2008/07/19 - 2008/07/20
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4nobuさん
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ベリンツォーナでの慌しい観光の後に駅に戻り荷物をロッカーから出してプラットフォームへ行く。途中で気付いて駅舎に引き返し急いで指定席券を買う。おかげで快適な列車の旅ができた。以後できるだけ指定席を入手するようにした。スイスとは違う旅の知恵だ。
ボローニャに着いたのは午後8時。予約したホテルは幸い駅前で部屋に荷物を置いてすぐに散歩に出かけるが薄暗くなってきたので9月広場で引き返してホテル傍でボローニャの名物?のスパゲッティボロネーゼを摂る。
翌日、午後にはベローナへ発つのでボローニャ市内の観光を慌ただしくする。
観れたのはマッジョーレ広場とネプチューン広場周辺の建物、一対の斜塔、それにサント・ステファノ教会だけ。最後の教会が一番印象に残る。
この素晴らしい町の観光資料をよく調べなかったせいで十分な時間をとらなかったのを悔やみながらベローナへ発つ。
このページを書こうとウィキペディアなどを調べたら次のような特徴の都市だといわれているのを見つけ面白く感じた。
1.学問都市:1088年創立の欧州最古の大学がいまも続く。
2.肥満都市:おいしい食事の多いすなわち食文化で著名。
3.赤い都市:歴史地区の屋根が赤いからだが、今は違うがかって社会主義や共産主義の市政が続いたからとも。
4.籠の都市:バスケットボールが盛ん。サッカーではセリアAのボローニャFCの根拠地だが
5.音楽都市:UNESCOから承認された。その理由は知らない。
6.車の都市:ドゥカティ(オートバイ)、ランボルギーニ(トラクターとスポーツカー)、マセラティ(スポーツカー)、マラグティー(スクータ、オートバイ)の各社の発祥地
7.隆盛期の13世紀には欧州での十指に入る人口だった。イタリアではローマとここだけ。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- JAL
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1泊だけの滞在なので移動に便利な駅前のホテルを予約した。概観は変哲もないが中はモダーンなコンテンポラリーホテルで快適だった。
荷物を置いてたそがれの街に散歩に出る。駅前を東に行くと街を取り巻く円形の城壁の北門に当たる城門ポルタ・ガッリエーラとその周辺の9月20日広場に出る。
ここから街中心の広場ピアッツァ・マジョーレまで大通りのインディペンツァ通りが走る。正面の通りはインディペンツァ通りの一本西の(今では裏通りになってしまったがかってはこちらがメインの通りだった)ガリエラ通り。 -
城門の傍に水道の遺跡が発掘の途中で放置されている。
いかに遺跡が多いとはいえこのイタリアの各所で見られるやりっぱなし現象に胸が痛む。 -
9月20日広場の傍の高台にあるサンタニョーラ公園の入り口の階段。
9月20日と名づけられた広場や通りが多いがこのいわれはイタリア共和国建国記念日だと言う記事を読んだことがあるが建国記念日は6月2日では?
通りの名がインディペンデンツァなのだからやはり関係が深そう。
どなたかこの9月20日と建国との関係を教えてください。 -
インディペンデンツァ通りに平行した裏通りのガリエラ通り。城門と同じ名が付いているようにかってはこちらの方がメインロードだったのだろう。インディペンデンツァ通りはイタリア統一後に市の中心部と駅を結ぶために作られた。
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たそがれのガッリエラ通り。古い館の並ぶシックな通り。かって貴族の住居が多かった。
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翌朝の観光のスタートは9月20日広場にある城壁の一部の櫓跡から始める。
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モンタニョーラ公園にもちょっと寄って
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朝が早いので一通りの少ないインディペンツォ通り。ずっと先の正面がピアッツァ・マジョーレ(広場)
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インディペンデンツァ通りの終り近くにあるメトロポリターナ(首都大司教座教会)の入り口と物乞い。
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ボローニャが聖ペテロに捧げた司教座教会聖堂。現在の建物は1605年に改築された。元のロマネスク様式がクリプトや内陣などに残っており好ましい雰囲気だった。
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ちょうど日曜礼拝の時間だった。そっと撮らせていただいた。
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礼拝堂の祭壇下のピエタが美しくて撮る
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インディペンデンツァ通りが終わると有名なネプチューン像のあるピアッツァ・デル・ネットゥーノ(ネプチューン広場)に出る。像の右がパラッツォ・ダックルシオとも言われるパラッツォ・コムナーレ(市庁舎)。像の向こうがノタイ(公証人)館。
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昼近く太陽が上がってから撮ったネプチューン像の噴水。 巨人の噴水とも言われている中世の美しい噴水で、斜塔とともに当市の最も有名な建造物。
波を鎮めるために三叉の矛を持ったネプチューン(海神)、イルカに乗った幼児たち、その下に4人のセイレン(海の精)がある。1563-1566年トンマゾ・ラウレーティの設計。 -
ネプチューン像を南東から。バックは市庁舎の北側ブロック
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ネプチューン像を正面にあたる南面からバックの左側はエンツォ宮
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ネプチューン像を東面から。まだ朝の日陰の中
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像と噴水の下を歩む少女もやがて水の精のように・・・
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ちょうど日陰で、快適な休憩をとる人たち
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水の精の乳房から出る小噴水にドキ!
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水の精いろいろ
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水の精いろいろ
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市庁舎(パラッツォ・コムナーレ)の全景。
コムーネは自治体の単位でイタリアでは市、町、村のように大きさでの呼び方の違いがない。大はローマから最小の33人の村まで。ボローニャは北イタリアでは最初(11世紀)にコムーネを形成した。
建物は左右で年代と構造が異なる。左(南)のブロックは柱廊と塔があり13世紀、右のブロックは15世紀、中央部の玄関は16世紀の建造でその上のバルコニーにローマ教皇グレゴリウス13世のブロンズ像がある。その左上にテラコッタで作られた聖母子像がある。 -
ネプチューンの噴水を過ぎて隣接するマッジョーレ広場に入り、振り返って噴水を見る。左が市庁舎、右がポデスタ館(行政長官邸)正面の隙間のところが通って来たインディペンデンツァ通り。
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市庁舎(パラッツォ・コムナーレ)の南ブロック。
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左が市庁舎。右がポデスタ館(行政長官邸)
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ポデスカ館は後ろにエンツォ宮が繋がっている。13世紀のボローニャが最も輝いていた時期にポデスタ館の後ろに新庁舎を建設した。ここがやがて自治都市と教皇との争いで教皇フリードリッヒ2世の息子エンツォを捕虜として死ぬまで幽閉したことからエンツォ宮ということになる。
塔は13世紀のアレンゴの塔といわれる。 -
マッジョーレ広場の南側の全部を占める大きなサン・ペトロニオ教会。
14世紀に建設が始まり17世紀に完成。といっても内部は完成しててもファサードはこのように上半部は未完成。イタリアではよくこのような未完成のファサードをよく見るが何故なのでしょう。
手前の広場は夜に予定?のエンターテイメントの準備が終わっている。 -
3つある入り口の中央の主玄関(ポルタ・マーニャ)の彫刻はシエナのクエルチャの15世紀の作でルネッサンス初期の傑作と言われている。
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教会内部は3廊式バジリカ配置のゴシック様式。
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教会内陣
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広場には暇な老人が会話を楽しんでいる。声量が大きいので私には喧嘩をしているように聞こえた。
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ポデスタ館の中庭。ここから十字に通路が出ている。
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ポデスタの中庭からネプチューン像への通路
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ポデスタの中庭からマッジョーレ広場への通路
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有名な観光名所。傾いたツインの塔。
左の高い塔:アシネッリの塔。12世紀にアシネッリ家により建立されたといわれるがむしろ物見櫓として立てられたとするのが合理的。高さ97.6m 西方に2.2m傾斜。上に登れるが時間がなく止める。
右の低い塔:ガリゼンタの塔。48.2m 3.2m傾斜。こちらは上れない。
ピサをはじめ、欧州の各地の斜塔が見られる。日本では見られないのは
a.おかしくなるとすぐ取り壊す日本の習性?
b.石造りでは壊すのが面倒だが木造は簡単に壊せる。
c.建物が木造で軽いから地盤沈下が少ない? -
斜塔を支えるジェスチャー
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連れの男性は白けて
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サン・ミターレ通りをぶらぶらと。狭い通りにも赤色の柱廊(ボルティコ)がいかにもボローニャの雰囲気を出している。この通りに泊まりたいいい雰囲気のミニホテルがあった。
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同じ通りで
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柱廊のほかに2階の張り出しも中世の雰囲気
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(サント・ステファーノの)大通りに面した立派な柱廊
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たしか斜塔からステファーノ通りのサン・ステファーノ教会までの間にある名前のわからない教会。だまし絵のファサードがおもしろくて撮った。
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ステファーノ通りから見たサン・ステファーノ教会群の全景
5世紀にサン・ペトロニウス司教によって建立されたとされている。
それぞれの聖堂が殉教者に捧げられた複数の教会がかたまって建てられている(ただしその殉教者の名を冠した教会はない)。中世の雰囲気が最も濃く、この街で私にとって最も印象が深かった。 -
サント・ステファーノ教会群の入り口にあたる前庭から。
この教会群の情報は次のページから得た
http://it.wikipedia.org/wiki/Basilica_di_Santo_Stefano_(Bologna) -
付属の博物館内にあった教会群の模型:右端が入り口になるクロチフィソ教会
1.クロチフィソ(磔刑の)教会 10世紀の建立
2.サン・セポルクロ・オ・カリヴァリオ(聖墓またはゴルダゴの丘の)教会 5世紀の建立
3.サンティ・ヴィターレ・エ・アグリコラ教会 ロマネスク様式 古代末から存在したものの上に建立
4.ピラトの中庭
5.トリニータ(三位一体の)教会。別資料では殉教者の教会とも
6.ベネディクト修道院 11〜12世紀
7.回廊つきの中庭 -
クロチフィソ(磔刑の)教会の側面にある変ったバルコニー。説教台?それともバチカンのようにお見せ台?
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10世紀の建立と伝えられるクロチフィソ(磔刑の)教会の内陣
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サン・セボルクロ・オ・カルヴァリオ(聖墓またはゴルダゴの丘の)教会。5世紀の建立で12世紀に改装される。
多角形の教会で中央に5世紀のボローニアの司教の聖ペトロニウスの墓所がある。 -
キュポラの中央にある聖ペトロニウスの墓。
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サンティ・ヴィターレ・エ・アグリコラ教会の質素な内陣。ロマネスク様式でこれも5世紀からあったものと見られている。
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同じ内陣の拡大
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聖墓教会を出ると12世紀のピラトの中庭。中央に8世紀の洗礼盤がある。
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三位一体の教会(トリニタ教会)から博物館へ通ずる廊下には美しい柱列がある。
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廊下には修復した壁画がならんでいる
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とりわけ美しい壁画
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一番奥のベネディクト会修道院の回廊付きの中庭。中央にボローニャ戦没の石碑がある。
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