2009/06/19 - 2009/06/21
253位(同エリア532件中)
熱帯魚さん
なんと往復税込み400元という激安航空券を発見し、
青島旅行に行くことになりました。
1日目、23時50分の便で青島に出発する予定が、
悪天候で午前1時近くの出発になってしまいました。
4時に青島のホテルに到着し、寝たのは5時。
…と初めから大変な旅でしたが、2、3日目は
ドイツ風の街並みや海岸沿いを散歩したり、
道端で青島ビールを飲んでみたり、
すっかりリラックスモード。
楽しい青島旅行となりました。
【旅の日程】
1日目:23:50発の上海発青島行きの飛行機が遅れ、午前2時半青島の空港に到着。眠りにつけたのは5時…
2日目:ドイツ風の街並み(天主教堂、青島駅、基督教堂、青島ドイツ監獄跡博物館)散歩。八大関を抜けて、夕暮れのビーチへ。海岸線を散歩。
3日目:青島ビール博物館、迎賓館、花石楼を見学。21:50発の青島発上海行きで上海に戻る。
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
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散歩をしていた時に、偶然「青島徳国監獄旧址」という標示を発見して、中に入ってみることにしました。
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◎ 青島徳国監獄旧址(「仁」字監房)
1900年に建てられ、ドイツが青島を占領した時期は主に非中国籍犯人を収容する監獄でした。建築面積は1416.33?、監房は22室。1935年、「仁」字監房と命名されました。
1938年、日本軍に占拠され、地下室に水牢獄が設置されました。日本が降伏し終戦を迎えると、日本人戦犯が収容されました。 -
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ドイツが使用していた頃の監房の様子。
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反軍閥、反日本帝国主義を唱え、投獄された李慰農と胡信之。
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ドイツ監獄典長の事務所。
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ドイツ青島監獄指紋ファイル室。この頃からすでに指紋認証の技術があったようです。指紋情報は犯罪記録とともにここに保管されました。
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次に水牢獄のある地下室へ。
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水牢獄
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ここに収容された人々は、足が汚水に浸った状態で過ごさなければなりませんでした。
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監獄の外観
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この場所、以前浴室として使われていた…とかかれていました。
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ポリスボックス
1970年に建てられました。監獄警察が、囚人の戸外での活動を監視するのに使用されました。 -
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監獄の建物外観
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敷地内には、日本軍のトーチカも残っていますが、すでにこんな状態に…
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海岸沿いを歩いていたら軍艦らしきものを発見。この先には海軍博物館がありました。
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バスに乗って八大関までやってきました。
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金門島でよく見かける尾っぽのながーい鳥がいました。
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蒋介石の別荘だった花石楼。
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花石楼の前は海が広がっています。
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花嫁さんが写真を撮っていました。
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皆さん何か一生懸命に拾っていました。
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夕暮れのビーチ
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激しい波
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釣りをしている人もちらほら。
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日が暮れた後、海沿いの道を散歩しました。
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