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表紙は、日経平均株価を知らせるボード。<br />一見旅行記と関係のない、出だし。<br />さて、さて、お立会い、江戸東京ワールドへ<br />お連れ致します。なにが飛び出すやら、<br />見てのお楽しみ。はじまり、はじまり。

江戸東京紀行(株価暴落で、再燃マイブーム、明治の鹿鳴館の巻)

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2008/10/10 - 2008/10/10

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一歩人

一歩人さん

表紙は、日経平均株価を知らせるボード。
一見旅行記と関係のない、出だし。
さて、さて、お立会い、江戸東京ワールドへ
お連れ致します。なにが飛び出すやら、
見てのお楽しみ。はじまり、はじまり。

同行者
一人旅
交通手段
JRローカル
  • 01 某生命保険会社<br />暴落の翌日、某生命保険会社さんのニュースが<br />流れました。<br />某生命と聞いて、場所が、明治の鹿鳴館跡と<br />連鎖反応する私。<br />更に、鹿鳴館を造った男として、ジョサイアコンドルへ<br />行き着く私。<br />(撮影2008年10月10日、某生命保険会社前、以下同じ)

    01 某生命保険会社
    暴落の翌日、某生命保険会社さんのニュースが
    流れました。
    某生命と聞いて、場所が、明治の鹿鳴館跡と
    連鎖反応する私。
    更に、鹿鳴館を造った男として、ジョサイアコンドルへ
    行き着く私。
    (撮影2008年10月10日、某生命保険会社前、以下同じ)

  • 02 マスコミ<br />いた、いた。<br />ニュース、ニュースな場所。<br />マスコミを撮ってどうしようというのか、<br />意図不明な私。

    02 マスコミ
    いた、いた。
    ニュース、ニュースな場所。
    マスコミを撮ってどうしようというのか、
    意図不明な私。

  • 03 鹿鳴館の碑<br />お隣の帝国ホテルと隔てる、某生命保険会社の壁に<br />ひっそりと記される碑。<br />(左側のかすかにある黒い碑)

    03 鹿鳴館の碑
    お隣の帝国ホテルと隔てる、某生命保険会社の壁に
    ひっそりと記される碑。
    (左側のかすかにある黒い碑)

  • 04 碑<br />これこれ。<br />このプレートが、たまらなく、これからの展開を<br />予想させるのよね。<br />え?まだ、何のことやら?そうですよね。

    04 碑
    これこれ。
    このプレートが、たまらなく、これからの展開を
    予想させるのよね。
    え?まだ、何のことやら?そうですよね。

  • 05 碑拡大<br />読めるかしら。<br />「ここは、もと薩摩の装束屋敷の跡であって<br />その黒門は戦前まで国宝であった。<br />この中に明治十六年鹿鳴館が建てられいわゆる<br />鹿鳴館時代の発祥地となった」と。<br />ああ!設計者のジョサイアコンドルの名が刻まれて<br />おりませんが?<br />

    05 碑拡大
    読めるかしら。
    「ここは、もと薩摩の装束屋敷の跡であって
    その黒門は戦前まで国宝であった。
    この中に明治十六年鹿鳴館が建てられいわゆる
    鹿鳴館時代の発祥地となった」と。
    ああ!設計者のジョサイアコンドルの名が刻まれて
    おりませんが?

  • 06 鹿鳴館の模型<br />江戸東京博物館の東京ゾーンの床下にある鹿鳴館。<br />明治16年11月(1883年)コンドル博士の<br />設計で欧化政策のシンボルとして、現在の日比谷の<br />一角に落成。と。<br />(撮影2004年〜2005年頃、江戸東京博物館、<br />以下同じ)

    06 鹿鳴館の模型
    江戸東京博物館の東京ゾーンの床下にある鹿鳴館。
    明治16年11月(1883年)コンドル博士の
    設計で欧化政策のシンボルとして、現在の日比谷の
    一角に落成。と。
    (撮影2004年〜2005年頃、江戸東京博物館、
    以下同じ)

  • 07 正面玄関<br />建設の中心は、井上馨外務卿らで、欧米並みの<br />社交場を設けて西洋の人々との親交をはかり、幕末に<br />締結された不平等条約の改正をもくろんだ。と。

    07 正面玄関
    建設の中心は、井上馨外務卿らで、欧米並みの
    社交場を設けて西洋の人々との親交をはかり、幕末に
    締結された不平等条約の改正をもくろんだ。と。

  • 08 正面庭<br />鹿鳴館の舞踏会には、政府高官や外国公使、<br />御雇外国人とその夫人・令嬢たちが招かれた。と。<br />ベースは、フランス風、だが、インドのイスラム<br />様式が装飾として使われています。<br />なぜ、なぜ、欧化主義時代の国営社交場に東方色が?<br />

    08 正面庭
    鹿鳴館の舞踏会には、政府高官や外国公使、
    御雇外国人とその夫人・令嬢たちが招かれた。と。
    ベースは、フランス風、だが、インドのイスラム
    様式が装飾として使われています。
    なぜ、なぜ、欧化主義時代の国営社交場に東方色が?

  • 09 ベランダ<br />柱のモチーフは、やしの実と言われています。<br />明治政府は、西洋建築を望んだのに、なぜ、なぜ?<br />東西の両方に合うものとして選らんだとの解釈も、<br />あるとか。<br /><br />この欧化政策も、井上の条約改正交渉の失敗とともに<br />急速に衰え、鹿鳴館時代も終わりを告げた。と。<br />そして、鹿鳴館も、ああ、保存の声もなく、<br />消え去る運命に。。

    09 ベランダ
    柱のモチーフは、やしの実と言われています。
    明治政府は、西洋建築を望んだのに、なぜ、なぜ?
    東西の両方に合うものとして選らんだとの解釈も、
    あるとか。

    この欧化政策も、井上の条約改正交渉の失敗とともに
    急速に衰え、鹿鳴館時代も終わりを告げた。と。
    そして、鹿鳴館も、ああ、保存の声もなく、
    消え去る運命に。。

  • 10 建物の庇を支えるオブジェ<br />「持ち送り」は、鹿鳴館の建築部材のひとつで、<br />外壁から突出していたもので、屋根の庇を<br />支えていた。装飾性に富み、アカンサスの葉を<br />モチーフにしているとされている。と。<br />昭和15年(1940年)に解体され、この<br />部材も廃棄される運命にあったが、建築家の<br />今井氏が譲り受け、その後、江戸東京博物館へ<br />寄付された。と。

    10 建物の庇を支えるオブジェ
    「持ち送り」は、鹿鳴館の建築部材のひとつで、
    外壁から突出していたもので、屋根の庇を
    支えていた。装飾性に富み、アカンサスの葉を
    モチーフにしているとされている。と。
    昭和15年(1940年)に解体され、この
    部材も廃棄される運命にあったが、建築家の
    今井氏が譲り受け、その後、江戸東京博物館へ
    寄付された。と。

  • 11 コンドル博士<br />東京大学の工学部に今も残されている<br />ジョサイアコンドル博士の銅像。<br />右手には、大好きだった葉巻。<br />英国紳士風なポーズ。<br />24歳の若さで、日本へ来ました。<br />(撮影2004年10月6日)

    11 コンドル博士
    東京大学の工学部に今も残されている
    ジョサイアコンドル博士の銅像。
    右手には、大好きだった葉巻。
    英国紳士風なポーズ。
    24歳の若さで、日本へ来ました。
    (撮影2004年10月6日)

  • 12 国立科学博物館のコンドル博士<br />明治の近代工業の確立のために工部大学校<br />の設立を伝えるコーナーがあり、<br />そこで、御雇外国人の一人として紹介されています。<br />そして、64歳の生涯を閉じるまで、日本に。<br />(撮影2004年11月24日、以下同じ)<br />工部大学校は、現東大工学部の事。

    12 国立科学博物館のコンドル博士
    明治の近代工業の確立のために工部大学校
    の設立を伝えるコーナーがあり、
    そこで、御雇外国人の一人として紹介されています。
    そして、64歳の生涯を閉じるまで、日本に。
    (撮影2004年11月24日、以下同じ)
    工部大学校は、現東大工学部の事。

  • 13 護国寺に眠るコンドル博士<br />日本女性の妻、くめさんと永眠。<br />工部大学校の教授として学生を指導するかたわら、<br />鹿鳴館、ニコライ聖堂、岩崎邸、旧古河庭園等<br />多くの建築物をつくり、我が国の近代建築の基礎形成に<br />貢献した。<br />また、辰巳金吾、片山東熊、曽根達蔵ら多くの<br />俊才を育てた。<br />一方、『日本の造園』、『日本の華道』を著すなど、<br />日本研究分野でも活躍し、我が国の文化・芸術を<br />海外に紹介した。と。<br /><br />涙ながらに、おしまい。

    13 護国寺に眠るコンドル博士
    日本女性の妻、くめさんと永眠。
    工部大学校の教授として学生を指導するかたわら、
    鹿鳴館、ニコライ聖堂、岩崎邸、旧古河庭園等
    多くの建築物をつくり、我が国の近代建築の基礎形成に
    貢献した。
    また、辰巳金吾、片山東熊、曽根達蔵ら多くの
    俊才を育てた。
    一方、『日本の造園』、『日本の華道』を著すなど、
    日本研究分野でも活躍し、我が国の文化・芸術を
    海外に紹介した。と。

    涙ながらに、おしまい。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • Morikonさん 2008/10/15 23:50:19
    一歩人さん、こんばんわ!
    こちらでは初めまして。
    先日は、ご投稿ありがとうございました。

    一歩人さんのマイブームとは「近代史・近代建築」のことでしょうか。
    撮影時期や場所が異なる画像を組み合わせて、
    こういうページを作ってしまうのは凄いですね!

    私も詳しくはないですが近代建築は好きで、
    特に函館は「お気に入りの街」の筆頭です。
    年末には長崎を訪れる予定で、ご存知の通り
    和洋折衷の建物が多いので、今から楽しみです。

    一歩人

    一歩人さん からの返信 2008/10/16 11:01:05
    RE:とても素敵な建築写真とコメントです
    Morikonさんへ
    はい、ありがとうございます。
    少し、旅行記拝見しました。
    とても素敵な建築写真とコメントです。
    わく、わくしました。
    はい、私は、一点に絞り込む癖があって、
    近代建築といっても、ジョサイア・コンダー博士の
    生涯だけを追っかけていました。
    一人娘のヘレンさんは、日本舞踊家の妻くめさんの
    お子さんでないとか、くめさんがとてもかわいがった
    写真とか、ヘレンさんの船上のラブロマンスとか。
    こうして、
    人物に絞る方が、めり込めやすくて!?
    とうより、生涯を追っていくとまさに波乱万丈で
    お涙頂戴で、締めくくりやすくて。
    少しづつ旅行記拝見いたします。
    あ!というより、『お気に入り』ですよね。
    一歩人より

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