2008/09/25 - 2008/09/25
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riverwillさん
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2008年9月23日~10月6日までのトルコ・シリア・ヨルダンの中近東3ヵ国をバス・タクシーを駆使して渡り歩いた放浪記です。
今回はセルチュク~エフェス滞在の第3日目編です。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 航空会社
- カタール航空
-
08:30 セルチュクのオトガル(バスターミナル)到着。
その場で、パムッカレ直通のバスチケットを購入し、
そのバス会社のオフィスに荷物を預けて
エフェスにさっそく向かう。
移動はドルムシュ(乗り合いタクシーバス)
2トルコリラ。
これまた料金が上がっていました。 -
北口チケット売り場に到着。
オトガルから所要10分ぐらい。
まだオープンしたばかりなので客はまばら。
でも観光バスはやたら停まっている。
タクシーもミニバスもやたら停まっている。
入場料20トルコリラ。
またしても“地球”にだまされる。
2倍に跳ね上がっていた。
石油高、原材料高はトルコ経済をも直撃。
だからって2倍3倍上昇はないでしょ。
観光料狙いすぎ。 -
南口からスタートし、北口で終了するがメジャーのようです。
だから、北口付近は観光客が異常に少なかったのか。
これは「ケルスス図書館」。
ローマ帝国時代のもの。
といっても、今世紀に発見されるまでに
自然災害や焼失などでかなり破壊されていて、
1970年代に修復されたものらしい。
道理で保存状態が良いと思った。 -
圧倒される壮麗な建造物です。
こんな巨大なものをよく彫り出したと、
その途方もない労力と手業に感動を覚えます。 -
人が写っているので、その巨大さが図れるでしょう。
-
ファサードの正面には、
知恵・運命・学問・美徳の4つの意味をそれぞれ象徴する女性像が彫られています。
これはそのひとつ。
でもこれはレプリカで、オリジナルはウィーン博物館に所蔵されているそうです。 -
当時は1万2000巻もの書物(巻物?)が所蔵されていたそうです。
内部は思ったほど広くはないですが。 -
こうした説明看板が立てかけられていましたが、
すべてトルコ語。
読めないって。解読不可能。
せめて英語表記を願いたい。 -
「丘の上の住宅」というエリア。
当時の上流階級の民家跡の一部。
フレスコ画が見れるエリアは、改めて入場料が必要そうだったのでさっさとあきらめました。 -
古代の公衆トイレのエリア。
壁際にたくさんの便座(穴)があけられ、
中央には池があったとか。 -
これがその便所跡。
下には地下深く、排水溝が一本でつながっていました。
仕切りもなく、当時の異臭は想像に耐えない。 -
たぶん、
「スコラスティカの浴場」というところ。
紀元1世紀に建設された公衆浴場。 -
4世紀の大地震で破壊されたとき、
スコラスティカという女性が再建に尽力したことから
この名前が付けられたそうです。
ここは脱衣場? -
「スコラスティカ」の女性座像。
現在は頭部がないというから、たぶんそうでしょう。 -
「トラヤヌスの泉」
紀元1世紀に建立、皇帝トラヤヌスに捧げられたとされる泉。
台座部分はオリジナルらしいけれど、その他の部分は
ほぼ修復後のものだそうです。 -
「ハドリアヌス神殿」
紀元2世紀、ローマ皇帝ハドリアヌスに捧げられたとされる建物。 -
手前のアーチ型の中央に彫られた女神ティケ。
ティケ(テュケ?)は、ギリシア神話に登場する、
都市の財産と繁栄、そしてその運命を司る中心的な女神。
ギリシア語では「幸運」を意味するそうです。 -
奥のアーチ型にはメデューサのレリーフが。
ここにもメデューサ。
メデューサ大人気。
いや、単にギリシア神話に影響されているだけか。 -
「ヘラクレスの門」
ヘラクレスの彫刻を施した左右対称の門。
ヘラクレスはギリシア神話最大の英雄。
後のオリュンポスの神。
人ひとり分ぐらいの幅しかありません。
なので、かなり渋滞しています。 -
こんなレリーフがゴロゴロ横たわっていました。
-
女神ニケのレリーフの近くで
日向ぼっこしていたノラ猫。
なんだか、とてものどか。
ノラのくせに、
やたら毛ヅヤがいい。実は飼われているのか? -
勝利の女神ニケのレリーフ。
元は「ヘラクレスの門」のアーチとして飾られていたものらしい。
人ごみがあると見逃しそうなところに置かれているので、
よく注意して見つけましょう。 -
「メミウスの碑」、だと思います。
記憶をたどると・・・
メミウスは、ボントゥスからエフェソスを奪還した独裁官スッラの孫。ここに建つ碑には、スッラを称える言葉が彫られているとか。
見事な彫刻に囲まれていた気がします。 -
「ドミティアヌス神殿」、だと思います。
たぶん・・・
ローマ帝国第11代皇帝ドミティアヌスを祀る50m×100mの神殿が当時建てられていたそうです。
現在は土台部分を残すのみ、となってます。
また、当時は7mものドミティアヌスの像があったそうですが、
現在はその一部がセルチュクやイズミルのエフェス考古博物館に所蔵されているのみだそうです。 -
「ポリオの泉」
紀元1世紀、セクティリウス・ポリオという人物によって建てられたとか。 -
「上のアゴラ」というエリア。
約73m×160mの広さの広場で、
集会や宗教行事、商取引などが行われていたそうです。 -
こんな遺跡がゴロゴロ適当に転がっているので
ありがたみもへったくれもありません。
日本では考えられないほど、無防備です。 -
「市公会堂」にある聖火を灯す列柱。
かつて、この聖火は決して消されることはなかったそうです。
聖火を守る要職に就くのは選ばれた市民だったとか。 -
「オデオン」という音楽堂跡。
収容人数は1400人程度。
劇場のような建物に屋根が取り付けてあったらしい。
当時は、300人の代表者会議やコンサートなどの際に利用されていたそうです。 -
オデオンのてっぺんから見た、
南口入り口付近の全体図。 -
オデオンを下から見上げた図。
-
オデオン、市公会堂の前の列柱群跡。
-
雲が晴れ、
いい天気になってきました。
日焼け、絶好調です。 -
「ヴァリウスの浴場」
紀元2世紀に作られた、床下暖房の機能がある
典型的なローマ風呂の形を残しているそうです。
間近で見なかったので分かりませんが。 -
南口入り口。
時間が経つにつれ、観光客が急増です。
日本人の団体ツアーもチラホラ見かけました。
でも圧倒的に欧米系が多いです。 -
音声ガイドを貸してくれる小屋の前で
日向ぼっこをして昼寝するワンちゃん・ネコちゃん。
のどかな田舎町の風景のひとコマ。
ちなみに、
音声ガイドはもちろん日本語もありました。
が、当然高いので止めました。 -
南口まで行って、
また北口に向かって戻りました。
その途中の、マーブル通りと名づけられた
列柱群遺跡の一部。 -
北口付近にある、大劇場跡。
先ほどのオデオンよりもはるかに規模がでかい。
収容可能人数2万4000人を誇るとか。
当時、演劇の上演や全市民参加の民会の会場として利用されていたそうです。 -
突如、
観光客の一人が、とても透き通る美しい声で
「アメイジング・グレイス」を熱唱してくれました。
いにしえの劇場といえども音響効果は顕在。
ほんのつかの間、当時をしのぶ、音楽堂となり、
熱唱後は、喝采のあたたかい拍手が贈られました。 -
劇場のてっぺんから撮影。
直径154m×高さ38mの半円形。
コンサートだけでなく、闘牛?などにも使われたようです。 -
大劇場の下から撮影。
ヨーロッパ系の人は、音楽堂をみると
歌い踊るという生来の習性を抑えきれないのか、
民謡や何かの歌をよく合唱していました。
アジア系はおとなしいので、そういった光景は
あまり見かけませんでしたが。 -
北口前の土産物屋前の木に吊り下げられていた
トルコのボンボリ。 -
北口前からドルムシュでまたオトガルへ戻ります。
その際、韓国の女性バックパッカーと知り合いました。
韓国人の女性でも一人旅するんですねぇ。
私よりも若く、そして英語が堪能でした。
ポンチョみたいなの来て、
気合入ってたなぁ。
これは、ランチにいただいた「ピデ」という
トルコ風ピザ。
サラダもついて、500mlのミネラルウォーターもつけて
全部で3.5トルコリラ、約300円。
まぁ、安いよね。 -
生野菜のサラダです。
ドレッシングはなく、塩でいただきました。
新鮮で美味しかったです。
ピデもとても美味しかった。
トルコ料理は日本人の舌に合うとは、本当です。 -
ランチを終え、バスの時間までセルチュクの町を散策。
途中、怪しげな小さなテーマパーク的公園を発見。
この動物の乗り物、不気味なデザインです。 -
これも、同じ公園内に設置されていた現代アート的なオブジェ。
写真では小さく見えますが、実物はかなり巨大です。
セルチュクの人からは、
バスやタクシーで2、30分程度で行けるシリンジェ村や
聖母マリアの家に行かないの?としきりに薦められましたが、
興味がなかったので止めました。
この二つも、エフェスと同じぐらい観光地みたいです。 -
住宅街をふらふらしていたら、
道端で太鼓を作っている親子と遭遇。
目が合った瞬間、
「写真を撮ってくれ!」とせがまれ一枚撮影。
モニターを見せてあげたらたいそう喜んでいました。
お礼におつまみのひまわりの種をいただきました。
データをあげられるわけではないのに、
どうして写るのがそんなに嬉しいのだろう、と
素朴なギモン。 -
一般家庭のタイル壁。
とてもおしゃれで素敵なタイル張りです。 -
子どもらに囲まれ、撮影を強要されたので
一枚撮影。
やっぱりモニターを見せたら大変喜んでいました。
今回は「ちょうだい!」と言われたけれど
データをあげられるわけもなく「あげられない」という
素振りを見せたら、今度は「1ドルちょうだい」というようなトルコ語でせがまれ、
言葉が分からないフリして子どもを振り切りました。
これがうわさに聞いた光景か・・・
と少々愕然。 -
道端に生えていたオリーブの樹。
-
セルチュクの町を見下ろす、
ビザンツ時代の城砦。
外壁が残るのみで、中には何もないとのことで、
そのためか、一般には立ち入り禁止みたいです。 -
トルコではじめて、地元の人に勧められたチャイ。
道端の喫茶店のおっちゃんから呼び止められ、
「俺の店は日本のガイドブックに紹介されているんだけど、
最近移転したから、住所が変わったこと、機会があったら知らせてくれ」と頼まれました。
地球の歩き方ではないようです。
JTBとかかな。
そのお礼に、とチャイをおごってくれました。 -
そのおっちゃんのお子さん。
とってもかわいい女の子。
笑顔を取りたかったのですが、レンズを向けると
途端に顔が固まる。残念・・・
でもモニターを見せると、
やっぱり大喜びしてました。 -
セルチュクの観光名所のひとつ「聖ヨハネ教会」
入場料を取られるので入らず外観のみ撮影。 -
途中、やっぱりどうして絨毯屋のにいちゃんに声をかけられ、
買わなくてもいいから、教会を見た後に店に立ち寄って
チャイだけでも飲んでいけと強く薦められましたが、
こそこそと、その絨毯屋を避けて通って帰りました。 -
今度は、トルコの民芸品を売る土産物屋のオヤジに
つかまりました。
買わなくていいから、チャイを飲んでいけ・・・と。
チャイは挨拶代わりなんですね、トルコでは。
強要はされませんでしたが、
土産品の説明とアピールを散々聞かされました。 -
ちょっとした商店街。
オープンカフェなどが並んでました。
このあと、パムッカレ行きのバスに乗り込みます。
14:30発というのに45分も遅れて
15:15出発。
パムッカレの中継地、デニズリに18:20着。
突如、バスの調子が悪いからとミニバスに乗り換えるよう頼まれる。
ダイレクトじゃないじゃんか。
そこで対応してくれたおじちゃんが客引きもかねていて、
いとこが経営するという宿を熱心に紹介してくれ、
悪い金額ではなかったことと面倒だったので、
そこに決めました。
スタッフの兄ちゃんがパムッカレまで付き添ってくれました。 -
いよいよ19:10 パムッカレ到着。
スタッフに導かれ、中心エリアから若干離れたところにある
「Hotel Dort Mevsim」に宿泊。
今のシーズンはお客さんが少ないようで、
ツインの部屋をシングル料金で貸してくれました。
朝食込みで20トルコリラ(約1700円ぐらい)
ホットシャワーも出ます。
荷物を置いて、一息ついたら夕飯を購入しに
外出しました。
何気なくフラフラ歩いていたら、
ライトアップされたパムッカレ前の公園に到着。
まちの小ささを感じました。 -
中心街には日本語でメニューが書かれたレストランがチラホラあり、そのうちのひとつに入ってみました。
「Gozleme(ギョズレメ)」というトルコ風パンケーキを
オーダー。
トッピングにほうれん草とチーズをお願いし、
ミネラルウォーターのペットボトル含めて
4.5トルコリラ(約390円)。安いな、やっぱり。
食後、宿に戻って、宿に一台しかないパソコンで、
無料でインターネットをさせてもらい、
そこで旅行最終日の、ヨルダン首都アンマンから
イスタンブールまでのフライト直行便をオンライン予約。
大変助かりました。
日本を旅立ってから今回がはじめての宿泊。
シャワーですっきりした後、早めに就寝しました。
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