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「入唐求法巡礼行記」を最初に読んだのは30歳代の前半の頃だったから、もう今からかれこれ30年くらい前のことになる。<br />当時京都、奈良の寺社巡りをしていて、天台宗第3代座主、慈覚大師円仁が珍しくも関東出身の天台座主であり、又最初の大師号を賜ったものだが、次の座主円珍との確執問題、寺門、山門の宗門争いに目が奪われ、この本を読むことも無かった。<br /><br />それから暫らくして、元駐日米国大使、エドウィン・ライシャワーさんが政界に入る前のハーバード大学時代、教授として日本文学、日本史を教えていたが、その時にこの「入唐求法巡礼行記」を英訳したと聞き、改めてこの本に目が行き、読むこととなった。確か最初に司馬遼太郎さんの「街道を往く」か何かの本の中で触れられていたのが、そのきっかけだったと思う。<br /><br />外国の学者が日本の古典を読み、尚且つ英訳して世界に広める。処が、肝心の日本人が読んでいない。これでは全くお恥ずかしい話しで、早速手にはしてみたが、古風な記載と言い回し、古語も多く、余り理解し得ないうちに放着してしまった、と言うのが事実であった。<br /><br />お恥ずかしい話し、この時まで「入唐」を「にゅうとう」と読んでいて、「にっとう」または「じっとう」と読むのはこの時始めて知ったが、大学に6年在籍した割には、授業はさぼってばかりで、殆ど勉強らしい勉強もしてこなかったツケと言うか、レベルの低さを自覚した。<br /><br />今回又新たに、「巡礼行記」を「じゅんれいぎょうき」と読むのか、「じゅんれいこうき」と読むのかの歴史的争論があったことも知ったが、いずれにしてもどちらでも間違いではなく、現代では概ね「こうき」と濁らず読むことに統一されているようである。<br /><br />そのような学者間の論争はさておき、当時、この本がマルコポーロの「東方見聞録」に先駆けること400年、三蔵法師玄奘の「西遊記」に比肩する紀行文であり、当時から世界三大旅行記と位置づけられていたにも拘わらず、この日本に於いては殆ど忘れ去られたような存在であったが、機会があればまたいつか読んで見たい誘惑も持っていた。<br /><br />去年の秋、友人と仙台松島、山形山寺と周遊したが、これは今から300年前、松尾芭蕉が「奥の細道」で歩いた道であり、芭蕉は当時、その先人とする西行法師が500年前に辿った歌枕を訪ねた旅路とも言われているが、僕は旅していて、この二人の先哲の心の中には、言葉には出てこないが、「自覚大師」の想いが常にあったのではないか、と密かに思っていた。事実、東北地方にある名刹、古刹の殆どすべてが円仁さんの創建になるか、再建されたものであり、先哲二人は、これ等の古刹を訪ねることによって、それぞれの名句を後世に残しているのだった。<br /><br />小生この度、中国山西省「五台山」を旅行するに当たり、是非とも読んでおきたい本はこの「入唐求法巡礼行記」であり、陳瞬臣さんの「五台山清涼寺」であった。他にもう一つ付け加えるとすれば、同じ平凡社から出されている「東洋文庫」の「五台山」である。こちらは日比野丈夫先生(京大・東方文化研究所)と、小野勝年先生(龍谷大学)の共著である。<br /><br />尚この「入唐求法巡礼行記」は当時77歳の碩学、足立喜六博士が敗戦からまだ日の浅い昭和22年10月に脱稿されたものであり(最後の書)、その序文に「天気晴朗一点の翳なし」と記されているのを見付けるにつけ、円仁大師同様、人間の精神力の大きさ、年齢を超えた偉大さを改めて感じたものであり、小生既に還暦を過ぎたりとは言え、まだ若輩の思いをもってして読んだのであった。世の多くの中高年に希望と勇気を与えてくれる書でもあるとその時思った。<br /><br />さてその「入唐求法巡礼行記」、今改めて読み返すと面白い。実に面白い。30年前、この面白さがどうして分らなかったのか、不思議でならない。そこでこれからの数日間、実際に中国山西省へ行くまでの数日、この本を読み進めることにより、円仁さんが実体験した1200年前の旅行の大変さ、当時の唐の国の実情、見聞録、など等、素人読みで読んでいきたいと思う。このブログを見ていただいている旅行好きの皆さんと一緒に読んで行きたいとも思っている。<br />舞台の最初は先ず波乱に満ちた博多出航からの幕開けである。<br />

素人読みの「巡礼行記」(1)「入唐求法巡礼行記」

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1950/06/13 - 1960/08/09

17位(同エリア62件中)

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ちゃお

ちゃおさん

「入唐求法巡礼行記」を最初に読んだのは30歳代の前半の頃だったから、もう今からかれこれ30年くらい前のことになる。
当時京都、奈良の寺社巡りをしていて、天台宗第3代座主、慈覚大師円仁が珍しくも関東出身の天台座主であり、又最初の大師号を賜ったものだが、次の座主円珍との確執問題、寺門、山門の宗門争いに目が奪われ、この本を読むことも無かった。

それから暫らくして、元駐日米国大使、エドウィン・ライシャワーさんが政界に入る前のハーバード大学時代、教授として日本文学、日本史を教えていたが、その時にこの「入唐求法巡礼行記」を英訳したと聞き、改めてこの本に目が行き、読むこととなった。確か最初に司馬遼太郎さんの「街道を往く」か何かの本の中で触れられていたのが、そのきっかけだったと思う。

外国の学者が日本の古典を読み、尚且つ英訳して世界に広める。処が、肝心の日本人が読んでいない。これでは全くお恥ずかしい話しで、早速手にはしてみたが、古風な記載と言い回し、古語も多く、余り理解し得ないうちに放着してしまった、と言うのが事実であった。

お恥ずかしい話し、この時まで「入唐」を「にゅうとう」と読んでいて、「にっとう」または「じっとう」と読むのはこの時始めて知ったが、大学に6年在籍した割には、授業はさぼってばかりで、殆ど勉強らしい勉強もしてこなかったツケと言うか、レベルの低さを自覚した。

今回又新たに、「巡礼行記」を「じゅんれいぎょうき」と読むのか、「じゅんれいこうき」と読むのかの歴史的争論があったことも知ったが、いずれにしてもどちらでも間違いではなく、現代では概ね「こうき」と濁らず読むことに統一されているようである。

そのような学者間の論争はさておき、当時、この本がマルコポーロの「東方見聞録」に先駆けること400年、三蔵法師玄奘の「西遊記」に比肩する紀行文であり、当時から世界三大旅行記と位置づけられていたにも拘わらず、この日本に於いては殆ど忘れ去られたような存在であったが、機会があればまたいつか読んで見たい誘惑も持っていた。

去年の秋、友人と仙台松島、山形山寺と周遊したが、これは今から300年前、松尾芭蕉が「奥の細道」で歩いた道であり、芭蕉は当時、その先人とする西行法師が500年前に辿った歌枕を訪ねた旅路とも言われているが、僕は旅していて、この二人の先哲の心の中には、言葉には出てこないが、「自覚大師」の想いが常にあったのではないか、と密かに思っていた。事実、東北地方にある名刹、古刹の殆どすべてが円仁さんの創建になるか、再建されたものであり、先哲二人は、これ等の古刹を訪ねることによって、それぞれの名句を後世に残しているのだった。

小生この度、中国山西省「五台山」を旅行するに当たり、是非とも読んでおきたい本はこの「入唐求法巡礼行記」であり、陳瞬臣さんの「五台山清涼寺」であった。他にもう一つ付け加えるとすれば、同じ平凡社から出されている「東洋文庫」の「五台山」である。こちらは日比野丈夫先生(京大・東方文化研究所)と、小野勝年先生(龍谷大学)の共著である。

尚この「入唐求法巡礼行記」は当時77歳の碩学、足立喜六博士が敗戦からまだ日の浅い昭和22年10月に脱稿されたものであり(最後の書)、その序文に「天気晴朗一点の翳なし」と記されているのを見付けるにつけ、円仁大師同様、人間の精神力の大きさ、年齢を超えた偉大さを改めて感じたものであり、小生既に還暦を過ぎたりとは言え、まだ若輩の思いをもってして読んだのであった。世の多くの中高年に希望と勇気を与えてくれる書でもあるとその時思った。

さてその「入唐求法巡礼行記」、今改めて読み返すと面白い。実に面白い。30年前、この面白さがどうして分らなかったのか、不思議でならない。そこでこれからの数日間、実際に中国山西省へ行くまでの数日、この本を読み進めることにより、円仁さんが実体験した1200年前の旅行の大変さ、当時の唐の国の実情、見聞録、など等、素人読みで読んでいきたいと思う。このブログを見ていただいている旅行好きの皆さんと一緒に読んで行きたいとも思っている。
舞台の最初は先ず波乱に満ちた博多出航からの幕開けである。

  • 小金井図書館から借りてきた平凡社・東洋文庫の「入唐求法巡礼行記」及び「五台山」。それに毎日新聞社から出されている「五台山清涼寺」。

    小金井図書館から借りてきた平凡社・東洋文庫の「入唐求法巡礼行記」及び「五台山」。それに毎日新聞社から出されている「五台山清涼寺」。

  • 円仁著「入唐求法巡礼行記」は昭和22年、敗戦直後の大変な中、足立喜六博士により訳注されたものである。

    円仁著「入唐求法巡礼行記」は昭和22年、敗戦直後の大変な中、足立喜六博士により訳注されたものである。

  • 足立博士のこの序文「警報の警戒下印字機を操り、疎開の車上に原稿を繰りたる過去を回想しつつ、今ここに77歳の秋を送って不文の老筆を断つ。こいねがわくは、霊聖の冥護に頼り、大師求法の真績を後艮に顕揚せんことを。」<br />「時に昭和二十有二年十月八日<br />天気晴朗一点の翳なし」<br /><br />の記述は読む者の感動を呼ぶ。

    足立博士のこの序文「警報の警戒下印字機を操り、疎開の車上に原稿を繰りたる過去を回想しつつ、今ここに77歳の秋を送って不文の老筆を断つ。こいねがわくは、霊聖の冥護に頼り、大師求法の真績を後艮に顕揚せんことを。」
    「時に昭和二十有二年十月八日
    天気晴朗一点の翳なし」

    の記述は読む者の感動を呼ぶ。

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