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 佐渡流罪を許された日蓮聖人は1274(文永)年3月26日、いったん鎌倉へと戻りますが、同年5月17日には甲斐の国(現在の山梨県)波木井(はきい)郷を治める地頭の南部実長(さねなが)の招きにより身延山へご入山されました。そして、同年6月17より鷹取山(たかとりやま)のふもとの西谷に構えた草庵にお住まいになり、以来足かけ9年の永きにわたりこの身延の山を一歩も出ることなく、法華経の読誦(どくじゅ)と門弟たちの教導に終始されました。この間、波乱の人生を振り返りながら「時」を知ることの大切さを説いた「撰時抄」(1275年)や、亡き旧師道善房を偲んで「知恩報恩」の大切さを述べられた「報恩抄」(1276年)などを著述されています。<br /><br /> 1282(弘安5)年9月8日、日蓮聖人は病身を養うためと、両親の墓参のためにひとまず山を下り、常陸の国(現在の茨城県)に向かいましたが、同年10月13日、途上の武蔵の国池上(現在の東京都大田区)にてその波瀾に満ちた61年の生涯を閉じられました。このとき地震が起こり、季節はずれの桜が咲いたといいます。<br /> 日蓮聖人の生涯は「法華経」の弘通に、まさに命を賭したものでした。日蓮聖人の教えは時間を越え空間を越えて、今日まで数多くの人々に受け継がれています。事実、身延山久遠寺においては、日蓮聖人のご入滅以来700有余年、法灯綿々と絶えることなく、広く日蓮聖人を仰ぐ人々の心の聖地として、日々参詣が絶えることがありません。 (公式ホームページより引用)<br /><br />  身延山久遠寺については・・<br />   http://www.kuonji.jp/<br /><br />

川沿いの身延山参詣道は花に包まれて ☆日蓮聖人の聖地を訪ねる

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2009/04/04 - 2009/04/04

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マキタン2

マキタン2さん

佐渡流罪を許された日蓮聖人は1274(文永)年3月26日、いったん鎌倉へと戻りますが、同年5月17日には甲斐の国(現在の山梨県)波木井(はきい)郷を治める地頭の南部実長(さねなが)の招きにより身延山へご入山されました。そして、同年6月17より鷹取山(たかとりやま)のふもとの西谷に構えた草庵にお住まいになり、以来足かけ9年の永きにわたりこの身延の山を一歩も出ることなく、法華経の読誦(どくじゅ)と門弟たちの教導に終始されました。この間、波乱の人生を振り返りながら「時」を知ることの大切さを説いた「撰時抄」(1275年)や、亡き旧師道善房を偲んで「知恩報恩」の大切さを述べられた「報恩抄」(1276年)などを著述されています。

 1282(弘安5)年9月8日、日蓮聖人は病身を養うためと、両親の墓参のためにひとまず山を下り、常陸の国(現在の茨城県)に向かいましたが、同年10月13日、途上の武蔵の国池上(現在の東京都大田区)にてその波瀾に満ちた61年の生涯を閉じられました。このとき地震が起こり、季節はずれの桜が咲いたといいます。
 日蓮聖人の生涯は「法華経」の弘通に、まさに命を賭したものでした。日蓮聖人の教えは時間を越え空間を越えて、今日まで数多くの人々に受け継がれています。事実、身延山久遠寺においては、日蓮聖人のご入滅以来700有余年、法灯綿々と絶えることなく、広く日蓮聖人を仰ぐ人々の心の聖地として、日々参詣が絶えることがありません。 (公式ホームページより引用)

身延山久遠寺については・・
http://www.kuonji.jp/

同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
観光バス
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
  • 山門

    山門

  • ヤマブキ

    ヤマブキ

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