2008/10/18 - 2008/10/19
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MechaGodzillaⅢ&703さん
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■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
【小倉城】
関門海峡に面した小倉は、陸海の交通の要衝として、古くから砦や城が構えられた地でした。
この地を抑えるために繰りひろげられた、多くの豪族たちの攻防の歴史も残っています。小倉城の歴史は、戦国末期(1569年)、中国地方の毛利氏が現在の地に城を築いたことから始まります。
【八坂神社】
八坂神社は元和3年(1617)に小倉城主で名君といわれている細川忠興公が鋳物師町に創建したもので、昭和9年に今の小倉城北の丸跡に遷座されました。
■今回の訪問地:福岡太宰府・長崎平戸島・福岡門司
福岡太宰府・長崎平戸島は3度目、福岡門司は5〜6?回目の訪問になります。想い出さがして、ひとり旅をしてきました。
▼10/18午前6:40出立
→・広島廿日市ICオン→・山陽自動車道→・壇ノ浦PA
→・九州自動車道
→・九州国立博物館
→・大宰府天満宮→・大宰府表参道門前街
→・九州自動車道→・長崎自動車道→・西九州自動車道
→・平戸大橋→・幸橋(オランダ橋)→・平戸交流広場
→・松浦資料博物館→・六角井戸→・大ソテツ
→・平戸街並み→・オランダ塀跡→・平戸観光資料館
→・オランダ商館跡→・オランダ井戸→・平戸城(遠景)
→・ザビエル記念聖堂→・教会と寺院の見える坂道
→・ビジネスホテル平戸
→・川内峠→・紐差カトリック教会→・生月大橋
→・道の駅昆虫の里たびら
→・西九州自動車道→・長崎自動車道→・九州自動車道
→・直方PA(車中泊)
→・小倉城→・八坂神社
→・門司港レトロカーミーティング
→・門司港鉄道記念館→・門司めかり公園
→・中国自動車道→・広島吉和PA→・広島吉和ICオフ
▲10/19午後5:30帰宅
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
-
■福岡県直方市<直方(のおがた)PA>
平戸島観光後、九州自動車道「直方PA」にて車中泊。翌早朝、門司港へ向かう途中、予定にはなかったのですが、小倉城へ立ち寄ってみることにしました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
小倉へ到着しました。朝7時を少し回ったところです。お城傍の‘リバーウォーク北九州’へ駐車して小倉城を散策しました。
「小倉城天守閣とお堀」
関門海峡に面した小倉は、陸海の交通の要衝として、古くから砦や城が構えられた地でした。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「小倉城天守閣とお堀」
この地を抑えるために繰りひろげられた、多くの豪族たちの攻防の歴史も残っています。
小倉城の歴史は、戦国末期(1569年)、中国地方の毛利氏が現在の地に城を築いたことから始まります。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「小倉城天守閣とお堀」
その後、高橋鑑種や毛利勝信が居城し、関ヶ原合戦の功労で入国した細川忠興によって、1602年に本格的に築城が始まり約七年の歳月を要しました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「小倉城天守閣」
忠興は城下町繁栄策として、諸国の商人や職人を集めて商工業保護政策を実施します。
外国貿易も盛んにし、同時に祇園祭りも誕生させました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「小倉城石垣とお堀」
細川氏熊本転封の後には、播磨国明石から細川家とは姻戚関係にある譜代大名の小笠原忠真が、1632年に入国しました。
小倉・小笠原藩は、将軍・徳川家光から九州諸大名監視という特命を受けていました。
-
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「多聞口門跡」
この時期、小倉は九州各地に通ずる街道の起点として重要な地位を確立し、同時に小倉城は一層充実し、城下町も繁栄しました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「多聞口門跡」
小笠原忠苗の時期には、城内下屋敷に泉水を持つ回遊式庭園もつくられています。
しかし、1837年城内から発した火災によって全焼。2年後に再建されましたが、天守閣は再建されませんでした。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「多聞口門跡」
幕末期になると、小倉は長州藩を攻める第一線基地となり、その中で小倉と熊本藩は勇敢に戦いましたが、他の九州諸藩の兵には積極的な戦意がなく、ついに1866年、自ら小倉城に火を放って戦線を後退せざるをえませんでした。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「小笠原家茶道古流」
室町時代の茶人村田珠光の弟子古市澄胤の4代後の古市了和が九州豊前国小倉藩(福岡県北九州市)主小笠原忠真に仕えて始まったそうです。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「野戦重砲」
日本陸軍では野砲・山砲の口径は75ミリと決まっていました。その火力の不足を補うのが加農砲と大口径榴弾砲で野戦重砲とよばれました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「野戦重砲」
砲身をはずし専用の砲身車に乗せ、砲架はそのまま、各6頭の馬で曳いていました。
その威力は圧倒的で、後に旧式となったにもかかわらず敗戦まで活躍しました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「野戦重砲」
分解すれば、人と馬で曳いていける唯一の15センチ榴弾砲(砲身車)という貴重さもありました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「漬物所処糠蔵」
小倉城城主、小笠原忠真公は、ぬか漬けが盛んな信州松本を統治していた事もあり大変ぬか漬けを好んでおりました。
小倉城入封の際にも、ぬか床を持ち込み、城下の人々にもぬか漬けを奨励しました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「北九州小倉城まつり」
今年第50回を迎えるそうです。その準備が慌しく行われておりました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「小倉城ごあんない」
明治10年の西南戦争の際には、小倉城内に駐屯していた歩兵第14連隊が、乃木将軍に率いられて出征しました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「小倉城天守閣」
その後は、歩兵第12旅団や第12師団の司令部が城内に置かれました。
太平洋戦争後は米国に接収されましたが、1957年に解除され、1959年市民の熱望によって天守閣が再建されました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
天守閣入城口。早朝7時過ぎでしたので開いていません。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「響灘の珪化木」
城内に響灘の海底から引き上げられた珪化木があります。木の幹が地層にうづもれ化石に変わったもので、今から4000万年前の木です。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「小倉城」
建物は、野面積みの石垣の上に大天守と平の小天守1基、平櫓117、二重櫓16、櫓門12、狭間3271を配していました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
城の石垣は切り石を使わない野面積みで、素朴ながらも豪快な風情にあふれています。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
武蔵小次郎追悼剣道大会…とある。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
未来の武蔵、少年剣士たちの登城です。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
この天守閣は「唐造りの天守」と呼ばれ、四階と五階の間に屋根のひさしがなく五階が四階よりも大きくなっているのが特徴的です。
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■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
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■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「50周年行事立て看板」
武士の魂 展〜甲冑・刀・鍔〜開催中。入場してみたかったですね。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「歩兵第二十四聯隊跡」
明治8年、歩兵第十四聯隊が小倉に設置されました。18年には小倉城松の丸跡に歩兵第十二旅団本部が開設されました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「白洲灯台」
若松海上保安部が管理している白州灯台は、豊前国企救郡長浜浦(現在の北九州市小倉北区長浜町)の庄屋「岩松助左衛門翁」が白州周辺の絶えない海難を防止するため私財を投げ打って白州への灯台建設に奔走し基礎部を完成させたものの志半ばで死去、以降明治政府に引き継がれ完成したものです。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「白洲灯台」
岩松助左衛門翁の功績を後世の市民に伝えるため、小倉城に翁が設計した白州灯台を模した塔が建てられています。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「横山白虹文学碑」
小倉城松の丸あとにある横山白虹13回忌記念の句碑には、「霧青し双手を人にさしのばす」が刻まれています。
昭和37年7月、北九州俳句協会結成時の会長を務めました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「鉄門くろがねもん跡」
明治時代にはこの本丸に第十二師団の指令部庁舎が建てられています。その当時の司令部の正門が小倉城の本丸と松の丸の間、元鉄門跡付近に現在も残っています。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「鉄門くろがねもん跡」
鉄門跡の一部は復元されており、写真の左側の垣は幕末当時の物で、右側は復元された垣だそうです。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「花塚の記」
この碑は、愛すべき花の霊を供養したものだそうです。北九州いけばな協会により建立されました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「第十二師団司令部庁舎跡」
明治31年に第十二師団が生まれ、本丸跡に司令部庁舎が建てられました。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「筆塚碑」
使い古した筆や絵筆の供養塔です。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
「茶○塚の記」
詳しくは立て札をお読みください。 -
■福岡県北九州市<小倉城&八坂神社?>
※旅行記は<小倉城&八坂神社?>へ続きます。
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この旅行記へのコメント (3)
-
- ありママさん 2008/11/20 14:33:14
- はじめまして。
- Godzilla.T&Nさん、こんにちは。
今日20回目のご訪問を頂きました。
ありがとうございます。
私も時々お邪魔しては、奥様への深い愛情に涙したり、若い頃過ごした広島の街を懐かしく思い出したりしています。
今、小倉城のブログを拝見しました。
福岡・博多に比べ知名度の低い北九州のことをもっとPRしたいと思い、そのうち小倉城もご紹介する予定でしたが、Godzilla.T&Nさんが、とても詳しくステキにご紹介下さっているので、私の出る幕はなさそうです。
北九州市民として、とても嬉しく有り難いことです。
かつて、ひびきの学研都市に来られたようですが、車で5分ほどのところに住んでいてよく行く所ですので、こんな所にまでいらっしゃったのかと驚くとともに、嬉しくなりました。
九州以外のページも少しずつ拝見させて頂きます。
今後ともよろしくお願いいたします。
ARIC
- MechaGodzillaⅢ&703さん からの返信 2008/11/21 16:03:23
- RE: はじめまして。
- ARICさん、こんにちは。
広島市の田中=Godzilla.T&Nと申します。レス遅くなりました。職場から返信です。
> 福岡・博多に比べ知名度の低い北九州のことをもっとPRしたいと思い・・・
小倉城は平戸観光のあと、早朝時間がありましたので突然訪れた場所でした。門司レトロカーフェスティバルに行く予定で、途中立ち寄ってみた次第です。初訪でした。
> とても詳しくステキにご紹介下さっているので…
こんなに思っていただけて恐縮します。
> 私も時々お邪魔しては、奥様への深い愛情に涙したり、若い頃過ごした広島の街を懐かしく思い出したりしています。
あたたかいお言葉ありがとうございます。
広島に住まれていたのですね。
銀婚旅行ウィーン、拝見させていただきました。すばらしい景色建物です。ARICさんにとって美しくすばらしい記念の1ページになりますね。
> かつて、ひびきの学研都市に来られたようですが、車で5分ほどのところに住んでいてよく行く所ですので、こんな所にまでいらっしゃったのかと驚くとともに、嬉しくなりました。
妻と行った最後の旅行が長崎・佐賀・福岡だったものですから。帰路途中、ここにも「早稲田があるよって」ひびきの学園都市に立ち寄ったのです。ここで撮った写真が最後の1枚になりました。
それでは、これからもよろしくお願いいたします。
※これからもARICさんにとって良い旅でありますように。
- MechaGodzillaⅢ&703さん からの返信 2009/01/01 07:49:18
- RE: はじめまして。
- ☆ あけましておめでとうございます ☆
今年もよろしくお願い申し上げます。
2009元旦 Godzilla.T&N
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