2009/04/15 - 2009/04/20
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与太郎さん
ルビコン川と言っても知らない人が結構いる。もっともシーザと言っても知らない人も多いので、そのような人に聞いても論外だが。
ご存じない方のために、塩野七生氏の著作から関係部分を紹介しておく。 塩野七生「ローマ人の物語」スペシャルガイドブック
新潮社出版企画部編 49ページより
「賽は投げられた」
当時、本国イタリアの北の国境とされてきたルビコン川を、軍団と共に渡るのは国法で禁じられていた。
『ルビコン川の岸にたったカエサルは、それをすぐには渡ろうとしなかった。しばらくの間、無言で川岸に立ちつくしていた。従う第一三軍団の兵士たちも、無言で彼らの最高司令官の背を見つめる。ようやく振り返ったカエサルは近くに控える幕僚たちに言った。「ここを越えれば、人間世界の悲惨。越えなければ我が破滅。」
そしてすぐ、自分を見つめる兵士たちに向かい、迷いを振り切るかのように大声で叫んだ。
「進もう、神々の待つところへ、賽は投げられた!。」
兵士たちも、いっせいの雄叫びで応じた。そして先頭で馬を駆るカエサルに続いて一団となってルビコン川を渡った。
紀元前49年1月12日・・・・・・
因みに、「賽は投げられた」をイタリア語では
「Il dado è tratto」と言うと、イタリア人から教わった。
表紙の写真はカエサルが渡ったらしいとされているサビーニャでルビコン川に架かる橋付。橋は後世に造られたらしいとか。
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現代のルビコン川1
特に説明を要しないだろうし、説明する内容もないが、写真では綺麗に見えている水も、現実には濁っていてかなり汚い。 -
現代のルビコン川2
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現代のルビコン川3
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現代のルビコン川4
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現代のルビコン川5
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現代のルビコン川6
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現代のルビコン川7
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川岸近くに立つシーザの銅像
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銅像下部
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なにやら能書きが書かれた看板
ナンと書いてあるかよく分からないが、ドイツによって1944年に壊されたとか読めそうな?でも、ドイツとイタリアは協定を結んでいたのだから何かおかしいと思うが。 -
ルビコン川8
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ルビコン川9
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ルビコン川10
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サビーニャ、シーザがルビコンを渡ったところではないかと言われている場所に近い街
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ルビコン川11
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ルビコン川12
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ルビコン川13
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ルビコン川14
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ルビコン川15
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ルビコン川16
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