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翌日、バスでエヴォラに移動した。世界遺産の街並みを見物して、その後リスボンまて行く作戦である。<br />泊まったホテルの真横がバスターミナルになっているので、迷う心配もない。<br />が、やってきたバスは、フロントガラスに、一直線に、キッパリと、誰が見てもわかる「ヒビ」が入っていた。<br />つまり、ちょっとやそっとのヒビではないのである。<br />左上から右下へ、ツツツーと、見事に亀裂が走っている。日本では、絶対絶対、ぜったい、ありえない。そもそも、車検を通らん。<br />しかし、運転手および乗客は、平然とバスに乗り込むのであった。<br /><br />「これって大丈夫なの」<br /><br />配偶者が、さすがに不安げに言う。<br /><br />「うーむ」<br /><br />鯨はしばし黙考し、配偶者の不安を取り除いてやることにした。<br /><br />「ブラック・ジャックも顔にキズはあるが、名医だ」<br /><br />・・・ちっとも不安は取り除かれないのだった。<br /><br />8:30、ファーロ発。<br />わが「ブラック・ジャック号」は、南部・丘陵地帯を快調に走った。ガラスが割れる気配はない。<br />バスも人間も、見た目で判断してはいけない。<br />ちなみに、鯨も配偶者も、見た目で相手を選んでいないのである。<br /><br />コルクの疎林を抜け、12:30、エヴォラに到着。<br />ちなみにコルクはポルトガルの特産品で、世界シェア70%を占める。<br />ベニヤみたいに、加工・圧縮して作るのではなく、もともとああいう材質なのである。<br />収穫というのは、切り倒すのではなく、樹皮をベリベリ剥ぐ。もちろん、樹皮は再生する。つまり、何年かのサイクルで、コルクは赤裸になる運命ではある。<br />羊の毛を刈るようなものかもしれない。<br /><br />バスターミナルからタクシーで駅まで移動し、当日夕方発、リスボン行き特急のキップを確保した。<br />なにはともあれ、当日移動なので、荷物をどこかに預けなくてはいけない。<br />そのうえハラも減ってきたので、駅の食堂に入った。<br />カウンターとテーブルが4つの小さなカフェだ。<br />ヒゲのオヤジと、若い兄ちゃんが、ふたりでやっている店だ。<br /><br />「ヒョエー、東洋人が来たぁ、こりゃー珍しい」<br /><br />オヤジが、鯨たちを見て(多分こんなことを)言った。<br />鯨は、何しろポルトガル語をひとことも解さないので、イラスト・手ぶり身振り・カタコト英語を総動員して、交渉した。<br /><br />「オヤジ、これから市内見物するんだけどさ、ここで荷物預かってくれない?」<br /><br />「ウチはそういうのやってないんだよ」<br /><br />「なんとか頼むよ。夕方の特急でリスボンに行きたいんだ」<br /><br />「ウーン・・・じゃあ、何か注文してくれよ、だったら預かってやるぜ」<br /><br />「もちろんさ、恩にきるぜ」<br /><br />エヴォラは、学生の多い、落ち着いた、小さな町だった(旧市街の真ん中に、大学がある)。<br />が、小さいなりに、ここでも二人は道に迷った。<br />ほとんど恒例であって、道に迷うために来たような旅行である。<br />地図があろうと、「地球の歩き方」があろうと、道路標識が出ていようと、迷うときは迷うのだ。<br />ただ、学生に道を尋ねると、彼らは(一応)英語で答えてくれた。<br />旅人にはやさしい町なのであった。<br /><br />18:44発、リスボン行き特急に間に合うように、駅に戻った。<br />食堂のオヤジは「やあ、待ってたぜ」と言いながら、荷物を持ってきてくれた。<br /><br />「オブリゲーテ」<br /><br />おぼえたてのポルトガル語で、鯨はいった。<br /><br />「これ、少ないけど、とっとていくれよ。預け賃」<br /><br />といって、5ユーロを差しだした。<br />オヤジは、ちらっとそれを見て、そこだけは英語で<br /><br />「ノー!」<br /><br />といって、両手を振った。<br /><br />「あんたたちはオレの客じゃないか。カネなんて受け取れるかよ」<br /><br />

ファーロからエヴォラ経由、リスボン行き

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2007/05/13 - 2007/05/13

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鯨の味噌汁

鯨の味噌汁さん

翌日、バスでエヴォラに移動した。世界遺産の街並みを見物して、その後リスボンまて行く作戦である。
泊まったホテルの真横がバスターミナルになっているので、迷う心配もない。
が、やってきたバスは、フロントガラスに、一直線に、キッパリと、誰が見てもわかる「ヒビ」が入っていた。
つまり、ちょっとやそっとのヒビではないのである。
左上から右下へ、ツツツーと、見事に亀裂が走っている。日本では、絶対絶対、ぜったい、ありえない。そもそも、車検を通らん。
しかし、運転手および乗客は、平然とバスに乗り込むのであった。

「これって大丈夫なの」

配偶者が、さすがに不安げに言う。

「うーむ」

鯨はしばし黙考し、配偶者の不安を取り除いてやることにした。

「ブラック・ジャックも顔にキズはあるが、名医だ」

・・・ちっとも不安は取り除かれないのだった。

8:30、ファーロ発。
わが「ブラック・ジャック号」は、南部・丘陵地帯を快調に走った。ガラスが割れる気配はない。
バスも人間も、見た目で判断してはいけない。
ちなみに、鯨も配偶者も、見た目で相手を選んでいないのである。

コルクの疎林を抜け、12:30、エヴォラに到着。
ちなみにコルクはポルトガルの特産品で、世界シェア70%を占める。
ベニヤみたいに、加工・圧縮して作るのではなく、もともとああいう材質なのである。
収穫というのは、切り倒すのではなく、樹皮をベリベリ剥ぐ。もちろん、樹皮は再生する。つまり、何年かのサイクルで、コルクは赤裸になる運命ではある。
羊の毛を刈るようなものかもしれない。

バスターミナルからタクシーで駅まで移動し、当日夕方発、リスボン行き特急のキップを確保した。
なにはともあれ、当日移動なので、荷物をどこかに預けなくてはいけない。
そのうえハラも減ってきたので、駅の食堂に入った。
カウンターとテーブルが4つの小さなカフェだ。
ヒゲのオヤジと、若い兄ちゃんが、ふたりでやっている店だ。

「ヒョエー、東洋人が来たぁ、こりゃー珍しい」

オヤジが、鯨たちを見て(多分こんなことを)言った。
鯨は、何しろポルトガル語をひとことも解さないので、イラスト・手ぶり身振り・カタコト英語を総動員して、交渉した。

「オヤジ、これから市内見物するんだけどさ、ここで荷物預かってくれない?」

「ウチはそういうのやってないんだよ」

「なんとか頼むよ。夕方の特急でリスボンに行きたいんだ」

「ウーン・・・じゃあ、何か注文してくれよ、だったら預かってやるぜ」

「もちろんさ、恩にきるぜ」

エヴォラは、学生の多い、落ち着いた、小さな町だった(旧市街の真ん中に、大学がある)。
が、小さいなりに、ここでも二人は道に迷った。
ほとんど恒例であって、道に迷うために来たような旅行である。
地図があろうと、「地球の歩き方」があろうと、道路標識が出ていようと、迷うときは迷うのだ。
ただ、学生に道を尋ねると、彼らは(一応)英語で答えてくれた。
旅人にはやさしい町なのであった。

18:44発、リスボン行き特急に間に合うように、駅に戻った。
食堂のオヤジは「やあ、待ってたぜ」と言いながら、荷物を持ってきてくれた。

「オブリゲーテ」

おぼえたてのポルトガル語で、鯨はいった。

「これ、少ないけど、とっとていくれよ。預け賃」

といって、5ユーロを差しだした。
オヤジは、ちらっとそれを見て、そこだけは英語で

「ノー!」

といって、両手を振った。

「あんたたちはオレの客じゃないか。カネなんて受け取れるかよ」

同行者
カップル・夫婦
交通手段
鉄道 高速・路線バス
航空会社
ANA
  • 平日のリスボン行き特急は、ガラガラだった。<br />少し日の傾いたコルク林の中を、ひたすら走った。<br />鯨は、この路線で、楽しみにしていた風景がある。<br />リスボンに入る前、列車は、テージョ川河口にかかる「4月25日橋」を渡るのだ。<br />時刻を見ると、ちょうど夕刻、日没に近い時間である。<br />全長2.2キロ。橋を渡ると、リスボンに入る。<br />それはそれは、絶景のはずである。<br /><br />鯨は、配偶者にもそのことを告げ、心待ちにしていた。<br />しかし、あにはからんや。<br />歩き疲れが出てしまい、少しの間、ウトウトした。<br />鉄路の音が変わったので、目が覚めた。<br />列車は、ちょうど、4月25日橋を、通り過ぎたところだった。<br />橋が終わって、リスボンの町並みが、始まっていた。<br />お楽しみは、彼方に去ったのである。<br /><br />「ひぇーーーーー」<br /><br />鯨は隣で、のんびりキャンディなどを舐めている、配偶者に詰め寄った。<br /><br />「なんで起こしてくれなかったんだ!」<br /><br />「まだ、リスボンじゃないでしょ」<br /><br />「これがリスボン!ここはリスボン! いまのが、4月25日橋!」<br /><br />「あら、そうだったの」<br /><br />配偶者は、残念そうに言うのだった。<br /><br />「だったら、教えてくれればよかったのに」<br /><br />いや、ワシ、寝てたんですけど。

    平日のリスボン行き特急は、ガラガラだった。
    少し日の傾いたコルク林の中を、ひたすら走った。
    鯨は、この路線で、楽しみにしていた風景がある。
    リスボンに入る前、列車は、テージョ川河口にかかる「4月25日橋」を渡るのだ。
    時刻を見ると、ちょうど夕刻、日没に近い時間である。
    全長2.2キロ。橋を渡ると、リスボンに入る。
    それはそれは、絶景のはずである。

    鯨は、配偶者にもそのことを告げ、心待ちにしていた。
    しかし、あにはからんや。
    歩き疲れが出てしまい、少しの間、ウトウトした。
    鉄路の音が変わったので、目が覚めた。
    列車は、ちょうど、4月25日橋を、通り過ぎたところだった。
    橋が終わって、リスボンの町並みが、始まっていた。
    お楽しみは、彼方に去ったのである。

    「ひぇーーーーー」

    鯨は隣で、のんびりキャンディなどを舐めている、配偶者に詰め寄った。

    「なんで起こしてくれなかったんだ!」

    「まだ、リスボンじゃないでしょ」

    「これがリスボン!ここはリスボン! いまのが、4月25日橋!」

    「あら、そうだったの」

    配偶者は、残念そうに言うのだった。

    「だったら、教えてくれればよかったのに」

    いや、ワシ、寝てたんですけど。

  • リスボンでは、三日間を過ごした。<br />当初、旅の予定を立てるとき、<br /><br />「多分おそらく。リスボンへたどりつく頃には、ヘロヘロのバテバテになっているであろう」<br /><br />・・・予想通りだった。<br /><br />「二人ともいいトシであるから、遠出をしようという体力は、もはや残っていないだろう」<br /><br />・・・これも、予想通りだった。<br /><br />「であるから、せいぜい日帰りで近場を見物して、三日間を過ごすことになろう」<br /><br />・・・こういう予想だけは、ホントにドンピシャリ、当たるのだった。<br /><br />というわけで、リスポンの三日間は、ゆっくり起きて、行き先を適当に決めて、たらたらと移動した。<br />何しろ、ホテルが決まっているから安心なのである。<br />迷ったら、タクシーに乗ってホテルの名前を言えばよい。<br />リスボンは小さな町なので、タクシーに乗っても、何ほどのこともない。<br />

    リスボンでは、三日間を過ごした。
    当初、旅の予定を立てるとき、

    「多分おそらく。リスボンへたどりつく頃には、ヘロヘロのバテバテになっているであろう」

    ・・・予想通りだった。

    「二人ともいいトシであるから、遠出をしようという体力は、もはや残っていないだろう」

    ・・・これも、予想通りだった。

    「であるから、せいぜい日帰りで近場を見物して、三日間を過ごすことになろう」

    ・・・こういう予想だけは、ホントにドンピシャリ、当たるのだった。

    というわけで、リスポンの三日間は、ゆっくり起きて、行き先を適当に決めて、たらたらと移動した。
    何しろ、ホテルが決まっているから安心なのである。
    迷ったら、タクシーに乗ってホテルの名前を言えばよい。
    リスボンは小さな町なので、タクシーに乗っても、何ほどのこともない。

  • とはいえ、当初より、行くと決めていた場所はあった。<br />欧州最西端、ロカ岬だ。<br />リスボンから、郊外へ電車とバスを乗り継いで、1時間ほどの行程になる。<br />シントラまでは国鉄だ。国鉄は乗る方向さえ間違わなければ、たいていシントラが終点なのである。中央線の高尾みたいなものだ。<br />シントラの駅を降りると、ががたる山塊が、駅の前方に広がる。<br />ホントに<br />「たかお〜、たかお〜、終点でございます」<br />の風情である。<br />山頂には城閣があり、これまた、世界遺産になっている。そこへ行くバスも、ちゃんと出ているのである。<br />うーん、またしても世界遺産。<br />目の前に世界遺産、と聞くと、つい、見なくてはソン、という気持ちになってしまう。<br />300円のクーポン券があるから、近所にできた回転寿司に行かねば、という心境に似ている(似ていないかもしれない)。<br />コンドームがタンスの底にひとつ余っているのを発見したので、今夜はナニはともあれがんばってみようか、という心境にも似ている(似ていないかもしれない)。<br />配偶者と鯨は、顔を見合わせる。<br />モンサンミッシェル・トレド・グラナダ・エヴォラと、城閣を巡ってきたので、お城については、ふたりとも「おなかいっぱい」になっているのである。<br />すでにして、ドレがナニだったか、実はよく覚えていない。<br />旅の途中にしてそうであるから、終わっちまったら、みんなごっちゃになること、火を見るよりも明らかである。<br />一升マスには一升しか、入らないのである。<br />「・・・やめとこか」<br />鯨は、山頂の城壁を、はるかに眺めながら言った。<br />「・・・そうしましょう」<br />配偶者も同意した。<br />お城は、あくまでいかめしく、山頂で午前の光を浴びていた。<br /><br /><br />シントラからは、カスカイス行きの路線バスに乗り継ぐ。<br />この路線バスは、観光客向けではない。ロカ岬は終点ではなく、バス停のひとつなのである。<br />であるから、バックパッカーも乗ってこない。みんな、地元のおじいちゃん、おばあちゃんが乗り降りする。病院帰りのお年寄りなんぞが多い。坂道の商店街、それから住宅街を、ゆるいカーブを繰り返しながら抜けていく。<br />やがて郊外に差し掛かる。学校帰りらしい少年たちが降りていく。街へ買い物に行くお母さんが乗ってくる。で、<br />「あーら、マリアさん、久しぶりじゃない、どうしたのこんな時間に」<br />「主人が痛風でさ、カスカイスの病院にクスリもらいに行くとこ」<br />「ソウナンダ、ウチのも役に立たなくてねぇ」<br />なーんて会話を、車内でわいわいやっている。<br /><br />ムラの一角を通り過ぎたとき、移動販売車を見つけた。<br />小さな村の小さな広場で、その移動販売車は、スカートとか、パンティストッキングとか、靴下なんぞを売っているのだった。おばちゃんたちが、その品定めをしている。<br />鯨のふるさと、ディープ・サウス・エチゴにおいて、10年以上前に滅んだ商売が、まだ生息しているのである。これはつまり、ポルトガルにはジャスコ・イトーヨーカ堂・ベイシアなどの郊外型ショッピングモールが、いまだ進出していない、ということを意味する(ロカ岬周辺だけかもしれないが)。<br /><br />バス路線のあまりのローカル色に、何しろ{乗り間違え}については、堂々たる前科があるので、イヤな予感が走り、となりの席のおばちゃんに、<br /><br />「ロカ?」<br /><br />と前方を指して聞くと、大丈夫だ、とニッコリされた。<br />途中でそのおばちゃんは降りて行ったが、バスの降り口で振り返り、指を三本立てて、<br />「みっつめだよ」<br />と教えてくれた。<br />「オブリゲーテ」<br />というと、おばちゃんだけでなく、周囲の方々が、みんな、うんうんと優しく頷くのだった。<br />ポルトガルの人たちは、なんだかやさしくて、あったかいのだった。<br />ロカ岬は世界的観光地だが、その周辺はポルトガルのイナカなのである。<br />これは、モンサンミッシェルでも感じた。<br />個人旅行をしていると、観光地にたどりつく前に、その周辺で、生活人の表情を、ある程度見ることができる。<br />観光は、風景や建物を見に行くだけではない。人の顔を見に行く、ということでもあると思う。<br /><br /><br />さて、ロカ岬である。<br />鯨的には、ここが、今回の旅の最終目的地、ということになっている。<br />というよりは、ユーラシアを旅するものが、西へ西へと進むと、最後はここにたどりつくことになっている。正しくヨーロッパのどんづまりである。なにしろ<br />「ここに地果て、海始まる」(ロカ岬の碑文)<br />のだから、そうに違いないのである。<br /><br />ポルトガルが、海洋王国になった要因はいくつかある。<br />エンリケ王子の出現もあるし、アラブの支配下で航海術を学べた、という利点もある。<br />しかし考えてみれば、東の国境をスペインという大国にベッタリと接している、ということは、どうしたって東へは出ていけないのである。ムリに出て行こうとすると、潰されてしまう。出て行くとしたら、目の前に開けている、西の海しかない。<br />だから、命をかけて、誰も行ったことのない海へ、漕ぎ出していったのである。<br /><br />・・・と、全面的に司馬遼太郎風になり(白髪のカツラでもかぶりたい気分である)、ブツブツ物思いにふけっていると、観光バスが、まとめて3台、ドドっとやってきた。<br />見ると、そのうち2台は、日本のツアーなのであった。<br />で、どうしたかというと、鯨と配偶者は一瞬顔を見合わせ、そそくさとそのツアーに紛れ込んだのだった。<br />でもって、ガイドさんの説明にタダ乗りして、厚かましく聞き入るのだった。(ヒドイ夫婦である)<br /><br />でもって、ツアーに参加している方に、記念写真など、撮ってもらったのだった。<br />のみならず、同じ年格好のご夫婦を見つけ、話しかけてみるのだった。<br />「どちらからいらしたんですか」<br />丸二日間、日本人に会ってないので、なんとなくウレシイのである。<br />「モスクワに降りて、ドイツ・フランスと回ってきました」<br />どうやら、ヨーロッパ大横断ツアーらしい。<br />「あすは夜行列車に乗り換えて、スペインへ向かうんです」<br />うーん、やはりツアー旅行は効率が違う。<br />鯨たちは、次のバスまで2時間、ロカ岬にいたのであるが、バスツアーの方々は、さわやかに、次の目的地に去っていったのだった。<br /><br />その日は、エンリケ王子を顕彰した「発見のモニュメント」と「ベレンの塔」を見物に行った。<br />「発見のモニュメント」のほうは、バカでかい。<br />近くまで来て、これを背景に記念写真を、と思っても、ヒトとモニュメントを一緒に写すのはムリである。<br />ゴジラといっしょに記念写真を撮ろうとしているようなものだ。<br />配偶者に、<br />「こいつをバックに一枚、撮っておくれ」<br />とカメラを渡したら、ドンドン後じさりし、川に落ちそうになった。<br />そのまま大西洋まで流れて行っても困るので(困らないかもしれないが)、<br />「そこで止まって」<br />といったら、うなずき、四苦八苦して、シャッターを切った。<br />あとで確認すると、「発見のモニュメント」のエンリケ王子のずっと下に、鯨のアタマだけが、ゴマツブのように写っていた。

    とはいえ、当初より、行くと決めていた場所はあった。
    欧州最西端、ロカ岬だ。
    リスボンから、郊外へ電車とバスを乗り継いで、1時間ほどの行程になる。
    シントラまでは国鉄だ。国鉄は乗る方向さえ間違わなければ、たいていシントラが終点なのである。中央線の高尾みたいなものだ。
    シントラの駅を降りると、ががたる山塊が、駅の前方に広がる。
    ホントに
    「たかお〜、たかお〜、終点でございます」
    の風情である。
    山頂には城閣があり、これまた、世界遺産になっている。そこへ行くバスも、ちゃんと出ているのである。
    うーん、またしても世界遺産。
    目の前に世界遺産、と聞くと、つい、見なくてはソン、という気持ちになってしまう。
    300円のクーポン券があるから、近所にできた回転寿司に行かねば、という心境に似ている(似ていないかもしれない)。
    コンドームがタンスの底にひとつ余っているのを発見したので、今夜はナニはともあれがんばってみようか、という心境にも似ている(似ていないかもしれない)。
    配偶者と鯨は、顔を見合わせる。
    モンサンミッシェル・トレド・グラナダ・エヴォラと、城閣を巡ってきたので、お城については、ふたりとも「おなかいっぱい」になっているのである。
    すでにして、ドレがナニだったか、実はよく覚えていない。
    旅の途中にしてそうであるから、終わっちまったら、みんなごっちゃになること、火を見るよりも明らかである。
    一升マスには一升しか、入らないのである。
    「・・・やめとこか」
    鯨は、山頂の城壁を、はるかに眺めながら言った。
    「・・・そうしましょう」
    配偶者も同意した。
    お城は、あくまでいかめしく、山頂で午前の光を浴びていた。


    シントラからは、カスカイス行きの路線バスに乗り継ぐ。
    この路線バスは、観光客向けではない。ロカ岬は終点ではなく、バス停のひとつなのである。
    であるから、バックパッカーも乗ってこない。みんな、地元のおじいちゃん、おばあちゃんが乗り降りする。病院帰りのお年寄りなんぞが多い。坂道の商店街、それから住宅街を、ゆるいカーブを繰り返しながら抜けていく。
    やがて郊外に差し掛かる。学校帰りらしい少年たちが降りていく。街へ買い物に行くお母さんが乗ってくる。で、
    「あーら、マリアさん、久しぶりじゃない、どうしたのこんな時間に」
    「主人が痛風でさ、カスカイスの病院にクスリもらいに行くとこ」
    「ソウナンダ、ウチのも役に立たなくてねぇ」
    なーんて会話を、車内でわいわいやっている。

    ムラの一角を通り過ぎたとき、移動販売車を見つけた。
    小さな村の小さな広場で、その移動販売車は、スカートとか、パンティストッキングとか、靴下なんぞを売っているのだった。おばちゃんたちが、その品定めをしている。
    鯨のふるさと、ディープ・サウス・エチゴにおいて、10年以上前に滅んだ商売が、まだ生息しているのである。これはつまり、ポルトガルにはジャスコ・イトーヨーカ堂・ベイシアなどの郊外型ショッピングモールが、いまだ進出していない、ということを意味する(ロカ岬周辺だけかもしれないが)。

    バス路線のあまりのローカル色に、何しろ{乗り間違え}については、堂々たる前科があるので、イヤな予感が走り、となりの席のおばちゃんに、

    「ロカ?」

    と前方を指して聞くと、大丈夫だ、とニッコリされた。
    途中でそのおばちゃんは降りて行ったが、バスの降り口で振り返り、指を三本立てて、
    「みっつめだよ」
    と教えてくれた。
    「オブリゲーテ」
    というと、おばちゃんだけでなく、周囲の方々が、みんな、うんうんと優しく頷くのだった。
    ポルトガルの人たちは、なんだかやさしくて、あったかいのだった。
    ロカ岬は世界的観光地だが、その周辺はポルトガルのイナカなのである。
    これは、モンサンミッシェルでも感じた。
    個人旅行をしていると、観光地にたどりつく前に、その周辺で、生活人の表情を、ある程度見ることができる。
    観光は、風景や建物を見に行くだけではない。人の顔を見に行く、ということでもあると思う。


    さて、ロカ岬である。
    鯨的には、ここが、今回の旅の最終目的地、ということになっている。
    というよりは、ユーラシアを旅するものが、西へ西へと進むと、最後はここにたどりつくことになっている。正しくヨーロッパのどんづまりである。なにしろ
    「ここに地果て、海始まる」(ロカ岬の碑文)
    のだから、そうに違いないのである。

    ポルトガルが、海洋王国になった要因はいくつかある。
    エンリケ王子の出現もあるし、アラブの支配下で航海術を学べた、という利点もある。
    しかし考えてみれば、東の国境をスペインという大国にベッタリと接している、ということは、どうしたって東へは出ていけないのである。ムリに出て行こうとすると、潰されてしまう。出て行くとしたら、目の前に開けている、西の海しかない。
    だから、命をかけて、誰も行ったことのない海へ、漕ぎ出していったのである。

    ・・・と、全面的に司馬遼太郎風になり(白髪のカツラでもかぶりたい気分である)、ブツブツ物思いにふけっていると、観光バスが、まとめて3台、ドドっとやってきた。
    見ると、そのうち2台は、日本のツアーなのであった。
    で、どうしたかというと、鯨と配偶者は一瞬顔を見合わせ、そそくさとそのツアーに紛れ込んだのだった。
    でもって、ガイドさんの説明にタダ乗りして、厚かましく聞き入るのだった。(ヒドイ夫婦である)

    でもって、ツアーに参加している方に、記念写真など、撮ってもらったのだった。
    のみならず、同じ年格好のご夫婦を見つけ、話しかけてみるのだった。
    「どちらからいらしたんですか」
    丸二日間、日本人に会ってないので、なんとなくウレシイのである。
    「モスクワに降りて、ドイツ・フランスと回ってきました」
    どうやら、ヨーロッパ大横断ツアーらしい。
    「あすは夜行列車に乗り換えて、スペインへ向かうんです」
    うーん、やはりツアー旅行は効率が違う。
    鯨たちは、次のバスまで2時間、ロカ岬にいたのであるが、バスツアーの方々は、さわやかに、次の目的地に去っていったのだった。

    その日は、エンリケ王子を顕彰した「発見のモニュメント」と「ベレンの塔」を見物に行った。
    「発見のモニュメント」のほうは、バカでかい。
    近くまで来て、これを背景に記念写真を、と思っても、ヒトとモニュメントを一緒に写すのはムリである。
    ゴジラといっしょに記念写真を撮ろうとしているようなものだ。
    配偶者に、
    「こいつをバックに一枚、撮っておくれ」
    とカメラを渡したら、ドンドン後じさりし、川に落ちそうになった。
    そのまま大西洋まで流れて行っても困るので(困らないかもしれないが)、
    「そこで止まって」
    といったら、うなずき、四苦八苦して、シャッターを切った。
    あとで確認すると、「発見のモニュメント」のエンリケ王子のずっと下に、鯨のアタマだけが、ゴマツブのように写っていた。

  • リスポンは小さな町なので、三日もいると、ほぼ土地勘ともいうべきものができる。<br />規模としては、横浜や北九州よりは小さく、長崎・函館よりは大きい、といった感じである。<br />路面電車も、地下鉄も、バスも、どうやら乗りこなせた。<br />リスボンの中でも、鯨は、丘の町・アルファマを特に愛した。<br />フルアァマは、東京でいえば築地・月島あたりの住宅街を思い浮かべていただければ近い。<br />テージョ川に向かって坂道の続く、下町なのである。<br />路地の突き当りに、観光客相手の絵皿を売る店があったりする。<br />三日間のうち、二日はそこに通った。<br />市電に乗り、バールに入ってお茶をして、泥棒市でオミヤゲを買い、夜はゴソゴソと、中華料理や、イタリア料理を食べに出かけた。<br />なぜポルトガル料理じゃないか、というと、初日と二日目で、まぁいいか、と思ってしまったせいだ。<br />もう少し、事前に研究していけばよかった。<br /><br /><br />あすは帰国、という土曜日は、郊外の動物園へ行った。<br />動物を見たい、というより、ポルトガル人が、どんな休日を過ごしているか、見たかったから。<br />動物園は、当たり前だけど、家族連れと、カップルでいっぱいだった。<br /><br />歩きまわっているうちに、サル山に出た。<br />真ん中に岩山があり、日本と同じつくりである。<br /><br />「サル山って、ポルトガルにもあるんだ」<br /><br />「・・・ちょっとこれ」<br /><br />配偶者にうながされて、看板の説明を見ると、ニホンザルなのだった。<br />パンフレットで確認すると、この動物園に派遣されている日本の動物は、サルのみである。<br />彼らもまた、少年使節と同じように、東洋の果てからここまで、はるばる旅して、やってきたのだ。<br />私たち人間どもは、旅を終えたら日本に帰るが、サルはずっとここで「現地駐在員」をしなくてはならない。<br />ガンバレニッポン、と、鯨は心の中でエールを送ったのだった。<br /><br /><br />出発から、すでに10日が過ぎていた。<br />夜、食事を終えて、ホテルに戻った。<br />あすは、イギリス経由で、日本に帰るのだ。<br />荷物をまとめ、さぁて寝るか、というとき、配偶者が、にわかにあらたまり、いった。<br /><br />「今回は、ありがとうございました」<br /><br />ぎょぎょ。<br />自慢じゃないが、結婚していらい、配偶者に「アリガトウ」なんて言われたことは、金輪際ない。<br />そもそも彼女は、必要以上のことは、いや、必要最低限なことすら、なかなかしゃべらないツクリなのだ。<br />とっさに、何と答えていいか分からず、絶句した。<br /><br />「あなたと結婚したときは、こんなところまで連れてきてもらえるなんて、思ってもいませんでした」<br /><br />浜名湖日帰り旅行、のことを言っているのかもしれない。<br />それもそうだな。<br />それから、泣きそうな顔になって、<br /><br />「あすはもう帰国だね。まだ帰りたくない」<br /><br />といった。確かに確かに、そういった。<br />

    リスポンは小さな町なので、三日もいると、ほぼ土地勘ともいうべきものができる。
    規模としては、横浜や北九州よりは小さく、長崎・函館よりは大きい、といった感じである。
    路面電車も、地下鉄も、バスも、どうやら乗りこなせた。
    リスボンの中でも、鯨は、丘の町・アルファマを特に愛した。
    フルアァマは、東京でいえば築地・月島あたりの住宅街を思い浮かべていただければ近い。
    テージョ川に向かって坂道の続く、下町なのである。
    路地の突き当りに、観光客相手の絵皿を売る店があったりする。
    三日間のうち、二日はそこに通った。
    市電に乗り、バールに入ってお茶をして、泥棒市でオミヤゲを買い、夜はゴソゴソと、中華料理や、イタリア料理を食べに出かけた。
    なぜポルトガル料理じゃないか、というと、初日と二日目で、まぁいいか、と思ってしまったせいだ。
    もう少し、事前に研究していけばよかった。


    あすは帰国、という土曜日は、郊外の動物園へ行った。
    動物を見たい、というより、ポルトガル人が、どんな休日を過ごしているか、見たかったから。
    動物園は、当たり前だけど、家族連れと、カップルでいっぱいだった。

    歩きまわっているうちに、サル山に出た。
    真ん中に岩山があり、日本と同じつくりである。

    「サル山って、ポルトガルにもあるんだ」

    「・・・ちょっとこれ」

    配偶者にうながされて、看板の説明を見ると、ニホンザルなのだった。
    パンフレットで確認すると、この動物園に派遣されている日本の動物は、サルのみである。
    彼らもまた、少年使節と同じように、東洋の果てからここまで、はるばる旅して、やってきたのだ。
    私たち人間どもは、旅を終えたら日本に帰るが、サルはずっとここで「現地駐在員」をしなくてはならない。
    ガンバレニッポン、と、鯨は心の中でエールを送ったのだった。


    出発から、すでに10日が過ぎていた。
    夜、食事を終えて、ホテルに戻った。
    あすは、イギリス経由で、日本に帰るのだ。
    荷物をまとめ、さぁて寝るか、というとき、配偶者が、にわかにあらたまり、いった。

    「今回は、ありがとうございました」

    ぎょぎょ。
    自慢じゃないが、結婚していらい、配偶者に「アリガトウ」なんて言われたことは、金輪際ない。
    そもそも彼女は、必要以上のことは、いや、必要最低限なことすら、なかなかしゃべらないツクリなのだ。
    とっさに、何と答えていいか分からず、絶句した。

    「あなたと結婚したときは、こんなところまで連れてきてもらえるなんて、思ってもいませんでした」

    浜名湖日帰り旅行、のことを言っているのかもしれない。
    それもそうだな。
    それから、泣きそうな顔になって、

    「あすはもう帰国だね。まだ帰りたくない」

    といった。確かに確かに、そういった。

  • ロバが旅に出たと言って、ウマになって帰ってくるわけではない、というコトワザがあるそうな。<br /><br />夫婦もまた、旅に出たと言って、何か違うモノになって帰ってくるわけではないようで。<br />夫婦はあくまで夫婦のままで長い旅を終えたのだった。<br />

    ロバが旅に出たと言って、ウマになって帰ってくるわけではない、というコトワザがあるそうな。

    夫婦もまた、旅に出たと言って、何か違うモノになって帰ってくるわけではないようで。
    夫婦はあくまで夫婦のままで長い旅を終えたのだった。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • tabinakanotaekoさん 2018/01/24 06:11:02
    本になったら・・・
    鯨さん、
    鯨さんのブログは写真をみるより、断然、読むブログです。本を出版しませんかと声がかかるかもしれませんよ。
    オモシロイです。オモシロイだけでなく教養がにじみでてるし、ホロリともさせてくれます。
    内と同じで仲良し夫婦ですね。違うのは夫の方向感覚が頼りになることと、旅の計画、実施とも私がリーダーな点です。
    ミャンマーに行っておられないかと調べにきて、エボラ編でゆっくりしてしまいました。
    tabinakanotaeko

    鯨の味噌汁

    鯨の味噌汁さん からの返信 2018/01/26 04:08:02
    11年前の旅日記
    taekoさん

    おてがみありがとうございます。
    こんな昔の日記にコメントいただけるとは…恐縮といいますかこっぱずかしいといいますか。

    出版はするなら自費です。オジジになって、旅に出られなくなったらここの日記と写真を組み合わせて自分用に出版したいなー。楽しいだろうなーと。。。(あくまで自分用)

    >違うのは夫の方向感覚が頼りになることと、旅の計画、実施とも私がリーダーな点です。

    ぎゃははは。
    ワシの方向感覚、たしかにめたくそですー。
    でも迷うのも旅の醍醐味(→居直ってみました)。

    ちなみに、ワシも旅の計画立てるの好きです。あれこれ交通機関も調べて、切符手配してー、みたいなのも割と好き。修学旅行のしおり、作ってる気分になれるよね(笑)。

鯨の味噌汁さんのトラベラーページ

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