2005/09/14 - 2005/09/30
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バリっ子さん
忘れられない出会いがある。4年前の夏、生後半年の娘と共に渡ったバリ島。初めて彼と会ったのは、当時のバリヒルトンのロビーだった。2年ぶりに再会した友人ジリングの背中で全身が隠れるほどの背丈しか無かった彼は、物色するように怯えた目つきで私を見ていた。
クルンクルン県の田舎から職を求めてヌサドゥアへ出てきた彼は、見習中のタクシードライバーだった。約2週間の滞在中、半分近くの日数を彼と過ごした。最初は見知らぬ外国人に警戒してか、緊張感からか強張っていた表情は日を追うごとに柔らかくなった。やがては大声を上げて笑うまでに気の置けない仲になった。
印象に残っているのは、日本料理店で寿司を一緒に食べた時のこと。初めて食す日本の味に悪戦苦闘しながらも「エナ、エナ(美味しい)!」とジリングと肩を叩き合って大笑いしながら食べていた。あの時の声が今も耳に残っている。
炎天下のGWKカルチュアルパーク、クタテロ慰霊碑で捧げた祈り、クタビーチの夕景、サヌール・マッシモのイタリアン料理、ヌサドウアフェスティバルの観劇等々彼と過ごした時間は懐かしく尊い。
いつも私達の娘を抱きながら、後から着いて来ていた。振り返ると娘の顔を愛しそうに見入っては何度もキッスをしていた。
彼には田舎に残して来た3人の子供が居た。我が子と重なるのか、私たちの娘を心から大切に扱ってくれた。
殆どの会話が片言の英語と身振り手振りであったが、心が通うのに言葉は要らなかった。最終日、ホテルの車寄せで別れる際、目を真っ赤に潤ませて娘を指して云った「she is my daughter!」の言葉が最後となった。
それから暫くして彼はタクシードライバーの職を得られず、東ティモールへ単身出稼ぎに出た。「成功すればリッチマンになって帰ってくる」とジリングは云ったが、2007年の春、彼は30年の短い人生の幕を閉じた。交通事故だった。誰も助けてくれなかった。むしろ彼を死に至らしめた。その背景には同じインドネシアでも他島で働く異なる異教徒への偏見や差別があったと聞く。2007年12月の渡バリでその事実を知らされた。
最愛の家族を残し天国に旅立った彼の無念さが痛いほど私の心に突き刺る。
墓参を望んだが、幼子を連れての墓参りには現地の友人達の同意が得られなかった。心を残したまま帰国した。
次の渡バリの際は、彼の墓前に必ずチャナンと線香を手向けよう。
あの時、君が抱いていた乳飲み子は、今年幼稚園に入園した。
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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