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「グラナダのバスで32番に乗ると、アルハンブラにはたどりつかない」という貴重な教訓を残し。<br />鯨と配偶者は、8:18発の特急で、グラナダを発った。<br />列車は、南南西のセビリアに向かっていく。<br />この日は、特にゴールを決めていなかった。<br />あさってにリスボンの宿を予約しているので、とりあえず「ポルトガルに近づく」のがミッションなのである。<br />地中海沿いで、ポルトガルの「どこか」に泊まろう、配偶者と合意した。<br />できたら、サイコロ型のイベリア半島の、一番左のハシッコまで行ってみたい。<br />地図で確認すると、どんづまりに、ファーロという町がある。そこまでいけたらいいなと思う。<br />セビリアまでの国鉄のキップは、前夜確保していたが、そこは通過点に過ぎないのである。<br /><br />セビリア11:27着。<br />ここからは、バスを使う。国鉄の駅から、移動しなくてはならない。<br />ビクビクしながらタクシーの運転手に筆談で交渉すると、奇跡的に通じてしまう。うれしい。<br /><br />このセビリアも、たしか、世界遺産がたくさんある。<br />よく知らないが、旧市街は美しいはずである。<br />が、タクシーはとっとと走り、バスターミナルに到着してしまう。<br />バスターミナルは、バカでかい。幕張の国際展示場一棟ぶんくらいの大きさがある。<br />マドリッドとか、コルトバとか、国内はおろか、パリにだって「国際線」が出ている。<br />まるで空港みたいだが、同じターミナルでも、雰囲気が違う。<br />普段着のおじさん・おばさんが多くなり、観光客はバックパッカーになり、日本人の姿はふっつりと見かけなくなる。<br />

川の向こうはポルトガル

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2007/05/12 - 2007/05/12

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鯨の味噌汁

鯨の味噌汁さん

「グラナダのバスで32番に乗ると、アルハンブラにはたどりつかない」という貴重な教訓を残し。
鯨と配偶者は、8:18発の特急で、グラナダを発った。
列車は、南南西のセビリアに向かっていく。
この日は、特にゴールを決めていなかった。
あさってにリスボンの宿を予約しているので、とりあえず「ポルトガルに近づく」のがミッションなのである。
地中海沿いで、ポルトガルの「どこか」に泊まろう、配偶者と合意した。
できたら、サイコロ型のイベリア半島の、一番左のハシッコまで行ってみたい。
地図で確認すると、どんづまりに、ファーロという町がある。そこまでいけたらいいなと思う。
セビリアまでの国鉄のキップは、前夜確保していたが、そこは通過点に過ぎないのである。

セビリア11:27着。
ここからは、バスを使う。国鉄の駅から、移動しなくてはならない。
ビクビクしながらタクシーの運転手に筆談で交渉すると、奇跡的に通じてしまう。うれしい。

このセビリアも、たしか、世界遺産がたくさんある。
よく知らないが、旧市街は美しいはずである。
が、タクシーはとっとと走り、バスターミナルに到着してしまう。
バスターミナルは、バカでかい。幕張の国際展示場一棟ぶんくらいの大きさがある。
マドリッドとか、コルトバとか、国内はおろか、パリにだって「国際線」が出ている。
まるで空港みたいだが、同じターミナルでも、雰囲気が違う。
普段着のおじさん・おばさんが多くなり、観光客はバックパッカーになり、日本人の姿はふっつりと見かけなくなる。

同行者
カップル・夫婦
交通手段
鉄道 高速・路線バス
航空会社
ANA
  • ここまで来ると、窓口ではカタコトの英語も通じない。<br />キップ販売のお姉さんに、国境の町「アヤモンテ」のメモをさし出す。<br />お姉さんは、フンフンと読み、いろいろとメモを書いてよこす。<br />時刻表を指さし、さかんに「イエルパ」の地名を言う。<br />どうやら、直行バスは本数が少ないので、乗り継ぎをしなさい、といっているらしい。<br />ターミナルの路線地図を確認すると、確かに、西の方向にその町名がある。<br />「西にのはしっこまで、行けるだけ行く」<br />の方針に従い、キップを買ってみることにする。<br />ロールプレイングゲームもみたいだナ、と思う。<br />ただ、ゲームの中ではなく、実際の人間が動いているわけだ。<br /><br />キップを確保し、バスの発着所を確認し、荷物番をしていた配偶者の元に戻りながら、ふと思う。<br />スペインに三日いるのに。<br />フラメンコも見ていないし、パエーリャも食べていない。<br />これは、旅行者として、いかがなものだろうか。<br />お天道様に、申し訳ないではないか。<br /><br />配偶者にそれを言うと、<br />「それもそうね」<br />と、珍しくマジメに考え込んでいる。<br />「お昼にパエーリャ食べながら、フラメンコを見るとか」<br />鯨が提案すると、<br />「そんな都合のいい場所はないのでは」<br />と諭される。確かにそれもそうかもしれない。<br /><br />アキ時間で、ターミナルの食堂に入った。<br />ビュッフェ形式で、皿に取っただけ払う、というたぐいだ。<br />その中に、パエーリャが、ちゃんとあった。<br /><br />「おお」<br /><br />これで、パェーリャは確保できたのである。<br />当面振りかかった大モンダイのうち、半分は解決したのである。<br />さっそく、取り皿にテンコ盛りした(そもそもあちらの一人前は量が多いのだ)。<br />勇躍、口に入れると、少しく、ネチャネチャしていた。<br />シンもあった。<br />なおかつ、ねっとり、オリーブ油が効きすぎているのだった。<br />さらにさらに、ちょいと冷めていた。<br /><br />「は、半分やる」<br /><br />「・・・いらない」<br /><br />「せめて、三分の一」<br /><br />「いらない。あなた全部食べてね」<br /><br />「そう言わず、スペインの思い出に」<br /><br />配偶者は、見た目でそのハズレっぷりを喝破したらしく、手をつけようとしなかった。<br />鯨の実家はコメ農家であって、おぎゃあと生まれた時から、棚田コシヒカリを食っているのである。<br />コシヒカリに慣れた舌には、なかなかにつらいコメ料理なのであった。<br />思うに、パエーリャは、この地方のご当地料理じゃないのかもしれん。<br /><br />バスに乗りこむと、周りは地元の方々ばかりになっていた。<br />なにしろ、アラブ支配の時代が長かった土地である。<br />ヨーロッパ系金髪、ヨーロッパ系黒髪、西アジア系黒髪、それにアフリカ系も。<br />中には全部混じって、顔はアジア系、目は見事なライトブルー、という少女もいる。<br />観光客ではなく、地元に暮らすひとたちが、いろんな人種のオツユがブレンドされているのである。<br />きっと、南米はこんなかんじてはないのかなぁ、と思う。<br />車内、みーんな、のんびりしている。<br />帰省するお姉さん、とか、親戚に行く老夫婦、とか、そんな雰囲気だ。<br />セビリア郊外から、湿地帯を抜け、ひたすら松林の中を走る。<br />国境の町アヤモンテまで、乗り継ぎを入れて、2時間の予定である。<br /><br />

    ここまで来ると、窓口ではカタコトの英語も通じない。
    キップ販売のお姉さんに、国境の町「アヤモンテ」のメモをさし出す。
    お姉さんは、フンフンと読み、いろいろとメモを書いてよこす。
    時刻表を指さし、さかんに「イエルパ」の地名を言う。
    どうやら、直行バスは本数が少ないので、乗り継ぎをしなさい、といっているらしい。
    ターミナルの路線地図を確認すると、確かに、西の方向にその町名がある。
    「西にのはしっこまで、行けるだけ行く」
    の方針に従い、キップを買ってみることにする。
    ロールプレイングゲームもみたいだナ、と思う。
    ただ、ゲームの中ではなく、実際の人間が動いているわけだ。

    キップを確保し、バスの発着所を確認し、荷物番をしていた配偶者の元に戻りながら、ふと思う。
    スペインに三日いるのに。
    フラメンコも見ていないし、パエーリャも食べていない。
    これは、旅行者として、いかがなものだろうか。
    お天道様に、申し訳ないではないか。

    配偶者にそれを言うと、
    「それもそうね」
    と、珍しくマジメに考え込んでいる。
    「お昼にパエーリャ食べながら、フラメンコを見るとか」
    鯨が提案すると、
    「そんな都合のいい場所はないのでは」
    と諭される。確かにそれもそうかもしれない。

    アキ時間で、ターミナルの食堂に入った。
    ビュッフェ形式で、皿に取っただけ払う、というたぐいだ。
    その中に、パエーリャが、ちゃんとあった。

    「おお」

    これで、パェーリャは確保できたのである。
    当面振りかかった大モンダイのうち、半分は解決したのである。
    さっそく、取り皿にテンコ盛りした(そもそもあちらの一人前は量が多いのだ)。
    勇躍、口に入れると、少しく、ネチャネチャしていた。
    シンもあった。
    なおかつ、ねっとり、オリーブ油が効きすぎているのだった。
    さらにさらに、ちょいと冷めていた。

    「は、半分やる」

    「・・・いらない」

    「せめて、三分の一」

    「いらない。あなた全部食べてね」

    「そう言わず、スペインの思い出に」

    配偶者は、見た目でそのハズレっぷりを喝破したらしく、手をつけようとしなかった。
    鯨の実家はコメ農家であって、おぎゃあと生まれた時から、棚田コシヒカリを食っているのである。
    コシヒカリに慣れた舌には、なかなかにつらいコメ料理なのであった。
    思うに、パエーリャは、この地方のご当地料理じゃないのかもしれん。

    バスに乗りこむと、周りは地元の方々ばかりになっていた。
    なにしろ、アラブ支配の時代が長かった土地である。
    ヨーロッパ系金髪、ヨーロッパ系黒髪、西アジア系黒髪、それにアフリカ系も。
    中には全部混じって、顔はアジア系、目は見事なライトブルー、という少女もいる。
    観光客ではなく、地元に暮らすひとたちが、いろんな人種のオツユがブレンドされているのである。
    きっと、南米はこんなかんじてはないのかなぁ、と思う。
    車内、みーんな、のんびりしている。
    帰省するお姉さん、とか、親戚に行く老夫婦、とか、そんな雰囲気だ。
    セビリア郊外から、湿地帯を抜け、ひたすら松林の中を走る。
    国境の町アヤモンテまで、乗り継ぎを入れて、2時間の予定である。

  • 何とか乗り継ぎをこなし、アヤモンテ、という国境の町でバスを降りた。長距離バスの終点である。<br />地元の乗客はわらわらと降りると、小さなバスターミナルはがらんとしてしまった。<br /><br />午後4時を回っているが、何しろヨーロッパの南のはずれであるから、日差しが強い。<br />なおかつ、ヨーロッパの西のはずれでもあるから、午後が妙に長いのである。<br />いつまでたっても日が西に傾かないし、かつ、沈まない。<br />なんだか違う星にいる気さえする。<br /><br />町は、スペインの伝統的お昼寝タイムである「シエスタ」の最中らしく、バスターミナルには、タクシーすら止まっていない。<br />ここで、ようやく、ポルトガルのガイドブックの出番だ。<br />カバンの奥底に、この日を期し、眠っていたのである。<br />スペインは、ガイドブックなしの旅を強いられた。<br />しかし、国境まで来れば、ポルトガルのガイドブックが使えるのである。<br />さっそく開いて読むと、この町から、国境のグアディアナ川をわたるフェリーが、対岸のヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオという町へ、運航している、とある。とりあえず、川の向こうは、ポルトガルなのだ。<br /><br />タクシーは来る気配がないので、そこここで人を見つけては「フェリー?」と聞きながら、町の中を歩く。<br />フェリーはスペイン語でもフェリーらしく、通じるのである。<br />キャリーバッグが、石畳の上を、ゴロゴロ転がる音だけが響く。<br />繁華街に差し掛かり、いくつか角を曲がると、突然左右の視界が開けた。<br /><br />グァディアナ川の、川岸にたどりついたのだ。<br />向こう岸まで、はるばる見渡せる。<br />はるけくもきつるものかな。なんとなく、ほっとしてしまう。<br />フェリー乗り場で時間を確認し、少し引き返し、近くのカフェで休むことにする。<br /><br />この町は、リゾート地らしく、白人のお年寄りが多い。いろんな国のコトバを聞いた。<br />津軽弁に聞こえるのは、ドイツ語。<br />フランス語は、山形あたりの発音に似ている。<br />お年寄りたちは、深々とカフェのイスに腰掛け、午後のティータイムを、それぞれのお国の言葉で、過ごしている。<br />ダンナは、短パンにサングラス。対して、奥様は、見事に太って、ノースリーブ。そんな組み合わせが多い。<br />静かで、白っぽくて、緑と花が多い町だ。<br />

    何とか乗り継ぎをこなし、アヤモンテ、という国境の町でバスを降りた。長距離バスの終点である。
    地元の乗客はわらわらと降りると、小さなバスターミナルはがらんとしてしまった。

    午後4時を回っているが、何しろヨーロッパの南のはずれであるから、日差しが強い。
    なおかつ、ヨーロッパの西のはずれでもあるから、午後が妙に長いのである。
    いつまでたっても日が西に傾かないし、かつ、沈まない。
    なんだか違う星にいる気さえする。

    町は、スペインの伝統的お昼寝タイムである「シエスタ」の最中らしく、バスターミナルには、タクシーすら止まっていない。
    ここで、ようやく、ポルトガルのガイドブックの出番だ。
    カバンの奥底に、この日を期し、眠っていたのである。
    スペインは、ガイドブックなしの旅を強いられた。
    しかし、国境まで来れば、ポルトガルのガイドブックが使えるのである。
    さっそく開いて読むと、この町から、国境のグアディアナ川をわたるフェリーが、対岸のヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオという町へ、運航している、とある。とりあえず、川の向こうは、ポルトガルなのだ。

    タクシーは来る気配がないので、そこここで人を見つけては「フェリー?」と聞きながら、町の中を歩く。
    フェリーはスペイン語でもフェリーらしく、通じるのである。
    キャリーバッグが、石畳の上を、ゴロゴロ転がる音だけが響く。
    繁華街に差し掛かり、いくつか角を曲がると、突然左右の視界が開けた。

    グァディアナ川の、川岸にたどりついたのだ。
    向こう岸まで、はるばる見渡せる。
    はるけくもきつるものかな。なんとなく、ほっとしてしまう。
    フェリー乗り場で時間を確認し、少し引き返し、近くのカフェで休むことにする。

    この町は、リゾート地らしく、白人のお年寄りが多い。いろんな国のコトバを聞いた。
    津軽弁に聞こえるのは、ドイツ語。
    フランス語は、山形あたりの発音に似ている。
    お年寄りたちは、深々とカフェのイスに腰掛け、午後のティータイムを、それぞれのお国の言葉で、過ごしている。
    ダンナは、短パンにサングラス。対して、奥様は、見事に太って、ノースリーブ。そんな組み合わせが多い。
    静かで、白っぽくて、緑と花が多い町だ。

  • 波止場でのんびり待っていると、川向こうから、フェリーらしきフネがやってきた。<br />ポンポン蒸気みたいな音を立てている。しかも、本当にフェリーか、というくらい小さい。<br />とても、国境を渡るフネ、には見えない。<br />芦ノ湖一周・観光遊覧船のほうが、明らかに大きい気がする。<br />(後で調べたら、近くに橋ができて、このフェリーは落ち目なのであった)<br /><br />フェリーといっても、クルマ2台載ったらもういっぱい、という規模である。<br />白人のお年寄りの方々が、<br />「ちょいとポルトガルでもいってくるかね」<br />といった風情で、ぱらりぱらりと乗り込んでくる。<br /><br />そのお年寄りみなさんは、リゾートに集う方々の常で、タテにもヨコにも大きい。<br />小錦のお母さんお父さん大集合、といった感じなのである。<br />その方々が、5人ばかり船首の部分に集中し、川からの景色を楽しんでいた。<br />大きいお尻が、見事に、船首に並んだ。<br />小さい船であるから、そのまま前ノメリになって沈みそうな気がしてならない。<br />そのことを配偶者に話すと「何バカなことを言っているのか」という顔をされた。<br />しかし、ヨーロッパの辺境で、体格豊かなお年寄りが大量に乗って転覆、などというニュースはありがちな気がする。<br />日本人夫婦が巻き込まれる、なんてニュースも、ありがちな気がする。<br />「バランスをとって、後ろにいよう」<br />ふたりは15分ほどの航海の間、安全に鑑み、ずっと後方デッキに張り付いていた。<br /><br />ポルトガル側の河岸が近づく。<br />鯨が、長いあいだ、行きたかった国。<br />司馬遼が「過去を思い出しながら、海に向かって眠っている」といった国。<br /><br />25年前、鯨は、ひとりでヨーロッパを旅していた。<br />その旅の最後が、スペインだった。<br />ポルトガルに行きたかったが、国境を前に資金が絶え、泣く泣く、フライト地のパリへ引き返した。<br />それから、いつか行こう、いつか行こう、と思いながら、25年が過ぎたのである。<br /><br />船着き場に着岸し、パスポート検査すらなく、フェリーはポンポンと音を立てつつ、スペインへ帰ってしまった。<br />お客さんたちは、それぞれ目的地があるらしく、三々五々、散っていった。<br />夫婦は、船着き場でふたり、残された。<br /><br />「どうしよう」<br /><br />ガイドによると、しばらく歩くと駅があるらしい。<br />バス発着所はあるのだが、案内所らしきものはない。<br />すると「私ヒマです」と顔に書いてある、隻腕のじいさんが、ニコニコと近寄ってきた。<br />「メイアイヘルプユー」<br />などという。<br />「ウェア・イズ・レイルウエイ・ステーション」<br />じいさんは「よくぞ言ってくれた」とばかりに、深く深く頷き、付いてこい、という。<br />普通なら、警戒しなくてはいけないところである。<br />オサケを飲まされたり、ぼったくりバーなどに連れて行かれるやもしれない。<br />鯨と配偶者は、顔を見合わせた。じいさんは、相変わらず、ニコニコしている。<br />というより、シワの中に目が埋没している感じである。<br />大丈夫よ、と配偶者が目で言った。<br />じいさんは、非常にわかりやすい英語をしゃべった。<br />以下、みちみちの会話。<br /><br />「韓国人ですか」<br /><br />「われわれは日本人です。駅まで、あと何分ですか」<br /><br />「わずか15分です。昔々、私は船乗りでした。私は横浜・神戸・長崎に行きました」<br /><br />「それらはとてもきれいな街です。駅まで、あと何分ですか」<br /><br />「わずか15分です。なぜこの町にあなたたちは来ましたか」<br /><br />「私たちは鉄道とバスで観光旅行をしています。駅まであと何分ですか」<br /><br />「わずか15分です。この町を旅行する日本人は少ないです」<br /><br />「私もそう思います。駅まであと何分ですか」<br /><br />「わずか15分です」<br /><br />じいさんは、どれだけ歩いても、駅まではジャストクオーターである、と繰り返すのだった。<br />最後の角を曲がると、駅が通りの正面に現れた。<br />ポルトガル側のどんづまり、始発駅である。<br />じいさんは、目の前の駅を指さして、ニコニコいうのだった。<br /><br />「わずか15分です」<br /><br />「グラーシャス」<br /><br />うっかり、スペインでおぼえた「ありがとう」を使うと、<br /><br />「グラーシャス・イズ・スペイン。ポルトガル・イズ・オブリゲーテ」<br /><br />と、その時はマジメな顔で教えてくれた。<br />鯨と配偶者は、交互に握手をして別れた。<br />じいさんは右手がなかったので、左手で握手してくれた。<br />海の国だったポルトガルで、最初にあったヒトは、日本に行ったことを懐かしむ、船乗りのジイサンなのだった。

    波止場でのんびり待っていると、川向こうから、フェリーらしきフネがやってきた。
    ポンポン蒸気みたいな音を立てている。しかも、本当にフェリーか、というくらい小さい。
    とても、国境を渡るフネ、には見えない。
    芦ノ湖一周・観光遊覧船のほうが、明らかに大きい気がする。
    (後で調べたら、近くに橋ができて、このフェリーは落ち目なのであった)

    フェリーといっても、クルマ2台載ったらもういっぱい、という規模である。
    白人のお年寄りの方々が、
    「ちょいとポルトガルでもいってくるかね」
    といった風情で、ぱらりぱらりと乗り込んでくる。

    そのお年寄りみなさんは、リゾートに集う方々の常で、タテにもヨコにも大きい。
    小錦のお母さんお父さん大集合、といった感じなのである。
    その方々が、5人ばかり船首の部分に集中し、川からの景色を楽しんでいた。
    大きいお尻が、見事に、船首に並んだ。
    小さい船であるから、そのまま前ノメリになって沈みそうな気がしてならない。
    そのことを配偶者に話すと「何バカなことを言っているのか」という顔をされた。
    しかし、ヨーロッパの辺境で、体格豊かなお年寄りが大量に乗って転覆、などというニュースはありがちな気がする。
    日本人夫婦が巻き込まれる、なんてニュースも、ありがちな気がする。
    「バランスをとって、後ろにいよう」
    ふたりは15分ほどの航海の間、安全に鑑み、ずっと後方デッキに張り付いていた。

    ポルトガル側の河岸が近づく。
    鯨が、長いあいだ、行きたかった国。
    司馬遼が「過去を思い出しながら、海に向かって眠っている」といった国。

    25年前、鯨は、ひとりでヨーロッパを旅していた。
    その旅の最後が、スペインだった。
    ポルトガルに行きたかったが、国境を前に資金が絶え、泣く泣く、フライト地のパリへ引き返した。
    それから、いつか行こう、いつか行こう、と思いながら、25年が過ぎたのである。

    船着き場に着岸し、パスポート検査すらなく、フェリーはポンポンと音を立てつつ、スペインへ帰ってしまった。
    お客さんたちは、それぞれ目的地があるらしく、三々五々、散っていった。
    夫婦は、船着き場でふたり、残された。

    「どうしよう」

    ガイドによると、しばらく歩くと駅があるらしい。
    バス発着所はあるのだが、案内所らしきものはない。
    すると「私ヒマです」と顔に書いてある、隻腕のじいさんが、ニコニコと近寄ってきた。
    「メイアイヘルプユー」
    などという。
    「ウェア・イズ・レイルウエイ・ステーション」
    じいさんは「よくぞ言ってくれた」とばかりに、深く深く頷き、付いてこい、という。
    普通なら、警戒しなくてはいけないところである。
    オサケを飲まされたり、ぼったくりバーなどに連れて行かれるやもしれない。
    鯨と配偶者は、顔を見合わせた。じいさんは、相変わらず、ニコニコしている。
    というより、シワの中に目が埋没している感じである。
    大丈夫よ、と配偶者が目で言った。
    じいさんは、非常にわかりやすい英語をしゃべった。
    以下、みちみちの会話。

    「韓国人ですか」

    「われわれは日本人です。駅まで、あと何分ですか」

    「わずか15分です。昔々、私は船乗りでした。私は横浜・神戸・長崎に行きました」

    「それらはとてもきれいな街です。駅まで、あと何分ですか」

    「わずか15分です。なぜこの町にあなたたちは来ましたか」

    「私たちは鉄道とバスで観光旅行をしています。駅まであと何分ですか」

    「わずか15分です。この町を旅行する日本人は少ないです」

    「私もそう思います。駅まであと何分ですか」

    「わずか15分です」

    じいさんは、どれだけ歩いても、駅まではジャストクオーターである、と繰り返すのだった。
    最後の角を曲がると、駅が通りの正面に現れた。
    ポルトガル側のどんづまり、始発駅である。
    じいさんは、目の前の駅を指さして、ニコニコいうのだった。

    「わずか15分です」

    「グラーシャス」

    うっかり、スペインでおぼえた「ありがとう」を使うと、

    「グラーシャス・イズ・スペイン。ポルトガル・イズ・オブリゲーテ」

    と、その時はマジメな顔で教えてくれた。
    鯨と配偶者は、交互に握手をして別れた。
    じいさんは右手がなかったので、左手で握手してくれた。
    海の国だったポルトガルで、最初にあったヒトは、日本に行ったことを懐かしむ、船乗りのジイサンなのだった。

  • 駅には、ファーロ行きの各駅停車が止まっている。<br />車体は銀色で、中は古めかしい4人がけになっている。カーテンは厚手のビロードものが付いていて、冷房はない。<br />少しづつ、日が傾いている。<br />列車は、ゴトリと動き出すと、夕日と競走するように、ひたすら西をめざした。<br />各駅停車なので、景色はゆっくりと変わる。<br />農家の庭先にロバがいたり、軒先のオレンジの木をかすめたりする。<br /><br />いつの間にか、列車は海岸沿いを走っていた。<br />列車の軌道の両側に、干潟と、ひろびろとした塩田が作られている。<br />線路の軌道だけが、一段と高い所にある。だから、海の中を走っているのではないか、と錯覚する。<br /><br />どこかで見た景色だ、と思うが、どうしても思い出せない。<br />こういうのを既視感、というらしい。<br />または、単にボケた、というのかもしれない。<br /><br />日が暮れる前に、列車はファーロの町に入った。<br />ヨットハーバーの前が、終点の駅になっている。<br /><br />司馬遼太郎の「街道を行く・南蛮のみち」は、ファーロに近い、サン・ヴィセンテ岬を訪ねる場面で終る。<br />岬を目指し、なんとか夕日に間に合うよう、一行はクルマを飛ばしたが、たどりつくと、日はすでに沈んでいた。<br />夕日に間に合わなかったことを落胆するでもなく、暗くなっていく岬で、突然、といった感じで、旅行記は終わるのである。<br />何年か後の、この作家の急死を暗示するようなラストは、センチメンタルで、ものがなしい。<br /><br />ファーロは、15世紀にレコンキスタの最終章となった町だ。<br />グラナダが陥落し、ファーロに追い詰められ、アラブの王国は、アフリカ大陸へ帰っていったという。<br />だから、町には、城壁に囲まれた旧市街が今でも存在する。<br />

    駅には、ファーロ行きの各駅停車が止まっている。
    車体は銀色で、中は古めかしい4人がけになっている。カーテンは厚手のビロードものが付いていて、冷房はない。
    少しづつ、日が傾いている。
    列車は、ゴトリと動き出すと、夕日と競走するように、ひたすら西をめざした。
    各駅停車なので、景色はゆっくりと変わる。
    農家の庭先にロバがいたり、軒先のオレンジの木をかすめたりする。

    いつの間にか、列車は海岸沿いを走っていた。
    列車の軌道の両側に、干潟と、ひろびろとした塩田が作られている。
    線路の軌道だけが、一段と高い所にある。だから、海の中を走っているのではないか、と錯覚する。

    どこかで見た景色だ、と思うが、どうしても思い出せない。
    こういうのを既視感、というらしい。
    または、単にボケた、というのかもしれない。

    日が暮れる前に、列車はファーロの町に入った。
    ヨットハーバーの前が、終点の駅になっている。

    司馬遼太郎の「街道を行く・南蛮のみち」は、ファーロに近い、サン・ヴィセンテ岬を訪ねる場面で終る。
    岬を目指し、なんとか夕日に間に合うよう、一行はクルマを飛ばしたが、たどりつくと、日はすでに沈んでいた。
    夕日に間に合わなかったことを落胆するでもなく、暗くなっていく岬で、突然、といった感じで、旅行記は終わるのである。
    何年か後の、この作家の急死を暗示するようなラストは、センチメンタルで、ものがなしい。

    ファーロは、15世紀にレコンキスタの最終章となった町だ。
    グラナダが陥落し、ファーロに追い詰められ、アラブの王国は、アフリカ大陸へ帰っていったという。
    だから、町には、城壁に囲まれた旧市街が今でも存在する。

  • ホテルは、ヨットハーバーの正面のリゾートを選んだ。<br />部屋に入ると、窓いっぱいに夕日が沈むところだった。<br />東に、乗ってきたローカル線が伸びている。<br />見ているうちに、思い出した。<br />どこかで見た、と思ったのは「千と千尋の神隠し」の中の風景だった。<br />千尋が、魔法使いのおばあさんを訪ねる、列車のシーンだ。<br /><br />すっかり暗くなっていた。<br />ホテルに荷物を置き、ヨットハーバーの前を通り、旧市街に入った。<br />門をくぐり、石畳の坂道を登っていくと、広場に出る。<br />お役所や警察が並んでいる。<br />広場に面して、一軒だけ、レストランを見つけた。<br />石畳の上に、テーブルを並べ、ろうそくの明かりのしたで、地元のお客さんが、ゆっくり食事をとっていた。<br /><br />「コンニチワ」<br /><br />と、ずかずか入っていき、出てきたウェイターに<br /><br />「ノンリザーブ、OKか」<br /><br />と訪ねた。モチロン、と彼は笑顔で応え、<br /><br />「奥にいい席があいています」<br /><br />と、英語でふたりを案内してくれた。リゾート客が多いので、英語が通じる町なのだろう。<br />狭い入口のわりに、店内は広かった。<br />壁一面に、ポルトガル名物のタイル絵がほどこしてある。<br />そのすべてが、レコンキスタの戦いの図だ。<br /><br />「このタイル絵は、500年前のものです。この建物は、600年前のものです」<br /><br />ウェイターは、ゆっくりした英語で説明してくれた。<br /><br />「この家には、秘密の井戸もあったのです。後で案内しましょう」<br /><br />店内の客は、当初、鯨たちだけだった。<br />しかし、となりの大テーブルに予約が入っているらしく、ウェイターは忙しく立ち働いている。<br /><br />やがて、料理がでできた。タラと肉料理、クリームパスタにパンのスープ。どれもおいしい。<br />と、お隣に、団体さんが、20人ほど座った。<br />一人を除いて全員が背広で、一人を除いて男性である。<br />唯一の女性も、黒いパンツスーツ。<br /><br />「あの団体、何だと思う?」<br /><br />配偶者は、ちらっと見て、断定的に言う。<br /><br />「お役所よね」<br /><br />「わしもそう思った。あれが部長で、手前のヒゲが課長だな」<br /><br />前夜、グラナダで、鼻血がでるほどうるさい「同級会」に隣席したふたりは、この「ファーロ市役所市民生活課」(⇒適当)の打ち上げ宴会を、真横の席でそっと注目した。<br />まず部長が、おもおもしく挨拶する。<br /><br />「今回の、&quot;清潔なファーロの町づくり運動&quot;は、市民の評価も高く、成功裏のうちに幕を閉じることができた。これも諸君のたゆまぬ努力と綿密な計画のおかげである」<br /><br />ながながと続くあいさつだったが、全員が、ウンウン、とうなずきながら聞いている。<br /><br />「・・・であるからして、まずは、ホセ課長に、海岸通り犬のフン清掃活動について成果を述べてもらいたい」<br /><br />すると、ホセ課長はコホンと咳をして、<br /><br />「そもそも、わがファーロ市は、富裕層の犬飼育率が大変高く・・・」<br /><br />みたいなことを、延々と説明しだすのだった。<br />それをまた、全員が、同じタイミングで、ウンウンとうなづくのだった。<br />前菜が出てきて、ワインが出てきて、肉料理が出てきたのだけれど、まるで修道院の食事のように、全員、静かに口を動かしていた。<br />ときどき、誰かが発言する。<br />それに受けて、また、別のものが発言する。<br /><br />「君の意見はもっともだが、やはり、透明なビニール袋のほうが合理的だろう」<br /><br />「いや。中身が確認できるのがいつもいいとは限らない。白い袋を使うべきだった」<br /><br />どうでもいい内容を、あくまで静かに、しかし延々と交わすファーロ市役所市民生活課なのだった。<br />鯨と配偶者は、真横で、やはり、静かにその議論に聞き入っていた。<br />ポルトガル人は、ヒトの発言が終わるまで、しんぼう強く待って、秩序にしたがって、議論をするらしい。<br /><br />前夜「グラナダ高校35回生同窓会」の阿鼻叫喚を目の当たりにしたばかりの鯨は、<br />「グラーシャスとオブリゲーテはかなり違うんだ」<br />と納得した。<br />旧市街をぐるりと一周し、ふたりは、月明かりの中、ホテルに帰った。

    ホテルは、ヨットハーバーの正面のリゾートを選んだ。
    部屋に入ると、窓いっぱいに夕日が沈むところだった。
    東に、乗ってきたローカル線が伸びている。
    見ているうちに、思い出した。
    どこかで見た、と思ったのは「千と千尋の神隠し」の中の風景だった。
    千尋が、魔法使いのおばあさんを訪ねる、列車のシーンだ。

    すっかり暗くなっていた。
    ホテルに荷物を置き、ヨットハーバーの前を通り、旧市街に入った。
    門をくぐり、石畳の坂道を登っていくと、広場に出る。
    お役所や警察が並んでいる。
    広場に面して、一軒だけ、レストランを見つけた。
    石畳の上に、テーブルを並べ、ろうそくの明かりのしたで、地元のお客さんが、ゆっくり食事をとっていた。

    「コンニチワ」

    と、ずかずか入っていき、出てきたウェイターに

    「ノンリザーブ、OKか」

    と訪ねた。モチロン、と彼は笑顔で応え、

    「奥にいい席があいています」

    と、英語でふたりを案内してくれた。リゾート客が多いので、英語が通じる町なのだろう。
    狭い入口のわりに、店内は広かった。
    壁一面に、ポルトガル名物のタイル絵がほどこしてある。
    そのすべてが、レコンキスタの戦いの図だ。

    「このタイル絵は、500年前のものです。この建物は、600年前のものです」

    ウェイターは、ゆっくりした英語で説明してくれた。

    「この家には、秘密の井戸もあったのです。後で案内しましょう」

    店内の客は、当初、鯨たちだけだった。
    しかし、となりの大テーブルに予約が入っているらしく、ウェイターは忙しく立ち働いている。

    やがて、料理がでできた。タラと肉料理、クリームパスタにパンのスープ。どれもおいしい。
    と、お隣に、団体さんが、20人ほど座った。
    一人を除いて全員が背広で、一人を除いて男性である。
    唯一の女性も、黒いパンツスーツ。

    「あの団体、何だと思う?」

    配偶者は、ちらっと見て、断定的に言う。

    「お役所よね」

    「わしもそう思った。あれが部長で、手前のヒゲが課長だな」

    前夜、グラナダで、鼻血がでるほどうるさい「同級会」に隣席したふたりは、この「ファーロ市役所市民生活課」(⇒適当)の打ち上げ宴会を、真横の席でそっと注目した。
    まず部長が、おもおもしく挨拶する。

    「今回の、"清潔なファーロの町づくり運動"は、市民の評価も高く、成功裏のうちに幕を閉じることができた。これも諸君のたゆまぬ努力と綿密な計画のおかげである」

    ながながと続くあいさつだったが、全員が、ウンウン、とうなずきながら聞いている。

    「・・・であるからして、まずは、ホセ課長に、海岸通り犬のフン清掃活動について成果を述べてもらいたい」

    すると、ホセ課長はコホンと咳をして、

    「そもそも、わがファーロ市は、富裕層の犬飼育率が大変高く・・・」

    みたいなことを、延々と説明しだすのだった。
    それをまた、全員が、同じタイミングで、ウンウンとうなづくのだった。
    前菜が出てきて、ワインが出てきて、肉料理が出てきたのだけれど、まるで修道院の食事のように、全員、静かに口を動かしていた。
    ときどき、誰かが発言する。
    それに受けて、また、別のものが発言する。

    「君の意見はもっともだが、やはり、透明なビニール袋のほうが合理的だろう」

    「いや。中身が確認できるのがいつもいいとは限らない。白い袋を使うべきだった」

    どうでもいい内容を、あくまで静かに、しかし延々と交わすファーロ市役所市民生活課なのだった。
    鯨と配偶者は、真横で、やはり、静かにその議論に聞き入っていた。
    ポルトガル人は、ヒトの発言が終わるまで、しんぼう強く待って、秩序にしたがって、議論をするらしい。

    前夜「グラナダ高校35回生同窓会」の阿鼻叫喚を目の当たりにしたばかりの鯨は、
    「グラーシャスとオブリゲーテはかなり違うんだ」
    と納得した。
    旧市街をぐるりと一周し、ふたりは、月明かりの中、ホテルに帰った。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • kummingさん 2022/06/28 19:17:16
    ありがとうございましたm(._.)m
    シチリア旅の最新作、拝見しました♪ そこから飛んで参りました、ポルトガル編。
    私の初1人旅もポルトガルでした。

    初コメントの割に、失礼(要注意人物→ももねこさまの推薦状には「読書家」との説明書き)だったり、厚かましかった(Q&Aに聞けよ!的な質問)り、反省していますm(._.)m

    PCR検査の件、ご説明ありがとうございました。私調べでは3~4万かかりそうで、価格より必要日数とかファストトラック登録(IT音痴なので)とか、なかなかフライトぽちる勇気まで至らない、のが現状です。

    文章で魅せる方なんだな~、と。強面と書かれていた実像も、こちらで公開されていました、ラッキー♪

    平たい胸族のばあばにフォローされてもご迷惑かと思いますが、フォロー自己申告させて頂きます。
    ありがとうございましたm(._.)m

    鯨の味噌汁

    鯨の味噌汁さん からの返信 2022/06/28 23:10:11
    役に立たない
    kummingさん

    こんな古い日記にコメントありがとうございます。

    おっしゃるとおり(おっしゃってないかもしれませんが)、この旅日記は「役に立たない」「肩こらない」「しょーもない」三点を堂々兼ね備えた「三ない日記」を目指しております。(⇒今思いついた)

    旅のスタイルは人それぞれだし、その人の旅はその人だけのものですから、それでいいのではないかしらん。
    少なくとも参考にはならんなし、してもろくなことがない。(これがいいたい)

    読んで「わははは」と笑って「なんでやねん」とツッコミを入れていただければしあわせです。

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