2008/11 - 2008/11
356位(同エリア399件中)
haneさん
クラクフ自体も魅力のある街だけど、なぜここにこだわったのかというと、一つは、先年亡くなったローマ教皇ヨハネ・パウロ?世の出身地だったことがあります。私はクリスチャンでもカトリック教徒でもないけど、なんだか親しみのある方でした(私が生まれる前から教皇になっていた人だし)。クラクフのひとたちが、どれだけこの教皇を愛し、誇りにしているかは街のあちこちで見ることが出来ます。大聖堂前やヴェリチカ塩鉱に立つ像、空港の名前もヨハネ・パウロ?世空港だし。
そして、やはりアウシュヴィッツへ行くのに起点となる所だったからです。
アウシュヴィッツ、というのはドイツ名です。ポーランド語ではオシフィエンチム。古くから交通の要衝で、ナチスがここに収容所を作ったのはそれが大きかったのでしょう。
現在は国立の博物館となっている収容所跡ですが、博物館のホームページを通じて言語別のプライベート・ガイドの予約もできます。日本語のガイドさんはたった一人、中谷さんという方だけです(ガイドブックなどでも知られてますね。。。)。団体ガイドツアーなら安く案内してもらえますが、せっかく行くのだから、きちんと色々なことを知りたいし・・・ということで日本語のプライベート・ガイドをお願いしましたが、残念ながらこの時期は中谷さんが休暇でポーランドを離れているとメールが来たため、英語ガイドでお願いしました。
他にもハンガリー語とイディッシュ語のガイドさんは1〜2人しかいらっしゃらないそうです。それでも、本当にたくさんの言語のガイドさんがいますし、訪れるひとも、本当にたくさんの国々にわたります。残念ながら、日本人をはじめ、アジア系の人の訪問者数はかなり少数とのことでした。
交通手段は幾つかありますが、クラクフ中央駅のすぐそば、PKSのバス・ターミナル窓口で往復のチケットを買うことが出来ます。路線バスなのでドライバーさんからも買えるけど、往復で買うとちょっと安いみたいです。ちなみに私の場合は往復20ズウォティ(このときのレートで往復600円くらい)。40分に1本くらいの運行だけど、片道1時間半にしてこの値段です。電車で行く方法もあるけど、バスならアウシュヴィッツ博物館の前まで連れて行ってくれるので便利。(電車だと、駅から博物館までバスに乗り換えるかタクシーになります。徒歩はけっこう遠いです。そしてきっと迷います・・・)
気をつけなきゃいけないのは、バス・ターミナル内にある電光掲示板と実際の運行が違うこと。私が乗ったときは時間も乗り場の違いました。。。(っていうか、ポーランド語しかないから読み間違えたのかもしれないですが・・・。)窓口で料金を払うとレシートをくれますが、そこに乗り場や時間が印刷されてます。ポーランド語オンリーですが、何となく書いてあることは分かるので・・・。あとは乗り場へ行くと、行き先と時間が表示されているので、一回行って確認すること!!です。もちろんアウシュヴィッツではなく、ポーランド語でオシフィエンチム、と表示されています。
あと、いつも観光客がたくさんいるので分かりやすいですが、沢山居すぎると乗れないので(補助席とかないし、日本のバスと違って立ち乗りは基本的に出来ない)、バスが入ってきたら早めに乗り込めるようスタンバイしたほうがいいです。路線バスなので、ところどころ地元のひとが乗り降りするし、風光明媚なところを通っていくので景色を眺めてるのもオススメですよ〜。
そうこうしていると、住宅地のなかに、大きな柳の木の並木が風にごうごうと揺れている場所が見えてきます。
アウシュヴィッツ・ビルケナウ絶滅収容所。
その名前から想像するのとは、恐らく殆どの人が違う印象を受けるのではないかと思います。
今は、世界中から訪れる観光客を運ぶ団体バスが連なり、住宅地に囲まれたにぎやかな場所です。当然そんなものは当時はなかったわけだけど・・・、それでも、ふりそそぐ日差し、広がる田園地帯、並木道・・・これは変わってない。でもきっと、当時のひとはこんな穏やかな気持ちで見ていたはずはありません。
いまは陰惨さは身を潜め、ただただ「現在(現代)」という現実の陰に、過去の死の匂いがひっそりと棲んでいる、そんな場所です。
我々一行は2人だけということもあり、ガイドさんはいろんな事を教えてくれました。ここへ送られてきた様々な人のこと、この場所で起こったこと。人間が、同じ人間に対して行った凄惨な事実。ガイドさんは当時のことを、感情的な表現はなく、淡々と事実を語ってくれます。当時のナチスの考え方では、2度にわたる世界大戦の時代にドイツが苦しい状況に陥っていたのをユダヤ人のせいにし、彼らやロマ(ジプシー)の人たちを同じ「人間」と見なさなかったようです。だからこそあんなにも残酷に殺戮できたのかもしれません。感情的な表現をしないぶん、ガイドさんの、「存在することを許さなかった」という言葉が、当時の収容所の存在理由を端的に表しているような気がします。
二度とこんな場所が作られてはなりませんが、ここは「絶滅収容所」でした。文字通り、ナチスにとって不都合な人々を、存在そのものを消す、絶滅させるための施設でした。
ここを訪れるのは、様々なひとたちです。(終日日本人に会うことはありませんでしたし、アジア系の人にも会いませんでしたが。)特に多いのは学生。社会化見学なのか、修学旅行なのか、クラス単位で沢山の中高生が訪れていました。ポーランド人として自分たちの国に起きたことを学びにくるという意識は高いのだと思います・・・が、そこはまだまだ子供たち。携帯電話片手に友達と喋りながら、先生やガイドさんの話も聞いているのやいないのやら。博物館内は撮影禁止なのですが、デジカメや携帯で撮ろうとして怒られたり、良くも悪くも現代っ子。。。
そして、時期的に多かったのがイスラエルの人たちです。ちょうどこの時期(万聖節のころ)には多くの人が訪れ、過去に自分たち民族に起きたことを忘れないように、そして祈りをささげるのだそうです。私が行った日にも、多くのイスラエルの人たちの姿を見かけました。あるひとは国旗を振りかざし、ある人たちは真剣に祈りを捧げ、ある人はデジカメで写真を撮り・・・様々です。特に多かったのは、兵役についている人たちの姿です。もしくは警察官かな。ダビデの星が付いた制服姿、しかもかなり大人数なのでとにかく目立ってました。
彼らと私では、同じ場所に立っていても、同じものを見ても、感じることは全く違っているのだと思います。
アウシュヴィッツ・ビルケナウを訪れる前、ここへ行ったらどんなにか悲しいとか、辛いとか、犠牲になった人たちが可哀想とか考えるだろうかと思っていました。
うずたかく積まれたトランク、くつ、ブラシ、義足、なべ、人毛で織られた布、牢屋、銃殺場、絞首刑台、遺体焼却炉・・・。けれど、実際見てみるとそんな感情は湧いてきませんでした。
あまりにも凄惨な、想像を絶する事実。ただ、そこにあるものを突きつけられる。
こう書いては語弊があるかもしれません。
でも、ここは「からっぽ」なんだと思いました。
数えきれない人々が、突然ここで殺されました。真冬には氷点下20度にまで下がることもあるという厳しい環境と餓え、過酷な労働の果てに、命を奪われました。ガス室で予告もなしに殺されたとしても、生きながらにこの世の地獄を見たとしても、私なら、死んだあとまでそんなところに囚われていたくありません。
だから、連れてこられた人々も、囚人となった人々の魂も、もうここには居らず、とっくに天国なり、彼らの信じたところへ去ってしまっているように思えます。
だから、からっぽ。
ここは、同じ人類の残した、事実、罪の跡。
こんなにも巨大な墓標。
けど、生き残った人々や、ここを訪れたひとたちの思いは、逆に溢れているのかもしれません。
私はこの文章中で「事実」という言葉をたくさん使いましたが、どれだけの事実を私は知っているのでしょうか。
きっとほんの少しです。
間違ってることもあるかもしれません。
本当なら、知ったかぶって偉そうに書く資格はないのかもしれません。
でも、ちょっとでも興味を持って、いつか訪ねてみようと思ってくれるひとが居れば幸いです。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
クラクフ中央駅を挟んでショッピングモールの反対側にある、PKSバスターミナル。
路線バスから国際バスまでたくさんのバスが発着しています。とりあえず列に並ぶべし!!
オシフィエンチム(アウシュヴィッツ)行きの観光客用に、窓口に料金表やサービスが貼ってありました。往復で買っておくと安いです。 -
PKSターミナルの電光掲示板。ポーランド語オンリー。
ここで確認しても、チケットにプリントされている時間や乗り場を見て、さらに実際の停留所まで行ってダブル確認してほうがベター。
オシフィエンチム行きのバスは本数が多くないので、乗り逃すと予定狂っちゃいます!! -
停留所。
上のほうに行き先と時間が表示されてます。 -
バスから。
クラクフ旧市街から出て、すこししたあたりにある大学前。
住宅街を抜け、美しい紅葉の林を通り、なだらかな丘陵の放牧地や畑、小高い丘の上には修道院があったり、とても素敵な風景のなかを走っていきます。
途中でお年寄りが乗ってくると、空席がないと現地の若者は必ず席を譲ります(今どき〜なおにいちゃんも)。またお年寄りも、「ワシャまだ若い!!」なんて強がっちゃうひともいないんでしょうね。 -
終点、博物館前。
バスはオシフィエンチムの鉄道駅に寄って、国立オシフィエンチム博物館前まで行きます。
着いたら、道の反対側にある停留所で帰りの時間を見ておくのを忘れずに!! あと、夕方のバスは非常に混むので少し早めに行ってスタンバったほうが良いです。
実際、18時すぎのバスで帰る時、満席で乗れなかった人たちが多数いました。(基本的に補助シートないし、立ち乗りもしません)。 -
博物館はこちらで〜す。
周りはすごい大型観光バスだらけ。 -
国立オシフィエンチム博物館のメイン・エントランス。
この建物内に、ガイドツアー受付、ブックショップ、お手洗いなどがあります。
当日申し込みのガイドツアー受付窓口と、事前予約しておいたプライベート・ガイドの受付窓口は違っています。予約している場合は奥の受付で名前を言って料金を支払うと、ガイドさんが来てくれます。 -
アウシュヴィッツ絶滅収容所の入り口。
社会科見学なのか、たくさんの学生が居ます。こんな団体があちこちに。
明るいうちは見学者が次々と来るので、暗い雰囲気はありません。元気な若いコいっぱいだし、天気もいいし。 -
収容所。
並木がたくさん。建物がきちっと並んでいて、ある意味整然として冷たい雰囲気。
アウシュヴィッツの建物は、外観は全て当時のままだそうです。中は様々な事務所に改装されていたり、当時のことを伝える博物館として使われています。 -
無料バスでビルケナウへやってきました。
とにかく広い。 -
ビルケナウの塔から見たところ。
ドラマ「白い巨塔」でも有名。
この引込み線の終わり、列車から降ろされた人々は、わずか数秒で生死が決められたといいます。 -
この塔に登ることができます。
ここから見ると、この第2アウシュヴィッツ収容所がいかに巨大な死の工場だったのかがわかります。
整然と並ぶバラック、煙突、その奥にあるガス室や火葬場・・・。無機質な冷たさを感じました。 -
青と白のリボンなので、イスラエルの人が置いた花束かと思います。
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塔の下。
たくさんの蝋燭が捧げられています。 -
白いバラ。
ミュンヘンでの反ナチス運動が思い起こされます。
近くに花屋さんはないので、きっと皆さん、きちんとクラクフあたりで買って来るんでしょうね・・・ -
たくさんの人が、自分を待ち受ける運命を知らないまま乗せられてきた線路。
ここを歩くこともできます。
触れることもできます。 -
こうしてみると、本当に穏やかな雰囲気なんですが・・・。(有刺鉄線とか監視塔とかありますけど)
-
ビルケナウのポーランド名を失念してしまいましたが(発音しづらくて覚えられませんでした・・・)、白樺という意味があるそうです。
その名の通り、白樺の木がたくさん。
白樺林と監視塔の向こうには、一般住宅があります。
こうして見ると曖昧な境界線ですが、当時は生死をわけた、見えざる分厚い壁があったのかもしれません。 -
引込み線の終点、さらにその奥。
ソ連軍が来るまえに、証拠隠滅のために爆破されたガス室・火葬場の跡。
脱衣室、ガス室、火葬場、ゾンデルコマンドーの住居・・・
ここで何が行われていたのか。
それは想像を絶する。 -
爆破されたガス室・火葬場の隣。
ちょっと大きな水溜り程度の池。
灰褐色のものが池の端に積もっている。
・・・人の灰。
隣の火葬場から出た灰を、ここに捨てていた。それは60年以上経った今でも残っている。(・・・それをガイドさんに言われる前に触っちゃった・・・)
ひとの残りがあるのが墓ということであれば、ここはまさに墓場。
池のすぐそばに、ヘブライ語などの碑が立ってます。 -
敷地の一番奥にある、国際慰霊碑。
ここに囚われていた全ての人々のそれぞれ言語で、碑が立っています。その数20以上。
花がたくさん手向けられた碑もあります。
でも、英語の碑の上には、石がたくさん置かれていました。
花はキレイだけどすぐに朽ちてしまう。でも石は風にも飛ばず、長い間残るから・・・。
プライベート・ガイドだと、こんなちょっとしたことも教えてくれます。 -
風の強い日。
アウシュヴィッツやビルケナウ周辺は平地のため、風が吹き荒れる日があります。
今日はそんな日でした。
・・・おかげでビルケナウのバラックは見学禁止でした。風が強いと展示物にもダメージを受けるかもしれないし、古い建物なので見学者も危ないからみたいです。 -
国際慰霊碑から、入り口の塔方面。
・・・すごく遠い。歩いて15分くらいはみておいたほうがいいです。 -
塔の上から。
奥のほうに並ぶ、無数の煙突。その数だけ、かつては囚人たちのバラックがありました。引込み線を挟んで両側にあります。
風のない日なら、現存している手前のバラックに入ることができます(この日は強風のため締め切り)。
手前にいる団体は、ユダヤの方々です。このあとずっと、有刺鉄線の前でみんなで祈りを捧げていました。
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塔の上から。
まっすぐのびる、有刺鉄線の壁と監視塔。 -
このフェンスの向こうとこちら。
地続きだけど、区切られた世界。 -
オシフィエンチム博物館のプレート
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ユネスコ、世界遺産のプレート
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アウシュヴィッツとビルケナウを結ぶ無料バス。
1時間に1本しかないので、気をつけましょう。。。歩けなくもないですが。 -
ビルケナウとのバスの関係でちょっと途中になっていたアウシュヴィッツに戻ってきました。
日も傾いて、昼間とは違う雰囲気が漂っています。 -
二重の壁。
向こう側が見えるぶん、いっそう残酷な気がする -
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フェンスとフェンスの間にある1mばかりの狭間が、容易には越えられない垣根。
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日も暮れたあとの、アウシュヴィッツ。
ひとも少なくなって、冷たい風が吹きます。 -
奥にあるのが、死のブロック。
銃殺場跡には無数の花や蝋燭が絶える事はないそうです。
銃殺場に面した窓は、当時から全て板で塞がれたいたそうです。そんななかで数分の裁判で処刑が決められていました。
地下には電話ボックスほどの大きさに4人が押し込められた立ち牢や、日本にも滞在していたマキシミリアノ・コルベ神父が入れられた飢餓牢があります。 -
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第一アウシュヴィッツ収容所の図。
一番右奥が死のブロック。
左側手前には初期に作られたガス室と火葬場。殺される囚人の叫び声がまわりの民家に聞こえないよう、バイクで走り回ってかき消していたそうです。
その奥には収容所の所長だったヘスが絞首刑になった木製の台が残っています。 -
日が暮れたあとでも、かなりの人がやってきます。
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秋のおわり。
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不気味なほど赤紫に染まったオシフィエンチムの空。
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