2009/03/16 - 2009/03/16
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シベックさん
京都2日目は、西の方に行ってみることにしました。丸太町通りの岡崎道バス停から#93路線に乗って西に移動。妙心寺前バス停で下車し、はじめての妙心寺へお参りしました。
妙心寺は、以前から1度は行きたいと思っていた臨済宗妙心寺派の大本山です。
写真は、妙心寺・大方丈(おおほうじょう)の南外観。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 徒歩
-
妙心寺・南総門
バス停から信号を渡り、
北の方角に歩くこと3分ほどで南総門に到着しました。
町の名は、右京区花園妙心寺町1。
正式名は、正法山妙心禅寺
(しょうぼうざん みょうしんぜんじ)。
臨済宗大本山 妙心寺 公式サイトWeb:
http://www.myoshinji.or.jp/about/index.html -
勅使門と南総門
境内と道路の間には、小川が流れていました。
手前左の門が勅使門(重要文化財)。
勅使門の右側に南総門がありました。
今、工事中のようで、
仮設通路が設けられ、工事車両が停まっていました。
でも、お参りや散策には支障はありません。 -
石柱と南総門
石の橋を渡り、南総門をくぐると、臨済宗妙心寺派の大本山である妙心寺のはじまりです。入って右手に案内所がありました。門からは、石畳みの参道が、まっすぐに大方丈まで敷き固められていました。
山号は正法山(しょうぼうざん)と称し、開山は関山慧玄(かんざんえげん)、開基は花園法皇だそうです。 -
浴室
江戸時代の建立。明智風呂と呼ばれており、
明智光秀の菩提を追善するために建立された建物。
昭和初期まで使われていたそうです。 -
境内から見た勅使門
南総門の西にある勅使門(重要文化財)は、
親柱二本、控え柱四本から建てられている門で、
様式名を「四脚門」と云うそうです。
手前の池は、放生池。 -
三門(重要文化財)
朱塗で均整のとれた立派な三門です。
東福寺三門、大徳寺三門に次いで
古い三門建築。
三門とは、
空・無相・無作の3つの解脱を
現しているそうです。 -
仏殿と法堂
どちらも江戸時代の建立で、重要文化財。
写真手前の仏殿は、妙心寺の本堂で本尊さま、
お釈迦さまが祀られています。
五色幕が張られた法堂は、今日でいう多目的ホールの
ような役目の建物だそうです。 -
法堂(重要文化財)
五色幕が風になびく法堂。
黒々とした寺院建築に、
動きとアクセントを与えてくれる五色幕・・。
心なごむ風景です。
妙心寺では、最も大きい建物で、1656年の建立。
建設当時、建築用材の運搬には大変な苦労が
あったようです。
京の町の辻では、用材が長すぎて、
民家を壊さなければ回りきれなかったという
エピソードが残っているそうです。
なお、法堂の天井には、狩野探幽が
8年の歳月をかけて描いた「雲龍図」があり、
大方丈脇の受付で申し込み拝観できます。
雲龍図・JR東海のポスターWeb:
http://recommend.jr-central.co.jp/others/museum/kyoto/summer_2007_04.html -
大方丈(おおほうじょう)
唐門を構えた重要文化財の大方丈は、江戸時代の建立。仏事行事を勤めるため出頭される和尚さんの控えの間、食事の場となる大広間のある建物。
平成21年は、妙心寺のご開山(初代住職)さまの650回忌にあたるそうで、大法要のほかさまざまな記念事業が行われるそうです。
そのためか、あちこちで補修工事や畳の入れ替えなどが行われていました。 -
渡廊下
-
妙心寺の鐘楼
黄鐘調とも云われる日本最古の
釣鐘のある鐘楼で、
釣鐘(国宝)は、日本三大銘鐘のひとつ。 -
大方丈・南面外観
-
つくばい
-
大方丈の大広間・襖絵
128面あると言われる襖絵は、
狩野探幽と益信の作。 -
檀信徒祖先を祀る大広間
妙心寺・おかげさま運動
生きているということは 誰かに借りを作ること
生きていくということは その借りを返していくこと
誰かに借りたら 誰かに返そう
誰かにそうしてもらったように
誰かにそうしてあげよう
(永六輔)妙心寺Webから・・・ -
大方丈の大広間・天井
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大方丈の大広間・南側
-
大方丈の板廊下
妙心寺派寺院名が書かれた名標が
掲げてあリました。
日本をはじめ
世界各国にわたり3,400ヶ寺余りの
妙心寺派寺院があるそうです。
私の田舎の菩提寺は・・・・・
ありました! -
寺院名標の一部
-
塔頭・霊雲寺三門
現在の妙心寺は、塔頭46ヶ寺、末寺は世界に3,400ヶ寺余り、在籍僧数は約7千人を数えるそうです。
塔頭46ヶ寺を回るだけでも大変です。行き止まりの参道は避け、右回りでぐるっと一回りしました。
塔頭(たっちゅう) は、妙心寺の境内にある末寺院。塔は墓の意味で、もとは高僧がなくなると、弟子がその塔の頭(ほとり)に小庵を建て、墓を守ったことにより始まったそうです。 -
2才児が走る参道
可愛いらしい園児たちが、
元気にマラソンをしていました。
しばし、目を細めて見入ってしまいました。
先生にお聞きすると、なんと2才児・・。
我が孫も同い年・・。 -
塔頭・春光院
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腰屋根のある春光院
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北総門につづく参道
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塔頭・金牛院
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塔頭・天球院
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園児のマラソン・北総門
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北総門
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水仙と山茱萸 (サンシュユ)
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土塀と棕櫚(シュロ)
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塔頭・長慶院
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広場で遊ぶ園児たち
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塔頭・桂春院
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石畳みの参道
境内の通路は、すべて花崗岩の石畳で
連なっていました。 -
妙心寺・微妙殿
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塔頭・東海庵
紅梅が咲き、鬼瓦が置かれた庭。
東海派の本庵で、開祖は妙心寺十一世の
悟渓宗頓禅師。
龍泉庵の次に創建された塔頭で、
両者の寺号には「院」ではなく「庵」と
つけられています。 -
塔頭・玉鳳院の唐門
-
唐門の脚部
-
玉鳳院
江戸時代に改築され、玉鳳禅宮とも呼ばれている御殿。妙心寺の開基、花園法皇の木像が安置されており、御殿としての形式を伝えています。 -
開山堂
平入りの平唐門から見た作業中の開山堂。
このお堂は微笑庵とも呼ばれ、妙心寺最古の建築物。
後小松天皇が御所より移築したとされる平唐門で、門には応仁の乱のときに受けた、弓矢の跡がくっきりと残っていました。 -
塔頭・衝梅院前にて
団体さんが通る参道・・右は蓮池。左は衝梅院。
奥は玉鳳院。 -
土塀の参道
-
塔頭・龍泉庵東面(裏面)
龍泉派の本庵で、開祖は妙心寺10世、
景川宗隆禅師。
妙心寺の四本庵の中で
最初に創建された塔頭だそうです。
文明13年(1484)に創建。
四本庵と云われる小庵は、
龍泉庵・東海庵・霊雲院・聖澤院。 -
南総門前の祠
-
南総門前の花壇で・・
ピンク色のヒヤシンスや
赤いボケが咲き誇っていました。
天気は、初夏のような陽気・・。 -
妙心寺・山内配置図
1部10円で購入した妙心寺伽藍や
塔頭、交通の案内図。
とても短時間では全てを見て回ることは
できませんでしたが、
当初の目的は達せました。
境内の巨大さも充分わかりました。
また、機会を見つけて、
じっくりお邪魔しょうと思います。
さて、では次の目的地・嵐山に向かいます。
〜つづく〜
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