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藤原氏二代基衡,三代秀衡の造営により、往時には堂塔40僧坊500を数え、中尊寺をしのぐほどであったといわれる毛越寺は、もとは慈覚大師円仁の開山による。<br /><br />度重なる災禍ですべての建物が焼失、現在は大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構がほぼ完全な状態で保存されている。<br /><br />本堂は平成元年、平安様式で復元された。<br /><br />芭蕉の句碑(向って左側は直筆と言われる)の手前でバスを降り、新本堂を拝観。<br /><br />大泉が池と池の対岸の鐘楼跡を望む南大門跡を起点に、時計周りに大泉が池を周遊した。<br /><br />写真も原則その順序です。参考のためにスポット名を記載した空撮の写真を添付しました。<br /><br />遣水は平安時代に構築されたもので、この時代の日本唯一の遺構。<br /><br />毎年5月の第4日曜日に、その遣水に盃を浮かべ、流れに合せて和歌を詠む、優雅で華やかな「曲水の宴」が執り行われる。<br /><br />今日は雨で薄暗く、遣水も黒ずんで、華やかな面影を偲ぶべくも無いが、緑の芝と庭園の中では最も赤みを帯びた紅葉が僅かに雰囲気を醸しだしていた。<br />

みちのく一人旅?-20雨に煙る毛越寺庭園(モウツウジ)

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2008/10/24 - 2008/10/24

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WT信

WT信さん

藤原氏二代基衡,三代秀衡の造営により、往時には堂塔40僧坊500を数え、中尊寺をしのぐほどであったといわれる毛越寺は、もとは慈覚大師円仁の開山による。

度重なる災禍ですべての建物が焼失、現在は大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構がほぼ完全な状態で保存されている。

本堂は平成元年、平安様式で復元された。

芭蕉の句碑(向って左側は直筆と言われる)の手前でバスを降り、新本堂を拝観。

大泉が池と池の対岸の鐘楼跡を望む南大門跡を起点に、時計周りに大泉が池を周遊した。

写真も原則その順序です。参考のためにスポット名を記載した空撮の写真を添付しました。

遣水は平安時代に構築されたもので、この時代の日本唯一の遺構。

毎年5月の第4日曜日に、その遣水に盃を浮かべ、流れに合せて和歌を詠む、優雅で華やかな「曲水の宴」が執り行われる。

今日は雨で薄暗く、遣水も黒ずんで、華やかな面影を偲ぶべくも無いが、緑の芝と庭園の中では最も赤みを帯びた紅葉が僅かに雰囲気を醸しだしていた。

同行者
一人旅
交通手段
観光バス

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