2008/06/16 - 2008/06/16
657位(同エリア3874件中)
たぽじいさん
6月16日(月)
今日はローマ行きのキップを購入すれば、あとは好きなことが出来るぞ!!。でも、疲れてきたのか、何事にも興味が湧かないなぁ……。
午前7時、はじめて携帯の目覚ましで起こされた。毛布をかけて寝たせいかぐっすり眠れた。それでも眠り足らない気がして8時にセットしなおしてうとうとしていた。
8時にベッドを出る。パジャマとTシャツだけでは寒いので、外出する格好になって今日のプランを練る。
朝食の案内がなかったのでここでの食事は無いのかもしれない。B&Bと言いながら朝食が無いのはおかしいな。それで50ユーロだからやはり観光地は高いのか。
まず駅に行って明日のローマ行きのキップを買って、駅構内のバールででもカプチーノとクロワッサンを食べよう。
あとフィレンツェで行きたいところはピッテイ宮のグロッタと、ラファエロの「小椅子の聖母」を見て、あとはサンタ・クローチェ教会、そして捨て子養育院。宿の近くのサン・マルコ美術館とアカデミア美術館のダビデ像が見たい。
9時20分、レパラータ通りをまだ行ってない北に向かう。最初の角にバールがあったので入ってみた。古い店と言う感じは無いが出入り口がそれぞれの通りにあって、開放的な店だ。カウンターのいかにもイタリア人らしい中年のおじさんにカプチーノとトマトのパニーニを頼む。2.9ユーロ。ものを受け取り「テーブルでもいいか?」と断って座って食す。分からないがまた新聞を見ながら食べる。食べ終わって薬を飲む。この薬の予備はリュックに入っているが、旅行期間中の分はベストに入れて持っている。もうあと2錠しかない。いよいよ旅の終わりを感ずる。
バールを出てルオーテ通りを南東に行くとサン・ガッロに出た。それを南に進み最初の角を左に曲がって行くとサン・マルコ広場に出た。なぜか広場には幾つかの警察の車と警官がいた。予定と順番が違うがサン・マルコ美術館に入る。4ユーロ。入るとすぐ「アンジェリコ」の作品が多い展示室だ。大きいのから小さなものまで多彩な作品が並んでいた。この頃のイタリア美術も凄いと思った。
そこを出ると中庭で回廊が取り囲んでいた。建物にはフレスコ画が描かれていて、一部修復を行っていた。
階段があったので上がっていくと、目の前にすこしづつ現れてきたのが「受胎告知」だ。全貌がみえたのでカメラを構える。しかし日本人夫婦と思われる方が魅入られるように立ち止まっている。ようやく二人が離れたのでシャッターを押し、さらに上がって撮る。すると右手から「ノ、ノ」と言う声がする。見ると椅子に座った係員だ。回廊は撮影自由だったのでここもいいと思って撮ったのであるが、いけないようだ。余りにも有名な作品だから撮影禁止はうなずける。修道僧たちの部屋を見ながら係員に近づいていき「パルドン」と謝ると「ノープロブレム」とにっこりした。僧たちの暮らしぶりを少し感じ取り、再び中庭に出てベンチに座りひと休みする。今日も曇り空だ。暑くなくて良いがこう曇り空続きだと気分も曇ってくる。
出口近くの売店でステンレス製の栞を買う。4年前にウフッツィで買ったのと同じ形だ。
美術館を出てさあどこに行くかと思っていたら、急にトイレに行きたくなった。宿が近くて助かる。迷わないように同じ道をたどって戻った。部屋に入り明かりのスイッチを入れると「バチッ」と音がして切れてしまった。修理を頼もうにもレセプションは別棟で、係りが居れば入れるかも知れないが、居ないときは全くお手上げ。昼に宿泊料を払うときに頼み、ついで朝食のことも聞いてみよう。しかし、このB&Bのチエーンは良くないな。良く考えてみても50ユーロは高すぎる。
11時過ぎ、駅にキップを買いに行く。駅の窓口に行くと凄い行列だ。昨日は仕切りの中に並んでいたのみだったが、今日は広いコンコースの端まで並び、それでも足らず曲がって並んでいる。さすがに超一級の観光地だと感心する。
買うのを諦め昨日のコースを通ってアルノ川に出る。また無鉄砲に歩き出してしまった。家内に頼まれた土産を買わなくてはいけないことを思い出し、サンタ・クローチェ教会に向かう事にした。4年前に来たときツアーつき物の店に連れて行かれたが、そこへ行けば前回のように手ごろな品があり、うまく行けばまとめて送ってもらえるかもしれないと思ったのだ。土産を買うのはいいが荷物になるのが嫌だったのである。
今日はウフッツィを通ってシニョリーア広場に出た。そして広場の東北角の小道を北上しすぐ右に曲がる。細い趣のある道だ。前回見かけた木製のおもちゃばかりの店が健在であった。実物大の木製オートバイもあった。前に来た道をたどりサンタ・クローチェ教会に出る。古式サッカーのスタンドがある。それを右に見ながら広場を過ぎ教会の横辺りにあの店はあった。が、月曜休み。来る前に月曜という事でひょっとして休みではないかと危惧していたが、その通りでがっくりしてしまった。それで、サンタ・クローチェ教会に行ってミケランジェロのお墓を見るのも忘れ引き返す。広場横に小さな店があり手ごろなエプロンなどを売っていた。入ってみるとTシャツも売っている。エプロンやTシャツなどを適当に買い込む。これならそんなに荷物にならないと思った。
一応、家内の依頼を果たしたので、少し肩の荷が下りた気がしてほっとしつつ宿に戻る。
宿に着くと隣の入口に白人女性二人が手に紙を持ってたっている。手にしている紙はB&Bのプリントアウトみたいだ。傍に行き「ここは予約時に知らせた到着時間にしかいない」と教えた。ベルを押したかと訊くとまだというので押してやる。しかし反応は無かった。どうすることも出来ないので自分の部屋に行く。
面倒になり昼も今朝のバールに行こうと思った。まず宿泊費を払ってからだ。時間もちょうどいいので宿を出て隣の入口に行くと、白人女性二人がちょうど開いたドアに入っていくところだった。昨日の受付のお兄さんがいたので、お金を払うつもりでついていく。手続きがあるので待つ間こちらの建物を見学。廊下が尽きると細長い屋外の通路があり、左右にもしゃれた部屋が並んでいる。通路の置くには狭いがいい感じの庭があった。
手続きがかかりそうなので「30分」といって外に出て、今朝のバール「レパラータ」に行きカフェマッキャートとピザとコーラを頼む。また椅子に座って食す。
宿に戻るとまだ手続きをしていたというより、観光案内をしていたようだ。お兄さんが二人を案内して行った。通路のしゃれた部屋に入っていく。ちらっとまた差別されたかなと思った。
係りのお姉さんに朝食の事を尋ねるが、全く通じない。手まねでようやく分かったみたいで、近所のリストランテの名刺をくれた。という事は自費で食べに行けと言う事かと納得した。戻ってきたお兄さんに宿泊費を払い、照明の修理を今夕までにと頼む。
明日のチェックアウトは自室の鍵は部屋に置いて鍵をかけず出ること。外の鍵は中から開くのでOKである。
部屋に戻り少し休憩し、3時25分、再び駅に向かう。やはり列は長くコンコースいっぱいに並んでいた。もう後がないので並ばざるを得ない。3時43分、最後尾に並ぶ。何度も見上げて壁の大時計を見る。いつまでたっても3時52分だ。どうも止まっているようだ。
駅の構内放送はこうしてキップ売り場に並んでいたり、列車を待っているうちに耳に馴染んできたが、今日はしきりに何か言っている。アナウンスの中にしきりに「ショーペロ」という言葉が入っている。ショペロっていえばストの事だ!!。「うえっ、スト!!」とびっくりし掲示板を見ると、下の方に
DALLE ORE9:00 ALLE ORE17:00、SCIOPERO
とあるではないか。がくっと力が抜けていくようだ。それでこんなに列が長いのか。そういえばトレンイタリアのインフォにも凄い列ができていたな。
前に並んでいた物静かな青年に「ショーペロ?」と訊くと「シ」と言った。「ツモロウ?」と訊くと「ノ」と返事したのでほっとした。掲示板を見ると「R」という普通列車のみが表示されているので、ECやICなどの高速列車のみのストみたいだ。
4時08分、ようやく仕切りのところに来る。するとイタリア娘二人が何か用事があるような風に列に寄って来て、そのまま前の方に入り込んでしまった。しかし前後の人は何も言わない。私の後ろの方で誰かが何か言ってたようだが、娘たちは歯牙にもかけない感じであった。4時32分、とうとう自分の番になった。まだ、「明日はストです、このキップは売れません」と言われたらという不安があったが、無事購入する事が出来た。38ユーロ。これで飛行機にのって日本に帰れると思った。
駅の出口で綺麗なお姉さんがコーラの試飲をやっていてゴチになった。すっかり疲れてしまい昨日のコースで宿に戻る。中央市場で猪の像を探すがまた見つけられずがっくり。
(切り絵師「俊寛」さんの個展会場でこの事を話すと「それはヴェッキオ橋ちかくのメルカートにある」と教えられた)
市場の広場の北東角からタッデア通りにでる短い通りにインターネットの店がひしめいていた。店番の人が大人しそうな店に入る。ここも中東系のひとだ。パスポートを出せというのでだすと、番号などをPCに入力していた。何のためだ?。カードを作ってくれたPCに案内され、日本語の設定をしてくれた。今日は旨くミクシイのアドレス入力が出来て入れたので、メールチェックをして息子や友人にメールを送る。最後にスポーツをチェックしてちょうど1時間で1.5ユーロ。
昨日のケヴァブ屋に行くと昨日の人はいなかったが、同じものを頼む。「スパイス?」と訊いてきたので「ピッコロ」と答えた。
宿に戻りスイッチを入れたら案の定つかない。イタリアだから仕方ないと諦める。ならば明るいうちに荷物の整理、詰め込みをしなければとし始める。お土産が増えた分心配であったが、少し小リュックに荷物を移し、大リュックのベルトを緩めると皆入ってしまった。シャワーを浴びてから枕元のスタンドをつけてケヴァブを食べる。スパイスが食べているうちに効いてきて、とうとう半分でご馳走様だ。
予定の半分どころかサン・マルコへ行っただけで、すぐ近くの捨て子養育院にも行かなかった。折角、一日フィレンツェに居ながら勿体無い事だ。それでいいのか、もう二度とここへは来れないぞと自問するが、もう出掛ける気力は無かった。
午後9時、まだ窓の外は明るいのにベッドに潜りこみ、TVの犬夜叉(朝晩放送している)や、古式サッカーのニュースを見ていた。
犬夜叉はタイトルは日本のままで、予告も日本語なので聞いていて嬉しかった。マルコ君の事を思い出す。彼との出会いがもうずっと前のような気がする。
今夜も毛布をかけて眠った。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- エールフランス
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9時20分、宿を出て近くのバール(S.REPARATA)で軽く朝食。適当に歩いていたらサン・マルコ美術館のある広場に出ました。
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サン・マルコ美術館の入場券です。4ユーロ。
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入場してすぐフラ・アンジェリコの作品が多い展示室を見てから中庭に出ました。一部、修復作業中でした。
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回廊のフレスコ画です。
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中庭です。今日も曇天です。
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いたる所にフレスコ画が。
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なぜか鐘が展示してありました。
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中庭から二階に上がりました。階段の途中から劇的に「受胎告知」が少しずつ見えてきます。
中庭が撮影自由だったので勘違いして、これを二枚撮ったところで注意されました。 -
二階から見た中庭。
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中庭の回廊。
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出ようと入った所に行くと、出口は別のところでした。
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美術館を出たところにて。カヴール通り。
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街角のマリア様。
次はどこへ行こうかと思案していたら、止むに止まれぬ事情で、よんどころなく宿に引き返しました。 -
再び宿を出てキップを買いに駅に出ましたが、昨日よりはるかに長い行列をみて、また、買わずに駅を出て、昨日のコースでアルノ川に出ました。全く行き当たりばったりです。
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やはりヴェッキオ橋に足が向きます。
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ヴェッキオ橋。ここで家内にお土産を頼まれた事を思い出し、「グロッタ」も「小椅子の聖母」も忘れ、サンタ・クローチェ教会に向かいました。
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4年前と同じコースでヴァザーリの回廊の下をアルノ川沿いに行きます。
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ここを左に曲がればウッフィツィの回廊です。
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ウッフィツィの回廊です。
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ランツィのロッジアです。
昨日と同じところを廻っていますね。 -
シニョリーア広場に出ます。
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ヴェッキオ宮。
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サンタ・クローチェ教会に向かいます。
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ちょっと遠回りして4年前に歩いた道を。
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木で出来たおもちゃばかりの店が健在でした。4年前に見たオートバイもまだありました。
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サンタ・クローチェ教会に出ました。古式サッカーの特設会場のやぐらがあります。
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教会の北側の道を行きます。
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教会の北側です。この左手が側に目的の土産物屋さんがあります。
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嫌な予感どおりお店は休業日でした。これで土産物を送ってもらう予定はパァーです。
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近くの小さな店で軽くて嵩張らない物ばかり買い込み、家内との約束を果たしました。でも、結構草臥れました。宿に戻ります。
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メディチ・リッカルディ宮です。宿は近い。
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宿に戻り宿泊料を払いに隣の建物に。入り口を入ったところです。
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廊下を突っ切ると中庭がありました。この両側の部屋は良さそうです。
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中庭の奥にはこんな所が。
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奥のドアを開けるとレセプションのある廊下で、入り口に続きます。予約時の案内がこの写真ですので、外から判るわけが無い!!と思いました。
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宿泊費を払おうと思っても、着いたばかりののカナダ人の客の対応で後回し、その間にまたバールで昼飯。これがBAR REPARATA。
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店内の様子です。結局、次の朝もここで食べました。
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バールの斜め向かいの建物。この後、宿泊費を払ってから駅に向かい、キップを買いに行きました。
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キップを買う人の行列が長かったのは「スト」のせいでした。並んでいるとしきりに「ショーペロ」という言葉が耳に入ってきました。「ショーペロ」ってストの事だと気付き、膝の力が抜けそうになりました。幸い前に居たお兄さんに訊いたら「今日のみ」と言う事でほっとしました。
さすが超国際観光都市フィレンツェと思い込んでいたのですからオメデタイ。
キップが手に入り「これで何とか帰国できる」と思ったら、どこへも行く気が無くなり宿に戻りました。
全くもったいない事を……。 -
B&Bの部屋です。観光立地は良いですが。
-
ベッド脇の小さなテーブル。
室内の天井灯が切れて、修理を頼んでおいたのですが、やっぱり直っていませんでした。
仕方なくこの小さなライトで一晩過ごしました。おかげで9時にはベッドに入りました。窓の外はまだ明るいのに。 -
洗面所。ヴィデの上にバスタオルが置いてありびっくり。
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部屋の窓から下の通路を。
なぜか毎日夕立があり、そのあと、午後7時頃になると天気が良くなります。その頃にはもう部屋に落ち着いてしまっていて、折角お天気が良くなっても、出て行く気が失せてしまっています。
さぁ、明日はいよいよローマです。
(FINE)
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この旅行記へのコメント (5)
-
- tensobaさん 2010/03/07 19:24:46
- 思い出したのですが
- たぼじいさんこんばんは
この切符の写真をみて思い出したのですが、フィレンツェから直接、
フューチミノまで買えますよね?
私は耳が悪いので窓口では購入出来ないので、ホテルのパソコンで予約したり、直接自販機で買ったりしてました。
ミラノからローマへ急遽戻るときもミラノ駅の自販機で切符を買ったのですが、あとで考えたらテルミニからフューミチノも一緒に一枚で買っておけばよかったのだと電車にのってから気づきました。
それで、テルミニについたとき飛行機出発まで後2時間を切っていたので、少し慌ててました。
そういう自分をトレニタリアの職員さんも察してか、スーツケースを引っ張りながら焦ってる私をみて「フューミチノ?」と言ってくれました(それは難聴でもはっきりそう聞こえた)。「はい」と日本語で応えると、手に持っていた少し小さめのテルミニ→フューミチノの切符を売ってくれて、時間が少し助かりました。
電車の中ではなぜか検札のとき、周りの人がみんなその小さい切符を出していたので、これが普通のやりかたなのかなと思ったりしたのです。
空港についてまだ1時間あったので余裕かなあと思ってたら、手荷物検査でかなり時間がかかり、実際に搭乗したのは10分前というなんとも慌ただしい帰国だったのです。
- たぽじいさん からの返信 2010/03/08 16:28:27
- RE: 思い出したのですが
- tensobaさん こんにちは。
先程、北イタリアの旅行記にお邪魔してきました。自分の旅を懐かしみつつ拝見しました。
なんというか、tensobaさんの旅行記、なんか惹かれるものがあります。
続編、おおいに期待しております。
> この切符の写真をみて思い出したのですが、フィレンツェから直接、
> フューチミノまで買えますよね?
すみません、まったくわかりません。私、個人旅行の初心者ですし、応用のきかないジジイですので。ただ、準備して持っていった「購入カード」に所定事項を書き込んで買っていただけでしたので。
> 私は耳が悪いので窓口では購入出来ないので、ホテルのパソコンで予約したり、直接自販機で買ったりしてました。
そちらの方が難しいのでは? チャレンジ精神皆無の私は、ひたすらカードを見せてのみ。一度、車内で車掌にプリントアウトした用紙を見せてる人を見ました。あの場合、刻印はしなくてもいいのかな?
> ミラノからローマへ急遽戻るときもミラノ駅の自販機で切符を買ったのですが、あとで考えたらテルミニからフューミチノも一緒に一枚で買っておけばよかったのだと電車にのってから気づきました。
> それで、テルミニについたとき飛行機出発まで後2時間を切っていたので、少し慌ててました。
> そういう自分をトレニタリアの職員さんも察してか、スーツケースを引っ張りながら焦ってる私をみて「フューミチノ?」と言ってくれました(それは難聴でもはっきりそう聞こえた)。「はい」と日本語で応えると、手に持っていた少し小さめのテルミニ→フューミチノの切符を売ってくれて、時間が少し助かりました。
> 電車の中ではなぜか検札のとき、周りの人がみんなその小さい切符を出していたので、これが普通のやりかたなのかなと思ったりしたのです。
> 空港についてまだ1時間あったので余裕かなあと思ってたら、手荷物検査でかなり時間がかかり、実際に搭乗したのは10分前というなんとも慌ただしい帰国だったのです。
しかし、いつもtensobaさんは何かに守られているように感じます。私からみれば運が良い!!。
しかし、自分も今、思い返せば幸運だったかも。フィレンツェで初めてATMに挑戦し、金額を押したのに何の反応も無く、画面を見ても焦っていたのかさっぱり判らず、ふと、後ろを見ると上品そうな親娘が待っていて、助けを請うと寄って来て、母親が画面をタッチするとお金とカードが出てきて、何度もお礼を言って離れました。まさに、地獄で仏と言う感じでしたね。
私は、自分の口座から落とした積りでしたが、明細をみたらキャッシングでした、お粗末。
tensobaさんは、海外旅行の大ヴェテランですから、多少のハンデ(コミュニケーションの際は大きいですが)なんか乗り越えられて、旅を続けられるんですね。
私も旅に出たいと思っていますが、なかなか思うようにいきません。
お身体の調子と相談為されて、どんどん旅に出てくださいね。
-
- Rainy☆Wongさん 2010/01/27 00:26:19
- さりげなくてかっこいいです!
- たぽじいさんの旅行記は、さりげなくてかっこよく、大人の旅といった印象です。
日記の様なテキストも素敵ですし、すっきりとしたセンスのいいお写真もすばらしいとおもいます。
私もいつかはたぽじいさんのように、余裕のある、まるでそこで長年生活をしているような、
そんなスタンスで旅が出来るようになりたいです!
また、お邪魔させて頂きます!
taka1
-
- tensobaさん 2009/05/18 18:37:45
- スト
- たぼじいさん、こんにちは
イタリアのストはお家芸らしいですね。
私も去年帰国の際、ストだよ、ホテルの人にいわれました。
しかし、いつものことでたぶん電車等は動くし、万一ダメなときは、自分の車で空港までおくるから、といわれました。
さすが、日独伊三国同盟の仲だと、勝手に・・・。
- たぽじいさん からの返信 2009/05/18 21:41:55
- RE: 清き一票、ありがとうございます
- tensobaさん、こんばんは。
> イタリアのストはお家芸らしいですね。
> 私も去年帰国の際、ストだよ、ホテルの人にいわれました。
> しかし、いつものことでたぶん電車等は動くし、万一ダメなときは、自分の車で空港までおくるから、といわれました。
私はイタリアやフランスがストが多いと聞いていましたが、まさか自分が遭遇するとは思いもしませんでした。
tensobaさんの場合は親切なホテルの方がいてよかったですね。
> さすが、日独伊三国同盟の仲だと、勝手に・・・。
私もそういう気持ちがあり、それでイタリア人は親切にしてくれるのかと思っていましたが、色々な本や映画の感じでは三国同盟より対ドイツとしてのレジスタンスの気持ちが強いように思いました。
イタリア人は枢機軸の事は忘れ、連合国側のつもりでいるように思いました。
「こんどはイタ公抜きでやろう」とドイツ人が言うそうですが、その気持ちは分かります。
といっても私はイタリアひいきですが。
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