1962/08 - 1962/08
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kojikojiさん
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昭和36年に生まれて、昭和37年の8月に成田山新勝寺へ行ったのが初めての旅だったようです。これ以降は旅好きだった父に連れられて、2歳でスキーを始め、4歳の富士登山を皮切りに北アルプスや南アルプスの名峰をいくつも登ることになりました。小学生のころには国鉄の時刻表とガイドブックを元に旅のスケジュールの作り方をレクチャーされ、その習慣は一生変えることが出来なくなりました。
コロナ禍で古い写真をフォロショップで修正する時間が出来たので、写真の差し替えと新たに発見されたネガをスキャンすることができました。
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- その他
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昭和30年代の国鉄は空調設備があっても扇風機程度で、夏は非常に暑かったです。そんな移動が当たり前だったころです。写真を見る限りかなり新型の車両のように見えます。
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国鉄も私鉄も駅の看板はどこもこんな感じでしたね。ペンキが剥げると駅員さんが塗り替えていたのを思い出します。手書きの文字を見ていると東京の「京」と成田の「成」に由来するのだろうことが想像できます。
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成田山新勝寺に到着です。海外旅行に行くようになって京成スカイライナーには何度もお世話になっていますが、これ以降一度も成田山にお参りしたことはありません。仁王門の左右に密迹金剛、那羅延金剛の二尊が奉安され、昔から成田山の門を守っています。裏仏として広目天と多聞天の二天が奉安されています。中央の「魚がし」の文字が大きく目立つ大提灯は、魚河岸講の奉納によるものだそうです。
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生まれて10ヶ月位で歩いていたので足元はしっかりしています。誕生日には一升餅を背中に担いですたすた歩いていた写真が残っています。
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母は京都から結婚を機に東京へ出てきて2年目、まだ26歳だったころです。こうやって抱っこされていた夢のような時代です。
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流石に1歳では記憶は全く残っていません。
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そして生まれて始めての鳩を見たのだと思います。自分の身長の半分くらいの大きさの巨大な鳥なので、ビビっているのが分かります。
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こんな親子も母84歳、息子59歳、その後57歳の次男と54歳の三男にも恵まれ幸せな人生だったのではないでしょうか。
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父が亡くなった後も母と我々夫婦での旅は続き、九州や沖縄、四国周遊に佐渡島といろいろな所へ行けました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- botaさん 2010/10/09 21:47:31
- ネガから
- kojikojiさん はじめまして、
すごい事やってますね、プリントからでなくフィルムスキャンですか。
お父様、かなり写真に凝っていて、プリントの調子見ると、ご自分でプリントまでしていたのではと思い拝見しました。ネガスキャンと言う事で、プリントの汚れ、納得しました。アルバムを開きながらスキャンするのに比べ、ネガスキャン大変でしょ、kojikojiさんお父様より凝り性だったリして、ざっと見させてもらいましたが、この後ゆっくり見させてもらいます。
bota
- kojikojiさん からの返信 2010/10/10 00:11:00
- RE: ネガから
- > botaさん
写真を見ていただいてありがとうございます。
写真を残してくれた父には感謝していますが、一度スキャンした写真をPC経由でテレビ画面で見せてからは毎月のように次々見せなければならず大変でした。ネガフィルムを1枚1枚スキャンするのは本当に大変です。
まだ終わっていないものも沢山あるのですが少し休んでいます。
その中の家族旅行の部分を旅行記としてアップしていますが以外に
いろいろな方からお便りをいただいたりして面白く思いますし作業の
励みにもなります。
今後も時間を見つけては増やしていきたいと思いますので機会がありましたらお立ち寄りください。
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