあった石碑を思い出すと、字の良し悪しは全然わからないんですけど、わからないなりにも、「すげーな」と思えるものが多かったんです。
それにくらべると・・。 -
やっぱ、上手には見えねえにゃー。
-
まあ、時代が違うのかもしんないスしね。
さて、お次は円筒埴輪です。
・・ふぞろいな、埴輪たち・・? -
またまた、ピンボケ解説ですみまちぇん(涙)。
この解説によると、発掘した古墳の大きさによって、出土した円筒埴輪サイズも異なるそう。
へえ〜。
さらに、円筒埴輪の形や土の成分分析から、近隣の古墳と同一のものも見つかっているそうな!
う〜ん。
残された証拠から、当時の状況や奴らのつながりが見えてくるってコトすね!!
CSIみたい〜v -
・・・・・・・。
・・・・・・・。
くそう、南方め〜。
咲ちゃんをふりやがって、出て行く時まで気の利かない男じゃのう〜(怒)!!ばかばか。
はっ・・!
スンマセン!
TBSドラマ『JIN〜仁〜』を観てました。 -
内野as龍馬さん、愛してますv
台湾の奥さんに頂いたご当地名物せんべいをかじりながら、おこたで連ドラ観てるなんて、完全に仕分けbyJB師匠のオバさん属性だわ(笑)。
って、関係ナイのでこのくらいにして。
写真は、日本で唯一の古墳内博物館?!
将軍山古墳です。
入れるのは、楽しいな。
あとでゼッタイ行かねば! -
これ!
すごくないですか?!
「これしかないのに、おかしいだろーっ」
と、驚いた復元図です(笑)。
ホントにこれだけで、わかるもんなんですかね?? -
そのほかの部分展示。
う〜ん??
疑り深いたちなので、「ホントにィ〜?」とか、突っ込みながら写真を撮る(笑)。
「あんた、静かにまわりなさい」
母上に注意されます。
スンマセン。 -
『撮影許可済み』の腕章がズレ落ちるのを引っ張り上げながら、残りの展示をチェック。
母上は、トイレを借りに行ってしまいました。
オニの居ぬ間に(笑)。
コレさっきの馬ハニーですね。
旗が立てられていたんですね。 -
馬ハニーは、この絵のようなのをモデルに製作された模様。
つか、めちゃめちゃ中国っぽくないすか??
兜なんか、『レッドクリフ』のトニーだ、トニー!
やばい・・。
トニーの馬だと認識すると、昔なつかしハニ丸くんの馬のひんべえにしか思えなかった馬が、周瑜殿の馬に見えてきたよ(笑)。
だんだん、遺跡から離れた方向へ行ってしまう、ダメ見学者です。 -
いい加減、古墳が観たいので、博物館から出ることに致します。
腕章を返却し、預かって頂いていた手荷物を受け取って、いざゆかん!古墳ちゃん!
博物館の外には、無風なのでめざしのやうな、鯉のぼり(笑)。 -
手近な場所から。
古い建物が移築されています。
『旧遠藤家住宅』 -
そのさきに・・。
古墳! -
『瓦塚古墳』と呼ばれているそうで。
内部は未調査の古墳。
いまは埋まっちゃってますが、当初は二重のお堀があり、人型の埴輪が並べられていたのが、わかっているそうです。
おっかね(笑)。
墓守ですかねー。 -
あの辺りにハニーたちが・・?
なんらかの宗教観に基づく魔除けとか。
死後の世界の、従者とか。
もしくは、手塚治虫の『火の鳥』で出てきたように、「殉死」の代用としてか?
想像すると面白いですが。
さすがに、西安で観たリアルすぎる兵馬俑にくらべると、こっちのは『ハニー』って感じ(笑)。 -
そして今回初めて知ったんですけど。
前方後円墳って左右対称な、円と台形がくっついたようなものだと思っていましたが、そうじゃなかった!
『造出し』と呼ばれる、出っ張りが台形部分にあります。
←こーいう感じ。
瓦塚古墳では台形部分でしたが、別の古墳では円の部分にあったりするのもありました! -
お堀のブリッジにしちゃ半端だし、儀式用の舞台にしちゃちっこ過ぎるし・・?
何に使われてたんでしょうね〜?? -
こちらは、『鉄砲山古墳』。
この奥にまだ、3基の古墳があるそうですが、なんかここが荒れていたので、行きませんでした(笑)。
整備されている方が好きv -
だって、蜂が出そうだったんだもん。
しかし、そんな鉄砲山古墳へ恐れるようすもなく踏み込んでいく、シニアご夫婦。
やるな。
蜂に気をつけたまへ。 -
つづいて生垣に囲まれた、美しくもでっかい古墳!
二子山古墳です〜。 -
「でかいな・・」という印象は、確かだったようで。
かつての『武蔵国』(東京・埼玉・神奈川の一部)で最大の古墳です。 -
登ってみたい!
しかし、生垣とお堀が邪魔で、近づけない・・。 -
まわりこめば、どっからか登れぬものか・・?
-
「ダメに決まってるでしょ!」
母上が睨んでいます。
韓国の古墳は、登れたのになー。
ぶーぶー。 -
この水掘になっている部分は、建造当時、水は無かったと考えられていて・・。
じゃあ、なんで水はってんだ?って感じですが。
水をはったせいで、盛り土が崩れないよう、所どころ補強してあります。
登らせろー!←しつこい -
あきらめました(笑)。
せっかくなので、さきたま古墳群のもう一つの博物館。
古墳の中にある、古墳博物館へまいりましょう。 -
どうやら、あの古墳の向こうのようです。
-
「それらしい、建物がないね??」
「そうねー」
と言い合いながら、道路を折れると・・。 -
やっぱ、こっちでいいみたい。
-
ホントだ!
古墳の中にあるよ!! -
壊しちゃってるように、見えるんですけど(笑)。
古墳の石室は「房州石」というもので、造られているようなんですけど。
その石が採れるのは、千葉県の海岸! -
これが、房州石。
-
触れますv
-
またもや、ピンボケでお見苦しい(汗)。
千葉の海岸にある採石地から、120km離れたこの地まで川を使って運ばれた、房州石です。
どんなネットワークだったんでしょうね〜。 -
しっかし、あっしの旅行記って・・。
珍しい風俗や古い建築も大して載ってないし、たまに美術品はあるものの、ほとんど解説パネルとか、なんかしょーもない気になったものばっか、やたらたくさん撮ってきているような・・。
でも、パネルは楽しいのだ(笑)。
将軍山古墳の盛土は、周囲の土を掘って積み上げたもの。
掘った部分が、堀になっているそうです。
っつーことは、千葉からわざわざ運んできていた、石室の房州石はやっぱりゼータク品ですね。 -
つづいて、石室内部を大公開!
-
足のウラ!
じゃなくて(笑)。 -
こわっ!
これか!
将軍さまだ!
思ったより、細かく作ってあるところがコワい(笑)!
落ち着いて見ると(落ち着け)、将軍山古墳の石室は、吉見百穴とおなじく『横穴式』ですね。 -
『さきたま史跡の博物館』、馬ハニー(勝手に命名しちゃダメ)のリアル・バージョンすね。
-
リアル再現銅像。
これじゃトニー・レオンに、似てない〜っ。←なにを期待しとるか -
現代では、馬はフツーに馬ですが、古代社会では輸入品の超高級車?
誰でもが持てたわけじゃないし、お墓に馬ハニーとして入れたんですから、きっと大事にしていたんでしょうね。
しかし、本当にこんなスラッとした馬だったんでしょうかね?
なんかもっと、ガッチリとした農耕馬みたいなのかなあ、と思ってたんですけど・・。
まあ、トニーの馬だからいっか。←ちがいます -
このイラストの方が、ワタクシの馬ハニーのイメージに近いでござる。
ここに、出ていましたヨ。
ほらー!
馬は朝鮮半島からの、舶来ですぞ〜(得意)。 -
稲荷山古墳・二子山古墳・鉄砲山古墳と将軍山古墳の形状一致から、さきたま古墳群は4代にわたる首長のものではないかと、推測されているようです。
それだけではありません。
将軍山古墳の石室から発見された埋葬品は、馬冑は朝鮮半島南部で多く出土するもの。
また、高句麗古墳の壁画に描かれる、『蛇行状鉄器』も出土しました。
この地域を支配した人々のルーツに、朝鮮半島とのつながりが、色濃く残されています。 -
そんな、非常に興味深い将軍山古墳ですが、びみょーに壊してるっぽい(笑)博物館の位置は、この写真の通り。
ちょっと、思ったんですけど〜。
石室って、古墳の円の中央にあるもんじゃないんですね?? -
個人的な感想ですが、展示物自体は少ないんですが、『さきたま史跡の博物館』より、この『将軍山古墳展示館』の方が、解説の内容がスリリングで面白かったです♪
おっし!
古墳、みるぞー!
将軍山古墳のプレート。
鳥さまの落とし物が・・・(笑)。 -
やっぱり登ることは出来ないのですが、昔を再現して、古墳に土器のレプリカが並べられています。
-
見えますかね?
ポツポツ並んでいるのが、土器。 -
近づけないのはつまらないので、おおきくUターンして戻ろうとすると・・。
お!
祭りの屋台だ!!
タクシーの運転手さんが教えてくれた、夜がメインのお祭り?
昼間はこうして、出店が営業しているみたいです。
いいなあ〜。
夜来たかったなあ〜。 -
これは、住居を再現したもの。
-
中へも入れます。
よっし!
入るか、と歩みだそうとしますが、「早く行こう」と母上は近寄ろうともしません。
ええ〜。
仕方ないので、外からだけ写真を撮ってきました(涙)。 -
もっと、良いものを見つけました!
登れる古墳です!! -
えーと。
台形の底の部分から、登ります。
ブルーの台形部分は、失われていたそうで、現在は復元されて盛土になっておりやす。 -
稲荷山古墳です!
前述の国宝鉄剣が出土した、古墳。 -
さっそく、復元された台形部分から登る、母上。
-
そんなに、高くは感じません。
ゆるやかな丘、といった雰囲気。
これ、今はキレイに刈り込まれていますけど、木とか草とか茂っていたら、古墳かどうかってわかんなそー。
台形部分から、円部分へ砂利道が続いています。
こーゆうのを求めていたのだvv -
円部分からの見晴らし。
まわりの古墳が、悠々と見渡せます。
お祭り参加の混雑した駐車場も・・(笑)。 -
「あれは、円墳かなあ〜?」
「お母さんは、登らないわよ」
マミーが、予防線を張ります。
イジワル。 -
お祭り会場のほうからは、なんだか古墳とはかけ離れた、ヴィジュアル系ロックの割れたメロディーが、スピーカーからこだましています。
-
「雰囲気が壊れるわねえ〜」
と、少々おかんむりの母上。 -
ままっ!
ずずいと、石室へ。
・・・・。
・・・石室?
なんだか、想像していたものより、石がこまかいだ。
明日香村の石舞台古墳みたいな、厚い石組みをイメージしていたんですけど。
ここに、埋まっていたんですか?
ふーん。
なんか、こういう刑罰って、ありましたよね? -
この刑罰っぽい(笑)石組みが、やはり埋葬施設。
石は、川原石。
川原石のうえに、お棺が置かれたそうです。
後円部にもうひとつあった埋葬場所は、盗掘にあっていましたが、こちらからは貴重な遺物が多く発掘されました。 -
見るもの見たら、とっとと行こうとする、マミー。
ちょっと待て〜。 -
「早くしてよ」
と言うのをなだめて、一枚。
せっかく登れる古墳へたどり着いたというのに、もう飽きたそうです(涙)。 -
出口へ向かっていく途中、またもや古墳!
「だめよ。登らないからね」
うう〜。
まだ、いっこしか登っていない〜。 -
こういう時だけ、やたら歩くのが速いお母様。
-
そこへ、誘惑の看板・・・。
『丸墓山古墳』!
直径105メートルは、日本最大の円墳・・・!
呼んでいる・・・最大の円墳が、オイラを呼んでいる〜・・。 -
埼玉古墳群のなかでも、一番高さがあるってよ!!
母上〜っ。 -
「そんなに行きたいなら、あんただけ行ってらっしゃい」
お許しが出たので、荷物をみててもらって、セカセカ登ります。
日本一だけあって、けっこう急な傾斜です! -
到着!
-
「前方後円墳」と「円墳」だと、なにやら「円墳」の方が気持ち手抜きな感じがしますが・・。
登ってみると、ゆったり造られていて、これはこれで良いかな、という気になります。
小さい子なんか大はしゃぎで、端っこに行きたがる我が子を、お父さんが慌てて追っかけていました(笑)。 -
どらどら、端っこはどうなっているのカナ?
一応、安全対策か植え込みがあります。 -
茂みの向こうの眼下には、鉄剣が発掘された稲荷山古墳が見渡せます。
やっぱ高いんだな、ここ。 -
古墳のふもとの祭り会場の賑わいも、いっそう増したようです。
あ〜あ、メインの夜祭りを観たかったなあ〜(泣)!
後ろ髪を引かれまくりです。
しかし、そろそろ帰らなくてはなりません。
階段の下では、母上がイライラしているはず(笑)。
さらば!
さきたま古墳群!! -
「早く帰らなきゃ、夕飯の支度が遅くなっちゃう!
あんたも、早く帰ってお部屋の掃除をしときなさいよ」
「へいへい〜」
「いつまで、お母さんに荷物持たせとくの!」
「あ。バレたか」
説教が始まりそうな雲行きなので、早々にバス停へ向かいます。
さきたま古墳公園を分断する県道行田・蓮田線に、行田駅行きのバス停が、ポツンと立っています。
すでに、何人かが並んでいます。 -
おうっ!
1日に5便か!
こりゃ、1本逃すと結構キツイかも〜。
「お母さん、ソフトクリームが食べたいな〜・・」
道路の向かいにある、みやげ屋の軽食販売コーナーを見詰めて、つぶやく母上。
太るよ。
しかし、観光地で食べるソフトクリームの誘惑に負けて、買い食いしながらバスを待つ、きっちー家。
やがてバスが到着し、行田駅へ向かいます。
行田駅から大宮、そして新宿。
途中から、湘南新宿ラインへ変わるので、帰りはあっという間です。
「埼玉って、あんま見どころが想像つかなかったけど、けっこう色々あるもんだね!」
「そうね〜」
思いがけないほど、広大な規模の古墳群と、吉見百穴のように、いまだ謎に包まれた遺跡・・。
そして、「日本の」と例えられる古代史に深く刻まれた、ユーラシアの足跡。
古代史は、未来へ進めば進むほど、逆に新たな事実が再発見される不思議な世界です。
いつか、目を見張るような風景が見られるのが楽しみです。
そんときはまた、母上と旅をしたいものです。
ねっ!
「あんたを連れてくと、お金かかるから。お母さんは次回はひとりで、釜山へ行きたいわ〜」
母にも、野望があるようです。
まあ、おたがい頑張りやしょう〜! -
『それでもどっこい、生きていた』
これは、経済制裁下のイラクで、困難な日常をしぶとく生きる庶民を表現した、ある本で読んだ言葉です。
すごく好きな言葉なので、「旅行記に使いたいな」とずっと狙っていました(笑)。
(アフガニスタン・イラク・パレスチナといった戦場下にある人たちとは、到底くらべものならないですが)
この旅行記の〆は、当初、日本列島の心臓部に脈々と流れるユーラシア大陸、とくに朝鮮半島の息吹きを書こうと考えていました。
日本という「伝統」や「文化」の枠が、初めからあったわけではなく、表現はおかしいかも知れないですが、「吹き溜まり」のようなカオスから分岐していったもの。
そこに、近代国家によってバッサリ分断する事の出来ない、共通の土壌を見られると思ったからです。
けれどその〆は、たぶん旅行記の中に織り込めたので、ここでの重複を控えます。
最後に、『それでもどっこい、生きていた』の、「生」の意味を、自分の日常へ引き寄せたいと思います。
この旅行記を書きはじめてから、つい先日も。
電車通勤していると、恐ろしいくらい人身事故が多発しています。
すべてが、自殺ではないのでしょうが、3万人を超える人が自殺する社会というのは、やはり追及されてしかるべきだと思います。
自殺は「社会的な死」です。
自殺まで行かせない、セーフティー・ネットの構築が事実上出来ていないと、強く感じます。
もし、自分や家族が病気になったら?
仕事がなくなったら?
病苦であろうと借金であろうと失業であろうと、つまるところ個人では抱えきれない経済問題が、根幹なのでは、と思います。
同じ「事情」でも、お金のある無しが自殺行為を左右するとしたら。
自死を選ばざるえないのは、死を選ぶ人が「弱い」のではなく、「もう立ち直ることができない」とまで追いつめてしまう状態に、異常さがあるのだと思います。 -
自分も特権階級ではないので、家族全員あわせたって遊んで暮らせるような貯蓄はないし。
働かなくては、食えません。
家族の誰か病気になったりして失業したら、こんなノンビリ旅行なんて出来ないでしょう。
「自分も紙一重だなあ・・」
『人身事故』の表示を目にするたびに感じます。
顧みられない命は、哀しい。
だれの人生も重要だし、生きていることは辛いけど、楽しい事もけっこうある。
だから、大昔にこの列島を行き来した人々と同じように、「どっこい生きて」いて欲しいと思います。
権威で飾り立てた、門地や血統を誇る人達が、どこの国にもいます。
けれど、人間が人間であるかぎり、スタートはアフリカ。
庶民も金持ちも、アフリカの少数の集団からスタートして、両親やじーちゃんばーちゃんのずっと先の先までかけて命をつなげて、乗り切って、自分までたどり着いているのです。
どの人にも、すごい確率じゃないかと思います。
命と人生を大事にする/できる、場所である。
そういったスペースを確保できる社会が、必要だなあと強く感じます。
戦場で無い状態が平和とはいえない時代ですが、「どっこい生きていける」世の中に。
人生はよく『旅』にたとえられますが、ならばなるたけ良い旅になることを!
最後に長くなっちゃいましたが、ここまで読んでくださったみなさん、ありがとうございました!
いやなニュースばかりで、気の滅入ることも多いですが、なんとか凌ぎましょう!!
それでは、機会がありましたら、また☆
see you きっちー
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