2009/06/13 - 2009/06/14
154位(同エリア321件中)
熱帯魚さん
4月に大連に行って、東北のレトロな街並みが気に入ってしまい、
戻ってきてすぐに瀋陽行きの航空券を予約してしまいました。
2日目は宿泊したホテル、遼寧賓館(旧奉天大和ホテル)内を探検、
バスで清昭陵(北陵)に行き見学したあと、
今度はタクシーにのって張氏帥府博物館に向かいました。
張氏帥府博物館は、張作霖とその息子張学良の官邸兼私邸だった場所。
広大な敷地内に、中国風建築と洋風建築が建っています。
【旅のスケジュール】
1日目:上海浦東7:30発の春秋航空9C8839便で瀋陽へ。
瀋陽には9時半頃到着。空港バスで市内へ。
荷物をホテルに置き、韓国料理のお昼ご飯。
バスで清福陵、瀋陽故宮を見学しに行く。
夜は1人でホテル周辺の夜景を見に行く。
2日目:朝はホテル内探検。
チェックアウト後、バスとタクシーで清昭陵、張氏帥府博物館へ。
思いのほか見学に時間がかかり、空港バスで空港に行くのは断念。
タクシーで空港へ。
瀋陽16:45発の春秋航空9C8864便で上海浦東へ。
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
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◎ 張氏帥府博物館
張学良像が入り口にたっていました。 -
縁起が良さそうな文字が壁に埋め込まれてました。
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その壁の向かい側が門。1914年創建の張氏帥府。なんとその広さは5.3万?だそうで。
張作霖・張学良親子は一体どんな家に住んでいたんだろう?
と想像しながら門をくぐります。 -
1920年代に張氏帥府で使われていたという馬車。子弟の学校の見送りに使われていたそうです。
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承転所
ここには以前文職承転官と武職承転官がここに配置されていました。文職や武職官員らは訪問の際、ここの許可を取って初めて張作霖に会うことができたそうです。 -
それにしても本物の人間みたいです。
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張作霖とその家族というテーマの展示がありました。
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張作霖の写真や文書が展示されていました。
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軍閥の資料もありました。
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張作霖が皇帝から賜わったもの。
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遺物として朝鮮都督府に所蔵されていた帽子。
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三進四合院という伝統的建築様式で、奥行きが随分ありました。
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まだまだ奥まで続いています。
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1928年6月4日、張作霖は関東軍によって暗殺されました(奉天事件)。その際、関東軍によって撮影された写真が展示されていました。
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こちらの展示は、張作霖の息子、張学良について。
「医者になりたくて、軍人になんてなろうなんて思ってもみなかった」
といったようなことが書かれたメモがあったのが印象的です。写真に撮るのを忘れてしまいましたが… -
周恩来と秘密裏に会見し、国共内戦を停戦させ、抗日に向けてともに戦うことを決意した、というシーンを再現。
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張学良の功績を再現したVTRや張学良自身のインタビューVTRが流されていて、興味深かったです。
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中国様式の建築を見終え、洋館の方にやってきました。
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おぉ〜あの建物が大青楼では!!!
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大青楼
張作霖、張学良親子2代に渡り、官邸、住宅として使われていた重要な建物でした。
1818年から1822年の間に創建。総面積は2460?。地上3階、地下1階、高さが37mで、当時の奉天市内で最も高い建物のひとつでした。 -
大青楼の平面図です。
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大青楼の中は写真撮影禁止なので、2階からの眺めを撮影してみました。
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大青楼。中は本当に豪華でした。張親子の贅沢な暮らしぶりがうかがえました。
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小青楼
こちらは1918年、張作霖が第五夫人壽氏のために建てました。1階の西側が客間、東側が寝室でした。
壽夫人は張作霖と1917年に結婚、4人の息子(学森、学俊、学英、学銓)をもうけました。
1928年、張作霖が奉天事件で重体になった際、ここに運ばれ、この場所で亡くなったそうです。 -
小青楼を後側から。
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敷地の一番左奥にある、関帝廟。
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五間房跡
五間房は張氏帥府の東大門に隣接していた建物です。張作霖時代には、使用人たちが住んでいました。
張作霖が奉天事件で亡くなってから、遺体がここに安置されていました。918事変の後、日本軍が張氏帥府を占領しましたが、その間、不明の病で軍人が死亡する事件が後を絶たず、幽霊の仕業とささやかれるようになりました。そのためお棺は珠林寺に安置されました。
1934年以降、日本軍によって五間房は破壊されたそうです。 -
◎ 趙一萩故居
張学良の妻だった趙一萩の故居です。小さいながらも、素敵な洋館でした。中には日本製のピアノもありました。
そういえば、遼寧賓館のロビーにあったピアノ(スタンウェイ)も、彼女が演奏したことのあるピアノだと注意書きが書かれていました。 -
◎ 瀋陽金融博物館(旧 邊業銀行)
邊業銀行は、民国時代、張作霖・張学良親子が設立した銀行だそうです。1930年、ドイツの建築家によって建てられました。 -
建物1階はなんと当時の銀行内の様子が再現されていました。しかも、リアルな人形つきで!
警備員のお兄さんに聞いたら、写真を撮ってもよいということだったので写真撮りました。館内のほかの場所は写真撮影禁止です。 -
とりあえずお客さんになりきってみました。
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相棒も真似してお客さんになりきってます。ウォーリーを探せみたくなってきました。
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ここにはいませんよ、さすがに…
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とにかく大きな建物で、2階や3階、地下までありました。地下は金庫、1階の奥は事務所だった場所、そして2階と3階は中国の東北地方にあった銀行を紹介、お金についての紹介などなど。最後偽札の見分け方パネルまであって面白かったです。(写真撮影不可のため写真はありません)
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やや駆け足で金融博物館の見学を終えて、金融博物館の裏にある洋館を写真におさめました。
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なぜかとても気になる建物だったのですが、一体以前は何に使われていたのかかかれていなかったのでわかりません…
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再びタクシーに乗り、荷物をとりにホテルに戻りました。そしてそのまま空港へ。空港へ向かう途中、タクシーの運転手のオバちゃんが瀋陽の満州時代の建築について色々教えてくれました。(ただし相手はこちらが日本人と気がついていなかったので、「小日本」とか言われまくってましたが…汗)
空港に到着して中に入るまで青空がのぞいていたのに、チェックインを済ませて外を見たら大雨になっていました。今思えば、お天気にとても恵まれた週末旅行でした。
2日間では見切れなかった場所が沢山あり、また安いチケットが手に入ったら瀋陽に遊びに行きたいと思っています。
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