2009/02/25 - 2009/03/18
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Azucenaさん
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ヘミングウェイを追いかけて・・・感無量です。
やっとお会いできました。どうか ダイキリ1杯ご馳走させて下さい。
え これじゃないって?そうでした。パパ ヘミングウェイでしたね。
失礼しました。今すぐ作ってもらいましょう。
なぜキューバに住むのかと聞かれたら、キューバが好きだからと答えることにしている。ハバナを眼下に見下ろす
夏の一番暑い日でも早朝はいつでも涼しく、すがすがしい丘の朝について説明するのは複雑すぎるからだ。
- ヘミングウェイ -
1CUC=111円(2009年2月27日現在)
【 関 連 旅 行 記 】
キューバの休日 2008 -不完全燃焼-
カンクン → ハバナ → トリニダー → バラデロ → ハバナ → コスメル → プラヤデルカルメン
http://4travel.jp/traveler/azucena/album/10319773/
キューバの休日 2009 - リベンジ
① プラヤデルカルメン → トゥルム遺跡 → ハバナ 経由 サンティアゴデクーバ
http://4travel.jp/traveler/azucena/album/10320040/
② サンティアゴデクーバ → カマグエイ → トリニダー、ロスインヘニオス渓谷
http://4travel.jp/traveler/azucena/album/10320123/
③ シエンフエゴス → ヴィニャレス
http://4travel.jp/traveler/azucena/album/10320145/
④ ヴィニャレス → ハバナ周遊バスツアーのコース案内
http://4travel.jp/traveler/azucena/album/10320175/
⑤ ハバナ旧市街をメインに散策
http://4travel.jp/traveler/azucena/album/10322935/
⑥ ハバナの人、音楽、街並み → カンクン
http://4travel.jp/traveler/azucena/album/10322955/
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- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
-
ボデギータ デル メディオ
ヘミングウェイが通ったお店。
いつも入りきらない観光客で溢れている。
なぜなら、L字型のバーカウンターには、椅子が6脚位しかないから。小さなバースペースには、ミュージシャンも入っていることが多いので、結果 いつも混んでるんです。
モヒートをもう1回味わいたくて何回か行ってみたのですが、やっぱり人が多くて。
ゆっくり味わいたくても、落ち着いて飲むことは不可能なバーカウンター。
ヘミングウェイが関連していなければ、最初から他のバーに行ってました。 -
ボデギータ デル メディオ
ヘミングウェイが通ったお店・・・
これって本当? 嘘説に1票!
なぜなら、ヘミングウェイの著書の中に出てきたのを見たことがないから。フロリディータは、何回も出てくるのに、1回もボデギータの名前は出てこない。
−ヘミングウェイ伝説−
ヘミングウェイが書いたとされる有名な「わがダイキリはフロリディータで、わがモヒートはボデギータで」を創作して店主に贈ったのは自分だという人がいる。
カンポアモールというキューバ人作家で、ヘミングウェイの知人でもあり「自分が作って贈った、ヘミングウェイは一度も訪れたことはない。」と言っている。
ヘミングウェイが飲み歩いていた頃は、食料品店だった。
1950年代半ばにバーになった。
看板は1959年に作られたもの。
ヘミングウェイの運転手付きの車が、この狭い通りに入ってこれない。
砂糖入りのお酒飲まない。砂糖なしのモヒートが存在しない。
信じるか 信じないかは あなた次第! -
モヒート 4CUC
ボデギータのモヒートのレシピです。
MOJITO
1/2 cdta. de azucar,
el jugo de limon,
un ramito de hierbabuena;
suelte el jugo.
Dos cubitos de hielo,
1 1/2 onzas de Habana Club 3 An~os.
Soda hasta colmer el vaso.
Revuelvalo bien. -
わがダイキリはフロリディータで、わがモヒートはボデギータで
ここで、Tシャツと灰皿を購入。
Tシャツには、モヒートのレシピと「わがモヒートはボデギータで」
カットされて当然かもしれませんが、ダイキリの部分も入れておいて欲しかったな。 -
レストランのランチョンマット
帰国して灰皿の包み紙を開いてみたら、ボデギータのレストランで使っている紙のランチョンマットにくるまれていました。
これ 綺麗なまま欲しかったな。
有名人のサインやメニュー、モヒートの作り方、世界の支店が書かれています。
プラヤデカルメンに支店がありましたが、メキシコに5店舗、チェコに1店舗あるようです。私にとってはヘミングウェイの行っていない支店は、全くの意味のないものですが。
シワシワの紙ですが、レストランに行ってないのに入手できたのはラッキー。
http://www.labodeguitadelmedio.com.mx/ -
フロリディータ
- My Mojito in La Bodequita
My daiquiri in El Floridita -
ヘミングウェイの愛した3つのバー
パリのホテルリッツのル プチ バー
ベネチアのハリーズバー
そして フロリディータ
パリのリッツの「ル プチ バー」は、現在「バー ヘミングウェイ」に変更されている。
1953年雑誌「エスクワイア」で選ばれた世界の7大バー
パイドパイパー(サンフランシスコ)
リッツホテル (パリ)
リッツホテル (ロンドン)
ラッフルズホテル(シンガポール)
クラブ21 (ニューヨーク)
シェルボーンホテル (ダブリン)
フロリディータ(ハバナ) -
彼は、いつものお気に入りの場所にいました。
「よく来たね。」
「・・・お会いしたかったです。」
心の中で会話してると、いつの間にか隣に年配のドイツ人夫婦が・・・昨年会えなかった顛末を話すと、ご主人が私に
「彼は、ずっとそこであなたを待ってるから」と。
ジーン。しみるぜ。
まあ、そんなようなことを言ってたのを自分に都合よく意訳しましたけど ナニカ?
疑問
いろんな本に、「現在 彼のお気に入りだった場所には、彼の像が置かれている。」と。しかし、お気に入りの場所は、そこではないのでは??本当は、カウンターの角に近いとこでは? -
フロリディータのダイキリ 6CUC
ここのバーは、ボデギータと違って落ち着いて飲めました。
店員さんのテキパキと働く姿も、見ていて気持ちいいし雰囲気もいいし。 -
フロリディータのカウンター内
右の奥は、レストラン
http://www.elfloridita.com/ -
パパ ヘミングウェイ 6CUC
ヘミングウェイが特注したオリジナルカクテル
砂糖なし、ラム酒ダブルのフローズンダイキリ。
「パパ ダブル」と注文したら「パパ ヘミングウェイ?」と聞きなおされてしまった。 -
コヒマルの小さな要塞 Torreon de Cojimar
スペイン植民地時代の石造りの要塞
ハバナからのヘミングウェイツアー20CUC位という情報を元に旅行社を探すも一人で催行すると58CUC。一人でタクシーをチャーターした方が安く済みそう。
カサの人に相談すると、グアグアで行けばよいと。これなら40センターボだけよ。センターボ?何それ?
1CUC=24 Peso(現地の人のお金) 1 Peso=100センターボ
1 Peso≒4.6円、 40センターボ≒1.9円
わぁお。グアグア最高。カサの方からの注意。
お釣りがないので、小銭できっちり必要。
現金・貴重品に気を付けること。
座りなさい。(スリ防止)
カサの人が家にあった小銭を持ってきて、70センターボくれました。帰りの分は足りないけど、ドライバーはいちいち確認しないから大丈夫よ。と。
いざ グアグアへ。フロリディータのそば。バス停なんてありません。
なかなか目当ての265が来ない。最初に「コヒマル行きのバスがここに来るか」と聞いていたので、覚えててくれたおじさんが「このバスも大丈夫、コヒマルの入口まで行くから」と違うバスがきた時に一緒に乗せられてしまった。
20センターボx2枚をドライバーの近くのボックスにチャリン。ドライバーさん ちゃんと確認してる。これで、帰りの30ターボで大丈夫説に不安が。
超満員のバス。教えてくれた親切なおじさんは、「貴重品に気をつけて」「コヒマルのどこに行くの?」などと気を遣ってくれた上に、下車するときは「ついておいで」と道を作り出口まで連れてってくれた。一人だったら下りられなかった。おじさん一緒に下りてくれたけど、よかったの?下りたところは、Via Monumental。分かりやすいPanamericano辺りまで連れて行ってくれ、「ここをxブロック行ったら右に曲がるんだよ」と。
ありがとう。
でも道をまっすぐ下ったところに海がもう見えてる。
早く海のそばに行きたい!おじさんの道案内を無視したせいで、暑い中 遠回りをするはめに。
20分位で着くところを倍以上歩いてしまった。 -
ヘミングウェイの胸像
いつでもコヒマルの海が見える、海に面した小さな公園にある。
ヘミングウェイが自殺したのを知ったコヒマルの漁師たちが、胸像を建てることにしたのだが、材料がなかったため自分たちの船のスクリューを集めて造った胸像。 -
レストラン ラ テラサ
コヒマルに来ると、ここでラムを飲んだり、食事をしていた。
ここにはなかったけど、ラ テラサのポーチで「老人と海」のモデルとなったアンセルモ氏や「海流の中の島々」のモデルとなったフエンテス氏と話すヘミングウェイの写真がアンボスムンドスのロビーにありました。
「老人と海」のサンチャゴ老人のモデルは、フエンテス氏と言われていますが、私は、アンセルモ氏のような気がします。現在 調査続行中。 -
入ってすぐのバーカウンター
レストランスペースは、奥。
見学は、ご自由にどうぞとのこと。
ヘミングウェイは、ここのエビの塩茹が大好物。
「老人と海」で少年が、サンチャゴのためにテラサ軒のマルティンから貰ってきたもの。
黒豆ご飯、バナナのフライ、シチュー、アトウェイビール
アトウェイビールは、サンティアゴ デ クーバの地ビール。でもスーパーなんかでは、売っていない。サンティアゴで飲み忘れ、カマグウェイで飲もうとしたら、地ビールは、その土地でしか飲めないとバーテンダーに言われた。アトウェイは、諦めていたけど、もしかしたら ここで飲めたのかな。 -
釣りに興じるヘミングウェイ
レストラン内の壁には、釣りをするヘミングウェイの様子や、カストロ氏とのツーショット、フエンテス氏のパネルで飾られている。 -
グレゴリオ・フエンテス氏
ヘミングウェイの親友。ピラール号の船長「キャプテン・グレゴリン」。
「海流のなかの島々」アントニオのモデル。
何度も船を救った、ヘミングウェイ自慢のキャプテン。2002年に104歳で亡くなった。
ピラール号は遺言でフエンテス氏に残されたが、現在はフィンカビヒアにある。 -
レストランからの景色
指定席は、左から2番目のテーブル席。
ヘミングウェイの見た景色も、きっと同じ。コヒマルの海はそんなに当時と変わってないという気がした。のどかな漁村。
ラ テラサのポーチで軽く飲み、暑い中グアグア停留所のありそうなHotel Panamericano方面へ戻り、最初に乗ってくる予定だった 265を探す。1ヶ所目でビンゴ。ここでの待ち時間は、屋根のついたベンチがあり日差しを避けられてよかった。いつくるかわからないし。20分位待った?
30センターボしかなかったので、1 Pesoを握り締めて乗ると係りの人が乗っていて、お釣りをくれた。後は、旧市街で適当に下りるだけ。
カサの方の正確な情報とアドバイスのお陰で、助かりました。こちらの事情でカサを変わってしまったけど ありがとう。
バス停や時刻表がないところでバスに乗るのは初めてじゃないし、どうってことないけど・・・超満員のバスに乗込んだり、下りたいとこで人を掻き分けて下車するには、まだ修行が足りない。 -
フィンカビヒアの入口
ここを入ると右手にチケット売り場。
入館料 3CUC、カメラ 5CUC
朝からここに来る予定が、午前中にカサを探さなくてはならなくなり、出発が午後になってしまった。ヘミングウェイ博物館の開館は、午後4時半まで。
フィンカビヒア行きのグアグアP7は、カピトリオの先の広場で。長蛇の列がP7待ちの列。何台待っても乗れそうにない。カサの方がフィンカビヒアへは、やけにタクシーを勧めていた理由がわかった。どんどん時間が気になってきて、結局、タクシーで行くことに。(片道 15CUC)
フィンカビヒア入口でタクシーを一旦止めチケットを買い、突き当たりのお土産やさんのある駐車場までタクシーは行ってくれます。入口で下りて歩いて行きたかったけど、ここから邸宅までの距離がわからなかったので、そのまま大人しく乗ってましたが、歩いても5分位。鬱蒼と樹木が生茂る様子からは、邸宅がどこにあるのか全くわからない。邸宅は、まっすぐ入って左奥に。 -
フィンカビヒア内の小道。
フィンカビヒア。ハバナ郊外サンフランシスコ デ パウラの丘の上に建つ白亜の邸宅。
ホテル暮らしを嫌がる3番目の妻マーサが探し出し、最初は借りていた。「誰がために鐘はなる」の印税が入り、購入。1940年から20年住んでいた。
現在、邸宅がヘミングウェイ博物館になっている。老朽化を防ぐため、中には入れない。(出来ることなら中で、自分の家のように我が物顔でうろつき回る係員も追い出したい。) -
緑の多いポーチ
-
ヘミングウェイ博物館 リビングルーム
後から団体さんが来たけど、ちょうど私が着いたときは、他の観光客がいなかった。近づいてゆっくり見始めようとすると、中の係員がデジカメをよこせ みんなには内緒よ的な合図を送り、室内の写真をバシバシ。
頼んでもないのに・・・(チップあげないパターン)顔に大ファンって出てたのかしら。何か特別なものも撮ってきてくれてるかもしれない。そんな期待を込めてチップ。甘い。欲しかったものはなかった。
そして老朽化の激しいヘミングウェイの家をあんなにズカズカ歩き回られては、気分が悪い。なんか汚されてる気がした。
単なるチップ欲しいだけの係員め。愛のある係員に変えて下さい。m(_ _)m -
リビングルーム
ヘミングウェイのお酒とレコードのコレクション(後ろの棚) -
ダイニングルーム
突然の来客に備えて、テーブルはいつでもセッティングされていた。
4番目の妻メアリは、料理好き。今なら料理研究家?グレゴリオに頼んで作り方を教わったり、いろんな国の料理を好むヘミングウェイのために中華、メキシコ、インド、キューバ料理などのレパートリーを増やし、客人に振舞った。
メアリのレシピの特徴は、マンゴーがよく入ること。
どの部屋も明るい日差しがたっぷり入る大きな窓があり、風通しもよく気持ちよさそう。
狩りでしとめた獣の剥製もあちこちに飾られている。
しとめた獲物を食べることはよいとして、ライオンまで食べていた。「仔牛の肉よりしっかりしているが硬くなく、野獣肉の癖が全くない」とか。 -
書斎
蔵書は9000冊。ヘミングウェイは、どこに何があるか把握していた。
グレゴリーペックのために購入した巨大なソファーってここのソファーかな。 -
寝室
立って打っていたタイプライター
「老人と海」「海流の中の島々」は、このタイプライターから生まれたのかな。
朝の日差しがあたるように眠り、日の出とともに起き、早朝から仕事をしていた。その時間なら、邪魔をするものは誰もいないから。
これも、よく見る写真とタイプライターの位置が違うな。(独り言) -
従軍記者の制服
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裏庭から見た邸宅
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フィンカビヒアからの眺め
フィンカビヒア=眺望楼
サンフランシスコ デ パウラやハバナが見渡せることから そう名付けられた。 -
各国で出版された「老人と海」
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植物研究センター
ではない。ヘミングウェイは遺書でフィンカビヒアをキューバの芸術家や知識人の集まる場になることや、植物の研究センターとして利用されることを望んでいた。
結局、夫人の同意のもとに「ヘミングウェイ博物館」として残されることになった。 -
邸宅の脇に建てられた4階建ての塔
フィンカビヒアを訪れる人が多くなり、ヘミングウェイが仕事に集中出来るようにとメアリーが造らせた。が、初めて仕事をしに行ったときに、何も思い浮かばなかったため、そこで仕事をすることはなかった。
1階 バスルーム
2階 猫の部屋
3階 釣り、狩猟道具部屋
4階 書斎
ここの係員のおばさんも「アメくれ」とか言ってくるし。ゆっくり じっくり見たいのに。何より気分が台無し。 -
プール
健康維持のために、毎日800m泳いでいたというプール。 -
プール脇にある犬のお墓とピラール艇
ヘミングウェイの執筆中、いつも傍らで眠っていた愛犬ブラッキーのお墓もここにある。
ヘミングウェイの留守中に強制的に家宅捜査が行われた。ブラッキーが吠え立てたためにバチスタの兵士に殺されてしまった。 -
愛艇ピラール号
スペインの守護聖人、聖母ピラールから名付けられた。
1934年購入。プレイメート社製 38フィート
闘牛、狩猟、釣りを好んだ。スペインでは、マス釣りを楽しんでいたが、キューバで巨大なカジキ釣り、大物釣りに夢中になってしまった。 -
グアグア車内
フィンカビヒアの入口を出てまっすぐ歩いて大通りを左に曲がるとP7のグアグアの停留所があります。入口から2、3分。ちょうどグアグアが来ました。まだ、この辺りは空いていたので、座れました。座っている方が危険防止になります。
セントロのバス停までは、30〜40分。 -
EL PACIFICO
ヘミングウェイが行っていた中華街のレストラン。
現在は閉店している様子。 -
カストロ首相と初めて出会った場所に立つ碑
ハバナバスツアー ルートT2 01 マリーナヘミングウェイ下車
レストランパパス(今は中華料理屋)の入口にある。
国際トロ−リング大会「ヘミングウェイ・カップ」
ヘミングウェイ主催で1950年に始まった。
第10回大会(1960年5月15日)にはフィデル・カストロ首相が参加し、個人優勝している。
優勝者には記念カップが名前入りで贈られる。 -
「ヘミングウェイカップ」の優勝カップ
ヘミングウェイ自身も2回優勝し、1つを寄付している。
マリーナヘミングウェイの「PUERTO marina hemingway」の看板のある白と青の建物に、寄付されたトロフィーや写真が飾られている。 -
ヘミングウェイカップについて。
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優勝したカストロ首相と
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ホテル アンボスムンドス
EL Hotel Ambos Mundos en la Habana, es un buen lugar.
ハバナのアンボスムンドスは、一番の場所だ。
− ヘミングウェイ
最上階の角部屋がヘミングウェイの宿泊していた511号室 -
ホテルアンボスムンドス 511号室
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ホテルアンボスムンドス 511号室
中に案内のおじさんがいて、鍵をかけている。Knock Knock
10:00-17:00 2CUC
日曜休館 -
511号室からの眺め
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ヘミングウェイ宛の手紙
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ベッドとタイプライター
釣りから戻るとヘミングウェイは、ベッドで手書きで執筆し、後からタイプライターで打っていた。
この部屋で「誰がために鐘は鳴る」を執筆し始めた。 -
ホテルアンボスムンドスのロビー
ロビー右奥にヘミングウェイのコーナーがあります。
フロリディータで妻や仲間と楽しむ様子
釣り大会でのカストロのツーショット
ボクシングをしているところ
愛猫のボワシー、愛犬のブラッキー
読書中のところ
ノーベル賞のお祝い
ラ テラサでアンセルモとフエンテスと話す姿 etc.
ヘミングウェイ博物館を見て、ロビーまでエレベーターで下り、ぐるっと見渡したときに見つけたコーナーです。
写真を見ていたら、今回訪れたところがいろいろと想い出されてきました。最後を締めくくる場として申し分なかったです。もう十分楽しませて貰ったのに、最後に思いがけないプレゼントを貰ったようでした。 -
ヘミングウェイのサイン
左 ピラール号で寛ぐ様子。
右 秘書たちと一緒にフロリディータで。 -
グレゴリオ・フエンテス氏
ピラール号での料理からお酒にいたるまでヘミングウェイは任せていた。
ピラール号にパリのホテル・リッツのオーナーを招いたときも彼が料理をしている。ヘミングウェイは、リッツのシェフよりも腕がいいと賭けまでしたらしい。
気の利くバーテンダーでもあり、飲み物はいつもよく冷えた最良の状態で出されていた。
フエンテス氏によると、ヘミングウェイの一番の好物は、茹でたカニにレモンと塩をかけたものだった。 -
蔵書の前で。
この笑顔の写真が、ヘミングウェイを追いかけた旅の最後の最後になりました。
全ての目的を、達成しました。サンティアゴ・デ・クーバ近郊のエルコブレで始まり
ハバナ1日目 ボデギータ、フロリディータ
2日目 コヒマル
3日目 マリーナ ヘミングウェイ
4日目 フィンカビヒア、フロリディータ
5日目 アンボスムンドス
どの場所も十分に時間をとったので、悔いなしです。達成感に包まれた放心状態とでもいった感じで、残りのハバナ滞在2日間は、もうどうでもよくなってしまいました。
*もし少しでも何かのご参考にしていただけましたら、清き1票を。ご投票いただけましたら幸いです(^^)
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